「…うさぎは寂しいと死ぬらしい、ですよ」
チャンドラから発せられたその声は、全てを言い切る頃には耳を澄まさなければ聞こえないほど小さくなっていた。
しかし今この瞬間、チャンドラを自らの腕に抱き寄せているコノエの耳にはしっかりとはっきりと、その言葉が届いて。
気恥しさを紛らわせるためか、コノエの胸元にぐりぐりと顔を擦り付けるチャンドラの頭部からうさぎの耳をモチーフとした黒いカチューシャがずれ落ちる。
酒の席の罰ゲームとして着用することになったと言っていたそれを髪に絡まぬよう外してやりながら、コノエはチャンドラの髪の間から先程よりも赤く染った耳が覗いていることに気づいてゆるりと口角を上げた。
今のチャンドラはカチューシャと共に用意されていたという白いカッターシャツに、蝶ネクタイ、黒のスラックスとセットアップのウエストが細く引き締められたベストという、カチューシャを外した今では一見バーテンダーのような格好をしていて。
あまり見る機会のないスタイリッシュなチャンドラの服装を目で楽しみながら、その服の下には軍人らしく適度に鍛えられ引き締まった身体が隠されているのを知っているコノエはより密着するようにチャンドラの身体を抱きしめる腕に力を篭める。
「ダリダ」
寸分の隙間さえ許さぬほど密着した身体から伝わるチャンドラの熱と鼓動を感じながら、コノエがわざと甘い声でチャンドラの名を囁くと一層チャンドラは恥ずかしげにコノエの胸に顔を埋めて。
いつまで経っても甘い雰囲気に弱いチャンドラの反応に気を良くしたコノエがもう一度チャンドラの名を呼ぶと、もぞもぞと身動ぎしていたチャンドラは動きを止めて、ぎゅ、とコノエの背中に回された手に力を篭めてコノエの服を握り締める。
そしてコノエが誘うようにチャンドラの髪に触れていた手を項に滑らせて後頭部を手のひらで支えるように顔を上げさせると、そこには耳だけでなく顔中を赤く染めたチャンドラがいて。
平素のような優しく溌剌としたムードメーカーな雰囲気からは程遠い、情欲に揺れ、ただコノエを求める表情のチャンドラの瞳に惹き寄せられるように、コノエはゆっくりと距離を縮め、優しく唇を重ねた。
「ん…」
コノエの唇を受け止めたチャンドラを強く引き寄せながら、コノエはチャンドラの厚く柔らかい唇の感触を愉しむ。
緊張で固く閉ざされたそこを無理に暴くことはせず、角度を変えて唇を甘く食んだり、故意にちゅ、ちゅ、とリップ音を立てながら唇を啄んだり。
わざと焦らすように唇を可愛がってやると、チャンドラの唇がもどかしそうに震えるのが皮膚を通して伝わって、堪らずコノエの目尻が緩んで。
本人は恥ずかしがって素直に認めないだろうが、チャンドラがコノエの熱を欲するその震えのように、コノエもまた閉ざされた向こう側にあるチャンドラの熱を求めているのだと理解させるように、今度は閉ざされた唇を舌先で擽る。
普段であればコノエから恥ずかしがり屋なチャンドラのためにも優しく暴いてやるのだが、今日はチャンドラから求められたい気持ちが強いコノエは焦らすように唇を食んでは舌先で擽るのを繰り返していると、終ぞ触れるだけの口付けに物足りなくなったチャンドラから求めるように言の葉が紡がれて。
「…意地悪、しないでくださいよ…」
吐息さえも触れ合う至近距離で拗ねたような声と物欲しげな表情をするチャンドラに応えるように、コノエは再びチャンドラと唇を重ね、許された隙間からぬるりと舌を滑り込ませる。
舌先で上顎を擽るだけでも「ぁ、っ…」と上がる甘い声を飲み込みながら、狭い咥内で奥に縮こまっているチャンドラの舌を己の舌先で擽ってやると、チャンドラの身体がぴくりと震える。
そんなチャンドラの反応に気を良くしながら、しかしコノエは舌先で触れるだけの優しい触れ合いを繰り返すだけで、決して奥に潜められてるチャンドラの舌を絡め取ろうとはしなかった。
いつもならもう呼吸も飲み込まれる深い口付けを交わしているのにどうして、とチャンドラが伏せていた目を開くと、すぐ近くでコノエが目を細めながらチャンドラを見つめていて。
そして瞳の奥で熱を燻らせているコノエがもう一度舌先で触れられてしまったチャンドラはコノエの真意に気づいてしまって。
「っ~…!」
あくまでチャンドラから求められたい姿勢を崩さないコノエにチャンドラは更に顔を赤くさせながら、おずおずと自ら舌を伸ばす。
そしてコノエの舌を捉えたチャンドラが意を決してコノエの舌に絡みつくと、コノエの舌は優しく受け止め、応えてくれる。
ただでさえ言動で甘やかされ過ぎていると言うのに、口付けでさえも甘やかすように応え与えてくれるコノエにいつの間にかチャンドラの身体からは緊張も羞恥も抜けて。
辿々しくはあるがそれでもチャンドラからコノエを欲する動きに変わった舌使いに応えるため、コノエはより一層口付けを深くした。
「んぅ……、ぁ、……ふ……っ…!」
鼻から抜けるチャンドラの甘い声に気を良くしながら互いを求めあう口付けを交わしていると徐々にチャンドラの膝ががくがくと震えて、喉奥からも震えた声が上がる。
チャンドラから限界のサインを受け取ったコノエは崩れ落ちそうになるチャンドラの身体を支えながらゆっくひと唇を解放すると、口端に溢れた唾液を伝わせながら瞳に薄い膜をこさえたチャンドラが熱に逆上せた表情でコノエを見上げていて。
「おわり、ですか…?」
「…ダリダはどうしたい?」
コノエはチャンドラの瞳から視線を逸らさず、チャンドラの顎に伝った唾液を親指で拭いながら問い返す。
あまり虐めすぎるのもよくないと分かっていてもやはり今夜はチャンドラから求められたいという欲には勝てなかったコノエは、恥ずかしそうに言いあぐねているチャンドラのサングラスをずらすと額、瞼、頬、鼻先と顔中に口付けを贈る。
わざと唇だけを避けた勿体ぶらせるような口付けにチャンドラは顔を訝しげながら唇を尖らせる。
「…わかってるくせにひどい人ですね…」
「ごめんね。でも、今日はダリダの口から聞きたい気分なんだ」
「うぅ…」
基本的にコノエはチャンドラが求めるものを察しては際限なく与えてくれるタイプだ。
しかし、時折こうやってチャンドラからの言葉を求めることがある。
それも今この瞬間のように互いに生殺しの状況であっても、このモードに突入したコノエはチャンドラが言葉にしない限り決して決定的なものは与えようとはしなくて。
そのことを理解しているチャンドラは、己の奥底がじくじくと疼くのを感じながら、はくはくと口を動かして、なんとか空気を震わせて音を紡ぐ。
「……コノエさんが、欲しい、です…。……抱いて、ください……」
「うん、よく出来ました」
顔を赤く染めて情欲に揺れるチャンドラの瞳を捉えながら、コノエはご褒美にとチャンドラの唇へ甘い口付けを贈る。
そしてそのままチャンドラと己の望み通りにチャンドラを抱こうと腰から滑らせた手に触り慣れぬふわふわとした何かが手に当たって。
「…尻尾?」
「ッ~…!!!」
スラックスの腰に近い箇所に付けられたそれは随分小ぶりで、縫い付けられているスラックスと同色なのも相まって気付かなかったのだが、どうやらそれはうさぎの尻尾らしいもので。
コノエとの口付けに夢中になり自分でさえも忘れていた事を改めて指摘され恥ずかしげに睨みつけてくるチャンドラにコノエは「ごめんごめん」と苦笑を零す。
それと同時にコノエは先程チャンドラに言われた言葉を思い出した。
うさぎは寂しい死ぬらしい。
そう言いながらわざわざこの服を着てチャンドラがコノエの目の前に現れたと言うことは。
あまり深く捉えていなかったこともあって別の言葉で強請らせてしまった後だが、その小さな言葉遊びは紛うことなきチャンドラからのお誘いの言葉で。
その事に改めて気づいたコノエは堪らず頬を緩ませながらチャンドラの顔を覗き込む。
「…寂しくて死なれては困るから、僕に沢山愛されてくれるかい?」
「…満足させてくれなきゃ、知りませんからね」
「それはそれは…。精一杯、頑張らせてもらおうかな」
自分の察しの悪さで少しばかり不貞腐れてしまったうさぎのご機嫌を取るためにも、コノエは優しくチャンドラを押し倒した。