夜の遠足「なぁ伊黒ー、明日の模試終わった後、俺ん家泊まりに来ねェ?」
真夏の日差しを遮るパラソルタープの下、寝ころんだゴザの上で青い空を見つめる。この装備は炎天下の屋上でも快適に過ごせるように不死川が家から持ってきた代物だ。口にはしないが、日差しに弱い俺の為でもあるのだろう……つくづくマメな男だ。
「断る。久しく行っていないが、お前の家は人が多すぎる」
小中学生の頃は不死川の家によく遊びに行っていたが、なにせ兄弟が多い家だ、気付くと弟妹どもを交えてゲームをして過ごすパターンになる。「いぐっちいぐっちー」と懐いてくれる子達は可愛いし、気付いたら妹に髪を二つ結びにされていたりするのも面白いのだが……受験生になってからは図書館で勉強をするようになり、それ以来は遠ざかっていた。
「それが俺だけでよ。親が旅行券当てたから、小学生のチビ連れて泊まりに行くんだと……2泊3日で。玄弥は今日から部活の合宿で居ねーんだわ」
「なるほど……一人は寂しいということか」
「……違うし」
「それなら仕方ない、行ってやろう」
「おー、なんか楽しめるもん持って来いよ」
「……わかった、考えておく」
何度も何度も学力を試されるだけのつまらない模試も、もう覚えたからそれほど繰り返さなくてもと思う夏期講習も、今日はいつもより楽しく感じる。まるで遠足の前の小学生だな……妙にわくわくしている自分が可笑しい。
―――――
「お邪魔します」
「おー、伊黒ォ風呂入るかー?」
「家で済ませてきた……これ、差し入れ」
家に上がるなり、パンパンに膨らんだビニール袋をずいっと差し出された。ずっしりと重みのある袋を受け取り、開いて中を覗く。
「んだこれ、酒、酒、酒、ポテチ柿ピーにチータラってお前なァ……あ、おはぎ。なんつーチョイスだ」
「好きだろう?」
そう言って、マスクを外しながらニヤリと笑う。
「ありがとな。んじゃこれ持って俺の部屋行ってろォ、皿とコップ持ってくわー」
伊黒は「はいはい」と言いながら迷いもなく階段を上って行った。
食器を持って部屋に入ると、伊黒は座布団に座ってテレビを見ていた。この服装――縁がえんじ色のラインの白い半袖、白い線の入った同じくえんじ色のスウェットパンツ――中学の時の体操着だ。伊黒がこれ着てんの久々に見たわ、笑えるな。本人はなんてことない涼しい顔してやがるが。
「まさかお前が酒盛りする気だとは思わなかったなァ」
グラスとビールを渡しながら、テーブルの斜向かいに座る。
「楽しめるものを持って来いと言っていただろう」
「え、お前よくビール飲むの?」
「いや、初めてだ……」
「え、つか酒飲めるの?」
「知らん」
「……いや、ほどほどにしろよォ」
プシュっと缶を開け、そっとグラスに注ぐと水面が上がると共に泡がふわっと溢れそうになり、慌てて口を付けて吸い込む。伊黒は慌てずに注ぎながら溢れていく泡を見つめていた。
「おい、こぼす前に飲めよ。ほら」
注ぐ手を抑えて、ビールの滴るグラスを持ちグッと伊黒の口に押し付けると、なんとか泡を啜って口に含んだ。グラスを持たせ、その隙にテッシュでテーブルを拭き取る。
「あまり、美味くないんだな」
口の周りに泡の髭を付けてそう呟いた。「そんなもんだろォ」と言いながら、またティッシュをとって伊黒の口も拭いてやる。持ってきた菓子もテーブルに広げて、やっと宴会の開始だ。
「俺が用意したのはこいつだ」
黒いレンタルバッグからDVDケースを取り出し見せつける。
「……ほう『女教師の大人の授業――いたいけな生徒に手取り足取り出させてあげる』か」
「読むなァ」
「こういうのが趣味だとは」
「先輩に借りてもらったらこれだったんだよ……とりあえず興味あるだろ?」
「ない」
「嘘つけ……再生すっぞ」
流れてきた映像を見て失敗したと思った。先輩のチョイスは大外れだ……学生に学園設定なんて見せるもんじゃねェ。あと男優がいまいち。まぁ未成年が使えないのはわかるが、もうちょっとマシなの居なかったのか。そして色々無視しておっぱじめる強引な展開……こういうのってそういうものなのか……なんていうか、乗らねェ。
「男が気色悪いな」
「確かになァ……あと女教師の服装が引くわ」
「脱ぐ前提で着ているんだろうな。コスプレだ」
画面を見る以外にやることが無いから酒が進んでしまう。2本目を注いでいると伊黒が「俺も飲む」と言って袋の中の缶に手を伸ばそうとした……が、そのままぱたりと倒れた。
「おーい、どーした」
「床が波打ってる」
「ははっ、酔ってんなァ」
「俺の心臓も波打ってる」
「しっかりしろォ」
伊黒の肩を掴んでグッと身体を起こして座らせる。耳が赤いし、目が座ってやがる……俺を見上げる体制だからか、上目遣いが妙に色っぽい。ちょうどその時、女の喘ぎ声が大きく響いた。
「あんっ。あああんっ。いい、ああああーん」
大げさなくらい艶めいたその音に、思わず身体が反応する。伊黒と見つめ合うのが気まずくて画面に目をやると、教壇に手をついた女が後ろから突かれてるところらしく、はだけた胸がゆさゆさと揺れ、ますます声は盛んになる。この画と喘ぎ声はヤベェ……俺が次第に固くなっていくのがわかる。そっと伊黒から離れ、元の場所に座り直す。
「いい、いいわ、あん。あん。そこ、そこよー」
「お、おう、あう、ここですかせんせーい!」
突然ぶち込まれる男優のカット。
「男の声が入ると萎えるな……あんな男よりお前の方がよっぽどいい男だと思うぞ」
そう言って俺の方を見ていた伊黒が四つん這いになりながらこっちへ来る。
「おい?大丈夫……か?」
酔いが回ってフラついているかと思ったが、真っ直ぐ俺に向かってやってきて俺の肩に手を添えた。見つめ合ったまま顔がグッと近づく。あ、シャンプーの匂いがする……そう思った時にはもう、視界は伊黒だけになっていた。
頬に当たる髪と、ふにっとした……柔らかい唇。なんか分からないけどスゲーいい匂いする。何度か唇を食むように動かされ……ヤバい、ちょっと待ってまずい……またあんあんと女の喘ぎ声がするし、唇からとてつもない快感がくる……無理だ!無理だって!はち切れる。
その時、伊黒の体重が俺に降りかかってきた。俺の肩に頭を預けて。抱きしめる形で受け止める。
「へぁ?おい!伊黒?おい!」
耳元でスースーと安らかな音がした。
「あ〝?寝てんのか?おい!」
マジか……いや、もう、もう!寝てくれ。寝てろこの野郎!伊黒を抱き上げてベットに放り投げると、限界を迎えた俺はダッシュでトイレに向かった。
なんかごめん 終わり