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    サケブンダト

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    サケブンダト

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    ちょっと前に書いてたダグキリです。特殊設定でそこまで書いてないですが、バレリーノのダグさんと人魚のキリルくんのお話で、こちらが出会い編ではなく、知ってるけどちょっと気取った挨拶をしてるようなお話です。

    #ダグキリ
    dagquiri

    『あんたと一緒に』Into the ocean, with you.
『美術館に行きたい』と彼は、誘った。

    『原石は磨くまで価値が見えない、でも磨き抜かれたものには必然と価値がつく。それらは時間が経てば経つほど価値を失うものと、価値を見出される歴史に染められるものがある。』

     そう告げられて、もう一ヶ月も経つのに耳にこびりついたみたいに拭えない。室内なのに吐く息が白く、息切れも止まらずに汗が気持ち悪いほど滴った。ダグラス・ビリガムは筋トレのマシーンから降りて、呆然と窓の外を眺める。この後待ち合わせがあって、本当なら気持ちを落ち着かせるために、早く現地へ行っておきたい。
     でも、ひどく足は重くシャワールームへ向かうのも億劫に思えた。自分のしなければいけないことは分かっていても、生きている時間に心が追いつけずに置いてけぼりを食らっているような。いや、どちらかと言えば苦手な給食の野菜が食べられなくて、周りの人間に早く食ってもらわないと困ると睨まれたまま、時間を過ぎていくような感覚に近い。
     そう、時間の問題だ。何かが悪いわけではない。
    「あっ」
     振り向いて時間を確認すると、予定よりも時間は超過していた。あぁ、メフィストフェレス、そこにいるなら「人生を一から初めてみたくないか、その気があるなら満足させてやるよ」と言って「Verweile doch du bist so schön(時よ止まれ! お前はあまりに美しい!)」と叫ばせてくれ。

     広場をぬけて行けば、車を停めたところに近いから。ジェラートの屋台にホットのコーヒーがないか目を凝らしながら、通り過ぎようとした時だ。
    「なぁ、あんたガイド出来る?」
     上から声が降ってきたような気がして、顔を上げたら肩の高さぐらいから同じ声が聞こえた。
    「こっち」
     澄んだ声に惹かれて見た彼は、階段へ差しかかる手すりに腰をかけ片手を上げる。気さくで人懐っこい印象を与える青年。厚手のミリタリーグリーンのボアコートと対照的に色の濃ゆい薄手のカットソー。とてもカジュアルな服装なのに、白磁に近い薄紫の髪には、雲間から光がさし天使の輪が見える。
     一瞬、性別を悩んだが声や仕草から男なのだろう。
     観察しているのもまずいかと思った矢先、美しく整った顔で微笑み、再び薄桃の口を開いた。
    「あんただよ。見たところ、“こっち”の人だろ」
    「あぁ」
     辺りを見渡さなくても、観光で有名なこの広場を駆け足で行くような地元民は自分ぐらいしか居ないだろう。ダグは、トレンチコートのポケットの中で掴んでいた車のキーを手放す。
     天使のような見た目の彼は、観念したのを察したみたいに俺の後ろの建物を親指で指さした。
    「美術館に行きたい」
    「あいにく、今は急いでてな」
     少し幼さが残る声と表情があの顔に乗れば、見れば見るほど、どんな相手でも彼に愛着が湧くことだろう。
     ダグは彼の後ろに控える建物へ目を向けた。まだ開館時間中の有名な美術館。入口にはボランティアも含めたベテランのガイドもたくさんいる。
    「俺の奢りでいい」
    「ガイドならプロの方が良いだろ。厚着の奴は見たことないよそ者だが、スリでは無さそうだ」
    「あんたが良いんだよ」
    「急いでるんだ」
    「車でコーヒー飲みながら時間を潰す予定だったんだろ?」
     言われた通り、そのつもりだった。カップのコーヒーを普段は飲まないから、缶コーヒー用のホルダーしか車にはない。さらに言えば、焦りはあるがそれだって、ここ最近ずっとなのだ。
     参ったと両手を上げると、彼は本当に嬉しそうに「やった!」と声をこぼして手すりから降りる。軽やかな足運びに、歩けることが嬉しそうにも見えた。天使じゃないだろうけど、もしそうなら、きっとこんな風に地上を満喫したりするんだろうか。
     腕を組んで来たら、そのまま交番へ案内するつもりだったが、素直に隣り並んで歩き出すので一緒にチケット売り場へ向かった。
    「大人2枚」
     歳を尋ねるのも面倒でそう言えば、青年は慌てた様子でデイバックから財布を取り出す。それを片手で制してるとカウンターの人がチケットを1枚だけ渡しながら言った。
    「今日なら半券で入れるよ」
     首を傾げれば、青年の方を指さす。彼は観念したように財布の代わりに小さくなった紙を1枚出してはにかんだ。2度目の入館だから恥ずかしかったらしい。おおよそ、昼飯でも食うために外へ出たのだろ。館内のランチは少々値が張るから。
     ひょっとしたら、午前中にガイドも頼んでいたのかもと客待ちをしているガイドの方へ目を向ければウィンクをしてサムズアップしてきた。どうも御新規さんとして目をつけられていたらしい。

     どうり自分のような男に彼が声をかけるはずだ。
     立てていたトレンチコートの襟を整えて、ダグは革の靴を鳴らす。館内へ足早に入って行った彼を追うために。
     彼は地上階のフロアを周り終えているのか、デイバッグから取り出したパンフを手に手招きする。エレベーターも無くはないが、人が詰まっているのを見て首を横へ振った。本当に天使かもしれないと、皮肉も含めてダグは思った。ちょっとばかし目を離すたび、彼の姿はあっちこっちへと移動している。案内と言われても正直自分の役目がもう終わっているようにも感じる。
     この後、待ち合わせがあるのに。内心そんなことを浮かべていたが、彼は案内板を指差し振り返った。
    「ここ」
    「あぁ、綺麗な絵だよな」
    「でかい?」
    「うん」
    「これ見たかったんだ」
    「常設だろ、いつでも見れる」
     地元っていうのもあってスクールの遠足や野外学習などで何度も来ているから、地図なんか見なくても場所も分かるし、タイトルだけですぐにぼんやりと絵の姿も思い浮かんでしまう。何をそんなに他所から来る人はありがたがっているのだと、スリの常習の顔ぶれに目を光らせながらダグは彼のそばへ寄った。
    「初めて見るんだ、俺」
    「へぇ」
     そういうことはあまり口にしない方が得策だろうな。
     彼の隣よりも少しだけ背後に回りながら離れないように、そっと腰へ手を回した。彼も何か理解したのか、少し体を近づける。内緒話のように耳へ手を近づけるので、首を軽く絡むけるとボリュームを落とした声で聞いてきた。
    「なぁ」
    「うん」
    「あんたは、そらへ行ったことある?」
    「あるけど」
     飛行機などは嫌というほど乗った。なんせリスヴァレッタは島国。国の中も小さな島々の集まりで、船か飛行機か。鉄道の旅もあるが、世界公演のツアーでは時間は1秒でも惜しい。空気に舞台になれないと最高の演技は出せない。移動で凝り固まった身体もすぐに解さないと……特に自分はもう若くはない。子どもの頃みたいに疲労だってすぐには回復できない。
     治らなかったちょこちょことしたものが幾重にも蓄積して、いつかこの地面を歩くことだって。怖くなっていく自分の考えに俯きかけていると軽やかな足取りが前を跳んでいく。
     エスカレーターへ乗る時、あまりにも軽やかに降り立ち、ゆっくりと踵を下ろす仕草が新鮮で。やはり、彼の背中には羽が生えてるのではないかと錯覚した。
    「空はよく見るんだけどさ、行ったことなくて」
     苦笑いをし肩をすくめる彼の向こうに、登ってきたエレベーターは景色を見せる。

     大きくて吸い込まれそうな青く揺蕩う、”宇宙”を。

    「そっちか……」
    「お?」
    「いや、そっちは行ったことないな」
    「だろ!」

     結局、彼に誘われるまま美術館へ入ったからコーヒーが買えてない。
     ダグはポケットへ手を入れて小銭を指の上で数え、「奢るよ」と喫茶店を顎で示した。彼も一緒に入って来たのに、居心地悪そうに椅子へ腰を下ろす。まさか初めて椅子に座るみたいに足を曲げているのか不思議そうに膝をさすって。
    「お気に召さない?」
    「うぇ?!」
     思っていたより大きな声が出たのか、顔を赤くしながら口を覆う。
    「椅子」
    「全然。すげーよな。腰を置いて休むのにこんなに、ふかふかで」
    「まるで、”海の中みたい?”」
    「だよな」
     頷く彼の目には先程の宇宙の色が浮かんで見えた。暗くて膨大に広くて青く澄んだ色。どんな宝石よりも美しい青。彼はきっと天使ではない。それでもたぶん、人でもない。
    「なぁ、どこに住んでるんだ」
    「……」
    「教えてくれ、こうして歩いて見て思ったんだ」
    「おう?」
    「一緒に行きたいなって」
     一瞬だけ戸惑った表情を浮かべた彼は、困ったようにでも喜びが溢れて止まられないような地上で一番と思わせる笑みをして答える。
    「あんたとなら、海の中だって楽しいだろうな」
    「海の中?」
    「あの絵は、海から見た外の景色だなって」
     なるほど、何も周りにない海なら、きっと海面から顔を上げたらひたすら広く青い空が広がっているのだろう。そして、その向こうには遠くどこまでも届かないほどの宇宙が。
    「だから、今度は俺が案内するし」
    「あん?」
    「行こうぜ、海に」
    「あぁ、うん。そのうち」
    「そのうちかよ」

     この足が地面を離れたいと、もう重力にこの体が耐えられなくなったら。あるいは……そう遠くはない未来に。
     運ばれてきたコーヒーの湯気に不安を隠して、ダグはカップへ口を付けた。
     
     宇宙や海の中の石なら拾われるまで誰に見られことがなくて良い、拾ったやつ以外には。
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