荒野、誰も知らぬ場所にて男は目を覚ました。腕の中には女がいた。
裸の女はがちがちと震え、泣き腫らした目で男を見上げる。女の下半身は血に塗れていたが、女の白く柔い身体には傷一つついていない。女の脚に纏わりついているのは、男の腹から流れ出しているものと、眠り込む前に男が注いだものだった。
男がその身体を抱き締めていた腕を離すと、女は必死に狭い寝ぐらの隅へと逃げた。
男は身体を起こし、女を眺めた。それから、女が元々着ていた服は己が引き裂いたことと、己の寝ぐらには女の身体に合う服などないことに思い至り、寝床の布を片手で差し出した。
女が恐怖にまみれた目でそれを見て、より怯えた様子で縮こまる。男は布から手を離した。
男は立ち上がって上衣を羽織ると、戸に手をかけ、外に出て行く。離れた隙に、女が布を手繰り寄せているところを、男の目は認めた。
荒野に雨が降る。
男は歩き始めた。
男の腹の傷口は膿んでいた。先日、女から付けられた傷だ。
歩を進めるごとに、手負いの獣が発するそれによく似た荒い呼吸が、男の口から溢れる。それと同時に、雑に巻いた包帯の血の染みが、色を濃く、深く、広くしていく。しかし、今の男にとっては、己の肉体のことなどどうでもよかった。
男は、女が妊娠したことを、何故だか知っていたのだ。
「(食い物)」
男の頭にあるのはそれしかなかった。
寝ぐらの女と、その腹の子に持ち帰る糧を当てどもなく探して、男は歩く。
「(食い物……)」
ぬかるんだ土に爪先をとられ、男の体はバランスを崩した。そのまま、どしゃりと泥の上に倒れ込む。黄と青の目に、遠くなった寝ぐらはもう見えない。
男はそれきり、ついぞ動くことはなかった。