人間の擬態が下手になってしまった。
まずは瞳。
日本人らしい黒い目は爛々とした不自然な色になってしまい、瞳孔の形もおかしい。
縦に伸びたまるで蛇のような瞳孔をもつ人種…いや現生人類はまずいない。色のついたグラス、またはカラーコンタクトをつけない限り人間社会に溶け込めない。
次に手。外星人態の、本来の形の手から戻れなくなってしまった。革手袋をしないと街中を歩けない。
変化が生じて速やかに本来の姿に戻った。
自らの発光器官が、見たことがないほどに爛々と激しく輝きを放つ。
ああ、これは、変貌してしまった人間態の瞳の色だ。
桁違いの膂力とネゲントロピーの充填を可能とした両手。
元々私の両手は効率性を重視した形だったが、いつのまにかエネルギーの循環を強大なものにする代償に、歪な形に成り果てていた。
擬態と解除を繰り返しても、ありとあらゆる知識をマルチバース中からかき集めて検証しても無駄だった。何も好転しなかった。
ただ見るに堪えない手と瞳を持つ男が一人。
他外星人と比べ物にならないほどに突出した我々の順応能力による進化だと理解した。
私の意思に反した進化だが、自業自得とも言える。
私が先程、全滅させた外星人たちの集団は、サトル君を狙って襲来してきた輩だ。
私は加減も慈悲もなく、それらを全て消し去ら続けた。
それを繰り返しているために、身体が自然と兵器に近づきつつあるのだ。
かつて原生人類の兵器化を目論んでいたこの私が、だ。なんという皮肉だろうか。
しかし全ては、私がサトル君と長いこと交流を続けているのがきっかけである。
やつらは私が特別な情を寄せる彼を人質にして、交渉に持ちかける狙いだ。
いや、もはや交渉とは言うまい。
私はそれなりの力を有する身だと自負している。さぞ興味深い研究対象になり得るだろう。
いっそ、サトル君を危険に晒すならば彼らの元へ降ろうとすら思った。
もとより、奴らに私たちふたりの関係を悟らせる隙を与えてしまった償いのつもりだった。
しかしそれを許さなかったのは、誰でもないサトルくん本人。
「もう二度と会えなくなっちゃう、そんなのいやだよ」
私は、その一言と涙だけで、引き続き身勝手なエゴを貫く決意をしてしまった。
案の定、サトルくんたったひとりを。そして共にいる時間を。守れば守るほど、私の姿は少しずつ醜く変貌していった。
しかしサトルくんは、私を拒まなかった。
「…」
「すごく綺麗だ」
「君は何を言って。」
「僕のためにこんなに美しくなって」
「…君の美的感覚を疑う。」
「そんなことを言わないで、貴方は宇宙一美しいよ」
つい、鵜呑みにしてしまいそうになる。彼の恍惚な表情と言葉に、君がそう言うならばそうなのだろう、と。
「これからさらに異形へと近づいていく。人間態すらもとれなくなるだろう。申し訳ない、そろそろ潮時なのかもしれない」
これは自分に言い聞かせるように漏らした言葉だった。
だが、サトルくんは目の色を変えて私の頬を両手で包んだ。
最初にサトルくんに外された、色付きレンズの眼鏡をつい探してしまうが、彼は私がよそ見をすることを許さない。
「今の、ちゃんと目を見て言って」
異形の目をまっすぐ射抜くように見つめるサトルくんの瞳。
一般的な日本人男性の色、ありふれた色。
なのになぜだろうか。
「…僕の目を見ろ、メフィラス」
どうして、こうも吸い込まれるのだろうか。
「僕はね、僕のために美しくなっていく貴方のことを思うと心の底から嬉しくなってしまう。本当に本当に…」
「今、死んでもいいくらいに嬉しい。」
その言葉に今度は私が、目の色を変える番だった。
「そんなことさせません、絶対に。」
サトルくんの頬を私は忌々しい両手で触り返す。
歪な手。大きくなって厚みが増して。獣のように指先が鉤爪のように尖り出して、指と指の境目の赤井露出がさらに激しくなった。
どんなに努力をしても戻せない。
柔いサトルくんの頬を裂いてしまう前にこんなことはやめなければならないのに。
この手で触れても、この子はうっとりと頬を擦り寄せる。こんな彼が子供のときと変わらないことをされるから、ずっと私自身も変わっていないかのような錯覚を覚えてしまう。
「死なない。メフィラスがここにいるもん」
「…」
「意地悪言ってごめんね」
しゅん、とサトル君はバツが悪そうに謝った。ようやく見せたサトルくんらしい表情に安堵さえ覚える。
「これから私はますます誤魔化しが効かなくなる」
「うん」
「もっと…効率よく多くを殺せるように…身体も機能も適応していく、より鋭利に、攻撃的に。」
「うん…」
「見た目だけで留まるとは思えない。さらに支障が生じるはずだ。そう、例えば自我を失うとか。君と意思疎通ができなくなるとか」
「…」
「そうなってしまった時は、わたしのことは忘れてほしい」
私は擬態の効かなくなってしまった自身の両手に目線をやる。
滾るようなエネルギーを指の赤から感じる。それに高揚を覚えている自分がいるのだ。
争いはこの世で最も私が嫌悪していた行為だったのに。
いずれ今のようにサトルくんに触れなくなることを意味しているのに。
中も外も私が私で無くなっていく。
「…どうか」
「嫌だ」
サトル君は私の目尻を親指で優しく撫でた。
愚かな子だ、私に嘆いて涙を流す機能はないというのに。愚かで優しい子。
「変わってない。貴方の心も見た目もずっと美しいままで、僕の隣のまま。」
今度は、私が黙り込んでしまった。
『美しい』と評するのはこの子の珍妙な主観であるが、たしかに心がどこにあるのかだけは。
「……」
「疲れちゃった…?なら、一緒に休んじゃおうか」
「…いえ、休むのは全部終わった後で」
全部終わらせますから。
後ろから敵性生命体が近寄る気配がする。もう一度行かなくては。
「……うん」
額同士を合わせた後、ひやっこい。とサトル君は笑った。
ほんの少しだけ、寂しそうに。嬉しそうに。
「やっぱりメフィラスの目、綺麗。星の色だよ、黄金の、金星のいろ」
泣きそうな声でサトルくんは笑った。