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    とらふゆ
    pixiv正月話(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15774042)の続き 千冬は豆餅が好きそう

    #とらふゆ

    樹はどこまでも走る ついに言ってしまった。軽はずみ、なんて躊躇したのはたった一週間前のことだ。俺に好かれた人間たちがどんな道を歩んだのか、塀の向こうで散々振り返ったつもりだ。だから今回こそは慎重に、と毎晩布団を被って念じていた。
     ところが松野千冬には、『こいつなら大丈夫』と思わせる特別な何かがあった。強さ、と表現してもいいのだろうか。雨風の中でも地面に対してまっすぐ立っている樹のような美しさがあった。無条件に受容されたいと思いながら二十五年も生き続けてしまったオレに笑いながら枝を伸ばしてくれたから、好きになるなという方が無理なのだ。
     突発的な言動に都合よく辻褄を合わせようとする自分にまたしても嫌気が差し始めたところで、2LDKの我が家に着いた。さっきまで酸素が不足した魚のように口を開けていた千冬はすっかりいつもの調子を取り戻している。少なくとも外見上は。
    「十八時か。先お風呂にします? それともご飯にします?」
    「んー、千冬」
    「そういうのいらねぇんだよ。わかった、餅焼いてる間に風呂入れて一緒に入りましょう」
     ラッキー、やっぱ言ってみるモンだな。床に置いた平皿に老猫用のフードを入れるとペケJがすかさず飛んできた。年齢に見合わず元気なヤツだ。長生きしてくれよ、と掌越しに話しかけると、食事の気が散るから触るなと睨まれてしまった。
    「お、豆餅入ってる♪ 一虎クンはどれがいいですか、普通のもできますけど。醤油かきな粉」
    「千冬と同じのがいい」
    「じゃあ豆ね」
     ヤカンを火にかけながら千冬はなぜだか上機嫌で、鼻歌まで飛び出している。豆餅がそんなに嬉しいのだろうか。オレは千冬の低い声が気に入っているから、毎日でも豆餅を提供してやりたい。オマエも何か手伝えよと言われそうだがしょうがないだろ、ペケJが膝に乗ってしまったから。
    「海苔巻いちゃっていいですか」
    「うん、サンキュ」
     テレビもついていない静かな部屋に充満したほうじ茶の香りは平穏そのもので、果たしてオレはこんなところで呑気に湯呑を啜っていていいのだろうかと案じてしまう。いまは千冬の役に立てさえすればそれでいいはずなのに、ときおり不意打ちで焦燥が訪れる。ふと前方に視線をやると千冬が三白眼をさらに細めてこちらを眺めていたので餅を喉に詰まらせそうになった。
    「なに、そのすげぇ面白いカオ。見えてんの?」
    「一虎クンがまた余計なこと考えてたんで」
    「バレた? 千冬の今日の下着は何色かなって想像してた」
    「そんなにいろいろ持ってないですけどね。なんだと思いました?」
    「緑かな」
    「アタリっす。うわ怖ぇ」
     千冬はいつもこちらへ踏み込む素振りを見せながら、すっと身を引いてしまう。底の見えない沼の表面に足先を浸してはすぐ戻すように。本当はオレのことをもっと知りたいだろうに遠慮している節を感じる。というより自身を守るためかもしれない。オレと場地とのアレコレを知る必要はないと言い聞かせているようにも見える。
     怯える演技をして浴室に向かった千冬を一分遅れで追いかけた。洗濯かごを漁ると申告通りに緑色のトランクスが入っていた。
    「わ、めっちゃピンクだな」
    「すいません。貰った入浴剤勝手に入れちゃいました、嫌でした?」
    「んーん、ぬるぬるしてエロイなって思っただけ」
    「ヘンタイかよ。出てってもらっていいですか」
    「ヤダ」
     千冬の足の親指がオレの腹筋をぐいぐいと押す。次第に撫でるような動きに変わり、確信犯的な表情に思わず腹の下が熱くなりかけた。
    「一虎クン最近筋トレサボってるでしょ、もったいない」
    「めんどくせぇんだもん。鍛えても別に役立たねぇし」
    「でも若い頃にカラダつくっておいた方が将来的にいいですよ」
    「オマエそんなこと考えて生きてんの?」
     大真面目に言ってのける千冬にもはや感心してしまう。千冬よりも長生きするという目標を達成するのは結構難易度が高そうだな。
    「そうだ。一緒にマラソンしましょうよ」
    「はァ? 目的なく走るとか一番嫌いなんだけど」
    「いいじゃないですか。出れば店の宣伝にもなるし、体力づくりにもなるし一石二鳥ですよ。しかもオレ、足早いんです」
    「それマラソンにあんま関係ねぇだろ」
    「一虎クンが走ってくれるならオレ、なんでもしますよ」
     千冬はときどきこんな風に大胆な取引を持ちかけてくる。オレの扱いを心得ているのが憎たらしい。
    「ンなこと言われてもな、こんだけいろいろしてもらっていまさら頼むことなんかねぇんだよ」
    「そんなこと言わないで真剣に考えてくださいよ」
    「〇△も××※も、頼んでないのにしてくれるしな」
    「うるせぇマジで黙れ」
     生憎オレはオマエと違って鍛え方が足りないらしい。湯船に浸かりすぎて逆上せた頭を抱えながら立ち上がる。
    「まあいいや。初売りが始まったらシューズ買いに行こうぜ」
    「えっいいんですか? せっかくのチャンスを棒に振ってますけど」
    「いーよ。あ、そのかわり後でオレの膝枕で寝てくれ」
    「一虎クンじゃなくてオレが寝るんですか? やっぱ変わった人だな」
     目的なく走るというのは、案外いまの自分に合っているように思えた。誰かのために何かをしようと躍起にならなくてもいいらしい。気持ちが前のめりになることを恐れると、オレはきっと動けなくなってしまうから。
    「オレも暑いんで出ていいですか?」
    「うわ狭ッ! もうちょっと考えて物件選べよアホ千冬」
    「野郎二人で風呂に入るなんて予測してないに決まってるでしょ」
     それは本当にその通りすぎて返事を見失ったオレの背中を、千冬はタオルでごしごしと擦った。少し痛いくらいの摩擦が心地よくてありがたくて、涙が出そうに温かかった。
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