永遠を信じて「永遠なんてありませんよ」
当然の事実を口にする。途端、目の前の紅玉が苦々しげに眇められた。
「さっきはあるっつってたじゃん」
「子どもの前でそんなことは言えないでしょう」
大体貴方が一番分かっているでしょうに、と呆れた調子で続ける。う、と濁った音が引き結ばれた唇から漏れた。
ずっといっしょなんだ。えいえんにぼくがまもるんだ。
己よりもずっと小さい、妹のような存在を抱き締め宣言する幼子に、そうですね、と頭を撫でたのが十数分前。仲間たちと遊びにいった小さな兄貴分の背を見送った後、神は言ったのだ。永遠を信じてるなんて可愛いじゃん、と。
「けどよぉ」
「けども何もないでしょう」
無意味に食い下がる彼に、ほのかに苦みを含んだ笑みを返す。子どもを諭す時と全く同じだ。悠久の時を生きる存在だというのに、彼は時折こうも幼い姿を見せる。
「子どもにも言やぁいいのに」
「そんなことできるわけがないでしょう」
馬鹿ですか、と冷たく言い放つと、そこまで言うことねぇじゃん、とむくれた声が返ってくる。
幼き子どもは『ずっと』『永遠』を夢見る。頬を紅潮させ永久に思いを馳せる姿は可愛らしいものだ。そんな可憐な夢を大人が壊していい訳がない。受け止めて受け入れてやるのが自分たちの務めだ。
「オレには言うのに」
「子ども扱いしてほしいんですか?」
「そうじゃねぇよ」
いじわる、と頬を膨らませる様子に思わず笑みをこぼす。子ども扱いなどせずとも、反応は子どもなのだから面白い。相手は敬うべき神であることを忘れてはいけないのだが。
「分かってくださいよ。というか、分かっているでしょう? 神様」
「……分かってんよ。分かってんけどさ」
永遠に一緒にいてーもん。
ぽつりと呟く声が手入れされたくさはらに落ちる。遠くから聞こえてくる子どもの声が、どこか小さくなったように思えた。
「な、んですか、それ」
ハハ、と思わず笑いが漏れる。音に反して渇ききった、愉快さなど欠片も無い呆然としたものだ。ほのかな悲哀すら滲んでいた。
「人間が永遠に存在できるはずなどないでしょう。そんなの、貴方が誰よりも知っている」
突き放すような蒼の言葉に、焔色の瞳が苦しげに歪む。事実を知っているからこそ――経験しているからこその顔だ。変えられないと知っているからこその表情だ。
力強く唇を噛み締め地を見つめる愛しい人の頭に手を伸ばす。燃え盛る炎のように鮮やかな髪に触れ、丸い頭蓋に沿って撫でた。
「永遠なんてありませんよ」
歌うように同じ言葉を口にする。ギリ、と歯が擦れる嫌な音が午後の空気に落ちた。
「けど、いなくなるまで一緒にいることはできるでしょう?」
「やだ。ずっとがいい」
「子どもみたいなこと言わないでください」
唇を尖らせた愛する神に、思わず笑みがこぼれる。先ほどまであった乾きは失せて、あるのは慈しみだ。子どもに対するそれと同じである。
地に吸い込まれていた顔が突如上がり、紅が蒼を射抜く。黒のロングコートに包まれた腕が伸ばされ、己の背に回された。ぎゅっと潰れそうなほどの力で抱き締められる。
「やだ」
「やだ、じゃありません」
聞き分けてください、と願いの言葉を口にする。己に言い聞かせる言葉でもあった。だって、こんなにも求められたら応えたくなるではないか。応えられないと分かっているのに、叶えてやりたくなるじゃないか。そんなこと、人間にできっこないのに。
「そうだ。『輪廻転生』という言葉を知っていますか」
「何だよ、突然」
懐疑と少しの怒りが混じった音が耳に直接注ぎ込まれる。構わず言葉を続ける。
「簡単に言うと、人は生まれ変わるということです」
「だから、何」
「生まれ変われば、ずっと一緒にいられるのではないですか?」
それこそ、永遠に。
歌うように、祈るように、言葉を口にする。戯れ言を唱える。そんなの、まやかしでしかない。分かっていても、『永遠』を共にするにはこれぐらいしか思いつかなかった。
いたずらげに笑い、青年は微笑む。淡いそれには、諦観が浮かんでいた。
「生まれ変わっても、僕を見つけてくださいね」