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    onionion8

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    onionion8

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    富Kとおやつの話。オリ村人がちょっといる。本当は犬プレイまで書きたかったけどちょっとどうかな…なので途中まで。

     昼間、往診からの帰り道、道端で手作りのおやつをひと袋いただいた。これよかったら、と渡してくれたのは犬の散歩をしていたご婦人だ。診療所にもたまにやってくる村の住民で、怪しいことは何もない。Kと一緒にいただきますとお礼を言って別れたあとは真っ直ぐ診療所へと戻るだけ。しかし戻った富永はすぐに緊急のオペを手伝ってくれと駆り出され、小さな袋は机の上にぽつんと置いたままになっていた。
    「あ」
    「どうした?」
    「いえこれさっきもらったもので」
     術後の処置を終えて再び机で見つけた時には午後の陽もだいぶ傾いていて、よかったらKもどうですかとお茶に誘う。この村に来たばかりの富永だったら食欲を失くしぐったりしていたところであるが、今の富永はオペのあとでも元気に動くことができた。ドリップ式のコーヒーを用意して、今日の執刀医とふたりまったりとする余裕がある。
    「これ、可愛い形してますよ」
     袋を開けるといろいろな形のクッキーが詰まっていた。取りやすいように口を大きく開いて机の上、向かい合って座る真ん中あたりにそっと置く。焼き立てならばさぞ香ばしいにおいがするのだろうが、残念ながらそれは鼻先に感じない。ただ甘さがふわりと漂った。
    「ちょっと砕けちゃってるやつもありますが」
     丸い耳がついているこの形は、おそらくクマか何かだろう。三角の耳は犬か猫。長い耳はウサギだろうが、ちょこちょこ耳なしの欠けたものもいる。
     Kはどれを選ぶだろうかと見ていると、特に頓着もせず一番上からウサギをひょいとつまみ上げた。そのまま口へと運ばれる。あ、と思う間にも、もぐもぐと咀嚼されていく。
     食べている姿をじろじろ見るのは失礼だ。そう分かっているのにどうにも視線を外せない。つい先ほどまで精密な機械のようにメスを振るっていた人間が、雰囲気を和らげ甘いクッキーを食んでいる。品よく動く唇に、指先をちろりと舐めるあまり行儀のよくない舌。そのギャップのよさに目が眩む。
    「……富永」
     呼びかけにぎくりと小さく肩が跳ねた。
    「な、なんですか?」
     富永は誤魔化すように自分のカップを手に取り口に運ぶ。しかし淹れたばかりのコーヒーは思ったよりも熱かった。たまらずアチチと舌を出す。するとKから視線にギュッと力が込められた。心なしか眉間に皺が寄っている。
    「気をつけろ」
    「ふぁい……で、オレのことはともかく何かありました?」
     火傷というほどではない舌を引っ込めて、呼びかけの続きを促した。ただの雑談なのかもしれないが、何か申し送りや指導をされることもある。しゃんと背筋を伸ばして話を聞く姿勢を整えれば、もう一枚つまんだクッキーを掲げて見せられた。今度はクマの形である。
    「これは、どこでもらって来たものだ?」
     口調は淡々としているが、響きは少しだけ重々しい。形や味が気に入った、ということではなさそうで、富永は不安になってくる。村の人にこっそりと毒を仕込まれる……なんて事件は有り得ないにしても、食中毒や意図しない異物の混入が起こる可能性はあるだろう。あるいはKに何かアレルギーがあったのかもと、思考はどんどん悪い方へと傾いた。
    「えっと、竹松地区の」
    「宮下さんか」
    「そうです! 宮下のおばあちゃん! いつも通りお元気でしたけど、そのクッキーに何か問題でもありました?」
     じっとKの様子を観察する。呼吸、瞳孔、発汗に異常は見られない。富永はひとまず安堵する。ほっとした気持ちで飲むコーヒーは、美味いがやはり熱かった。舌がぴりぴり痛むのを、何でもない顔のままでやり過ごす。
    「いや……元気だったのならいいが……」
     言い淀むKはさくりと可愛いクマのクッキーを口にした。まさか形が可愛すぎることに文句があるのではあるまいな、と思ったが、おそらくそんなことではないだろう。
     富永がKに「可愛い」という言葉を投げれば「バカを言うな」と呆れられたり「そんなことはない」と恥じらわれたりするものだが、村の老人たちに同じことをされてもKは少し困ったようにはにかむだけなのだ。今さらファンシーなクッキーをもらったくらいで思春期のような反発をするはずもない。
    「お前もひとつ食べてみろ」
     勧められて袋に手を伸ばす。ひょいとつまめたのは片耳が欠けた猫だった。さくさくと軽い口どけ。ほんのりとカボチャかサツマイモの味がする。熱々のコーヒーにやられた舌はあまり甘さを感じることができないが、不味いと思うことはない。ただ口のなかの水分をごっそりと奪われる。
    「んー、なんだろ、こういうのを優しい味って言うんですかねぇ。お茶請けにちょうどいい」
    「うむ……まぁ、そうだな」
     なんとも歯切れの悪い相槌は、しかしいつものKとさほど変わらない。なんだかんだでお茶目なところもあるのは富永も知っているものの、やはり普段の言葉は多くない。富永が玉砕覚悟で好きだと告白した時でさえ、はじめに返ってきたのは「そうか」のひと言だったのだ。
     Kが何も言わない時。それは少し時間が必要だというだけだろう。考えるのが追いついていないわけでなく、言うべきかどうかを迷い悩んでいる時だ。優しいからこそこの人は、言葉を選び、飲みもする。
     もっと素直になっていい、とはベッドの上でもたびたび言い聞かせている言葉だが、分かったと返る頷きは何も分かってくれていない。好きにしていい、ととろけた顔で言われるたびに喜ぶ自分を棚に上げ、Kの言葉で何か言ってほしいと富永はずっと思っている。その時にどんな言葉が出てくるか、楽しみをずっと胸のなかであたため続けている。
    「Kェ、あんまり隠し事しないでくださいよ?」
     村のこと、一族のこと、掟のこと。言いにくいだろうことは山ほど話してくれたくせ、好きだというただひと言には臆病だった可愛い人。たくさんあると思ったクッキーは、いつの間にか残り少なくなっている。Kは食べる手を止めて、ゆっくりと頷いた。ベッドでのことはなるべく思い出さないように、富永も底の見えてきた袋に手を伸ばす。
    「宮下さんのところへは、俺もお礼がてら今度伺うことにする……と考えていただけだ」
     最後の一枚を譲り合いながら、Kはぽつりとそう言った。何となく意味深なものを感じたが、それだけではついて行く理由にはやや弱い。結局半分に割られたクッキーを受け取って、その話はそこまでになった。気にはなるが気まずくはない。コーヒーを飲み干すまでは、ゆるゆるとした時をふたりで楽しんだ。

     それから数日、宣言通り宮下さんのお宅を訪ねてきたのだと言うKが、またしてもクッキーをもらってきた。今度のも同じ動物の型だが色が先日のものとは違っている。ココア味であるらしい。
    「コーヒーでも淹れましょうか」
    「ああ、頼む」
     午後の外来は落ち着いていて、時間的にもおやつ休憩にちょうどいい。マントから白衣に着替えるKの姿をちらりと見てから富永はあれこれ準備した。Kにはこれから宮下家で何があったかのかを詳しく吐かせるつもりである。そのための場を作るのは苦ではない。
    「結論から言えばだな」
     湯気の立つふたつのカップとクッキーの山を間に挟み、Kの話ははじまった。難病の告知めいた妙な迫力は気のせいなのか何なのか。富永は思わず居住まいを正して続きを促した。
    「先日お前がもらってきたあれは、犬のおやつだったそうだ」
     告げられる言葉はふわりとコーヒーの苦みを帯びて届けられる。
    「……今なんて?」
    「犬のおやつ」
     一度は理解を拒否した脳も、短く返されようやくその言葉を受け止めた。嘘や冗談という可能性ははじめから切り捨てられている。医者として患者に対し真実を隠すことは場合によって有り得るが、Kという個人がこういった意味のない嘘をわざわざ口にするはずがない。
    「渡す袋を間違えてしまったらしくてな」
     夜色の瞳は凪いでいる。やはり真実を伝えてくれているだけらしい。後ろめたさなど欠片もなさそうな涼しい顔。ただ、それが崩れるのはすぐだった。
    「ふ、フフ……」
    「ちょっと、何をそんなに笑ってんですか」
     口元は片手で覆って隠しているが、肩が小さく揺れている。富永には何がなんだか分からない。
    「犬……っ、富永が犬と間違えられて……」
    「あ!? や、待ってそれは違うでしょ! オレを犬だと思って犬用の渡したんだって思うのやめてもらえます!?」
    「フフフ、ああ、分かっている……」
     言いながら、ちらりと視線を向けられる。何を想像したのかKはさらなる笑いの波に飲まれていく。失礼な、と口先だけは文句をつけた富永も、そのめずらしいKの姿に頬がゆるんで戯れにクゥンと鳴いてみた。すまんと謝る声にはまだまだ笑みが滲んでいる。
    「で、笑い事でいいんスか」
    「ん……ああ、犬用とはいえ人間にとって害のあるものが入っていたわけではないからな。食べても何の問題もないのでそこは安心してくれていい」
     笑いの余韻をそのたわむ目元と口元に残しながら、Kはきっぱりとそう言った。あんまり他の人には見せたくない顔だよなァこういうの、と思いながら富永はコーヒーにふぅふぅと息を吹きかける。美味しく淹れるための温度と人間の舌の耐熱強度が合わない不幸を再び繰り返すことはない。
    「今日もらってきたこれは間違いなく人間用だな。ココアは犬にとっては毒となる。だから与えるはずがない」
    「あー、そういえばチョコとかだめですもんねぇ犬……じゃなくて、もうちょい説明してくださいよ」
     さく、と一枚目を頬張るKにならって富永もクッキーの山に手を伸ばす。ほろ苦さと甘さのハーモニーが舌を蹂躙する感覚は、先日の素朴な味とはまるで違っていた。果たしてKはあれが犬用だと見抜いて確かめに行ったのか。そのわりにはもりもり食べていたなと思いつつ、富永は真相が語られるのに耳を傾けた。
    「まずあのクッキーは甘さがあまりしなかった。竹松地区で手作りのお菓子をくれるのは宮下さんくらいだが、あの人は昔から甘いものが好きなんだ。だからどうしたのだろうと思ってな。分量を誤ったか、あるいは糖質を控えることに決めたのか……それだけで認知症や糖尿病を疑うのも早計だが、自覚のない味覚障害の可能性もあるからな。元気そうだったと言うお前の所見を信じないではなかったが、念のため俺も診ておきたかったのだ」
     淀みなくすべてを説明するKは、一度言葉を切ってゆるく笑む。穏やかな瞳が富永を見つめて瞬いた。まるで愛していると告げられるようでほんの一瞬どきりとしたが、悲しいかな、富永は続く言葉にピンとくる。
    「で、犬が?」
    「そう、犬が。玄関でお出迎えしてくれてな。いい子だと褒めていたらおやつをあげてとあのクッキーを渡された。それで先日は富永にもこれをいただきましたかね、と確認したら、あらやだ富永先生に渡したのこっちだったの間違えちゃったわごめんなさいと詫びられた」
    「ははぁ、なるほど」
     これはその詫びの品だそうだ。そう言ってまた一枚クッキーを手にして微笑むKは、そのまま富永の口元へとそれを持ってきた。あーん、という常套の言葉はないが、富永はそこまで求めない。開いた口にたぬきのクッキーを迎え入れ、そのついでにKの指先をちろりと舌で舐めてやる。
     犬のようだと思ったか、恋人の戯れだろうと思ったか。宙に片手を持ち上げたまま、Kは黙って指を握り込む。まさか殴られやしないかと、富永は目の前にある拳に慄くが、向かい合うKの顔へと目を向けてみればその不安はすぐに吹き飛んだ。恥じらうように視線を机に落としたKは、ほんのりと頰を染めている。慣れないことに戸惑う姿はいつだって、富永の目には可愛らしい。
    「Kェ、オレKになら犬扱いされてもいいですよ? でもそれなら、ちゃんと面倒みてくださいね?」
     手を噛んだりはしませんが、舐めるのは結構好きですから。言いながらKの唇をじっと見て、その視線を首から胸へとすべらせる。今は白衣とシャツで隠れていても、その下の身体がどれだけ淫らな姿を見せるのか、富永は知っていた。舌を這わせればびくびくと震えて小さく喘ぐことも、何もしないで焦らしていれば舐めてとねだってくることも、他の誰でもない富永だけが知っている。
    「……どうやら躾が必要みたいだが」
    「んへへ、Kも案外こういうの嫌いじゃないですよね」
    「誰かさんのおかげでな」
     漂う空気はじわりと淫猥さを帯びていた。ほろ苦く甘いクッキーの山はまだまだ皿に残っている。続きは今晩ベッドの上でとお互い口にはしなかった。しかし気持ちは同じだっただろう。おやつの時間の終わり際、我慢できずに軽く口づけた唇は、ほのかにココアの味がした。犬には毒の、甘い味。
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    Replies from the creator

    onionion8

    DOODLE今さらまた一人先生の誕生日ネタにたぬきを添えた胡乱な話。富Kのつもりで書いてはいるけどCP要素はあんまりない。
     実家に戻った富永は、忙しいなかでの眠りのうちによく夢を見るようになった。それは今さら国試に落ちる夢ではなく、どこか異世界を旅するような夢でもない。何度も繰り返し見る夢は、懐かしい、T村で過ごした日々だった。吹雪と血。違法な医療行為と警察沙汰。はじまりは凄惨なものであったのに、気がつけば穏やかな暮らしがそこにあった。
     同居を許された診療所。同居人となったその主。起きている時にも時おり思い出しはするが、夢ではいっそう鮮やかに、あの頃のKが目の前に現れる。それは白衣姿であることも、マント姿のこともあるが、そのどちらでもなく、くつろいだ部屋着であることも多い。
     富永がKとともに過ごした八年間を振り返ると、やはり医者としての姿が浮かぶので、不思議といえば不思議だった。どうしてこうも、何でもない日の何者でもない彼を夢に見るのだろう。まだ預かった子も昔の執事も看護師だっていない頃、ふたりきりだった診療所。寝起きのKがぺたぺたと、スリッパを鳴らして歩く姿。あるいは風呂から上がって出てきたKが、濡れた髪をタオルで巻いている姿。
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