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    mekesono1

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    mekesono1

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    メフィサトメフィ 数十年後に再会するふたり

    神さまの手 子供の私にあれだけしつこいくらいそばに居て地球を強請ってきたおかしな男がある日を境に姿を現さなくなった。
    子供を揶揄うために地球をくれだなんて、よくわからないことを言ってきて。
    幼い私は本当に自分に地球の命運がかかっていると思い込んでいて、いつも律儀に断っていた。
     おかしな人間だったが、黒シャツ黒ネクタイなんてなかなか着こなせない黒いスーツが似合っててしゅっとした男だった。
     彼はよく通る深い声でサトルくん、と呼ぶ。
    いや、呼んでいた。当時の私はひねた子どもで地球をよこしそうな奴に片っ端から声をかけているんだろと顔を背けた。
     「サトルくんにしか声をかけません。」なんて軽く笑っていたけど、今となればあれは本心だったんじゃ無いかと少しだけ都合良く解釈している。
    「サトルくん、今日こそ地球をくれませんか。」
    「いやだ!」
    「そうですよね…ところで明日は運動会でしたか。」
    「なんで知ってるんだよ!気持ち悪っ!」
    なんでもお見通しの彼に腹が立って露骨に嫌がったりして。
    だが、私が家族や友達と一緒に過ごしたり遊んだりしている時は一切姿を見せなかった。
    「親しき仲に礼儀あり。私の好きな言葉です。」
    なんて言ってたから彼なりに気を遣っていたんだろう。そうだ、彼は異様に気遣いができる男だった。
     私が一人の時にしか近づかない。傘を忘れて雨に濡られたり、叱られて家を飛び出して泣いていたり、そんな時にふらりと現れて黒い傘やハンカチを差し出してきた。
     いらない、と言っても彼は差し出した手を下さなかったし、座り込む小さな私に目線を合わせるために、仕立ての良いスーツでぬかるんだ地面に膝をつくことを躊躇わなかった。
    「…そんなに地球がほしいの?」
    「はい、私はこの美しい星とサトルくんが欲しいです。」
     胡散臭い張り付けたような笑みを私に向けた。
    「人が凹んだ時につけこむやつにやれる地球なんてあるもんか!」
    と舌を出す生意気な子供に、残念ですねだなんて彼が余裕綽々で笑ってるころには私はいつもの調子を取り戻していた。
    しかし彼が姿を消したのはそんなやりとりの数日後だった。
     どこにもいない。
     下校中、友達と別れたあと少しに間ひとりになる帰り道、不気味に佇んでサトルくんおかえりなさい。なんて話しかけてくる男がいない。
    ひとりで漫画やお菓子を買いにいく先、姉と喧嘩して不貞腐れて飛び出した夜。いつもいつもそこにいたのに。なんの理由もなく近所を一人で歩き回った。ラッキーとばかりに彼がしゃしゃり出てくるように長めに歩いた。
     それなのにいない。ショックを受けた。私があんまりにも地球の譲渡を渋るから嫌われたんだと我ながら幼稚な考えに至った。
    いや、あっちに行けとか言ったからかな。地球をあげるわけにはいかないけど、仲直りしたい。
    それすら叶わなくて気づけば一人泣いていたのに黒いハンカチを差し出してくれる男はいなかった。

    それからその寂しさにも慣れ、数十年が経った。
     小さな子供を暇潰しで構う風変わりな男。
    と、思っていた。思っていたのだけど違う。真実は全く違う。
    私はあの日、彼を探していた日々で一度だけ再会していた。たった今まで思い出せずにいた。
     私は自分で車椅子を押して自室に戻り、一人で激しく雨の打ち付ける窓を眺めていた。
     そして不意に、まるで外の稲妻が自身に降りかかったように鮮烈に思い出したのだ。

    メフィラス、幼い頃に「僕」と一緒にいた美しい外星人。


     彼は一度だけ僕に会いに来た。
    そして会えなかった恨み言とひたすら長い脚に蹴りをぶつける僕に文句の一つ言わないでニコニコしていた。
     帰ってきた、メフィラスが帰ってきた。
    ほんとは安堵と喜びでいっぱいだった。
    「サトルくん、待っていてくれてありがとう。ですが、私より悪い外星人がこの街に来ています。私はサトルくんが大切ですから、それを排除…いや、やっつけようと思います」
    「…え?」
    その瞬間、空が真っ黒になった。突然夜になったみたいに。
    「なに…あれ…?」
    「地球に飛来してきた外星人の操る禍威獣たちです。厄介なことにあれ一つ一つが高い知能と戦闘力を有しており、数々の星を滅ぼしてきました。目的は知的生命体の殲滅。大昔に失敗したザラブの後釜というところでしょうか」
    「がいせいじん…?ザラ…?何を言ってんだよメフィラス …」

     ドス黒い空。目を凝らさなくてもわかる。でかい鳥のような大群だ。大きな翼をもっているのに、でも僕の知っている鳥とは違って人間みたいな両手両足がついてて口には尖った牙みたいなのが剥き出しになっている。
    気持ち悪い。気持ち悪い生き物が空を覆ってこっちに降りてこようとしてる。
    「私は暴力を嫌悪します。ですが、このままにしておけばこの星の生命体は知性の有無に関わらず食い尽くされるでしょう。私にはそれがどうしても耐え難い。」 
    「何を…言って…」
    「サトルくん、私はこの星の人間ではないのです。」

    「は…?」

     何言ってんだよ、こんなときに冗談なんか言うなよ。僕は怒ろうとしたが、メフィラスにふざけた様子はなかった。
    メフィラスはキッとした顔で落ちるように下りてくるやつらを睨みつけていた。
     初めて見た真剣な表情は、メフィラスの言葉が嘘じゃないことを知らせた。そして、はっきりと覚悟を決めてあいつらをやっつけようとしていることも。

    「だめ!メフィラス!人間じゃなくてもあんなのの近くに行っちゃだめだ…!!」
     黒いスーツの袖をぎゅっと掴んだ。メフィラスはたった一人であいつらに立ち向かうつもりだ。そんなの絶対無理だ。
    「あんなのと戦ったら死んじゃうよ!!逃げよう!僕いい場所知ってるんだ、裏山の奥の秘密基地!そこに行こう!そしたら…そしたら…」
    「サト…」
    「見つかりっこないから…」
     気づけばぼたぼたと涙が勝手に頬を伝っていた。メフィラスは大きく目を見開いていた。
    「…サトルくん」
     メフィラスは膝をつく。いつものように僕に目線を合わせて。
    「奴らは最も大きく最も高い知能をもつ知的生命体に、最初に集団で襲う習性があります。そしてその群れの殿に奴らを操る外星人がいます。それさえなんとかすればあとは烏合の衆。一網打尽です。」
    「バカ!!それって最初に一斉に来るってことだろ?!絶対死んじゃうじゃんか!!」
     僕は泣きながら声を張り上げた。絶対に行かせちゃダメだ、メフィラスが死ぬとこなんて絶対に見たくない!
     駄々をこねる僕に少し困ったようにメフィラスは眉を下げた。
    「…サトルくん、少し昔話をしましょう。かつて一度だけ酒の席をともにした男がいました。彼はこの星の全ての現生人類を慈しんでいました。」
    「…は?なんの、はなししてんだよ…?」
    「彼は強大な敵に立ち向かい、勝てないとわかっていても戦いを挑みました。負けてもなお立ち上がる姿はまさしく真のヒーローだったんでしょう。最期は絶対に勝てるはずのない強敵を仲間と共に打ち破り、その命をたった一人の人間に捧げて生を終えました。」
    「……メフィラス…」
     メフィラスの言うことがなんとなくわかってきた。命を捨てて、あいつらに勝とうとしているんだ。
    「嫌だよ…その人みたいにメフィラスが行く必要なんてないよ…ヒーローになんてならないでよ…お願いだから…」
     鼻水も涙も止まらない。そんな立派なヒーローになろうとしたって死んじゃったら意味がない。
    そもそも僕らと変わらない大きさと見た目のメフィラスがあんなやつらに勝てるわけがない。
    でもメフィラスは本気で行こうとしている。これが最後なんて絶対いやだ!
    「?何を言ってるんです?私はヒーローにはなりません。」
    「…え?」
    ぐしゃぐしゃの顔をあげたらメフィラスはキョトンと真っ黒な目を大きくしていた。
    「どういうこと…?」
    「私はこの星のため、現生人類のために命を捧げたりしません。自己犠牲、私の苦手な言葉です」
    「え?え?」
    じゃあなんでこんな話をしたの?
    「そもそも彼らの襲来は、故意ではないにしろ私のせいでもあります。」
    「は?!メフィラスのせい?!」
    涙が完全に引っ込んだ。怪しいやつだと思っていたけど、こんな怪物を連れてくるようなことをしでかすなんて!!
    ぎろりと睨みつければメフィラスはわざとらしく肩をすくめた。
    「じゃーどうすんだよ、あれ…」
    「安心してください、アフターケアは万全ですから」
    「…」
     信じられないとばかりに睨み続けてもメフィラスは慌てたりしなかった。
    「そして、先程の話をした理由について二つほど弁明します。一つ、私は自分を犠牲にしないという意思表示。そして二つめ、全ての人類のためではなく、サトルくん。あなたがいなければ私はここにはいなかった。それが戦う理由であるということを伝えたかった」
    「…へ?」
     いつもみたいにメフィラスは僕に黒いハンカチを渡す。そしてスッと立ち上がった。もうすぐあの黒い大群は街に全て降りてきそうだった。あっ、メフィラスが行っちゃう、どうしよう。
    「サトルくん。私は彼のように勝てない戦いは絶対にしません。今から私がすることは一方的なそれです」
    「は…?」
    「ゼットンでもない連中が私を下せるなど片腹痛い。弱肉強食に則り、今度は彼らが淘汰される側です」
    「メフィラス…?」
    そう言って笑うメフィラスになぜか背筋が冷たくなった。その時、メフィラスの姿が揺れた。
     揺らいで次の瞬間には、人間ではない何かがそこに立っていた。
     
    黒い、生き物。

    人間じゃない、けど、化け物なんて呼べなかった。空の化け物とは違ってもっと作り物みたいにつやつやした、綺麗な黒。体つきは細い人間みたいなのに、長い手足、顔…?は目も口もわからないけど、光が輝いているような…小声で僕はすごい、と漏らしていた。
    「抽象的な感想をどうもありがとう」
    あ、話すと光が点滅するんだ…
    「気持ちがいいものではありませんが、そこで見ていてください。他でもないサトルくんに見ていてほしい。」
    赤くなんかトゲトゲした見たことない注射器みたいなものを片手に持った。赤いラインの入った、大きな手。グッとスイッチを押したみたいだ。

    「私ではなく、サトルくん、君が『地球』を救うところを」

     強い光と土埃でメフィラスが見えなくなった。
    「メフィラス?!どこいったの?!どこ…に………」
     見失ったと思ったらメフィラスは変わらずにそこにいた。何十メートルあるんだろう。建物より大きな黒い巨人が、しなやかな足で立っていた。
    巨大な彼はこちらを見て、頷いた。僕の方を見たんだ。
    「メフィラス…!!」
    ゆっくりと歩き出すメフィラスに突っ込んでくる化け物。
     空から落ちてくる化け物が一斉にどころか半分以上があっという間にメフィラスに突っ込んできている!
    「メフィラス!避けて!!メフィラス !!」
     力の限り叫んでももう遠くのほうにいるメフィラスには届かない。あっという間に黒い霧みたいな化物の塊に覆われてしまった。
    「メフィラス…!!」
    メフィラスとあの化け物と比べたらメフィラスの方がずっと大きい。      
    大きな鳥と人間くらいの大きさみたいに見える。
     だけど、何十…いや何百…空にまだ渦巻いていてそれがメフィラス に向かい続けているのだから、もっとあるかもしれない。そんなのひとたまりもないに決まってる!
    「メフィラス!だめだ!逃げて!」
    引っ込んだはずの涙がまた溢れてきた。もっと必死に止めればよかった。もっと…ちゃんと…大きな穴が胸に開いたみたい心地に、ぺたりと膝から崩れ落ちた。

    だけど違った。メフィラスは、なによりも賢くて、そして、強い『生き物』だったのだ。団子みたいに集った化け物の内側が一瞬赤く光って、さらに強い光が爆発した。
     弾け飛んだ化け物は焼けてぼたぼたと落ちて周辺の建物やビルに落ちて崩れていった。
    「なにあれ………」
     傷ひとつないメフィラスが拳を握って左腕を突き出して立っていた。
    ゆっくりと歩く。ついでにぴくぴくと微かに動く化け物のトドメを刺すように踏み潰して、後ろの化け物たちに向かうようだ。
    やつらは少し怯んだようだけど、また塊を作ろうと集まっていた。しかし、メフィラスは身を寄せようとした化け物たちを長い脚で蹴り飛ばしその衝撃で何匹もまとめて潰れていった。
    「…すっげ……」
    足を避けて顔や腕にまとわりついて攻撃をしようとしたが、あの大きな手が上下に開いた。…上下?僕の見間違えでなければ、真っ赤な指を上下に開いてそのまま化け物の首を握りつぶしていた。
    鉄骨が折れるような音、化け物たちのひどいさけびこえ、建物の崩れる音。
     僕はそれらを裏山に続く小高く安全な丘から呆然と眺めていた。あれだけ街や化け物が破壊尽くされても人一人いない。きっとメフィラスは全部計画していたんだ。
     なにもメフィラスを止めるものはない。肘で潰して膝蹴りで薙ぎ払って翼ごと折る。テレビで見るかっこいい格闘、綺麗なアクションみたいに無駄のない動きで、残酷に全てを殺している。
     それはあっという間に終わって、いつのまにかメフィラス は黒い死骸ばかりの地面を作ってしまった。すっかりまばらになった化け物の奥に、一回り大きいのがみえた。
     きっとあれがボスだ!
    背中を向けて高く飛ぼうとして、逃げようとしてる。
    「メフィラス…!!あれ…!!」
     なんとかメフィラスに伝えようと大声で叫ぶ。ボスを逃そうと、最後の一団がメフィラスに襲いかかった。
    これじゃあいつに逃げられる!それでも、メフィラスは慌てて追ったりしなかった。
     左の拳を真っ直ぐに空に向かって突き出した。途端、メフィラスの体が赤く光る。
    さっきのだ。最初の塊を吹き飛ばしたときと同じことをしようとしてる!
    「がんばれ…!メフィラス …!」
     左手の拳から撃たれた光線は、メフィラスに集ろうとした塊ごと逃げようとしたボスを貫いた。
     残ったのはハラハラと焼けながら落ちていく死骸と、落ちた死骸。ボロボロになった建物と、それとほとんど無傷で立つメフィラスの鋭い背中。
    まるで地獄みたいな光景なのに。

    「……綺麗だ」

    僕は思わずぽつりと呟いていた。

    そしてそこに立っていた巨人は姿を消した。

    「あれ…?!消えた?!?!」
    「ただいま、サトルくん。」
    「うわ?!メフィラス ?!」
     でかいのが突然消えて後ろから肩を叩いたのはいつもの黒スーツの怪しい男だった。
    「メフィラス…!!すごいよ!!めちゃくちゃ強ぇじゃん!一方的すぎて完全に悪役だったけど!!」
    「…誉め言葉と受け取っておきましょう。」 
     僕が興奮混じりに伝えてもメフィラスはいつもの調子で答えるだけだった。
    「ねー!さっきのビームどうやって出すの!?」
    「秘密です。さて、それよりさっきのお話の続きです。私はこの星を去るつもりです」
    「え…?」
     昂っていた気持ちが一気に冷たくなった。僕は信じられなかった。悪いものも退治されてまたメフィラスと一緒にいれると思ったから。

    「…なんで?あいつら、みんな倒したじゃん…」
    「ええ、そうです。しかし、あれらが現れたのは私がこの星に関わりを持ちすぎたことも関係しているのです。このまま長居をすればあのような輩が次々に送られてくるでしょう。現に殲滅に4分55.6秒もかかってしまいました。さらに投入が加速されればいくら羽虫の集まりと言えど私では対処しきれません」
    …それ、時間かかってる方なんだ…
    「サトル君、私はこれ以上地球に干渉はしないという証明を偉い外星人たちにしなければもっと厄介なことが起きるかもしれません。だからここでお別れです」
    「でも……」
    「サトルくん、ありがとう。最後に…」
    「やだ!!」
    メフィラスの腰に腕を回して逃さないように抱きついた。
    「サトルくん…」
    「勝手に最後にすんなよ、馬鹿…」
    また出てきた涙がメフィラスのスーツに滲む。さっきは逃しちゃったけど今度こそ逃しちゃダメだ。
    渾身の力をこめて抱きつけばメフィラスは諦めたようにため息をついた。
    「…では、わかりました。約束をしましょう。また会いに来ます」「…約束だぞ」
    聞きたい言葉が聞けたので、僕はずるするとメフィラスから離れた。
    正直、胡散臭いけど…
    「ええ、もう地球人との約束は反故にしないと決めているんです」「…前はしたの?」
    「………亡羊補牢、私の好きな言葉です」
    「…いつもこっちがわからないこと言ってはぐらかして…」

    むくれる僕にメフィラスは小指を向けた。仕方ないから僕も指を絡ませた。
    「針千本飲んでも死なないくせに!」
    「ふふ、どうでしょう。美味しくなさそうなので遠慮しますかね。さて、サトルくん。最後に君の頭を撫でても?」
    …こいつはたまにサトルくん、手を繋ぎませんか?とか足疲れてません?おんぶしましょうか?とかやたら馴れ馴れしくしたがってた。
    子供扱いされるのが嫌で、いやだ!といつも断っていたけど、今回はいいか。まぁそのうち会えそうだし。
    「…仕方ないなぁ、はやくしてよね」
    「ありがとう、サトルくん」
    メフィラスは僕の頭に手を伸ばす。
     普通の大きな大人の手。とてもさっき化け物を折って潰して粉砕した手だとは思えない。
    そんなことを思い出したせいか僕の頭に触れようとするメフィラスの手が人間ではないさっきの戦ってた時の手に変わったように見えた。
     でもなんでだろ、不思議と怖くない。奇妙だけど、強くて、神秘的な指に見えて。
     そうだ、神様とか意外とこんな指だったりして。
     僕がビビったと思ったのか、メフィラスは手を伸ばすのを少し躊躇っていた。
    それがらしくなくてちょっとおかしかった。
    「もう、早くさわればいいじゃんか」
    僕は焦ったくてメフィラスの手を掴んで頭を触らせた。
    「…サトルくん、君は…」
    「…なんだよ…」
    「地球を救ったんですよ」

    メフィラス は微笑みながら、ゆっくりと僕の頭を撫でた。

     そこから数十年、『外星人メフィラス』に関する記憶は一切なくなった。
    あの日、あの街の出来事は大きくニュースで取り上げられた。突如現れた正体不明生命体の謎の集団死。しかも街中で堂々と。メフィラスの戦った痕跡は一切なく、街に住む人々はたまたまおきた避難警報の誤動作で避難し、たまたま被害を逃れた…とのことだった。私も当時、避難をバックれたものの裏山で遊んでいたから無事だったと信じていた。ニュースでは化け物が一人でにぼとぼとと落ちていく映像が頻繁に流れるだけで、外星人が一方的に化け物を制圧する様など一度も映されなかった。
     全部メフィラスの工作だったんだろう。
    私は今日まで一切においてあの外星人について思い出すことはなかったが、ポッケにいつ間にか入っていた黒いハンカチだけは絶対に捨ててはいけないと何故か直感的に感じていた。
     これを失ってしまえば心に開いた小さな穴がさらに広がってしまうような奇妙な気持ちがしたのだ。
     私はもはや、泣きべそをかいていた子供ではなく、車椅子を引きずる老人だ。余命幾許もないと主治医に告げられたばかりの老いた男だ。

    でも、雨に濡れた窓ごしに、鋭い稲光に目を晒された瞬間、『僕』は外星人メフィラスを思い出した。
    あの稲光は、彼が敵を焼き尽くした光線にとてもよく似ていたからだろうか。

    「誰も信じてくれないんだよ」
    「そうなんですか?」
    「昔馴染みや家族に言ってもめふぃらす、なんて外人みたいな名前の人、周りにいなかったじゃないかって取り合ってもくれない」
    「そうでしょうね」
     雨の夜のあと、周りに聞いて回った。あの死骸まみれになった事件を知らないか。黒いスーツの男は?黒い巨人は?どれかひとつでも知らないかと。
    しかし周りの人間は首を振るばかり。
    ついには人が変わった様子を見せる僕がとうとうボケたんだと憐れんだ。憤慨していた僕に、知らない誰かが声をかけた。そういえば雇っていた家政婦が変わったと家族が言っていたような。
    「気分転換に散歩に行きませんか?あそこの小高い丘なんてどうでしょう?街が一望できますよ」
    「僕は目が悪いからぼんやりとしかわからないよ」

    「………私が何が見えるか教えてあげますから」

    耳も遠くなって、最近は大きな声で喋ってもらわないと聞き取れないというのに、なぜかその男の声はスッと耳に通った。あっという間に丘に辿りついた。そういえばここはメフィラスと最後に別れた場所だ。
    「あいつったら、とうとう最後まで姿を見せなかった。散々地球をよこせよこせって言ってきたくせに。」「それほど欲しかったんですよ、地球と君が」
    「嘘だ、あれから手紙の一通も寄越しやしない。こんなハンカチ一枚だけ残して、記憶も消して。なんで最後の最後に思い出しちゃったんだろう。あいつに約束を破られたこと、思い出しちゃったんだろう…」
     ぎゅっとハンカチを握りしめた。彼からもらったあの黒いハンカチは、数十年と時を経ても劣化しない不思議な代物だった。こんなものをどうして僕が持っているんだろうとずっと思っていた。
    彼はハンカチを所持している理由すら奪い去って遠い宇宙に消えてしまった。
    「…一瞬だけ、写りたかったんです。貴方の、サトルくんの命の終わり際。儚い人生の走馬灯に一瞬だけ」
    ハンカチを握りしめる僕の手に、車椅子を押していた男は触れた。

     大きくて黒い、赤いラインの入った…人間ではない手。

    「は…?」

    「もっとギリギリに思い出してもらう予定だったんですが。それこそ命の消える5秒前くらいに」
    「メフィラス…!!お前…!!」
    「終わりよければ全てよし。私の好きな「それは僕が言うことでお前が言う言葉じゃないだろ!」
     黒く長い脚を容赦なく蹴った。相変わらず痛がる様子すら見せない。
    「サトルくん、約束通りまた来ましたよ」

    「遅いよ馬鹿…僕はもうこんな爺さんになっちゃったよ…」

    そう言うとメフィラスは跪いて車椅子の僕を下から見上げるように頬に触れた。
    落ちた視界がなぜか晴れて、彼の顔がよく見える。何も変わらない、目鼻立ちの整った美しい男の顔。
    子憎たらしく笑っているのが腹立つ。でも、感情が読み取れなかった目をしていたくせに、今は大切なものを見つめているようにこっちを見ている気がして、なんとなくこそばゆく感じた。

    「何も変わってません。君はずっと、生意気で正義感が強くて可愛い男の子です。」

    「はぁ…お前にとっては子供みたいなもんか…」

    何も変わってないを形にしたようなやつに言われたってな…

    「…おい、あの時みたいな姿になってよ。せっかくくっきり見えるようしてくれたんだろ」
    「おや、あちらがお気に召しましたか。」
     現れたのは黒い外星人の姿。黒い光沢、綺麗な青の線、黄色い発光、そして、大きな神様みたいな手が頬に触れている。
     その手を逃さないように右手を重ねた。不思議な触り心地だ、宝石のような鋼鉄のような…それよりも冷たくて気持ちがいい。

    「…もう記憶消すなよ」
    「消しません。」
    「次はいつどっかに行くの」
    「…サトルくんが地球をくれるまで。」
    「なんだ、一生ここにいるつもり?」
    ありえないことを言い出すものだから、思わず吹き出してしまった。「そうですか、そうなるんですかね」
    彼の顔にはやたら可愛い形の耳はあるが、目も鼻も口もない。それなのに何故か笑っているのがわかった。

    「サトルくん、私に地球をくれませんか?」

    僕の答えはずっと決まっているのだ。

    「嫌だ!」

    思いっきり力をこめて言ったら、美しい外星人は愉快そうに笑った。
    綺麗な深い声で、笑い声をあげた。

    終わり
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