現パロ無鉄(彫刻家×貧乏美大生)その2 無頼漢の家に転がり込んで早三日。家賃、生活費、光熱費、その他諸々……一銭も出さなくていいと譲らない彼を説き伏せるのは大変だった。仮住まいどころか転居届を出してがっつり同居しているのだから、何が何でも俺だって金を出すべきである。折半できるだけの余裕はないのでせめて何割かと頼み込んでも首を縦に振ってくれなかったが、金を受け取らないのなら体で払うぞと訳の分からない脅し方をすればようやく折れてくれ、結局生活費の何割かと家事を分担することで決着したのだった。
共同生活といっても、俺は大学にいる時間が長い。変わったことと言えば、やはり生活の質とモデルバイトの頻度だ。飯は無頼漢が作っている。趣味のようなものだと言っていたが、俺からすれば店でも開けるんじゃないかと思うくらいに美味い。モデルバイトは今までと同じようにまとまって空いた時間があれば無頼漢の依頼を受けていた。もう学生課は通していないが、律義に口座に報酬が振り込まれているのを確認しては不思議な感覚になる。
彼との生活にも少しずつ慣れてきた。それは無頼漢も同じらしい。
「おーい、鉄。風呂空いたぞ」
「分かった、すぐ行……おわぁぁぁああ!」
無頼漢の姿を見た俺は思わず叫んでしまった。彼は頭に疑問符を浮かべているようだが、おい。
「なぜ服を着ていないんだ!」
潔い程の全裸である。昨日までリビングには寝巻に着替えてから来ていたのに一体どうしたんだ。
「あー、悪ィ。元々風呂上りは全裸派でな。気が緩んで一人ん時の癖が出ちまった。お前との生活に慣れてきた証だな!」
豪快な笑い声が響く。あろうことか彼はそのままリビングを徘徊しだした。俺の狼狽えっぷりを見てよくもそこまで堂々としていられるものである。
「おっ……俺がいるんだから下着くらい着てくれ!」
「なんだぁ? 男同士そんな気になるもんじゃねえだろ」
「それ、はっ……そ、の……」
まずい、無頼漢がモロ出しのまま近付いてくる。待ってくれ、心の準備が出来ていない。逃げようにも足がすくんで動けなかった。せめて視線だけは必死に逸らす。
「……色々と赤いな? ほら、懸念があるなら今のうちに共有しとけ。これから俺達長いんだからよ?」
無頼漢の声色は優しい。だからこそ羞恥を感じた。何せこうなっている理由がしょうもないからだ。
「……笑わないか? 引かないか?」
「内容によるなあ。けど、聞かせてくれ」
「んん……その」
俺はもう少しでも彼の体が視界に入るのが耐えられなくて、目を閉じてから言った。
「俺、筋肉フェチで……」
「筋肉フェチ」
「筋肉そのものというよりも、鍛え上げられた体が無駄なく動いている様子とか……その体に至るまでの努力を想像するのだとか……そういう……そういう、やつ」
「なるほどなあ。じゃ、こういうのは別に問題無い訳だ」
こういうの? と疑問に思う間もなく顔に何かが触れる。いや、触れるどころの騒ぎじゃない。圧だ。圧が掛かっている。このハリ、目を閉じても分かる力強い鼓動……
「大胸筋……」
「おー、んじゃあここは?」
「前鋸筋……」
「やるねえ。そいじゃ次は」
「ぶ……無頼漢!」
耐えられるわけないだろ! 最早突き飛ばす勢いで彼の腹直筋に両手を突く。しかし俺の筋力では逆にはじき返される始末だった。ぐらりと体勢を崩し背中から床へ倒れ込むが、咄嗟に無頼漢が支えてくれたため事なきを得る。
あぶねえなあ、と笑い声が落ちた。彼も俺をからかっている自覚があるのか、咎める色は含まれていない。俺は体勢を直しながら言った。
「……あんたの体、かなり俺の理想なんだよ。変な言い方するけど、あんただって自分好みのスタイルした女が全裸で家をうろついてたら動揺するだろ」
「そういうもんかあ? けど、ま、それなら解決策があるぜ」
無頼漢はニッと笑う。
「鉄、俺をモデルにデッサンしてみろ」
「……は、え」
「裸婦デッサンで女体に興奮するか? しねえだろ? 同じ原理だ。ま、早い話俺の体に慣れろってことだな」
「…………」
一理ある、か? 慣れるビジョンが一切見えない。何せ彼の体は本当に俺の理想なのだ。そんな神像ボディをデッサン。デッサン……
「今夜寝る前に……少しだけ、描いても」
「満足いくまで何時間でも、何度でも付き合ってやるよ!」
これはこれで俺の煩悩である。彼の芸術的体は後世に伝えるべきだと大真面目に思うくらいには魅せられているのだ。だが、まあ、それはそれとして。
「ちん……下くらいは隠してくれ。歩くたびに揺れるの普通に気になる。それに冬だぞ。俺に合わせた暖房じゃ寒いだろ」
「お前さんも裸族の仲間入りすれば問題ねえなあ」
「なっ……それはしないからな!」
無頼漢がまた豪快に笑う。彼との共同生活は、まだまだ前途多難そうなのだった。