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    mekesono1

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    mekesono1

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    かなり強めの幻覚です 大人になったstrくんまでます 特にCP意識してませんが
    サトメフィサト?っぽい

    大切だから、3回「うっわ…これどうしよう…」
    「これがサトルくんのお祖父様のコレクションですか。この蔵書の量は…なかなかに壮観ですね。」
    「だめだ、メフィラス…今日は行けそうにないや…」

     あと数時間もすれば、この蔵を大掃除をするために親戚中が集まる。
     サトルの祖父の蔵を占めるのは主に古書の類。何年もの歳月をかけて集められたコレクションが所狭しと並べてある。
     数年前に祖父の亡くなったまま、あまりの物量のせいで放置されているこれらは遺品にあたる。さすがに何年も遺品をこのままというのはいかがなものかと、親戚一同ようやく重い腰をあげて整理のために集まろうというわけなのだが。

    「あー…もう…どうしてよりによって今日かなぁ…」

    よりにもよって今日、泊まり込みで集まると急に聞かされた。この日、真夜中に家を抜け出すことを企てていたサトルにとってはまさに晴天の霹靂だった。

    「見たかったなぁ…流星群…次は12年後なのに…」

    サトルは決して真夜中に遊びに出かける非行少年ではない。
     だが、今日に限って深夜に外出しようとしていた理由はただ一つ、流星群を見るためという健全な理由だった。

    「おや、諦めるのですか?残念ですね、あんなに楽しみにしていたというのに。」

    一方、隣で悪い外星人がにこにこと笑っていた。サトルはそんな思いやりに欠ける男をジロリと睨みつけた。

    「うるさいなぁ…人が落ち込んでるのに!本当メフィラスはデリカシーないよね!」

    「これは心外です、私はまだ決めつけるのは時期尚早だと言っているのですよ。親戚の方々が来る前に整理を終わらせるのはどうでしょうか?」

    「え?いや、流石のメフィラスでもこの量を…」

    予想外の申し出に狼狽えるサトルをよそに、メフィラスは買い物でもするかのような気軽さで一冊を手に取った。埃に塗れた表紙を軽く払うとページを捲る。

    「保存状態のよく商品価値のあるもの。商品価値のなさそうでも、近くの図書館に寄贈できそうなもの。そしてどちらにもならなそうな不良品。この3つに分ける作業が最終目的ですか?」

    「うん…たしか父さんが叔父さんとそう言ってた…」

     かつての祖父に対してやや薄情にも見えなくもないが、何年も蔵いっぱいに圧迫していたものの整理としてはこうなるのが当然かと、幼いサトルでもなんとなく理解ができた。

    「私にとって小天体の発光など特別なものでもありませんが…サトルくんと一緒に周期流星群を見てみたいのです。経験は宝なり。私の好きな言葉です」

    そう言ってメフィラスはジャケットを脱ぎ腕まくりをし、本来のかたちに両手を変貌させた。

    「うわ…すご…」

     まるでトランプをシャッフルしているかのような速さで、右手と左手同時に高速でページを捲り、流れ作業のように本を仕分けていく。 雑多に積まれていた本、適当に棚に押し込められていた本が、あっという間に几帳面に揃えられていつのまにか用意されていた箱に詰められていった。
     同時に箱のラベリングも卒なくこなし、誰が見ても軽く検分するだけで、中身がどんなものか判別が可能になった。

    ちいさな書庫かと思ったほどの量があっという間に綺麗に敷き詰められた段ボールの箱へと固まっていってた。

    「すごい…外星人すごい…」

    手伝う間も無く、あっという間に作業を終えていくメフィラスにサトルは呆然と見ていることしかできなかった。

    「感心してくださいました?ついでに地球いただけます?」
    「あげないよ!」
    「これは残念」

    軽口を叩きながらもあと残っている本は僅かだった。
    残り数十冊程度、メフィラスならばもう数秒で終わらせていた量だったが、ぴたり。滞りなく進んでいた作業が突然止まった。

    「?メフィラスどうしたの?」

     普通の人間ならば確認のため一瞬止まった、なんの不自然もない動きに見えた。
    しかし、メフィラスが手を止めるとなればどんな本なんだろうか?
    サトルは身を乗り出して、メフィラスの手元を確認しようとした。

    「…サトルくん。喉が渇きました。何か飲み物をとってきてくれますか?」
    「?うん、いいよ!」

     目にも止まらない速さとはいえ、作業を続けているメフィラスの初めての要望に、サトルは身を翻して台所に走って冷蔵庫を開けた。確かラムネがあったはずだった。
     スーパーで買ったプラスチックでできたラムネ。ビー玉は入ってない。日本の文化的なものを好むメフィラスなら気にいるかとサトルは2本手に取り、急いで蔵に戻った。

    「終わりましたよ、サトルくん」

    乱雑に積まれていた本は面影もなく、あまりに整然としてきちんと詰め込まれていた。
    「おお…このまま売れそうだね…」
    「売れるようにしましたからね」

    メフィラスの両手はいつの間にか人間の手に戻っている。
    汗ばむような暑さの中、あれだけの量の本を仕分けたのに関わらず、メフィラスは汗ひとつかいていなかった。

    「…メフィラスごめん…大変なことさせて…」
    「…?サトルくんが謝る必要ありませんよ?未読の書籍ばかりで大変興味をそそられました。」

     最後の箱を置くメフィラスはいつもとなんら変わらない笑みを浮かべているように見えたが、小さな違和感を感じたサトルはわざわざ顔を覗き込んだ。

    「?どうしました?」
    「なんだか少し顔色悪くない?」

    大丈夫?と案じるサトルにメフィラスは虚をつかれたようで、少し目を丸くした。

    「…なんの問題もありませんよ。それにサトルくんがラムネを持ってきてくれましたので」
    「あっ!そうだよ、ぬるくなる前に飲んで!」

     簡単な蓋を外し、しゅわしゅわとした炭酸を喉に流し込む。安っぽいプラスチックのラムネとはいえ、よく冷えていてほどよく甘い。冷房のない蔵でも少し涼やかな気持ちにさせてくれる。

    「ありがとうございます。たまに飲むと美味しいですね」
    「本当はビー玉が入っているやつが欲しかったんだけどさ」
    「あれはなかなか縁日などしか売ってませんね」
    「…そんなことまで知ってるんだ…」

     外星人のくせしてこんな細かい知識まで知り尽くしているメフィラスにわからないことなどあるのだろうか。
    サトルはメフィラスのラムネを飲むたびに上下する男らしい喉仏を眺めながら本気で思っていた。

    「…ん?」

    その時、サトルはちらりと見えたのはほぼ空になった本棚の奥が目に入った。数冊本当に注意しなければ見えない位置に本がまだ残っているのが見えた。
    サトルは「まだ残っている本があるよ」とメフィラスに言おうとしたが、さっき彼が、一瞬だけ手を止めた本の表紙に似ていた気がした。
    (もしかして、読みたくない本だったのかもしれないな…)

    「どうかしましたか、サトルくん。」
    「ううん、なんでもないよ。」

    なんとなくそう感じたサトルはあえて追求はしなかった。

    「それよりさ、メフィラスはビー玉入りのラムネはのんだことあるの?」
    「先程言っておいて何ですが…私はビー玉の入ったラムネは見たことがありません」

    飲み干したラムネの容器をからからと揺らす。当然涼しげなビー玉の転がる音はしない。

    「でも最近の縁日にビー玉入りのラムネあんま売ってないんだよなぁ…そうだ、今度ビー玉探しに行こ!売ってるやつより綺麗なビー玉入れたらきっと綺麗だよ」
    「いいですね、地球みたいに綺麗な丸いガラス玉を探してみましょう」
    「…地球から離れてくんない?」

    げんなりするサトルに比べてメフィラスはいつもの調子を取り戻していた。

    そしてメフィラスと一度別れてから、数時間後。
    案の定親戚一同が宿泊のための荷物を片手にぞろぞろ大所帯でやってきた。
    しかし、皆が暑さの中作業することを憂いて嫌々と蔵を開けた途端、綺麗に仕分けされたそれらを見て唖然としていた。
    え?誰が仕分けたの?知らないよ、ここ数年入ってなかったし。誰かが業者呼んだんじゃない?忘れただけで誰かやったのかもな…わいわいざわざわしながら唸る親戚や父を見ながら、サトルは内心誇らしさを感じていた。
     結局、正確に仕分けされたそれらは皆で手分けして軽く見ただけで、図書館行き、古本屋行き、燃えるゴミの日行きがラベル通りに決まった。
    しかし、売りに出そうとした本の中で一冊だけボロボロのものがあり、これは流石に売れないだろと燃えるゴミの日行きに変更されていた。
    (これだけメフィラスが間違えたのかな…?)
     サトルは首を傾げたが、それ以外はメフィラスの目利き通りになっていた。

    そして、結局仕分けはサトルの願い通り1時間弱で終わったが、親戚一同がみんな泊まる気満々なのを忘れていた。
     しまったと青ざめていたが、皆一斉になぜか会社から突然呼び出しが…だの。出張に行っていた夫が帰ってきて…など突然慌てて帰って行ってしまった。
     一人残らず帰った親戚にサトルの家族はぽかんとしていたが、サトルにはきっとメフィラスの仕業であることがわかっていた。

    「本当悪質なんだから…」

     親戚のみんなは優しくてサトルは大好きだったが、今日だけは都合が悪い。大人しくメフィラスの目論みに助けられた。

     その日の夜、サトルは無事に家族が寝静まった隙に抜け出し家の前まで迎えに来たメフィラスと合流することができた。

    「よかったですね、サトルくん」
    「もう、メフィラスがみんなを帰らせたんだろ?」
    「何のことでしょうか?」

    メフィラスは白々しく答えるが、サトルは疑ったままにしておいた。

    「もういいよ…それより、早く見に行こう!」
    「最初の一条が見えるまであと32分53秒というところですね」
    「はやくはやく!」
    「急がなくても間に合いますよ」

    流星群が見たいサトルのために、この町で一番綺麗に観測できる場所をメフィラスが案内した。
     街の灯りから少し遠ざかった小高い丘の上。

    「少々この街は明るすぎますが、一番ここがサトルくんの肉眼で美しく見えるでしょう」
    「寝ながら見るの?」
    「長時間の観測は首が疲れますから。」

     どこからか用意したレジャーシートをひくとサトルはその上に寝転がった。

    「ふーんありがと…僕、生まれて初めて見るからしらなかったよ、流星群」
    「それならよかった、実際に見ることは大切です。百聞は一見に如かず。私の好きな言葉です」
    「また難しいこと言って…あっ!光った!」

    最初の一つが空を瞬く間に駆ける。目を輝かせたうちにまたひとつ、ふたつ。
    まるで後ろを追っていくかのように流星は光芒を描く。
    「わっ…!また落ちた!すごいよ、メフィラス!すごく綺麗!」
    「綺麗…?なるほど……そうですね、綺麗です…」

     興奮するサトルの隣に座りメフィラスは微笑みながら、サトルと同じ夜空を眺める。
     宇宙では駆ける星というのはあまりによく見る光景だというのに、なぜか今日だけは違った光景に感じた。

    「えっと…運動会の徒競走で一位取れますように!取れますように!あー…だめだ…」
    「…?それは?」
    「えっ!メフィラス知らないの?!?!」

    予想外のメフィラスの言葉にサトルは驚いたと同時に少し嬉しくなった。サトルにとって地球人らしくメフィラスに何か教えられるはじめての機会だった。

    「流れ星が落ちる前に三回願い事を叶えると願いが叶うんだよ!」

    得意げに教えるサトルは寝そべりながら胸を張っていて、微笑ましい。

    「サトルくんは物知りですね…ところでなぜ一度ではなく3回なんです?」
    「えっそ、それは…」
    予想していなかった質問に少し狼狽えたが、サトルは少し考えた後答えた。

    「きっと大切なことだから、3回唱えるんじゃない?」
    「…なるほど…サトルくんらしい答えです」
    「何だよ…メフィラスも3回唱えればいいだろ!」
    照れ隠ししながらサトルは言うとメフィラスは笑った。
    「ではサトルくんが地球くれますように…」
    「あげないから!」
    いつものやり取りをしていく最中、どんどんと頭上に流星群は降り注いでいく。
     サトルはそれを重くなっていく瞼を我慢しながらそれを目に焼き付けた。

    そして、気づいたら夜空はいつもと同じ風景を取り戻していて、メフィラスの背中に揺られ、もうすぐ家の近くまで近づいていた。

    「あれ…いつのまにか…最後まで見たかったのに…」
    「君が寝落ちたあと、すぐに止んだから心配しなくていいですよ」
    「ほんと…?ならいっか…」
    しゅんとするサトルをメフィラスは慰めるように優しく地面に下ろした。
    「サトルくんが眠たい中恐縮ですが、少し見せたいものがあります」
    「?なに?」

    瞼を擦りながらメフィラスについていくと、向かったのは昼間の蔵だった。燃えるゴミの日に出す本が紐に縛られている。

    「販売可能のところに振り分けていたのですが…予想通りです」
    「え?まさか本当に売れるの?」

     ぽんぽんと煤と埃を払ってからサトルに差し出した。
    「サトルくん、次の学校の日の帰り道。私と落ち合いましょう。それまで君が持っていてください。」
    「んー…わかった」
    半分寝てるサトルは特に考えずに受け取った。

    「おやすみなさい」
    「今日はありがとう…おやすみー…」
    「眠くてもお礼を忘れない君はいい地球人です」

    サトルの背中を軽く押して、メフィラスは姿を消した。


    ————————-



    僕はランドセルに薄っぺらいボロボロの本を入れて投稿した。
     チラッと見たけど本当に古くて何が書いてあるかわからなかったし、写真も白黒写真の海っぽいものが写っていただけだった。
    でも誰もが聞いたことのある浜の名前だけなんとなくわかった。こんな昔から名前が変わらないなんだなぁという感想しか持てなかった。
     こんなのを持たせてメフィラスのやりたいことはいまいちわからなかったが、まぁ付き合うのもいいかも。暇だし。
     結局はメフィラスがこの本をどうするか気になったので、放課後が少しワクワクして待ち遠しかった。
    のはずだったのだけど。
    教室で女子の悲鳴が聞こえた。何だ?と振り返るとクラスでよく女子にちょっかいをかける男子が何やら本を広げている。
     どうやら登校中にえっちな本をたまたま拾ったらしく、誰彼構わず目の前でバッとページを広げて、悲鳴を上げさせて喜んでいるらしい。
     涙目になっていた女子がいたので僕はとっさに「やめなよ!みっともないぞ」と声を上げた。
    「は?」「なにいい子ぶってんの?」と口々にそいつを筆頭とした奴らが文句を言い出したが、僕は相手にしたくなくて顔を逸らして無視をした。
     しかし最悪だったのは僕が目をつけられたこと。
     その日の放課後、奴らが僕の跡をついてきて。ついてくるなと言ったのに走ってまでついてくる。どうしようかと悩んでいたら、メフィラスの姿が見えるところまで来てしまった。
    最悪だ。

    「あれ、サトルのとーちゃん?!これ見せてみよーぜ!!」
    いいねやろーぜ!と騒ぐやつらに僕は焦った。
    「とーちゃんじゃないし!ちょっと…やめろよな!メフィ…あいつはそんなキャラじゃないんだって!」
    「男だし喜ぶかもしんねーじゃん!」
    「馬鹿!やめろって!!」

     僕が止める間も無くあいつらはメフィラスの方へ走り出した。あんなやつらと友達と思われるのいやだと思って、止めようと慌てて追いかけるけど、駆け出すのが遅れたせいで間に合いそうにない。
    メフィラスはとっくに僕に気づいて軽く手を振ってるし、あーもうほんと最悪…!
    「おーい!これ見…!!」
    先頭のやつがにやにやしながら馬鹿でかい声で叫んだ。
    …にも関わらず、メフィラスはなんの反応も示さなかった。

    「おかえりなさい。サトルくん。そんなに息を切らしてどうしたんですか?」
    「…え?」

     足元に突っ込んでくる奴には目もくれずにメフィラスは一番後ろにいる僕を、真っ直ぐ見据えて微笑んでいた。
    それはまるで、僕以外の奴らは見えていないかのような目だったので、僕は思わず走るのをやめてしまった。
    「メフィラス…こ、こいつら気にしないで…」
    こっちに来てと僕が手招きをして、やっと足下にいた奴らに気づいたようだった。
    メフィラスが初めて視線を落とすと、先頭にいたやつがびくっと肩を震わせてエロ本を開きもせずに、なぜかバッと後ろに隠した。
    え?なんで?

    「サトルくんのお知り合いでしたか、はじめまして。私に何か御用ですか?」
    「な、なんでもない…です…」

     うるさいぐらいに騒いでいたあいつらはしどろもどろになり、なぜか顔を真っ赤にして、一斉にどっかに行ってしまった。
     なんの風の吹き回しだろう…?

    「メフィラス…ごめん…あいつら馬鹿な連中で…」
    「そうなんですか?サトルくんが言うならそうなのでしょう」
     
     気にも留めていない様子でメフィラスはサトルのランドセルをトントンと指で突いた。
    「それより、サトルくん。お小遣い欲しくないですか?」
    悪戯っぽく笑うメフィラスの意図がわかった。

    「ほんと悪い外星人だな!」

    と呆れながらも、メフィラスに差し出された手を取った。あのボロボロの本、いくらするか気になるし!

     向かったのは街の真ん中の昔からある古本屋。
    古本屋と言っても漫画とか小説とかじゃない難しい本ばかり売っている本で僕のような小学生には縁のない場所だった。
     ランドセルから例の本を取り出して店主に差し出すと、丸メガネをかけた店主はひどくびっくりした顔になった。
    奥まで持ち込んでなにやら他の店員と話し込んでいる。
    しばらくして店主が戻ってくると、どうか値段に色をつけるから是非うちで売って欲しいとのこと。
    あまりに必死に訴えるのものだから、次は僕がびっくりする番だった。

    「構いませんよ、この店が一番適正価格を提示してくださると信じていました。」
    メフィラスはにこやかに封筒を受け取って、一緒に店を出た。
    メフィラスはそのまま僕に封筒を手渡した。

    「これはサトルくんの家で見つけた後捨てられサトルくんに渡ったもの。なのでこのお金はサトルくんのものです」
    「え?」

    もらった封筒を覗くとなんと一万円札がたくさん入っていた。
    「い、いらないよ!こんな、お年玉でもないのに!!」
    慌ててメフィラスに返そうとするも逆にぐいとつき返した。

    「サトルくんに渡したいものです。ああ、地球ほしさの賄賂ではありませんよ。君の万が一に備えて使ってほしい」
    「万が一?」
    「ええ。何かで困ったや、どうしても行きたい場所があったり有意義な経験をするためなどに。君を大切に思う一人として万が一のために持っていてほしい」
    備えあれば憂なし。私の好きな言葉です。
    そう言ったメフィラスはいつもと同じように笑っているけど、言葉は真剣に見えた。

    「でも…小学生がこんな大金…」
    「ああ、自分のためじゃなくても君なら他の人を助けるためにも使えるかもしれません」

     封筒を差し出す今のメフィラスは、何か企んでいるとか悪いことをしようとしてるとかそんな風には感じなかった。

    「…わかった。そういうことならとっとく…」
    「賢明な判断です」

    メフィラスを信じて万が一のために僕は封筒を受け取った。でもなんか見たことのない一万円札の数が怖くて、家に帰ったら自分の机の奥へ奥へとしまった。

     そんな経験をした次の日の朝。
    次の日、学校に行くとゴミ箱に昨日のエロ本が丸々捨ててあった。
    僕がゴミ箱を見てることに気づいたのか、昨日先頭にいたあいつは聞いてもないのに吐き捨てた。

    「んだよ!俺だってわかんねぇよ!わかんねぇけど、なんか…サトルのとーちゃんの顔見たらさ…」
    うん、とーちゃんじゃないんだけどさ。
    「なんかとんでもなく恥ずかしいことしてた気がして…」

    いつもの喧しさはどこへいったのか、尻窄みになってボソボソ喋ったあいつはどこかへ行ってしまった。
     メフィラスはこいつを見てすらなかったのに何を言ってるんだ?
    これもよくわからない外星人パワーか…

     その正体がなんとなくわかったのは僕が高学年になった時のことだ。
     メフィラスが整理してくれたあの蔵は、結局物置になってしまった。使わなくなってしまった家具や家電など粗大ゴミに出した方がいいんじゃないかと言ったものが押し込められている。
    折角メフィラスが片してくれたのに…とため息をつきながら、母さんから頼まれたストーブをしまうために久しぶりに蔵に入った。
    たしか、ここでメフィラスが「海水中のカルシウムの化学反応がどうたら」だとか「地殻変動、ちしつがく?」がどうたらみたいな海の本を見つけて、バカ高く売り払って僕にくれた。今でも手をつけずにしまってあるけど、何に使えばいいんだろ、あれ?欲しいゲームとかに使う気はしないし…なんてぼんやり考えていたら、空の本棚が目についた。
     まだここにはなにも載っていなくて埃だけが積もっていた。
    あ、ここそういえば…あの時見えた奥の奥にちらりと見えた数冊の本。
     すっかり忘れていた。あの時あの本を見たメフィラスは少しだけ様子が違った。
    一体どんな本だったのか。好奇心に負けて思わず手に取ってみた。「うわっ?!」
    思わず驚いて手から落としてしまった。えっちな本だ。しかもかなり昔のでかなりすごいやつ。
     ほかにも小説なんかもあって、パラパラめくってみたらほぼ読めない漢字だらけだったけど、そういう感じの本だということがわかった。
    「ん…?ん…?!」
    ぱらりと、小説をめくったら何か落ちてきた。古い学生証のようで手に取ったら知った名前があった。
    「はぁ…叔父さんのだったのか…」
    ああ、そうか。一応人の所有物だから捨てられなかったんだな。
    あの時のメフィラスは止まったというより凍りついていたんだ。
    僕はこの頃初めて知った。

     地球に長くいるはずのメフィラスが、人間のそういう欲を嫌悪しているということを。


    初めてメフィラスと共に流星群を眺めて12年後が経った。

    「サトルくん、食事中に肘をついてはいけません。」
    「まだ食べてないからいいじゃんか…」
    「もうお通しには手をつけて、乾杯もしたでしょう。」

    僕はすっかりお酒が飲める歳になり、メフィラスと酒席を共にすることができるようになった。
     この頃メフィラスは若干口うるさい。僕が色々礼儀作法を気をつけなければならない社会人になったからだと思う。
     今日、2人で来ているのは鍋料理が有名な居酒屋で何度かきたことがある店だった。
     個室に通されて軽く一杯飲んだ後、オーダーして火にかけられた鍋から、メフィラスはさっきから丁寧に灰汁を取っている。
    もうすぐ肉に火が通り食べごろといったところでお腹が鳴る。
    「あっ…」
     メフィラスに僕の後ろのポスターが見えてしまうところだった。食事中なのにあまりいい気はしないかもしれない。
    椅子の位置を直してちょうど僕の背中で隠れるように調整した。それに気づいたメフィラスは愉しげに笑う。

    「サトルくんは何年も私から何を隠しているんでしょうね?」
    「見ればわかるだろ?」

     メフィラスにとってこれは、ただの滑稽な動きにしか見えてなかっただろうが、小学生の頃から続く癖なんだよな。つい遮るように背中で隠してしまう。

    「いいえ、感知しないようにしているためさっぱりわかりません」
    「は?」
     予想としていなかった言葉に僕は耳を疑った。

    「君は小学生のある時期から、時々私から何かを隠すように看板やポスターといった掲示物などを体で遮ったり、雑誌などを裏返したりします。」
    「…あれ、露骨すぎて馬鹿みたいだと思ってたろ」
    「そんなことありません。私は楽しんでちゃんと見ないようにしてましたよ。」
    「本当に…?」

    思わず身を乗り出すが、メフィラスはにやにやしながら続けた。

    「君が隠したそうな素振りを見せた瞬間、ありとあらゆる知覚機能を制限して視覚情報を遮断し、そこに例え何があったか記憶していたとしても、自身の記憶を一部消去しました。」
    「…つまり?」
    「君が何を隠そうとしてたのか今日の今日まで一切知りません」
    「へ、へぇ…」
    「君からの信頼が第一ですから」

    上機嫌に灰汁を掬うメフィラス。随分と面倒くさいことをしていたものだ。だけど、だったら少しは。
    「…じゃあ多少は意味があったのかな」
     メフィラスだって僕のいない間、いろんな場所に行っていやでも目にしてるだろうし。
     いまさら大人の僕がひょこひょこ隠すのとみっともないか。
    妙な努力だったが、メフィラスの気遣いで成立していたようで、なんだか気恥ずかしかった。
    「まあ、大の大人がいつまでもこんな動きしてるのもおかしいかもしれないよね…ネタばらしするとさ」
     ひょいと体をずらしてポスターを見せる。水着のアイドルがビールをもつ居酒屋でよくあるやつだ。

    「…………え?」

    メフィラスの真っ黒な目がまん丸くなる。鳩が豆鉄砲を食ったような虚を突かれたようなそんな顔。
    笑顔を常に貼り付けているメフィラス のなかなか見れない顔だ。

    「そんなに過激じゃないから、メフィラスにとってどうってことないと思ったんだけど」
    「……………」

     相変わらず目を見開いていだ。まぁそれもそうか。今だってまさかちょっと露出度が高い程度のものを隠していたとは思わなかっただろう。
     長年の積み重ねをネタばらししたリアクションとしては悪くない。少し得意げになって続けた。

    「ほら、お前って人間のそうゆう欲、あれかな、うーん…とにかくあからさまなやつが嫌いだろ?蔵の本大掃除してもらったときなんとなくわかってた。」
    「…まさか、あの本…」
    「ごめん、こっそり見ちゃった…それで今まで極力メフィラスの目に入らないようにしてたってわけ」
    「…………わたしの、ために…?」

    今だに信じられないというメフィラスが少しおかしかった。
    「ほらさ、お前って妙に色気がある見た目のくせして、性の匂いが一切しない不思議なやつって思っててさ…」
    何言ってんだこいつみたいな目でメフィラスはこっちを見てた。僕もその自覚がある。でも酒が若干入ってた僕はそのままよくわからないことをつづけた。

    「胡散臭い見た目のくせして人間のそういう欲に遠いお前に、エロ本見せようとしたクソガキも察したのか尻尾まいて逃げてたし…なんていうかなぁ…」
    「……」
    「コンビニとかの過激なピンク系の雑誌、裏路地とかで見たそういう店のヤバめの謳い文句の書かれた看板。今まで隠してたのはそんなやつだよ。メフィラスに見せたくなかったんだよ。なんかさ…ずっと綺麗なままでいて欲しくてさ。まぁ、僕が何かしなくても…お前はずっと変わらず綺麗だけど…」

    最後は絶対アルコールが入ってなかったら言わなかった。でも本当のことだった。政府との交渉をしていた過去を持つメフィラスが人間の欲について知らないはずがないのに、低俗なものを潔癖に嫌っていた。今でもテレビなんか一緒に見ててバラエティやドラマでそういう話やそういうシーンになったら「サトルくんの教育に悪いので」とか言って僕が大人になってからもすぐに変えるし。
    絶対自分が嫌だったんだんだこいつ。
    でもなんかその様に異様な無垢さを感じた。まぁ、外星人にそういう欲がないってだけの話だろうけど。それでも僕はメフィラスをそういう…穢れと言ったら大袈裟なのかもしれないが、そういうものから遠ざけたい気持ちが大きかった。

    「…………つまり…君…」
    「あーもう恥ずかしいな!鍋食おう!!」
    すっかり煮えたぎっている。誤魔化すように箸をもった。
    「…私を守ってくれていたんですか…?」
    「あーそうだよ!そうなるね…!早く食べよ…」

    その瞬間、メフィラスは持っていた皿を全部スラックスに落とした。熱々の灰汁が入っていた皿をド派手にメフィラスは自分の仕立ての良いスーツにぶちまけていた。

    「灰汁がー?!?!」

    思わず僕は叫んだ。メフィラスがものをぶち撒けるなんて前代未聞で心の底から驚愕した。
    「ちょっとお前!火傷!冷たい水かけるから待っ…!!」
    慌てふためく、僕をよそにメフィラスはスッと立ち上がった。
    その時、メフィラスの顔をはっきりと見た。真っ赤だ。耳まで赤い。

    あのメフィラスがこんなに顔色を変えている。え?なんで?

    「…出かけてきます」
    「は?!どこに?!」
    メフィラスはくるり、と背を向けた。

    「…あの日、売った本の…海にでも…行ってきます…」
    「おい!メフィラス?!」

    様子のおかしいメフィラスを引き留めようとしたが、奴はスッとテレポートして消えてしまった。
    「海…?どうして海…?」
    たしか、売る前に見たバカ高いあの本には、白黒写真の海が写っていた。内容は難しすぎて何も覚えていなかったけど、誰もが知るような有名な浜だったからなんとなく覚えていた。
    「…は?なんでこんな時間にあんなとこに?!」
     今いる僕たちの住む街からかなり離れた海岸にメフィラスは行くらしい。少し早めの晩酌の予定でこの店に入ったから、今はちょうど日が暮れ出した頃だ。
     こんな時間からそんな場所に行くのはどうかしてる。でも、相手はあのメフィラスだ。突然の奇行に驚くはずはないはず…
    「もう!なんだよあいつ!!」
     席を立つと慌てて友達に連絡をする。箸一つつけてない鍋をなんとかしてもらうために。生憎店主のおっちゃんは知った顔だったので、お代を払えば快諾してくれた。
    「この時間の新幹線…!」
    スマホを調べればギリギリ往復合わせて買える券がありそうだ。
    「たっか?!」
     思わず当日券の高さに目を剥いた社会人とはいえ、金欠大学生を卒業したばかりで初任給を待つ身としては懐がかなり痛い額だ。

    「…何が本に載ってた海だよ、頭が痛くなるやつだな…!!」

     僕はやけになって辿り着いた実家の自室の机の奥にしまい込んでいた封筒を取り出して、駅まで走った。



    「着いた…」

    幸いなことに降りた駅と海岸はとても近く徒歩で数分経たずに辿り着いた。しかし、ここから先は闇雲に探すしかない。
    「メフィラスー?!おいどこにいるんだー?!」
    いつもの地獄耳が返事しない。それともここではない場所にいるのか。
    それでも僕は諦めずにとりあえず、砂浜を走ることにした。
     そのとき、空を駆ける一つの落ち行く光の軌道が見えた。
    「流星群、今日だったのか…」
     そうだ、そういえば今日は12年経ったたのか。ニュースでチラッと見たのに忙しくてすっかり忘れていた。
    海に吸い込まれるように次々落ちていく星々はなかなかに幻想的だった。これを一緒に見たい相手が今いないのが癪に思える。
    「覚えていろよ…!」
    僕は明るい星明かりの中、真っ黒な姿の外星人の名前を叫びながら探した。
    「どこいるんだよ…」
    息が続かなくなって、一度立ち止まって肩で息をすれば、きらりと、一際と強く輝いた星が見えて思わず海を見つめた。

    「メフィラ……」
    いた。探し続けていた黒スーツの男がいた。ゆっくりゆっくりと。
     一歩ずつ沖へ向かって歩いている。
    ズブリズブリとスーツが濡れるも構わずにメフィラスは歩き続ける。   
    まるで星と海の元へかえるかのように身体を沈めていくメフィラスの 背中は異様な美しい。
     とてもじゃないが死に向かっているような行動をしているとは到底思えない。
    だが。現に入水するように海へ進む男が目の前にいる。
    僕は本能的に恐怖を覚えて着衣のままざばざばと海に向かって飛び込んだ。
    「メフィラス …!お前何馬鹿なことやってるんだよ…!?メフィラス …!」
    どんなに呼んでもメフィラスは振り返りもしなかった。こいつ、知覚情報とやらを閉じてるのか?
    「メフィラス…!」
    細かいことはどうでもよかった。
    腕を掴んで砂浜まで引っ張って問いただせばいい。ゆっくり歩くメフィラスにようやく追いつき手が伸ばせる距離まできた。
    「メフィラス…!お前何して…!うわっ?!」
     もう少しで腕が掴めそうだったのに、急に足を取られた。どうやら浅瀬が終わり急に深くなり、足を取られたらしい。ずぼんと勢いよく頭まで浸かる。
    「…!サトルく…」
     ようやくメフィラスが振り返った頃には僕は重く海水を吸った服に引きずられるように沈み出した。海面越しにゆらゆらと不鮮明に奔る星が見える。なんだよ、こんな深い場所をすいすい歩くお前に絶対助けなんかいらなかったじゃん。そもそも、こんな海まであと追わなきゃいけないような繊細なやつではなかったし。
    でもまぁ…心配だったし、仕方ないか…それに、星。綺麗だし…ぼんやりと流れていく星を眺める。そろそろ止めた息が苦しくなってきた。あいつ、なんとかしてくれないかな。
     そんな適当なことを思っていたら、案の定、頭上の星を遮るように赤く輝いた光が見えた。ズズズと黒くて大きなものに身体が包まれ、あっという間に海中から浮上することができた。
     やっぱりメフィラスだ。わざわざ等身大のどでかいサイズに戻って両手で掬い上げてくれた。

    「げほ….おいメフィラス…いろいろ聞きたいことがあるん…「目的はなんですか?」

    は?こっちが聞こうとした言葉をそのまま返された。

    「目的?」
    「君にとって私との時間は政府関係者へ外星人の情報をリークするためのアプローチに過ぎなかったのか?それともβシステムと同等の技術を略取するためのサンプリングか?」
    「…メフィラス?」

    僕を掌に乗せたままメフィラスは矢継ぎ早に独り言を言っている。
    酷く焦っているようにも、嘆いているかのようにと聞こえる。
     やっぱりさっきから様子がおかしい。

    「サトルくんが私の目を欺いて政府関係者とコンタクトを取っていたと?国交において軍事国の機嫌取りにしか能のない連中がサトルくんに交渉を…?私がβボックスを回収し、一度地球から離れた後のデータの改竄は完璧だったはずだ。外星人メフィラスが再訪したことすら知られていないはず。そのはずが漏洩していたと?接触時期は?サトルくんの義務教育の終わった後か?いやもしや私と出会ってすぐ…」

    「メフィラス !!」

    僕が大きな声で名前を呼んだらようやくメフィラスは黙った。

    「お前なんでそんなに機嫌悪いんだよ!!」「………悪くありません。」
    「……じゃあなんで拗ねてるの」「………拗ねてません」
    「じゃあなんで泣「泣いてません」
    これだけ即答するならば泣いてはいないのだろう 

    「…じゃあ怒ってるの?」
    「………」

    わかりません。と自信なさげに呟く。こんな弱々しいメフィラスなんて初めて見た。
     メフィラスの黒い身体と海に照る流星群と合わさってひどく現実離れをしていた。

    「…そんなに僕に卑猥なものを隠されてたのが嫌だった?」
    「…嫌という感情では、ありませんでした。屈辱的…とも違います。これはわかります…」
    「じゃあなんで、こんなところに来たんだよ…」

     メフィラスの表情自体は全くわからないものの、彼の吐き出す言葉にいつもの余裕さは伺えないことがわかる。

    「…自分の詰めの甘さで子供の君に不健全なものを見せてしまったやるせなさと…自分より未熟でか弱い存在に損得なく守られていたことを考えてたら気づいたらここにいました」
    「…なんで海だったの?」
    「顔が熱くなったので全身を冷やそうと思いました」

    全身…この巨躯を海の底に沈めようとしたのか。やっぱり心配して損したかもしれない。

    「損得なく守るなんて大袈裟な…僕は勝手に気遣っただけで…」
    「君は何も分かってません」
    「わっちょっとなんだよ」

     頬を突いているつもりなのか、裂けた指の上側ぐいぐいと頬と右半身に軽く押しつけてくる。

    「確かに君のいう通り、低俗なものを苦…いや…嫌悪しています。しかし、現生人類に限ったことではなく、この地球上の有性生殖を行う動物には性的衝動、それを発散する行為が必要不可欠だということは理解しています。特にそれについてとやかく言うつもりはありません。…ですがそれを煽るものが大っぴらにメディアやSNSなど人前で晒されているものを見ると不快感を感じてしまう。
    確かに、君が言う通り潔癖と言ってもいいほどに私が過敏になってしまっているのかも知れません。幼い君に見抜かれるなんて私も人間の擬態が未熟ですね」

    まるでがっくりと肩を落としているようだった。
    この姿でこの大きさのメフィラスは本当に数える程度しか見たことがなかったけれど、僕は好きだった。
     なぜか人間のときより感情がわかりやすいし、単純に人間では辿り着けない星から生まれたその姿は、美しいと感じる。そして今はまるで無限に星が旅をする宇宙のような夜空を背景にして、ひどく神秘的に見える。
    その反面、じっと僕を見つめてぐいぐい気安く指で突いてくる。

    「なんだよ、この指は…」
    「もう一度言いますが、君は何もわかっていません。指の隙間で挟めば潰れるようなか弱い生命体が私を守っていたのです。しかも年単位で。外星人である、この私を。」

    僕の乗せたまま軽く20本の指を広げて赤い裂け目をちらりと見せたが、メフィラスは挟むつもりなどさらさらないだろう。

    「しかも君はいい地球人です。今まで会ってきた連中と違い私利私欲も見返りもなく、私を。しかも形のない私の内側を守ると言った。今だって自分を顧みずにここまで来てくれた。これが私にとってどういう意味を指すのかわかりますか」

     ほんの少しだけ、声が震えていた気がした。
    気のせいだろうか。気のせいだしても、今のメフィラスの声は切実な思いが滲んでいた。
     こんなメフィラスは初めてだ。そう思うと胸の奥がぎゅう、と締め付けられる心地がした。

    「わからないけどさ…なんかしたくなっちゃったんだよ。仕方ないだろ…」 

    「……私は君の気持ちに報いればいいのかわからない」

    まるで胸元で縋って問いただされている。そんな不思議な感覚を掌の上で覚える。

    「報い?そんなものいらないよ」
    「君は富も名声を与えても満たされる人間ではない。」

     ぽたりぽたりと海の水が滴る。メフィラスの艶やかで無機質な黒をなぞるように落ちて、星の光芒が淡く過ぎる。

    「メフィラス …」
    「サトルくん…君が望むなら一生何もせずに暮らすことのできる財を与えることも…いや、今なら地球を諦めることだって考えてもいい」

    「メフィラス ?!」

     あの地球くれくれエイリアンが地球を諦める?ようやく自分がメフィラスに与えた影響の大きさに気づいた。

    「教えてください、サトルくん。私どうやったら、君の気持ちに応えることができますか」

     俯きながら問いかけるメフィラスと止む気配のない流星群。
    この宇宙の外から来たままの姿に彼に見つめられていると、無性に見つめ返したくなる。
    まるで星でも眺めるように黙って見惚れていたくなる。

    そのような奇妙な感覚に陥るのだけど、メフィラスは僕の答えを1秒でも早く欲しているのだから答えよう。

    星影の下にいるメフィラスは、正直いつまでも見ていたい光景だったが、彼から落ちる水が涙みたいに見える。
     そのまま放っておくのは嫌だった。

    「…別に何かしようとしなくてもいいよ。変わらずに僕に地球くださいってお願いしていけば?」

    「…………」

    「好きなものは好きで、苦手なものは苦手で。嫌いなものは嫌いでいいじゃないか。」
     僕を軽く突いていた指を、次はぽんぽんとこっちが叩いてやる。

    「これからも変わらずに隠してあげるよ、手間じゃあるまいし」
    「………」

     気が済まないというかいかにも不服そうという雰囲気が伝わってきて思わず吹き出してしまった。

    「じゃあさ、今後一切僕以外に交渉しないっていうのはどう?」
    「…交渉」
    「そうだよ、僕が地球をやらないからって勝手に僕以外の地球人に地球をくれって頼まないでよ。うっかり渡すやつがいるかもしれないし。これで僕は満足だよ」

    「………はぁ………」

    こいつ、めちゃくちゃ長い溜息をついたな?
    「いいでしょう。時には妥協も必要ですからね。」
    「なんで、僕がどうしようもないみたいなこと口ぶりなわけ?」
    「まさか。その案を受け入れましょう」

     そう言ってメフィラスは海を歩く。どこに行くのかと思えば、陸地から沖に等間隔で並ぶ送電鉄塔のアスファルトの土台に僕をゆっくりと下ろした。

    「それはそうと頭を冷やしてきます」
    「結局海の底にいくの?てか、こんな沖の真ん中に置いていくな!」
    「ご安心を、30秒で戻ります」
    「おい!本当に戻ってきてよ?!」

     ざぷん!ザトウクジラが海面を翻るような音を立てて、海の中に沈むあいつを見送りながら、びしょ濡れのシャツの裾を絞る。
    裾を絞れば、思わずポケットの中に突っ込んでいた財布とスマホを思い出した。
     確実に潮水にやられているだろう
    「……あいつになんとかしてもらうか」
    報いだなんだとしょぼくれてたし、これくらいなら外星人パワーでなんとかしてもらってもいいだろう。
     それにしても綺麗な流星だ。12年前より長く多く落ちて、街灯がないせいでよりはっきり見える。
    そう思えば、海の真ん中の送電塔の下なんてこれ以上ない絶好スポットだ。
     怪我の功名というものかもしれない。
    あいつ早く戻ってこないかなと反対側の裾を絞っていると、スマホと財布以外の持ち物を思い出す。
     やばいと思って慌てて手にすると、封筒に入れたまましおしおになった券が2枚。

    「あーー?!メフィラスがいるのに帰りの券2枚も買っちゃった?!?!」

     帰りはあいつにサクッとテレポートしてもらうつもりだったのにあまりにもテンパったせいで安くない券を無駄に買ってしまった。

    「おのれメフィラス…」
     海面を睨んで恨み言を言うとぴょこ。と大きな三角がふたつ。
    メフィラスの猫みたいな耳が見えた。
     あっという間に立ち上がったメフィラスは僕の隣に巨大な手を置き、片手に持った点火装置をかちりと押すと光を放ち、あっという間に元の黒スーツにもどった。
    「いいじゃないですか。それを使って帰りましょう。この流星群が止む頃がちょうど帰りの時間ですよ。」

     しおしおになった券に入った封筒を彼は手に取ると、メフィラスは目を細めた。
     まるで眩しいものでも見るかのような目。

    「…君は知らないだろうが、自分以外の者のために、大事なものを使える人間はこの世界で少ないのですよ」
    「?なんのこと?」

    メフィラスがぴんと封筒を伸ばせば、中身も外も濡れた跡すら残っていない。
    「あ…」

     封筒には12年前訪れた古本屋の名前が印刷してあった。そういえばチケットを買ったあと、お金を入れていた封筒に雑に突っ込んだ気がする。気恥ずかしくなってメフィラスの手から封筒をひったくった。

    「机の中にしまっていたの思い出したからたまたまだよ!」

     僕が叫ぶとメフィラスは黙って背中を僕の右肩にくっつけて寄りかかった。重い。男物の香水のいい匂いがするけど重い。

    「重いよ…」
    「…駄目ですか?」
    「…………駄目じゃないよ」

     メフィラスからの心から信頼を現していて…正直、駄目ではないから仕方ない。
     気づけば服が乾いていて、スマホもちゃんと復活していた。

    「…何でスーツなんかで歩いて海で入ったんだよ。紛らわしい」
    「…流星群が…12年みたいに綺麗に見えて思わず見惚れまして。そのまま、歩いてしまいました。」

     呑気な答えに思わずため息が出る。

    「はぁ…ほんと紛らわしかった。僕の声、全然聞こえてないし」
    「すいません、当時を思い出しながら集中して見ていたもので。今後ないように気をつけます。前後不覚、私の苦手な言葉です。」
    「…もう二度とすんなよ…」 
    「はい。反省してます」

     本当に反省しているのか、背中を向けているせいでわからない。でかいお前はわかりやすくて素直だったというのに。
    「お土産です、サトルくん」
    不意に僕の手を掴んで、手のひらにころりと何かを転がした。
    「…?これなに?」
     僕の手に落とすようにいくつか渡したのは丸っこくて、少し表面がざらつくものもあればつやつやしたものもある。
    「ビー玉?」
     よく見てみると市販のビー玉より曇りがはいっていたり、カラフルなさまざまな色が混じっていたり、涼やかな飴玉のようなものもある。様々な色のガラス玉が転がっていた。

    「シーグラスです。ラムネに入れたら綺麗だと思いませんか」
    「……あっ…!」

    子供の頃そういえばそんな約束をした。薄情なことに僕はそのことを忘れてそのまま探さず仕舞いだったことを今思い出した。
    少しバツが悪くなっていると、メフィラスはそれに気付いたらしい。
    「安心してください。私も今思い出したんですよ」
    くすくす笑っているのか、振動が肩越しに伝わってくる。
    「…ラムネ、買って帰るか…」
    この流星が海に全て還ったら、砂浜に上がって近くでラムネを買って帰ろう。きっと器用なこいつのことだから、プラスチックの容器の中でも、するりとこのシーグラスを入れてくれるだろう。

    「サトルくん。そういえば願い事はしましたか」
    「あーそういえばしてなかった…どうしようかな…うーん…宝くじがあたりますようにとか?」
    「…さっきの私の交渉をもう忘れたのでしょうか」
    「そういうメフィラスは?」
    「君が地球をくれますようにと」
    「だからやらないって」

     いつもと同じ会話の応酬に笑い声をあげた。もうそろそろ落ちていく星の勢いが弱くなり、いつもの海の光景に戻る頃だ。人騒がせな外星人のせいで心臓に悪い思いをしたが、星見には悪くない穴場を知った。また12年後に連れてきてもらうかな。

    「ねぇ、僕がずっと何年も、何背中で隠してると思ってた?」
    「………言わなくてはいけませんか」
    「わからなくてもなんとなく予想を立ててたでしょ?こんなとこまで来たんだから教えてよ」
    「…………」

    メフィラスにしては随分長く黙り込んだ。本当に今日はらしくないな。それでも気になるから言葉を待った。なんか耳、また赤くなっていないか?

    「……地球」
    「え。」
    「私がこれ以上地球を好きにならないように…綺麗な風景とか自然…そんな…ものですかね…」

    僕は腹の底から笑った。まさかエロい広告とかを大自然だと思っていたとか!
    「あは、あはは…!やっぱお前は綺麗なやつだよ…!」
    「………」
     明らかに後ろで顔まで真っ赤にしてるだろうが、それが面白くてたまらなかった。

     12年後もこんな風に他愛のない話ができたらいい。ラムネでも飲みながら。

    ———————



     
     潜水開始、30秒

    12年前、あの蔵で見つけた学術書は、過去の地殻変動でガスが発生した折に化学反応が重なり、三畳紀には岩塊の奥深くで原油の元が出来上がった可能性が高いという地質学検査の論文だった。
     歴史的にも地質学的にも価値が高いそれは長年紛失されたものとして扱われており、あの店主が目の色を変えたのは計算通りだった。
    あれから12年経ち研究は進んだものの、場所のはっきりとした特定はされておらず、現生人類の掘削技術では資源として活用するのはまだまだ先になりそうだ。
    だから、私がサトルくんに渡せるものの中で最も優れた地球上の資源で思いついたのは『海底油田』だった。

    1日もあればインフラとして整え、軽く根回しを行えば、サトルくんに所有権を有し、生涯の富を約束させることは簡単だった。
    私にはそれくらいしかできない。
    そう思った時には海底に巨万の資源を有するあの海に向かっていた。…もちろん急激に上昇した体表面の熱を下げるためというのも方便ではないが。
    さっさと海へ降りて作業を終わらせようと、砂浜へと移動した。
    しかし、周期流星群が今日に見えることを失念していた。
     気づけば自然と知覚機能を12年前に同期させ、あの日の光景と重ねあわせていた。
    親戚の来訪に慌てていた彼。生涯見るのは初めてだと、レジャーシートに寝転ぶ彼。
    はしゃぐ彼の声を聞きながら眺めた流星群。

     思い出に馳せて夢中になっていた私は、愚かなことに追ってきたサトルくんにギリギリまで気づけなかった。
    「…すこし考えれば、君に巨万の富は似合わないと分かったはずなのですが」
     未だに身体と胸の奥が熱感を感じる。
    サトルくんが待っているため30秒のみこの姿を水底に沈めることにした。
     あのままの巨軀ではあまり冷却感を感じなかったため人間と変わらない姿に戻るも、やはり体表、特に顔の辺りが火照ったままに感じた。
    これほどしつこいのははじめてだと。不意に頭上を見上げれば、小天体は衝突と発光を繰り返しているのが見える。
     海面を隔てたとしても、人ならざる目を持ってしてならばいつも通り鮮明に映し出せるそれ。

    「…1人で見ても味気がありませんね」
     財が眠る方角を一瞥した後、そのまま振り返り海面に上がろうとした。
    「…おや」
     砂に埋もれていくつか煌めくものが転がっている。
    シーグラス、ようは波や砂に揉まれて角の取れたただのガラス玉だった。そういえば、幼い頃の彼とラムネを飲んだ。ビー玉を探そうと言っていたが、サトルくんは忘れたようだったので、そのままにしておいたのだが。
    「…少なくともこんな子供騙しのガラス玉の方が、きっと資源より快く受け取ってくれますよね」
     大人相手にこんなものはどうかと思ったものの、目についたものをいくつか手に取っていた。
    私はサトルくんとの思い出をなぞって重ねる癖がある。
    彼と出会ってからついてしまった非合理かつ意味のない癖。
    しかし、彼にとって些細なことでも私にとって重大な意味を持つことはいくつもあるのだから、仕方がない。

     12年前、彼はあの星々に願いを3回かけ、大切なことだから3回唱えるのではないかと言っていた。

    「……サトルくん…サトルくん…」
    「サトルくん。」

    大切だから、3回唱えた。

    あーー?!メフィラスがいるのに帰りの券2枚も買っちゃった?!
    海の上から愉快な声が聞こえる。
    約束した30秒まで残りは3.65秒。1秒でも早く君に会いたくて、もう一度点火装置を起動する。
     海底からすぐに立ち上がって顔を出した。

    流星はもうすぐ降り止むが、それでも君とみる星空は美しいはずだ。
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