千冬の私服でファッションショーする一虎 銀行の用事がスムーズに終わり、怪しくなる雲行きを心配しながら早足で歩いていたところで開店したばかりの唐揚げ屋を見つけた。いい匂いに誘われて十個入のパックをテイクアウトし、コンビニでビールを調達して上機嫌で家に戻ると、一虎クンが鏡の前でファッションショーを繰り広げていた。オレの服で。
「あーっ何やってんすか?! 似合ってるけど! 似合ってるけど!」
「ズボンの丈、短くね?」
「確かにそれはクロップドパンツですけど、一虎クンの脚が無駄に長いんですよ」
「青系多いなー、あと細かい柄好きな」
「一虎クンは顔派手だからデカい柄が似合いますよ」
「このシャツは?」
クリーニングから戻ってきたそのままでハンガーにかけておいた一張羅のカッターシャツを手にとる。ボタンを一番上まで止めて、スタンドミラーの前でくるりと一回転してみせた。
「ああ、それは三ツ谷君に選んでもらったやつです」
「へー、センスいんだなやっぱ」
それは一虎クンが格好いいからだよ、という言葉が舌の上で踊る。オレたちは六センチしか身長が違わなくて、少なくともオレは大差ないと思っていて、でもスタイルの違いは誤魔化しようもない。ラウンド・カラーの半袖シャツはサイダーを模した青いランダムドットが爽やかで気に入っている。オレは服そのものよりも一虎クンの腕のほくろとか裸足の指の綺麗な造形だとかに目が行ってしまう。まだ出所したばかりでいろいろと心配だから二人で出かけることが多いけれども、きっと一人で歩いていたらたくさん声をかけられるんだろうな。それは逆ナンかもしれないしホストの誘いかもしれないし、あるいはモデルのスカウトかもしれない。一虎クンが薄っすらと悲しげな笑みを浮かべるとき、いつも天使みたいだなと思ってしまう。だからオレは、逃げられないようにその翼を折った。
「何コレ、千冬にしては気が利くじゃん」
「こら、服を脱いでからにしてください。オレが潔癖症だったらその服全部捨ててますよ」
「うわひでぇ、オレちゃんと風呂入ってるよ」
他人の服だからか一虎クンの脱ぎ方は思いのほか丁寧だ。するりとズボンが落ち、ほどほどに筋肉のついた太腿が晒されて無意識に喉が鳴る。ふいに一虎クンが肩を震わせる気配を感じて顔を上げた。
「ははっ! 視線が痛ぇ。なあ、このままする?」
「唐揚げ食わないんすか」
「千冬が食べさせて」
下着姿でオレのベッドに腰かけて大きな口を開けたから、唐揚げの代わりに唇をお見舞いした。薄く目を開けて舌先でつつきあうと一虎クンの繊細な指先がオレの二の腕をぐしゃりと掴んだ。
「やめときます、ベッドが油まみれになったら嫌なんで」
「えー、千冬のケチ」
足をぶらぶら振りながら、くしゃみをひとつ。床に脱ぎ捨てたスウェットを急いで拾い上げる仕草がおかしかった。
「今度の休み、一緒に服買いに行きましょうか」
驚いた一瞬の後に目元が綻ぶ。この人にどんなダサい格好をさせてやろうかとアレコレ思案しながら、すっかり熱が逃げた唐揚げに爪楊枝を刺した。