Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    00HHMM

    @00HHMM

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 13

    00HHMM

    ☆quiet follow

    超広義の同棲AU

    #ジェホン
    jephon
    #サンウク

    開けてはいけない扉の話 この扉は開けてはいけない。
     玄関を上がり部屋の案内を始めた管理人は、サンウクにまずそう言った。リビングにつながる廊下の途中にある扉のことだった。一見して目立つところはなく、サンウクは頷きながらも疑問に思った。なにがあるのか、なぜいけないのか、詳しい説明はなにもなく、ただその一言だけだった。
     リビング、寝室、キッチン、バス、トイレ、一通りが揃った部屋だった。一人暮らしにはいささか広すぎ、サンウクはそこで一瞬迷ったが、郊外のワンルームの三分の一の家賃という馬鹿げた安さが決め手になった。
    「あの扉を開けるとどうなる」
     立地はまあまあ、見たところ中は小綺麗にしてあり、陽当たりも悪くはない。値段の理由になりそうなものはあの扉のほかに見当たらなかった。よほどの〈いわく〉なのだろうと思い、半分は警戒、半分は興味からサンウクは尋ねた。
    「あの扉は、開けてはいけない」
     管理人はそうとだけ言った。サンウクはそれ以上聞かなかった。

     部屋に住み始めてから十日ほど経ったある日の深夜、仕事を終え帰宅したサンウクがリビングへ向かう途中、
    「おかえりなさい」
     と知らない男の声がした。どきりとして足を止めたサンウクの隣にはあの扉があった。声はどうやら扉の向こうから届いたらしい。
    「ああ、開けてはいけませんよ」
     サンウクが扉の把手に触れた瞬間、それを見透かしたように声が警告した。けれどそこに相手を咎める調子はなく、大人が子供を導くような穏やかな声だとサンウクは思った。
    「あなたのお名前をお聞きしても?」
    「……おまえは」
    「ああ、わたしとしたことが。なにぶん久しぶりだったものですから。ええ、わたしは、ジェホンといいます」
     声はどこか弾んでいて、サンウクと会話ができることを心底たのしんでいる様子だった。
    「サンウク、サンウクさん。これからどうぞよろしくお願いいたします」
     〈ジェホン〉の丁寧な挨拶に、扉一枚隔てていることを忘れ、サンウクはうっかり頭を下げて返した。そのことすら知ったように、扉の先からはくすくすと笑い声がした。
     
     その日からときおり、〈ジェホン〉はサンウクへ声をかけるようになった。たいていは、サンウクが出かけるか帰ってくるか、廊下を通り目の前を歩くときだった。
    「お疲れのようですね。しっかりお休みなさってください」
    「今日はすこし雨の匂いがしますね。傘はお持ちですか?」
    「あの封筒なら、寝室の抽斗にしまったじゃありませんか」
     あるいはときどき、リビングや寝室にいるサンウクをとつぜん呼びつけることもあった。サンウクさん、サンウクさん……と繰り返し名を呼ばうので、仕方なくサンウクがのそりとのそばへ出向いてやると、
    「よかった、ちゃんといてくれた……」
     と、〈ジェホン〉は心底ほっとしたようにこぼした。頻度はゆるやかに増えていき、〈ジェホン〉はやがて、毎日いちどは声をかけるようになった。
     はじめこそ姿の見えない声を薄気味悪く、わずらわしく思っていたサンウクだったが、慣れというのは不思議なもので、いつからか〈ジェホン〉の声は心を落ち着かせる響きになっていた。仕事終わり、帰宅したサンウクがリビングまで行かず廊下でふうとひと息つくのは、なにも過ぎた疲労のためではない。
     扉の向かいで、前で、となりで、耳に馴染んだ「おかえりなさい」を味わうたびに、サンウクはその声の主に思いを馳せた。やわらかく、穏やかで、けれど一本芯のある……。どんな男だろうか、と思う。
     何日かおき、たまらなくなると、サンウクは扉の把手に手をかけ、〈ジェホン〉に向かって静かに訊いた。
    「ジェホン、扉を開けてもいいか」
     返事はいつも同じだった。
    「扉を開けてはいけませんよ」

     この部屋へサンウクが越してきて半年近くが経った。
     そのときサンウクは、散髪のための鋏を失くして部屋中をあちこちあさっていた。先週も切ったばかりだったが、視界を遮る前髪のひと束がどうしても気になり、早いうちに断ってやろうと思っていた。
     めぼしいところを探しきり、それでも鋏は見当たらず、ついにサンウクは廊下へ向かって「ジェホン」と呼んだ。
    「鋏、知らないか。先週使ってどこかに置いたんだ。ベッドの下もカーテンの裏も見た。このまえはラジオの下敷きだったが、今日はない。あれがないと、……」
     違和感。
     サンウクはふと手も言葉も止め、しんと静かな廊下の方へ顔を向けた。静けさが奇妙に気持ちわるい。
    「ジェホン?」
     呼びかけた声に応えはなかった。いままでにないことだ。〈ジェホン〉はサンウクに呼ばれれば、深夜でも朝でも真昼間でも、いつでも待ち侘びたように返事をするのだ。それが今日はどうしたことだろう。
     サンウクはそっと廊下に出て、扉の前で足を止めた。扉の様子は変わりない。〈ジェホン〉がいるときと同じ格好をしている。
    「ジェホン……」
     もういちど呼ぶ。廊下は静まりかえっている。サンウクは把手を優しく握った。
    「扉を開けても、いいか」
     返事のないことを聞いたサンウクは、手にぐっと力を込め、ゆっくりと扉を引き開けた。
     扉の先には部屋だけがあった。サンウクは奇妙な焦燥でわずかに息を上げながら、扉をくぐって部屋の中へと立ち入った。部屋の中には入り口のほかに扉はなく、窓もなく、机も、椅子も、棚もなく、部屋というより単なる箱のようだとサンウクは思った。天井はのっぺらとして照明もなく、しかし不思議と暗さはない。
     〈ジェホン〉は、どこにいるのだろう。見た限りでは、隠れる場所はどこにもない。サンウクは誘われるように部屋の奥へと歩みを進め、〈ジェホン〉の痕跡を探そうとした。
    「サンウクさん」
     不意に部屋の中から声がして、サンウクはどきりとしてあたりを見回した。けれど部屋の中にはなにもなく、サンウク以外に人はいなかった。ため息に似た吐息が、サンウクの背後から、となりから、耳元から届いた。
    「扉を開けてしまったの」
     サンウクの目の前で、廊下へ続く扉がゆっくり閉じられた。




    「ねえ、サンウクさん。扉を開けてもよろしいですか」
    「いいや、ぜったい、この扉を開けるんじゃない」
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏💖💖💘💯💯💯🙏🙏🏠👥🌛🌓🌜🌊👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works