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    mekesono1

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    mekesono1

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    神父📺×シスター🦌
    ※📺くんの様子がずっとおかしい
    ※なんでもゆるせるひとむけ

     夢のような夜だった。

     何度も、自身の液晶を叩くものの痛覚はちゃんと感じる。配線も基盤もイカれていない。
    かつては毎晩のように来ていたとある会員制の高級バー。7年間寄り付きもしなかった場所にほんの気の迷いで入店したところ、このバーに通うのをやめた諸悪の根源がいた。
    アラスターがカウンターで気持ちよさそうに酔っ払っているところを見た瞬間、思わず自身のメイン回路が正常であるか確認した。
    『あ〜メンヘラヴォックスくんじゃないですか〜突っ立って粗大ゴミになってないで、早く注文したらどうです〜?』
    ケラケラ笑うものだから、売り文句に買い文句。
    「…はっ!とうに酔い潰れて醜態晒している産業廃棄物に粗大ゴミ扱いされるとはな!」
    一瞬でいつもの調子に戻り、嫌がらせのつもりで隣の席へ陣取るのだった。
    いつものように悪態をつきあうが、ヴォックスの内心は至って冷静ではなかった。
    (ま、ま、ま、マジでアラスターか…なんで、こいつ…!!いやいや、それより無防備に酔っ払いすぎだろ…!)
    たしかに人の神経を逆撫でする絶妙な悪態センスは冴えきっている。…が、どこか喋り方がふわふわしている。
    間違いない、7年前と全く変わっていない酒の弱さ。
    子猫のように厄介な甘えモードだった。
    (畜生…!私が来るまでこの姿を軽々しく…!!)
    やけに熱っぽい視線を周りから感じるはずだ。
    いつものように皮肉のぶつけ合いをつづけていくうちに、上機嫌なアラスターのボディタッチが増えてきたところでヴォックスは頭を抱え出した。
    (地獄にいない間、酔ったあと誰に介抱されてたんだクソが…7年…そして帰ってきてから誰に…)
    ヴォックスが握りすぎて半壊するグラスをみたアラスターはより機嫌が良くなる。
    『にゃはは…!こーんな軽口程度でブチギレて大変じゃないですかぁ〜!オーバーヒートして一度スクラップになっては?』
    「う、うるせぇ…」
    手の甲をつんつんとイタズラに指先で突きだすので、完全にグラスを握りつぶした。
    もちろんバーテンに目配せして、速やかに片付けさせる。
    しかしそのバーテンがぼーっとふにゃふにゃになっているアラスターを見惚れて腑抜けているので、ヴォックスがイラついてもうひと睨みをきかせれば秒で奥へ引っ込んでいった。
    「ちっ…7年でバーテンの質が下がりやがったな…」
    『何をイラついているんです〜?ふふっ沸点のひっくい怒りんヴォックスはしょーもない…』
    「ほんっと酒飲んだらガキみたいになりやがって‥ラジオデーモンもかたな…ん?」
    ヴォックスは脱力したアラスターにすっかり気を取られていたが、彼がテーブルの隅に置いていたものにようやく気づいた。
    それは、タブレットでも、スマホでもない。
    何枚かの紙の上に置かれたそれ。
    「…なんだそれは」
    『これですか?チャーリーがプレゼントしてくれたクレヨンですよ〜』
    「…」
    『優しいチャーリーがお揃いだと言ってくれたクレヨン…♪〜♪〜♪』
    「………」
    ヴォックスに言われてアラスターは、一枚重ねてあった紙をひっぱりだし取り出したクレヨンでぐりぐり色を塗り出した。
    「……お前はなんで、酒飲みながらお絵描きしてるんだよ…」
    いじるも何も、バーでクレヨンを用いて落書きなど奇行すぎてどう揶揄えばいいのかわからずヴォックスは額を抑えた。
    (クソッ…意味不明にかわいい…!)
     わりとヴォックスもアルコールが回りだしていた。

    そんなヴォックスの様子をつゆ知らず、アラスターは『ヴォックスは思考処理能力も視聴率も絶望的ですねぇ!彼女の更生計画の一つですよ?この間仲良くなった人喰いの子たちに見せる紙芝居の絵とストーリーをそれぞれつくってくるというひっじょーにユニークな試み…ん〜…ほおら、完成した!』 
    アラスターはウイスキーを飲み干すと、子供ウケしそうな素朴で可愛らしい絵柄の画用紙たちをかき集める。
    『ふっふっふ…メンヘラヴォックスにも、私のスペシャルな紙芝居を見せてあげましょう!』
    「いるか!つかなんだよそのガキの絵本に出てきそうな絵柄!」
    『当たり前でしょ〜?流行りばかり追ってニーズの理解ができなくなってしまいましたか〜?』
    「クソが!」
    『は〜いぱちぱち〜!昔々、あるところに勤勉なシスターと傲慢な神父さまがいました。』
    吐き捨てるヴォックスを無視して、アラスターは真っ赤な顔のまま紙芝居を始める。
    そして明らかにシスターというのが、赤い鹿耳の修道服のシスターと四角い顔の…
    「待て待て待て!なんでお前がシスターで私が神父なんだ!?」
    『お似合いでしたよぉ〜〜!!あの愉快な放送の滑稽な仮装〜!!あっ、私はルシファーをおちょくるだめ一瞬だけ身につけただけです』
    「は?!ルシファー相手にシスター?!?!お前、それ詳しくはなっ」
    『村民たちは貧しく、祈りをシスターと共に捧げ、豊穣を願う日々を送っています。神父は金と権力でなんでも叶えられると思っているほどに傲慢な悪魔でした。』
     身を乗り出すヴォックスを無視して、追加で置かれたブランデーを煽ったアラスターはノイズかかった声で続ける。
     隙だらけだっただらしのない声がスイッチが入ったようにハキハキと朗々とし出すので、ヴォックスはほんの少し酔いが覚めかけた。
    『シスターは奇跡を神から授かり、その力で孤児たちを育てました。傲慢な神父はそんな清く正しいシスターを見て、己の愚かさを恥じて悔い改めました。はい、おしまいー。』
    威張り散らかしていたヴォックス神父が後光のさすやたら神々しいアラスターシスターにひれ伏し、ニコニコの子供達の絵で紙芝居は終わった。計三枚である。
    「は…?それだけ…?舐めてんのかお前?」
    『それだけの話なんですってばぁ〜…そう、それだけぇのおはなしっ…ふふふ、ははは…!!!』
    アラスターは心からおかしそうにテーブルをバンバン叩く。
    普段の狂気や気味の悪さから離れた、少しあどけなさすら感じる笑顔。まるで7年前の決裂する前のような…
    (まさか…ワンチャンあるのかこれ…?)
    ごくりと喉がなるのを感じた。
    ヴォックスはアラスターとヤれるか、ヤれないかと問われたら断然ヤれる。むしろヤりたい。
    7年前からそうだった。今も変わっていない。
    「な、なぁ…もしよければ…」
    そんなヴォックスを嘲笑うかのように、アラスターは陰に溶けて跡形もなく消えていった。
    「おい!てめっ…!!なにがしたかったんだよ…」
    バーテンは黙って、アラスターの伝票をヴォックスに差し出した。

    ——————-


    これは、夢だ。
    ヴォックスには確信があった。
    アラスターに酒代を押し付けられた後、ヤケ酒を食らって眠りについた後に見た夢。
    「…社長、こちらの企画はいかがですか」
    「…」
    「社長?」
    「あ、ああ…見せてみろ。」
    シチュエーションは自社の会議室。
    スタッフの持ち寄った新番組の企画を精査してる最中だ。
    …まるで、現実のようなリアルさに夢だとわかっていても部下に差し出されたデータを受け取ってしまう。
    「“missing 消えたあいつを地獄の果てまで追い回せ??”戸籍なんざない地獄で行方がわかるやつのほうがすくないだろうが。」
    さすが夢、こんなクソみたいな企画を出すスタッフがいることすらヴォックスにとって新鮮だった。   
    「確かにそうですが…噂になっているんですよ、神父が連続で12人も消えているんです、同じ教会で」
    「信者の女としけこんで神様よりそっちに夢中なんだよ、頭回せクソが」
    牛乳瓶の底みたいなメガネをしたマレーバクのスタッフは、ヴォックスを苛立たせるようにのんびりとした口調と手つきで一枚の写真を取り出した。
    「しかし、この写真のシスターが赴任してから行方不明が連発したんです。その辺のチンピラじゃなくて、仮にも天国と繋がっている神父が、です。ちなみに疑惑のシスターとは、孤児の支援と教会の宣伝の取材をしたいと嘯いてアポイントも取れているから絶好の潜入取材のチャンスです。ギャラももう送金しました」
    「はー…はっはは…!!んなもんギャラ目当ての大ボラの自称生臭クソビッチシスターに決まってんだろうが!!!クソが!!発案者だれだ?!」
    「私です」
    とうとうキレたヴォックスはバクの胸ぐらを掴んだ。
    「おいおい、このヴォックス様に仕えるスタッフのスペックがこの程度か?喜べ裏方が壊滅的なお前を俳優デビューさせてやるよ!!“裸になって、⚫︎⚫︎場で亀甲縛りの炙りボンレスハムで転がってみた”でな…!!!ん?」
     バクの炙りを作ろうと片手に充填した電流のせいで、写真が舞い上がる。
     ろくにヴォックスが確認していなかったそれ。
    目の前で宙に舞い上がったそれに、ヴォックスは我が目を疑った。
    「おい!?それ、は…?!」
    愚鈍なバクは生命の危機に晒されていたのに関わらず、ゆったりのったりと答える。
    「シスターですが。彼女♂は女♂手ひとつで孤児たちを育てているとのことで、教会に通うのは近くの村民たちです。彼らの村は地獄の毎日のように降り注ぐ厄介ごとに巻き込まれて、死ぬことを恐れる悪魔たちで築かれた村らしく殺しが禁じられているなんともザコ…いえ珍しい場所です。そしてそのチキン悪魔たちからの信頼がとても厚いようです。優しく、慈しみに満ちた信心深い最高の人格者のシスターだと。」
    「…?!アラスターが?!」
    笑みを貼り付けてベールを被る人物…
    どう見てもラジオデーモンのアラスターだった。
    「だれですそれ」「お知り合いですか」「ラジオデーモン?聞いたことないですね」「なんかえっちですね。」
    ざわつくスタッフたち、ヴォックスは思わず自分の頬を強く叩こうとして…やめた。

    「…まさしく夢、そうか、これこそが夢…」
    ラジオデーモンの君臨なき世界!
    あの恐ろしく悍ましい怪物の猛威がない世界!
    なのに、アラスターはいる!
    しかも、弱者の庇護者の立場で!!
    夢ということも忘れるくらいの甘美にシチュエーションに、ヴォックスの身体に激しくあつい電流がほとばしる。

    「じゃあ金と権力に物を言わせて、シスターのアラスターとファックすることもできるってことだなぁ!?!!!」

     金、権力、セックス。いくら夢であってもアラスターとは出会って5秒で結合しようとはしない。ヴォックスの真面目さとアラスター限定の拗らせが存分に発揮されていた。


    何度も轢かれてもはや道路にへばりついたヤク中の死体の光景が、ロードキルの動物の死体の山へと変わるほどの田舎道を、ヴォックスは運転手に走らせる。
    スタッフはいない。うっかりあの時興奮のあまりバクとバク以外のスタッフも電流で丸焼きにしてしまったからだ。
    村民からの信頼が厚いシスター。
    ならば、その信頼すらも目の前で根こそぎ奪ってくれる。
    教会で一番重要なのは信者だ。案の定、その信者の寄付を中心に運営しているとバクの遺した資料にあった。大切な金づるを失ったアラスターがどんな顔をするのか。内心ほくそ笑んだ。
    「は!どーせ、気の長いジジイシスターのことだ…信頼っつっても細々と信者にあまーい高説垂れてるとかだろ…??私はスマートに最短かつ完璧に、このクソ田舎の情弱信者をモノにしてやるよ!」
     高級車からスタイリッシュに降車したヴォックスは、いつもの公共電波を独占するテレビマンスタイルではない。
     配色がやたら派手な画面映えするカソックを身に纏っていた。
    「神父ってのは…シスターを肉⚫︎⚫︎にできるファックだいすき野郎の隠語なんだよ!!逆十字の前で隷属させてやるよアラスター!」
    高笑いをしながら、ヴォックスは外界から遮絶でもされたかのような田舎町に乗り込んだ。
     そこは、町というより規模的には村。
     赤黒い空の下で家畜と堆肥の臭い、そしてトラクターの騒音が絶えない長閑な村だった。
    (ほぅ、ジャンキーも流血沙汰もなければ、死体も転がっていない。人喰いタウンの体面のごとく平和ボケした原始時代的な村だ…)
     関心と同時に、電線一本も通っていない光景に嫌悪感を抱きながら村を進む。 
    収穫でもしているのか中心部に多くの男たちが集まっている。手間が省けるとほくそ笑んだヴォックスは、スピーカーをマックスにしてほくそ笑んだ。
     (どうせ都会で生き抜く力もない、でも命が何よりも軽い地獄で殺されたくない一心ではしっこのはしっこでコミュニティを築く負け犬どもだ。
     『テレビ』という圧倒的で豊かすぎる情報の宝庫をこのヴォックスが恵んでやることで、奴らの信仰(笑)全てを破壊してやる…こんなちんけな村でも根こそぎ信者が消えたら、しみったれた教会なんぞ金づるがなくなって苦しいだろうな〜〜??それに神父をヤッたのは間違いなく聖女ぶったアラスターだ。だが、小心者ども相手に細々と教会なんて運営してる中、いつものノリでヤりまくったなどバレたくないだろう。この厄ネタと俗物に成り下がった寝取った元信者どもを見せて金銭援助をチラつかせれば仮にも聖職者(笑)のアラスター如き…)
    勝ち確ルートを確定させたヴォックスは笑いが止まらない。
    そして、最初の一手、俗物作りを開始した。
    「みなさーーーん!!!神の福音を賜るお時間、ですッッ!!!!!!!」
    スピーカーの音量をマックスにして揚々と叫ぶヴォックスの左目は、まるで臨戦モード万全を示すかのような放電が、パチリと小さく明滅する。
    耳を劈くようなヴォックスの声に、肉体労働に勤しむ大柄小柄を問わない男の悪魔たちは、鬱陶しそうに顔を上げた。

    そして、数時間後………

    「ファーーーーーック!!!」
    ヴォックスは荒れに荒れていた。
    結果的には、試合には勝った。明日にはこの町中に電柱が並び立つ。
    そして神の後光よりも神々しいと宣うヴォックスの洗脳電波によって、この村人たちは俗に塗れる。
    それは確定したはずなのに。
    「こ、このッ‥テレビと私の偉大さを示す、Vの…撮れ高がっ…!」 なかった。
    勝負には負けた。
    以下、村民買収VTR。

    『初めまして!私はヴォルテッ…いや…皆さんの信仰する協会の本部から派遣されてきた新しい神父です!さぁさぁ!孤立した皆さんに、神からの贈り物!その名はーーー…テレビジョーン!!』
    ヴォックスが指を鳴らした瞬間、空間にホログラムが浮き上がる。
    村民たちのどよめきが起こる。
    ここまで掴みは完璧だった。
    長寿番組の“お前の妹とヤッたけどなにか?”、通販番組、ニュース、怪しいスパイスの生肉料理番組…次々とチャンネルを変えてみせる。
    『ここでは知り得ない豊かな情報そして娯楽!!そして、あなた方はこの商品を買うこともできる!!』
    『…』
    ヴォックスは、目をまんまるくした男たちに気を良くして、テレビの素晴らしさを語りつづける。誰もわかりやすいようなワードチョイス、完璧なプレゼンテーション。
     このような手腕をもって地獄の住民たちに一つの文化のようにテレビを根付かせたのだった。
     完全勝利を確信したヴォックスは畳み掛ける。
    無骨な男たちが各々身につけてる、例の教会の信者の象徴である逆十字にほくそ笑みながら。
     もう数秒後には全員足元に跪いて、テレビを求めるだろう。
    おそらく順番を争って殺し合いが起きるほどの!
    『皆さんにお配りするのはこちらの極薄最新機器なんとご自宅でのアンテナ、配線の整備!本体の搬入はいっさい手間も費用もかかりません!!ぜーーんぶ神のお恵み!神の意志!設置しない手はなっ…!』
    『あっ、いいです。情報なら家にラジオがあるんで。』
    全員呑気に農作業に戻るものだから、目を丸くするを通り越して絶句したのはヴォックスの方だった。

    結局…
    『1台設置したら2台ついてくる』
    『通販1ヶ月無料』
    をつけても誰も心を動かされなかった。
    『シスターのありがたい説法放送の方が大切なんで』
    などと抜かしながら。
    怒りで内部の配線が軽くショートするのを感じた。
    『わかりました!シスター凌辱系AV特化チャンネルを24時間放送!』 
    『シスターの盗撮映像ライブカメラ配信決定!』
    と未来の前借りをしたところで、ようやく男たちは『うおおお!!!!俺の家に真っ先につけてくれええ!!!』
    と殺到した。
    「落ち着け…はは…ようやく、勝ち確は確定事項…あとは、あいつの負けっ面を拝むだけ…」
    毒すように人々の心を捉えるラジオはやはりあの性悪デーモンを彷彿とさせ、ヴォックスのプライドはズタボロだった。
    しかし、ヴォックスはシスターアラスターを拝みに教会へ赴ねばならない。そうでなければ、ここまで来た意味がない。
    悪路に苛立ちながら運転手を急かせる。教会のある鬱蒼とした森の深く深く、何匹か突進してくる猪やら熊やらを撥ね飛ばしながら、車を走らせた。
    すっかり陽も落ちて、あたりは暗闇に包まれている中、ひび割れて蔦に覆われた古びた教会を見つけた。
     礼拝堂も孤児たちが暮らすと聞く場所も併設されているようで、大きな建物だったが、高層マンションに暮らすヴォックスにとって無縁の年季の入り具合だ。
    顔を顰めながら車から降り、ボンネットがボコボコになった車を帰らせた。
     そして、錆びついた門をくぐった先にやつはいた。

    「こんばんは、良い夜ですね。ヴォックス神父。お待ちしておりました。」
    ノイズのない声、ラジオに固執する悪魔はここにはいない。
    (は…!ラジオデーモンでもないアラスターなどこの場で犯してやっても良いくらい雑魚に決まってる!!)
    「神父としての職務、ならびに孤児たちへの支援と教会の運営のご協力の宣伝の撮影を含めての滞在とのことで、心から感謝を。歓迎いたします。」
    「やぁやぁ!どうぞ畏まらずに!私が本部から派遣された神父兼カメラマンのヴォッ…!」
    「?なんです??」
    「〜〜〜ッ?!お、まっ…」
    流暢に仰々しく話すエセ神父が、言葉に詰まって絶句している。
    それほどに破壊力が凄まじきものが夜闇に、教会の慎ましい灯りの照らされて浮かび上がる。

    「…?いかがされましたか。神父様。お待ちしておりました。私この教会のシスター、アラスターと申します。」
     修道服に身を包んだアラスター。
    ただの修道服ではない、足の付け根までスリットがはいっている。
    剥き出しにされたしなやかな脚はニーハイストッキングをガーターベルトに吊るされ非常に大胆で扇情的だった。大人しめな笑みを貼り付けたシスターアラスターがヒールの音を響かせて、ヴォックスの目の前に現れた。
    「その脚でシスターは無理だろうがこの痴女!!!」
    ようやく絞り出した叫びに、耳をぷるぷる震わせて、目を細めるアラスター。
    「脚…?子供らがスカートを引っ張って生地がダメになったので、切り込みいれているだけですが…?」
    ねぇ?とアラスターが目線を下に落とすと、悪魔の子供たちがその薄いストッキングに覆われた脚に頬を寄せるように、笑顔で抱きついていた。
    (なっ…!このガキども私ですら味わったことのないアラスターのほぼ生脚を…!)
     接敵5秒でヴォックスの情緒をぐちゃぐちゃにしたアラスターは素知らぬ顔で「お部屋にご案内します、どうぞ。」などと言って背を向ける。ピッタリとタイトに張り付きボディラインが強調された修道服、背中も腰も尻も尻尾もこれでもかと…
    「尻尾?!?!?!」
    小さな尻、そして赤く愛らしいふわふわした尻尾…
    おそらく夢の中でなければ卒倒し、エラーを吐き出していただろう。
    「ヴォックス神父?」
    「…っあ、ああ!!い、いまいく…」
    「ああそうだ、すいません。彼の荷物をお持ちしてください。」 
    「…は、はひっ…!」
     アラスターは後ろに声をかけると髪の薄い小太りでへらへらした脂ぎった神父が出てきた。
    「なに?お前一人でここをやってるんじゃ…」
    「ああ、あなたの他に先日、本部から一人派遣されてきましてね。聞いてません?」
    「あ、あー…そんな話もあったような、なかったような…!」
    ヴォックスの荷物を持った小太りの男は、先頭に立つアラスターの身体を舐め回すような視線をおくりながらついていく。
    思わぬ邪魔者に舌打ちをしながら、ヴォックスも後に続いた。
    その様子を子供達が壁越しから、窓から、花壇の上から。
    至る所から笑いながら二人を見ていた。
    高い位置まで口角を吊り上げた満面の笑顔で。

    「今日はお疲れでしょう?案内と子供達への紹介は明日に。」
    「…アラスター…」
    「はい?」
    「……私のことは覚えているか…」
    「申し訳ありません。この通り、本部とは離れた辺鄙な村のしがないシスターですので。では。」

    アラスターはヒールの音を響かせながら、狭苦しいカビた部屋から出ていった。

    「ぜっっったい‥ブチ犯してやるからなアラスター…!!」

    初日。
     アラスターには勝手に撮るから自然体で過ごしてくれと宣いながら、無数のヴォックステックの盗撮機をあらゆるところに仕込んでいく。嘘は言っていない。
     ヴォックスは無数の小型モニターを、あてがわれた部屋に展開し、密かにアラスターの監視をはじめた。
    その間、アラスターはというと劣情をかき集めるエロシスターコスチュームで甲斐甲斐しく何十人もの子供の世話をしている。
    魔法などは使わない。ヴォックスが聞けば私などそこまで力のある悪魔ではないですから。とあっけらかんと答えた。朝からひとりでせっせと食事を作り、子供達にも手伝わせ、家事を終えた後、皆を集めて勉学もさせる。
     それをしていない時は祈りや懺悔室にやってきた村民の相手…
    その献身ぶりから子供達からも村民たちからもとても好かれていることがわかった。
    口調もまさしく清い修道女♂然として、人を小馬鹿にする語調の面影ない。 
    そして、村民の男たちから案の定、いやらしい目でねっとりと見られていて、隙さえあれば腰だの肩だのを触られそうになっているのがわかった。アラスターはなれっこなのか巧みにかわしていたが。
    「はっ、なーにが信者だ!結局あいつらもファックしたいだけじゃないか‥だが見てろよ、お前らのシスターを女にするのは…この私だ!」
    持参したワインを煽って1日目の盗撮を終えた。

    二日目。
    『⚫︎月⚫︎日、おはようございます、ラジオのお時間です。』
    よく通るはっきりとした声、そしてこの音質。
    昨日設置されたテレビ電波によって、軽く洗脳され出した村民を集め、より洗脳を強めようと朝活をしていたヴォックスだったが、村中の家の中から聞こえるあの声に弾かれたように村民たちは家へと帰っていく。
    「ラジオ、デーモン…?」
    飲みあげられる聖書の一説、それに基づいたありがたい説法…
    男たちは跪いて、手を合わせて熱心に、血走った目で聞いていた。
     その後に信者から貰った手紙による悩み相談。読み上げられて歓喜の雄叫びを上げる男の声が隣家から聞こえる。
    静謐さすら感じるトーンと声だ。
    淡々と、穏やかに聖書の一節をなぞる声。
    「…!」
    確かにアラスターの声だ。ラジオ越しに伝わる、聞き間違えようもない音質のアラスターの声。ヴォックスにはそれが耐えきれなかった。
    大きく舌打ちをして、教会へと戻った。

    ----------

    「アラスター!!!!!!」
    「お帰りなさい、朝の散歩はいかがでしたか?」
    放送を終えたアラスターは、子供達の着替えを手早く繕っていた。
    早くシスターに構ってほしいのか窓際から子供達が笑顔でのぞいている。
    なんとも不気味な光景だったが、ヴォックスは気にも留めない。
    「おいおまえ、あの放送はなんだ…」
    「ああ、朝の放送を聞いていただけたんですね?ありがとうございます。直接礼拝に来れない方々向けの放送ですよ。」
     手元の靴下の穴を器用に縫い合わせている様子に、とうもうヴォックスの堪忍袋の尾が切れた。
    「こんなしみったれた教会でシスターなんてやっている理由はなんだ?こんな辺鄙なクソ田舎で才能を燻らせている理由はなんだ?!おまえは!!もっと残忍で卑しくて小狡くて残酷じゃなきゃいけないんだよ!!!私を満足させる答えを言ってみろ、このビッチ!!!」
    「っ…!ヴォックス…!」
    「夢だろうがなんだろうが…こんな気持ち悪いほどの献身の塊、アラスターじゃない!!!あんな澄ましたお利口さんみたいなラジオをラジオデーモンが放送するなんて私が許さん!!!!!!」
    ヴォックスがアラスターの胸ぐらを掴んで椅子から立たせると、裁縫道具が音を立てて床へ落ちる。
    次の瞬間、鋭く不快な金属音が外から響いた。
    「?!」
     ヴォックスも外は目をやると、孤児たちは皆、巨大なモップを振り上げて窓を破ろうとしていた。
    シスターを傷つけようとするヴォックスが許せないのだろう、怒っているはずなのに、なぜか皆 限界以上まで口角を上げた笑みを浮かべて一心不乱に窓を叩いていた。
     地獄でありとあらゆる異常者を見てきたヴォックスだったが、流石にこの狂った光景には、背筋に冷たいものを感じた。
    「ふふ…あはは…あーっはっは!!!はー…存外あなたも暑苦しい男のようだ。気に入りましたよ。」
     胸ぐらを掴まれたままのアラスターは愉快そうに笑い出す。
    貞淑なシスターの笑い方とは程遠い。
    よく知っている、人を嘲りバカにするラジオデーモンの笑い方だ。
    「…は…?」
    「出会ってまだ二日目ですが、あなたとは他人の気がしません。どうでしょう。一緒に散歩でも?」
    「…いいだろう、はぐらかすなよ、アラスター。」
    アラスターはするりとヴォックスの手から離れ、襟元を正す。窓辺の子供達へあちらへいきなさい。と手で解散命令を出した。
    名残惜しそうに、心配そうに、去る子供達はみな、不気味な笑みを浮かべていた。

    深い森の奥のさらに奥。
    整備はほとんど、というか全くされていない、村民ですら入らない正真正銘の獣道。
    「くそっ、こんな場所散歩コースじゃないだろうが…!」
    煩わしい草木や虫にイラつきながらヴォックスは吠える。
    先導するアラスターはどんどんと藪の奥の奥へと、進んで行った。
    ストッキングガーターのピンヒールのくせして軽々と草木を踏み潰しながら振り返りもせずに進む。
    ヴォックスも負けじとフリフリと動く尻の尻尾を凝視しながら、足を踏み出した。
    「あなたは、私がここを離れない理由を聞きましたね。」
    「…ああ。」
    「では、ここではダメな理由はなんでしょうか?」
    「は?」
    「ラジオは周波さえ合えば、万人の耳に入る代物です。あなたの言う都会でだってこの放送を聞いている方はいるのですよ」  
    「…そんなマイナーな放送聴いているの、ひとつまみだろうが。」 
    開けた場所にたどり着いた。
    ガサガサガサ、と何かが激しく暴れている音がする。
    (まさか…)
     神父連続失踪事件。最初からこのシスターが間違いなく犯人だろうと決めついていたが、こんな形で真相解明するとは。
    (ここで私も始末でもしようとしているのか、このビッチ!!)
    いつでも返り討ちにできるように、アラスターの一挙一動に集中した。
     だが、その予想に反して音の正体は悪魔ではなかった。
    暴れながら悲痛な叫びをあげているのは、鹿だ。
    若く肉付きの良い牡鹿がくくり罠にかかっていた。
    アラスターはしゃがみ込み、牡鹿の脚に痛々しく食い込んだワイヤーを撫でる。
    まるで慰めるかのように。逃して手当てでもするのだろう。
    (…やっぱりこいつは夢の紛い物か…)
    紛い物にマジになった自分が急に恥ずかしくなって、自分の頬を思いっきり殴って夢から醒めようとした。
    しかし、その時。
    「マイナー…そうたしかにそうです。今はぁ…ねっ!!!」
    スリットから剥き出しになる内腿、そこに忍ばせてあったのは小型のナイフ。
    アラスターは牡鹿の首を素早く切り裂く。
    森の草花やアラスターの手首を、真っ赤で熱い血が濡らす。
    一瞬で、鹿は絶命した。
    「いやいや…まさか、こんなところで友を得ることができるとは!」
    今にもダンスを踊り出しそうな弾みすぎた声。名MCのトーン。
    ラジオデーモンアラスターが、血に染まった両手でヴォックスの手を取った。
    自らの手も血まみれにされたのにも関わらず、放心するヴォックス。
    「おい、いつもの不気味お澄ましシスターボイスはどうした…」
    「あーっはっはぁ!まっさか!仕事用ですよ仕事用!!あなたはどうもどっちの意味でも裏表ないようですが、シスターはそーはいきませーん」
    「…」
    「で、どうします?ひみつのくくり罠に引っかかったひみつの獲物はいつも子供達に内緒でこっそり食べちゃうんですが。半分食べます?食べてほしいですねぜひ私の友には〜!」
    アラスターはウインクをして、切り取った鹿の頭を持ち上げる。

    私の、友人。
    7年前、アラスターはヴォックスを誰かに紹介する時、必ずそうつけ足していた。
    嬉しかった、歯痒かった。
    足りなかった。
    今は戻りたくても戻れない。
    突然のフラッシュバックする当時の感情。
    ヴォックスは、激昂することも、マウントを取ることも、揶揄うことも、今は何もできなかった。

    「…………ああ、いただくよ。ワインはどうだ、いいのを持ってきている…」
    「気がきくじゃないですかぁ、村中に趣味の悪い電柱を何本を生やしたくせに!」
    「もう知ってんのかよ、ずっと教会にこもっていたくせに!」
    「信者の皆さんは私に隠し事はしませーん!」
    「あ??全員お前をいやらしい目で見る変態ばっかりだろうが!」
    「いーえ?みなさん清く正しい信仰の持ち主なので、性欲なんて存在しませんが?」
    「んなわけないだろ!!!!」
     7年前と同じ、心が踊る会話のテンポ。
    完全に魂まで刻まれた調子の乗った声に、ヴォックスの胸の中に懐かしい感情と喜びが蘇る。
    (間違いない、こいつは。私がずっと焦がれたラジオデーモンだ!)
    ここにきてから初めて、股間ではなく魂が昂るのを感じた。

    (………ファックできなくてもいいかもしれない……)
    アラスターに背中をバシバシ叩かれ、鹿の血まみれにされながら、アラスターから向けられる懐かしい友愛に、久しぶりに悪童のように笑った。

    ⚫︎日目
    ヴォックスは、スマホで滞在を延ばす旨を秘書に伝える業務連絡をしながら生意気な孤児たちを適当に見守るふりをしたり、小太り神父に金を積んで職務を押し付けたりなりで、だいぶ教会にも馴染んだが、テレビ漬けにした情弱な村民への取材も一応行った。
    もう浮かれたヴォックスの心情的にはアラスターとのイチャイチャ、その次に仕事くらいの優先度になっていたが。
    『おらっ、テレビと私という神の名の下に真実を話せ。あの教会の前の神父も前の前の神父も消えてるみたいだが?シスターだろ?シスターがやったって言え。』
    『やつらはー…ばちが下ったんじゃぁ…神のバチがぁ…』
    『なんのだよ、私は下した覚えはないから具体的に答えろ。』
    『シスターを…処女受胎するほど穢れなきシスターをファックしようとするからぁ…』
    『無視か?前半の寝言は置いておいて…で?神父どもはアラスターとファックしたがってたと…お前らもそうだろうが』
    『当たり前じゃ!村の男ども全員許されるならシスターと1発ヤりたい!!!!そうじゃろう!?』
    『yeah〜!!!!!!』 

    「はっ、アラスターが観たら憤死しそうな撮れ高だぜ…まぁあんなエロシスターがいたら脳みそがちんぽになるのも納得…」
    どんな時にあいつにこれを見せてやろうか。真夜中にほくそ笑みながら編集をしていたところ、思いっきりドアがノックされた。
    音的にはノックではなくヒールで蹴り上げている。
    「ヴォックス?子供達を寝かしつけたから、速やかにワインをよこしなさい。とっとと飲みますよ?貴方も私のジビエを欲しているはずです」
    「はっ、とんだ飲んだくれシスターだな!いいぜ、入れよ。」
    機材を全て収納したヴォックスは、すでに軽く出来上がったアラスターが皿を片手に雪崩れ込んできたので、抱き止めた。 
    いつも顔色の悪そうな頬はほんのり赤く色づいている。
    心なしか、ガーターの絶対領域もピンクがかっているように見えて、 
    ヴォックスは思わず唾を飲み込む。
    「ほーら…血も滴るかわいい子鹿さんですよぉ…」
    いつもと想像もつかないほどのふわふわした語尾で、フォークに突き刺したほぼ生肉をあーんさせようとしてくる。
    「…もっと焼けてるそっちの方をよこせ。もう飲んでるな、不良シスターめ」
    「んむ…軽いキッチンドリンカーなだけでぇす…それより、速くヴォックスのがほしーい…」
    「…くそっ、酒入ってなきゃもう手ぇ出してやるんだがな!!」
    細腰を抱き寄せ、思いっきりドアを閉めた。



    「くっそ、飲みすぎた…あ…?アラスターは?」
    時刻は3時。まだまだ朝は遠い。
    さっきまでアラスターは生肉を突きながらワインで流し込み、けらけら冗談を飛ばして、これでもかと密着して、手の甲にかわいい尻尾がふりふり♡触れたあたりからヴォックスの理性を消し飛びそうになっていた。
    アラスターのことはよく知っている、このタイミングでも手を出したら絶対に決裂する。
    だから、ヴォックスは煩悩を誤魔化すために、きちんと火が通された方の絶品ジビエと大酒を食らっているうちに寝落ちしていたらしい。
    「‥んだよ、もう戻りやがったのか…ん?これは…」
    逆十字のロザリオだ。明日にでも届ければいいのだが、ヴォックスは立ち上がった。
    「はっ…私を置いて行った罰だ…」
    まだ入室したことのないアラスターの部屋に押しかけてやろうと、ロザリオを手にとり光のない廊下へと出た。
     ライトがなければ一寸先も見えない。アラスターの部屋は特殊で、魔法の干渉を受け付けず、中にカメラも設置できてなかった。
    だからヴォックスはこの日初めて、彼の部屋へと訪れる。
     大きな物音が部屋の中から響いた。
    ドアは半開きで中の様子がありありと見えた。
    「〜〜〜っ…!!やめっ…やめなさい…!姦淫は罪だと…忘れたのですか…?!」
    「う、うるさい…!シスターが悪いんだ!シスターがあんな奴と親密にするから!」
    「触るな…!っ…!」
    小太りが、ベッドにアラスターを押し倒して、布を裂く音が聞こえる。
    アラスターの子鹿のようにしなやかな脚を無理やり割り開いて、身体を捻じ込み、ナイフで服を切り裂いている。
    「綺麗だ、シスター…もっと足を開いて!!」
    「今なら、許します…はやく…離れて…」
    「一つに、一つになろうシスター…!あなたの処女をぼくに…!」
     服だった布がベッドの下に落ちていくのを見て、ヴォックスの熱は爆発的に上がっていく。
    切羽詰まった声をあげて、男に犯されそうになるアラスター。
    どうにか、なりそうだった。
     後ろから最大出力をぶち当てて、この手でじっくりと消し炭すらも残さずに葬りさろうと、脱兎の如く跳躍する。
    「ひっ…」
    引き攣ったアラスターの声。
    とうとう、ストッキングが破けた片脚が小太りによって肩にかけられ、小太りは豚のように興奮する吐息を漏らす。
    その時、アラスターと目が合った。
    やはり、笑っていた。
     瞬間、アラスターはにぃ、と笑みを深くする。
    あの品定めするような、おもちゃを見つけたかのような目。
    知っている、最高に狂っていて最悪におぞましい悪魔の瞳。
    小太りがアラスターを脅すために持っていたのだろう、ベッドの脇に乱雑に放置された斧をアラスターは手に取った。
    アラスターはそれで、男の脳天を叩き割るのではなく。
    ヴォックスに向かって、軽く投げた。
    (…だめだ。これを取ったら私は…)
     ヴォックスはアラスターの意図を完全に理解できたはずなのに。
    自分の意思、自分の手ではなく。
     アラスターの意思、アラスターから与えられたもので、殺しを行えばどうなるかを。
    魔法でも、契約でもない。
    だが確実に後戻りできない。
    ヴォックスの中でヴォックスの在り方が、変わってしまうのだ。
    (……あ。)
    斧を払い落とそうとした瞬間、醜い豚みたいな男が、アラスターの脚に唾液で粘った歯を立てようとしているのが見えた。
    「この、ゴミ豚がっ…!!!」

     数秒後、血塗れの手斧を手に呆然とする神父、痙攣する肉塊を床に転がしてご機嫌なシスター。
    オーバーロードとして、ヴォックステックのCEOとして。全てを手に入れたヴォックスは地獄に堕ちてはじめて、その辺の俗物のような殺人を犯した。

    シスターは、屠殺された豚のような声をあげた豚を部屋の隅へと蹴り飛ばす。
    「アラ、スター…」
    「はは、ははははは!!!!!』
    壊れたレコードのように笑い続けている。
    スリットから肩にかけて切り裂かれて、破かれ露出された胸元、丸見えになった腰のガーターのベルト部分から一部が見える下着の黒いレース。破けて伝染したストッキング。
     シャワーのように浴びた全身の血。
    ベッドにその身を横たえたまま、心底愉快そうに笑っていた。

    『はは…あー…腹がちぎれそうです』

    マイクに向かっていないのに、ラジオのノイズが声に宿った。
    ラジオデーモンの、ノイズ。
    『ヴォォッ…ックス…ひっじょー…に嬉しいですよ、こんなところまで私を追ってくれるなーんて…』
     禍々しい瞳、伸びゆく牡鹿の角。額の印。
    限界まで吊り上げられた口からは血が滴る。
    「おま、え…声が…!謀りやがって…!」
    『ふふ、なんのことだか?斧を振るうあなた、気持ちの悪い電波を操るより好ましかった…』
    「はめやがった、な…」
    『どーでもいーでしょー?そんなこと。それよりもほら、おーいで?グッドボーイ♡優しいシスターからご褒美ですよ?』
    「…!!」
    一瞬で、元の姿のアラスターに戻って、甘えた猫撫で声で誘う。
     情事の娼婦のように、甘い囁きでアラスターは自分を見下ろすヴォックスに向かって両手を広げた。 
    ボロボロの陵辱寸前のアラスターが、無防備に自分に両手を広げている。
    ヴォックスは怒りと劣情で何が何だかわからなくなっていった。
    「こ、のっ…!阿婆擦れ…!」
    勢いよく覆い被さればアラスターの爪先から、靴が落ちる。
    ストッキングに覆われた蹄。
    その感触を深く与えるようにヴォックスの背中に回しながら、ヴォックスの顔に触れる。
    『洗礼をお受けなさい。ならば、生涯誰にも許したことのない口づけを許します。』
    ヴォックスは何を話さずに早急に、アラスターの唇を奪う。
    長くお互いの舌を絡ませたあと、強く示された肯定にシスターは妖艶に笑った。



    ヴォックスが、ガーターの内側に指を突っ込んだ瞬間、アラスターは脚でヴォックスを蹴り飛ばした。
    「いった…!てめっそういうムードだったろうが!!」
    『他の神父と違って、あなたとは長い付き合いになることを望みます。それに楽しみが残っているので。ほら、どいて。』
    「…」
    『これからもキスは、私が求めたときのみ。わかりましたね?』
    「ちっ…!」
     無理やり溜飲を下げたヴォックスの様子に満足そうに微笑むアラスターは、床に転がって痙攣する小太りを一瞥する。
    どうやら、脳天に食らわせた直後、少しアラスターが男の身体を引っ張ったために即死ではなかった。
    『みなさぁーん!ラジオのお時間です!』
    アラスターは、死にかけの小太りをひきずって、スイッチを入れたマイクの近くに投げ捨てる。
    「お、おいまさか…アラスターお前…」
    『おまたせしました!みんなも私も大好きゲリラ放送!!何人目か忘れましたが、本日のメインディッシュは⚫︎⚫︎神父!では早速初めていきましょう!!』
    そういつもの調子で続けるアラスターは、壁にかかったナタを手にした。
    「…ったく…最初から私はラジオデーモンですって言え…ビッチ…」
     ヴォックスは部屋から出て、スピーカーの下に移動をし、ゆっくりと目を閉じる。
     7年ぶりに聴く殺戮生放送。目の前で見るのもいいが、やはりスピーカー越しのリアタイで汚い断末魔を嘲笑うアラスターの声が聴きたかった。
    得たものはアラスターの唇の純潔、失ったものは自らの中で決定的なにか。
    喪失感と達成感に目を閉じながら、悦に笑うラジオデーモンを聴いた。


    「シスターが喜ぶ!シスターが喜ぶ!」
     きゃははは!と口角を吊りあげながら、歌いながら血を片す子供たち。
     放送が終わったと同時に部屋に戻れば、掃除道具やモップをもって部屋に雪崩れ込んできた。
    「おい、あいつら…」
    『いい子達でしょー?頼んでないのに率先して掃除してくれるんです。』
     新入りで慣れてないのか、一人の悪魔の男の子が入り口近くで恐怖で固まっている。
    ヴォックスを迎えたとき、アラスターの脚に抱きついて甘えていた子のひとりだった。
    「おや、笑ってないでどうしました?ほら、笑顔笑顔♪」
     アラスターは、悪魔の子の口元を血まみれの指でくいっとしてやり、笑顔を作らせる。指を離された後、引き攣った笑みの子はシスターの内腿を伝って落ちる返り血の雫を、いつまでも目で追っていた。

     翌朝には信者がこぞって押しかけた。
    親しげに、やたらハイテンションでアラスターに感想を伝えていた。
    にこやかに感謝で応じるアラスター。7年前、殺戮放送を続けて、街中でファンに囲まれていたラジオスターと全く同じ光景だった。
    懐かしさと誇らしさと嫉妬を覚えたヴォックスは、7年前と同じく、厄介なファンを軽く焦がして、教会から追い出した。
     平和を求める、信仰に生きると嘯く小心者の弱虫の集まりのくせに、やはり根はどうしようもない悪魔たちだった。

     それからヴォックスの夢は加速していった。
    ラジオデーモンシスターと過ごす時間と比例するように、夢らしくふわふわとした意識の中により深く落とされた。理路整然とした思考が全くできなくなった。
     懺悔室でシスターに発情して押し倒す男の脳天をルーティンのようにカチ割ったり、血を浴びて嬉しそうなアラスターに溺れるような口付けをしたり。死体を踏みつけながら、死体だった男と全く同じポーズで押し倒して夢中になる。相変わらずそれ以上は許されない。
    でも何度も薪のようにアラスターを襲う男の脳天を割った。
     それを繰り返す白昼夢のような日々が続いた。
    ファックしたいという気持ちは相変わらずだったが、取材のことなどとうに忘れた。『この目障りな機械、捨てたらあともう一回キスしてあげますけど?』とスマホをプラプラさせるアラスターに、にべもなく頷いた。
     そんなヴォックスを最初は不気味な笑みを浮かべて遠巻きに見ていた子供達は「今度の神父様は長いね!」と懐きだす。
    ヴォックスは悪い気はしなかった。
     だからこそ、礼拝堂でアラスターが殺戮放送のとき怯えていた孤児と二人っきりになったのを見かけた時、非常に迷った。
    「シスター、シスターのことが好きなんです…だから、だから…」
    弱い子供をいたぶって殺す趣味はアラスターにはない。
    しかし、その子は明らかに、男の顔をしてアラスターの太腿に縋りつき、ガーターを指で弄んでいたからだ。
    あと数十秒、それが続いていたらヴォックスは逆十字の下で血を撒き散らしていただろう。
    「光栄です。ならば君も、洗礼を受けて、聖職者になりなさい。マーティンもジョンもそう言ってくれました。だから…ねぇ?」
    うすら笑みを浮かべたアラスターは、膝枕をする孤児の頭を撫でた。
    「はい、シスター」
    張り詰めた股間を無視して真っ赤な顔になった子供は、太腿に顔を埋めていた。
     (私は、あれと同類だ…)
    美しく狂った獣を、盲信する子供。
    そう認識した途端に頭痛がひどくなる、視界がぐるぐると緩慢に歪み出した。
    (認めたくない、だが、なぜ自分は毎日のように汚い血を浴びているのか?認めざるを得ない…)
    ゆめであるのに、ゆめとにんしきできなくなったヴォックスは自室ににげこめば、アラスターがベッドの上で寝っ転がりながら、まっていた。
    『ヴォックス…ふふ…本当に健気で哀れで…』
    「このっ…売女が…!」
    子猫のように甘えてくる身体を掻き抱けば、あしを大胆になげだす。
    重く血を吸った修道服、露出した肌と破れたストッキングにむすうに伝うあか。
    蛇のように、淫らなおんなのように。
    かわいい尻尾の生えた小さな尻をヴォックスの膝の上に乗せて、抱きついて、離れない。
    つのがおおきくなる。殺戮をあいするらじおでーもんのひとみ。
    吸い込まれてしまったから、
    もはや、にげばはなかった。

    「ぬわぁぁぁ…!!なんで!!こっちが!!!従う側になってんだよ!!!、くそっくそっくそっ…!!!ハッ…!!」
    自宅のキングサイズのベッドの上。
     全身の熱感とギンギンの股間の違和感に襲われて、最低な朝を迎えた。自己嫌悪と冷たい水で満たした浴槽に浸ろうとしたが、起き抜け0.001秒でヴォックスは自らをこうさせた元凶について思い出した。
    「ハッ!あんの!!卑猥な紙芝居!!!」
    場所は人喰いたちの街、子供の前。
    すぐに監視カメラのモニターを映せば、チャーリーたちとその一行がそれぞれ画用紙を持って、順番を待っている。
    壇上に立って、子供たちを相手に朗々と語りかけるのはアラスターだった。
    「ファック!!!!!!」
     いきりたっていたヴォックスのもとに一晩ぶっ通しの撮影でハイになっていたヴァレンティノが挨拶に訪れる。
    「いい朝じゃんダーリン♡oh、すっげぇ元気♡世話してヤろうか♡………あ?またアラスターのことストーカーして興奮してんの?ルシファーのバカ娘たちじゃん、くそ…エンジェルもいやがる…!少し早めに撮影終わらせてやった結果がこれかよ…!!ガキ相手になんのままごとをしてやがる?」
    「くそっ!…そうだ、近くに…!おい、私だ!今すぐそのロケ車でアラスターのところにアクセルベタ踏みで突っ込め!大破させて、紙芝居を終わらせろ!!あ?!俳優や女優が乗ってるから無理?!黙れ、そいつら含めてお前たちに家族や借金がある自覚はあるのか?!燃料満タンのまま突っ込めと命令してるんだろうが!!あんないろんなものを捻じ曲げかねない淫夢を不特定多数に見せてたまっ…」
    「おい待て、なんの電話してんの?」
    ヴァレンティノがイラついていたところ、隣でさらにフラストレーションを爆発させながらどこかに電話しているヴォックスがいた。
    逆に冷静になったヴァレンティノは、ぽん。とその震える肩を叩く。
    「落ち着けよ、高給取り。アラスターの番なら今終わったぜ。」

    『というわけでっ!ハズビンホテルのみなさんで成功していた大縄跳びは、途中乱入していたどっかの過干渉なちび親父によって失敗したのでしたっ⭐︎』
    「き、貴様ー!!!!」 
    「あははは!!」
    大きな拍手ではしゃぐ人喰いの子供達、チャーリーとニフティ。苦笑と困惑の表情とため息で、次の番を待つヴァギー、あくびを連発するエンジェル…に寄りかかられ肩を貸すハスク…不遜な紙芝居に激怒するルシファー。
    満面の笑みのロージーが迎える…壇上から優雅に降りるアラスター…。
    「ヴァーーーーーー?!」
    もちろんヴォックスの叫びと共に停電したが、屋外にいたハズビンホテル従業員一行と、人喰いの子供たちは気づくことはなかった。


    「素晴らしい‥素晴らしいわ!アラスター!!あなたが子供たちをこんなに楽しませる作品を!しかもホテルのみんなをチャーミングに描いていた作品を作ってくれて本当に嬉しい…!!」
    目を潤ませたチャーリーは拍手をしながら、アラスターに駆け寄る。
    『ん〜、お安いご用ですよぉ、マイディア!私はエンターティナーですからね!』
    「事前に私に見せてくれた可愛い教会のお話も素敵だったけど、ホテルのみんなが出てくるものにわざわざ描きなおしてくれてたのね…!」
    『おやおや、覚えていてくれたのですかぁ?あれは、私がこの間見たリアルな夢をそのまま描いたのですが…皆さんと一緒にいた方が楽しいでしょ?描き直しました、やはり信仰するよりされる方が性に合ってましてね、にゃはっ⭐︎』
    「ちょっと、あんたチャーリーに何見せて…」
    「いけないヴァギー!あなたの番よ!大丈夫、私も手伝ったしあんなにたくさん練習したもの…!」
    「…!う、うん…!がんばるよ、チャーリー…」
     怪訝そうな顔で怪しむヴァギーだったが、弾ける笑顔のチャーリーに背中を押されて壇上へと上がっていった。

     ハズビンホテル紙芝居出張会は子供たちに大盛況。途中ロケ車が列をなして突っ込むハプニングが発生したが、ルシファーとアラスターが競うようにスクラップにしたおかげで、無事に終わった。最後はホテルの宣伝をして、みな帰路に着いた。
     アラスターは彼らにはついていかず、ロージーとしばらく立ち話をしていた。その最中も、脚に絡みついて登ろうとする子供たちを器用に引き剥がしたり、小さな使い魔で遊ばせてやったり、人気の爪キャンディをあげたり卒なく構ってやっていた。
     そんな中、一人の人喰いの男の子がアラスターのコートの裾を引っ張る。
    「あ、アラスター!ぼく、アラスターのことが…好きです」
    「おや、熱心なリスナーですねぇ、光栄です。」 
    「まぁー♡隅におけないわねアラスター!」
     黄色い歓声を上げるロージーの隣で、アラスターはひょいっと小さな男の子を抱き上げ、ほっぺをつっつく。アラスターに抱えられて同じ目線になった子は真っ赤になってやや俯いた。
    頭に疑問符を浮かべたアラスターは恥ずかしがり屋の男の子の言葉を待つ。
    「だから、だからね…」
     男の子は憧れの人と至近距離になった緊張からか、次の言葉を紡げずに、黙って後ろ手に隠していた花を差し出した。
    誰ともわからない血と花の茎にリボン結びされた小腸がアクセントととなり、花のかわいさとグロテスクさを引き立てていた。
    『とてもいいセンスです!どうもありがとう!うんうん、キャンディなんかよりずっと美味です!さすが私のリスナー!将来有望だ!』
    一思いに口の中に放り込んで美味しそうによく咀嚼して飲み込んだアラスターに、男の子は真っ黒な瞳を輝かせた。
    「ほ、ほんと…?!じゃ、じゃあ…!」
    『ああ。だから、ファンになってくれたのならば、君も私と同じになればいい。君の友達のトミーやトムもそう言ってくれたよ?だから…ねぇ?』
    「…………うん!」
    少し遅れて、赤い顔で頷く男の子を、アラスターは変わらぬ笑みで見つめていた。
    穴を穿つほどまっすぐと、見つめ続けた。

    「ちょっとアラスター?こっ酷くフるよりタチが悪いんじゃないそれ?しかも複数の子に言ってるのー?」
    「??なんの話です?センスあふれる少年少女たちにラジオスター、もしくはそれ関係の仕事を推奨しただけですが??」
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