【はこどー♀】HARU新刊予定の旅行話 地上に上がり、大通り沿いに歩く事数分。紫色の看板が出ているビルの前で北海道は足を止めた。自動ドアの向こうの様子が少し見えた函館にもその場所が何なのかは解った。
「普段、ここのオンラインショップで買い物する事が多いんですけれど、仙台に直営店があるって言うので来てみたかったんです」
「アクセサリーショップか……俺一人だったら縁がない場所だな」
自動ドアが開き、ギャラリーの全景を見た北海道の紫水晶の瞳が大きく丸くなった。後から入った函館の口からも「へぇ」と声が零れる。
「いらっしゃいませ。試着もできますので、ご自由にご覧下さい」
ギャラリー部分はコンパクトだが、あちこちに普段は画面越しに見ている煌びやかなアクセサリーが並んでいた。レジカウンターを挟んで奥に数人のスタッフがいる様子も見える。
「せっかく来たんだ。気が済むまで見てけよ。……欲しいのあったら買ってやるから」
「え」
「少し早いけれどクリスマスプレゼントだな」
突然の函館の言葉に北海道の顔が赤くなる。その様子が見えたのか、ニコニコと微笑んださっきの女性から再び声が掛かった。
「ネックレスも指輪もたくさんありますので、是非お好きな、気に入られた物を」
「ゆ、指輪はまだ……ちょっと見てきますね」
「あぁ」
ぎくしゃくしながら函館から離れ、北海道はギャラリーの端から展示されている作品を眺める。サイトで見た事がある物、見た事がない物……どれを見ても楽しく、その美しさに北海道は惹かれていた。一方、函館も近くのラックに視線を向ける。
「確かに普段あいつが着けてるの、こんな感じだな……」
ネックレスやピアス、イヤリングだけでなくヘアゴムやヘアピンもあるようだ。どれも函館が思っていた価格よりお手頃な価格設定になっている。ギャラリー中央のテーブルには今月の誕生石の作品や、クリスマスに向けてのセットが展示されていた。ちらりと北海道に視線を移すと、真剣な表情でネックレスを見ている。時々手に取ったり、何か悩んでいるようだったり……ここにある宝石のようにキラキラしながらくるくる変わる表情に函館の表情が和らいだ。
「……すみません。あの……」
「はい」
函館はレジカウンターにいたスタッフの女性に声を掛けた。
「ちょっと相談なんですけれど……」
北海道に聞こえないように、函館は言葉を続ける。それを聞いた女性はにっこり微笑んで頷いた。
「でしたら……今、ご用意しますので少々お待ち下さい」
そのままバックヤードに向かう女性の後ろ姿を見てから、函館はぐるりと店内を見回した。限られたスペースでできるだけ多くの物を展示する。そしてそれがごちゃごちゃしていなく、世界観があって綺麗にまとまっている。センスがないとできない事だ。普段見る事がない光景なのもあり、そして何より北海道が楽しそうにしている姿もあって……『特別感』を感じていた。
「……お待たせしました。こちらとかいかがですか? 現在、在庫こちらの二点なのですが」
数分後。小さなトレーを持った女性が戻ってきた。アクセサリー用のトレーの上の物をじっと見て、手に取って照明にかざしてみたりもして……最終的にピンときた片方に決めた。
「こっちでお願いします。このまま着けていくと思うので、箱だけ後で……」
「畏まりました。お会計も後で合わせてさせて頂きますね。
相手の事を見て、事情も含めて色々考えて選ばれる……素敵な関係ですね」
「……恐縮です。これ、このまま持っていても?」
「構いませんよ。彼女さん、絶対喜んでくれると思います」
その言葉に頭を下げて、一ケ所でずっと悩んでいる北海道の方へと函館は足を向けた。
「決まったのか?」
「……全部可愛くて……。ネックレス一本欲しくて、色も決まっているんですけれど、どの石がいいか……」
「まぁ好きなだけ悩め。時間は全然まだあるから……」
「……試着してみます?」
二人のやり取りを見ていた女性から提案があり、「お願いします」と北海道は答えた。テーブルにスペースを作り、鏡が用意される。
「どちらで迷われてます?」
「えっと……これと、これと、後これで……」
北海道が選んだ三本を女性はトレーに乗せて用意したスペースへと案内した。
「見てるのと実際着けてみるので、印象変わったりしますからね。ゆっくり納得するまで検討して下さい。他に試着希望がありましたら、遠慮なくお声掛け下さい」
「有難うございます」
路面店でもあるのと、店内にいる函館と北海道の姿もあるからか、時々ふらりと入店してくる人々もいた。「先にお客様がいると入りやすいのもあるみたいです」と先程の女性が言っていたが、確かにそうした点もあるのかもしれない。
「うー……全部可愛い……決まらない……」
一方、試着を繰り返す北海道は鏡の前で唸っていた。ここまで悩む姿を業務外で見るのは珍しい、と函館は感じてしまう。
「……難航してるみたいだな。最終的には第一印象、もあると思うぞ」
「……本線。そのままでお願いします」
「は?」
そのまま北海道はネックレスの石を函館の瞳と同じ位置に掲げた。石と函館の瞳をじっと見比べて、次のネックレスへと変えて同じ事をする。
『……一体俺は何を試されているんだ?』
北海道の真意が汲み取れず、とりあえず気が済むようにやらせてみようと函館は敢えて何も言わずに付き合った。何度かの見定めが済んだ後、北海道の表情がふわっとした物に変わった。手にしたネックレスをもう一度着けてみる。
「やっぱりこれが一番、かな」
北海道の白い首元にゴールドのチェーンと丸みを帯びた深い青の石が映える。表情からようやく納得できる物が見つかった、と言うのが函館にも伝わってきた。