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    silayuki_twst

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    silayuki_twst

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    ティラミスをひとくち

    #ジョーチェリ
    giocelli

     ジョーってチェリーに甘いよね

     そう言った子供の言葉に、そうかぁ? と返して虎次郎は手に持っていたプレートをミヤの前にサーブした。
     ランチのデザートの残りのティラミスは、飾り切りしてあるいちごを添えて、子供用にはたっぷりとホイップクリームも飾った。

     学校帰りのミヤを捕まえ、営業時間外の店に連れ込んだ当の本人は、席に座るなり電話がかかってきてしまい、ひどく不機嫌そうな顔をしてミヤに先に食べてろと告げ、店外に出ていた。

     ランチとディナーの合間、店の扉にはclosedの看板が掛かっている。

    「どっちかって言うと、俺、子供に甘いと思うけどなあ」

     と言いながら虎次郎はノンアルコールカクテルに使っている高級グレープジュースをミヤの前に出す。
    「サンキュー。でも、これは僕に甘いんじゃなくて、優しい、じゃん」
     ミヤの言葉に虎次郎は曖昧に微笑んで、先に食っとけ、とティラミスを顎で示した。


     南城虎次郎は、桜屋敷薫に甘い。


     この言葉を、人生で何度言われただろう。
     その言葉を残して虎次郎から離れていった女の数は両手では数え切れないし、中高時代から友人たちにもさんざん言われてきたことだ。人生のほとんどで貫いてきたこの姿勢を、今更変えるつもりも、誰に隠すつもりもない。

     ただ、出会ってまだ日が浅い、歳若い友人にまでしみじみ言われると、ちょっと狼狽えるというだけで。

    「まったく……」
     眉間に深々と皺を刻んで、薫が戻って来る。
    「どうしたの?」
     ティラミスを食べながら、ミヤが薫を見上げる表情は少し心配げだ。優しくて、聡い子だ。何故か薫に懐いていて、薫も絆されているのかよく構っている。

    「あぁ、仕事でちょっとな……ミヤ、連れて来ておいて悪いが帰る」
    「ええぇ! 一緒にカーラの記録観るのは?」
    「すまんがそれはまた今度だ、連絡する」
    「またここに来るつもりなら、俺にも連絡しろよな」
    「お前はいつでも暇だろう?」
     虎次郎の言葉をバッサリと斬り捨て、薫はミヤの頭をぐりぐりと撫でた。
    「ティラミスをもらっていたのか、良かったな。俺の分も残っているから、食べて帰ると良い」
    「なんだ、夜来ないのかよ?」
     カウンターから出てきて、そこに肘をついた虎次郎に薫はちらり、と流し目をくれた。
    「今日は無理だな」
    「お前がティラミス食いたいって言ったんだろうが」
     薫はきゅっと眉を寄せる。なんだか悲しげに見えて、虎次郎はつい伸ばしそうになった手を握りこんだ。

     万が一にもミヤの前で抱き寄せたり顔に手を当てたりしたら、薫から強烈な蹴りを食らうことは間違いない。

    「明日は?」
    「……分からない、……当分、無理かもしれない」
     こりゃしばらくはランチのドルチェはティラミスだな、と算段している虎次郎をよそにミヤは薫を手招きで呼び寄せた。

    「ん、なんだ?」
    「はい、チェリー、あーん」

     ミヤが、スプーンで大きくすくったティラミスを、薫の目の前にかざす。
     薫が、驚いたように目を見開いた。

    「ミヤ、大丈夫だからお前が全部食べろ」
    「とっても美味しいよ、ジョーのティラミス。チェリー、これが食べたかったんでしょ? ひとくちくらいなら、食べる時間あるよ」
     ……あぁ、そうだな。
     躊躇いがちにそう小さく答えながら、薫がちらりと虎次郎を見た。
     虎次郎が両の眉を大袈裟に上げてみせると、薫は瞳を伏せてふっと笑い、ミヤの隣の席に座った。

    「ではひとくちだけ、いただこう」
    「そうこなくっちゃ」

    「ほら」
     虎次郎がカウンター越しに、薫にスプーンを渡す。当然のようにそれを受け取った薫は、いただきます、とちいさく口の中で呟いてミヤのプレートのティラミスの端を少し、削り取って口に入れた。

     ほんのわずか、薫の目元が嬉しげに綻ぶ。つるり、とピンクの唇から引き出したスプーンを虎次郎に手渡す。目が合った刹那、その金の瞳に少しの渇望が見えて、虎次郎の胸をざわめかせた。

     薫はゆっくりと立ち上がった。

    「ありがとう、ミヤ」
    「どういたしまして。早くお仕事片付けて、僕との約束果たしてよね」
    「ああ、悪かったな。また連絡する」

     ミヤの頭を優しい手つきでひとつ撫でて、薫はちらりと虎次郎を見ると、店を出て行った。

     薫がドアを閉めるまで、その背中を見守る虎次郎に、ミヤが呆れたような声を出した。

    「……大人気ないんじゃない、パパ」
    「何の話だ?」
    「まぁ分かるけど。嬉しそうなチェリー、なんか可愛いもんね。でも嫉妬深い男は嫌われるよ」

     虎次郎が何も言わずにひょい、と肩をすくめると、ミヤは唇を尖らせ、大きくすくってあったスプーンの上のティラミスに齧り付いた。

    ◆◇◆


    『なんか飯と、ティラミス』

     ランチ営業が終わって見た携帯に、そっけないメッセージが届いていたのは、ミヤと薫が店に来た五日後だった。
     通常メニューにはないティラミスをリクエストして来る薫も薫だけれど、
    (あるんだよなぁティラミス)
     冷蔵庫の中で今朝仕込んだティラミスが、薫の来店を待っている。ここのところ、ランチデザートは毎日ティラミスだった。
    (我ながら健気だこと)
     薫からは、五日間、音沙汰なしだった。忙しくても、なにかしら連絡が来ることが多いものだが、何もなかったということはよほど立て込んでいたのだろう。
     この調子なら、きっと彼はろくに食事もしていない。虎次郎は薫を満たすため、張り切って冷蔵庫の中を検分し始めた。


     ディナー営業が終わってしばらくしてからふらりと入ってきた薫は、凛と背筋を伸ばしてはいるものの、顔色の悪さと隈の酷さが目につくほどにやつれていた。

    「よ。お疲れさん。終わった?」
    「ああ、なんとか、な」

     片付けも掃除もほとんど終えて、コックコートの前を寛げていた虎次郎を一瞥すると、薫は、はぁあ、と大きく息を吐いて定位置に座った。

    「腹が減った」
    「はいはい」

     冷蔵庫に入れておいたサラダとガス入りの水を薫の前に置き、ズッパを温めながらパスタの用意を始める。

    「カルボナーラで良いだろ?」
    「何でも良い」

     薫の返答を背中で聞いて、虎次郎は機嫌良く笑った。

     何でも良い。

     その言葉は、薫から虎次郎に向けた、最高の愛の言葉なのだ。


     ◇◆◇

     ふらりと店に来て、何でも良いから何か食わせろ、と言った薫に、何でも良いはないだろ?! と問い詰めたのは、この店を開店させて半年くらい経った頃だった。

     その時の薫は、テレビに出演したのをきっかけに、本人もちょっと引くくらい話題になり、多忙を極めた。その頃はまだAI書道なんて邪道も邪道と言われ、先行きが見えない中、薫が手探りで、地道にコツコツと行っていた活動がようやく花開いたのだ。
     流行りのAIと、書道の融合はそもそも話題になりやすかったのだろう。その上薫の容姿はいたくマスコミに気に入られた。
     華やかな桜色の髪に、凛とした紺色の和装。手脚が長く長身で、真っ白な肌も、うつくしい顔貌も、甘く響くテノールも、それはそれはテレビ映えした。

     今ではそんなにスケジュールを詰め込むことはしていない薫だが、その時にほぼ毎日びっしりとスケジュールを入れてしまった気持ちは、同じ自営業の虎次郎にも良く分かる。それまでやれ邪道だの、AIなんて使うのは書道ではないだの言われ続け、実際薫は本来やりたかったAI書道家としての活動ではなく、筆耕や近隣の子供たちへのお習字の師範として身を立てていた。
     それが、いきなり『AI書道家』としての依頼が多数舞い込んでくれば、次へ繋げたい薫は断ることができない。

     そうして、1ヶ月ほど薫は虎次郎の前から姿を消した。正確には、テレビなんかで虎次郎が薫の姿を観ることはあったのだけれど。

     テレビで見るたびに、幼馴染の白い顔はますます白く、尖った顎は鋭さを増していく。やつれているのに柔和に微笑む薫は胡散臭くて、虎次郎が初めて見る顔だった。
     虎次郎からは幾度も電話したが、たいていは繋がらない。深夜、ぽつぽつと何度か通話をすることができたが、忙しすぎて寝不足だったからか、虎次郎との通話の最中に薫が寝落ちするのが毎回のセオリーとなってしまっていた。

    いつだって、薫は自分で決めたことは覆さない。虎次郎がそろそろ休めと言っても、薫はまだ大丈夫の一点張りだった。あまり口うるさくすれば、着信まで拒否されるかもしれないと思いつつ、やつれを笑顔で覆い隠している薫をテレビなどで見るたびに、やはり虎次郎は薫に電話して心配するようなことを言ってしまう。

     だって、あんなに真っ白な顔をして、楽しくなさそうな笑顔を顔に貼り付けて、スケートも乗れないなんて。虎次郎の料理も食べに来ないなんて。
     そんなの、薫じゃなくなってしまうようで、疲れているのは薫だけのはずなのに、虎次郎まで焦燥感にかられていた。

     だから、今夜行く、と珍しく薫から先触れのメールが来たときは、やっとか、と崩れ落ちそうな安堵感を覚えた。

     もし薫が来たら、なんでも好きなものを作ってやろう、と、この一ヶ月薫が好きな食材はずっと冷蔵庫にストックしてあった。


     一ヶ月ぶりに虎次郎の店に来た実物の薫の顔色は、テレビで見るよりもっと良くなかった。テレビというのは、細い人間を魅力的に魅せる。きっとメイクも施していたのだろう。画面越しではない幼馴染は、かつてないほどやつれて見えた。
     虎次郎は、歪みそうになる表情を引き締め、へらりと笑ってみせた。

     お疲れ薫、テレビで見ていたぜ。ご活躍だったじゃないか、前途揚々だな。

     やつれてしまった薫への心配と、会えなかった間の、寂しさと言うには大き過ぎる喪失感と、久しぶりに会えた喜び。ないまぜになった感情を薫に見抜かれぬよう、気の良い幼馴染の皮を被り薫が言われて喜ぶようなセリフを吐いてみせれば、薫はぶっきらぼうに一言、ああ、そうだな、とだけ返してきた。

     全然嬉しそうでもないし、なんならめんどくさそうだった。苛立っているような薫の気分を上げようと、虎次郎はニカッと笑ってみせた。

    「桜屋敷先生に、今日はなんでも作ってやるよ」
    「なんでも良い」

     カッと頭に血が上った。

     見るからに痩せてしまっている、そんな状況で、久しぶりに会えた虎次郎に、めんどくさそうに何でも良いなんて言う薫に、虎次郎は、お前さあ、何でも良いってどう言うことだよ、と語気荒く迫った。

     普段あまり見せたことのない、虎次郎の本気で苛立った表情を見た薫が、ゆらり、と立ち上がった。
     切れ長の瞳が虎次郎を睨み、その圧に気圧されて、虎次郎は半歩退く。その距離をダンッ! と踏み抜いて、薫の手が、勢いよく虎次郎の胸倉を掴んだ。

    「馬鹿ゴリラめ、お前が俺のために作る飯なら何でも良い、って言ってるんだ!」

     ひどく苛立った声で、なんでそんなこともわからないのか、と言わんばかりの口調に、虎次郎はぽかんと口を開いてしまった。

     一拍遅れて、脳がその意味を理解する。
     じわりじわりと顔が赤くなってゆくのが、自分でも分かった。赤面した虎次郎の顔面を、鼻先が触れるくらい近くまで引き寄せ、薫は嫣然と微笑んだ。

    「分かったら何でも良いから早く作れ、ボケナス。俺は、腹が減ってるんだ」

     この上なく可愛いことを言われてそんな間近で微笑まれ、虎次郎の中の何かがぶわりと溢れた。ずっと堪えて蓋をしていたのに、こじ開けやがってこの野郎。
     胸倉を掴んだままの薫のちいさな頭を、逃げられないように両手で捕まえて、虎次郎は初めて薫にキスをした。

     殴られるか蹴られるか、それでもまぁ良いからとにかく今すぐ、この可愛くて可愛くない薫にキスをしたい。衝動的に仕掛けたキスは、意外なことに受け入れてもらえた。
     数秒間だけ。

     キスした瞬間こそ大きく目を見開いた薫だったが、次の瞬間には満足げに目を細めて、虎次郎に身を委ねたのだ。

     薫が、虎次郎のキスを受け入れている。

     その事実が、虎次郎の頭を一気にのぼせさせた。
     ちゅ、ちゅと幾度も唇同士を触れ合わせ、薄い唇を啄むように小さく食み、唇の内側の粘膜を舌先でそろりと撫でる。薫が、ん、なんてやけに色っぽい息を吐くものだから、嬉しくなってべろり、とその唇を舐めたところで、強烈なパンチが虎次郎の腹筋に叩き込まれた。

    「良い加減にしろ!! 腹が減っていると言ってるだろう、この色ボケゴリラ!!」
    「ぅ……ってぇ……加減しろよ……」
    「ゴリラに加減は必要ない!」

     虎次郎が腹を抱えて前屈みになると、ふんっ! と鼻を鳴らして薫が席に座った。
     そっぽを向いている、その髪のあわいから見える耳殻が桜色の髪より赤く色づいているのを見て、虎次郎はたまらず、あああ、とうめいて床にしゃがみ込んだ。
     なんだそれ、照れ隠しかよ。可愛いにも程がある。

    「お前さぁ、反則だよそれ」
    「は? 何を言ってるんだ。そんなことより早く、なんか作れ」

     へえへえ、と返事をして立ち上がる。

    「虎次郎」

     拳を叩き込まれた腹筋を撫でながらキッチンへと戻る虎次郎を、薫が静かに呼んだ。

     振り返ると、ひどく真剣な顔をした薫が虎次郎を見上げていた。

     やべえ、怒られる。

     さっきのキスで虎次郎が乱した髪がやけに色っぽくて、下腹が疼く。あぁ、もう一回くらいキスしたかったな。先ほど吸い付いた、柔らかかった唇につい視線がいってしまうのを無理やり引き剥がして、虎次郎を呼ぶ、少し潤んでいるように見える瞳を見た。

    「なんだよ暴力狸」
    「……続きは、腹がいっぱいになってからだ」
     
     今度こそ、息が止まるかと思った。言葉も出なくて、まじまじと薫を見つめる虎次郎に、薫はきゅっと唇を結び、顔をしかめてから、目を逸らした。
     怒っているように見えるが、これはそうではない。幼かった頃に何度も見た、そして最近ではめっきり見なくなった、不安で、心細くてたまらない時の薫だ。

    「……したくないなら、無理にしなくていい」

     ちいさい声に、胸が詰まる。虎次郎は、薫に手を伸ばし、頬を両手で包んでこちらに向けさせた。目元が赤く染まっていて、淡いいろの瞳が、虎次郎を真っ直ぐ射抜く。
     そこには確かに、虎次郎への恋情が見て取れた。

     ああ、たまんないな。

    「……そんな訳ないだろ、ばーか」
     薫の額に虎次郎の額をこつりと当てて、甘く、低く囁く。

     虎次郎は愛しさで胸がいっぱいになるのを感じながら、薫の唇にもう一度、触れるだけのキスを落とした。
     黙ってキスを受け入れた薫の身体を、腕の中に抱きしめる。

    「ずっと、こうしたかったっつーの」
    「待ちくたびれたぞ、ヘタレゴリラめ」
     ぐりぐり、と薫の額が虎次郎の胸に押しつけられた。
    「……ごめん」
    「分かればよろしい」
     ペタリ、と虎次郎の胸に、薫が張り付くようにもたれかかる。懐かないと思い込んでいた野良猫が、いきなり甘えてきているようで、嬉しくて、信じられない。

    「……かおる」
    「……うん」
    「飯、食ったら」
    「うん」
    「……泊まって、く?」

     ぐり、とまた額を胸板に擦り付けられた。これでは本当に猫だ。さらさらの髪を掻き分け、うなじをくすぐると、薫はくすぐったそうに首をすくめてくつくつと笑った。

    「……泊まってやるから、飯、早く」

     早く、と言うわりには薫から離れようとしないのが愛しい。

    「はいはい。何でも良い、だろ」

     捕まえた身体を離しがたくて、もう一度ぎゅっと抱き締める。 

    「デザートも、食いたい」
     薫が虎次郎の胸から顔を上げてねだる。

    「何でもいい?」
    「……ティラミス」

     ーーお前、それ、意味わかって言ってんの?
     虎次郎がその言葉を飲み込んで、ゴクリ、と喉を鳴らすと、薫がふふん、と挑発的に笑った。

    「お前、今夜ぜってえ寝かさない」
    「ふん、望むところだ」

     薫の白い腕が虎次郎の逞しい首にするり、と巻き付いて虎次郎を引き寄せ、かぷり、と虎次郎の唇に甘く噛み付く。
     3回目のキスは甘噛みの攻防戦になり、息が上がった薫から今度はすねを蹴られた。


     結局その日の夜は、お腹いっぱいになった薫が、キスをしている最中に寝落ちしてしまって、キス以上の続きはできなかったのだけど。
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