終煙怪奇譚:「そんな夏の日」遠い場所からわざわざ此処まで来たのだ。
だから自分もと思っていたが、身体半身を照り付ける暑く熱を持つ陽射しと、沈め浮かべる身に降りかかる海の冷たさで酔いそうになる。頭がグラグラとし、風に煽られ揺らされた波が身へ押し寄せてくる。
楽しそうに遊ぶ友人達を眺め、此処へ来るまで過ごした出来事にも想いを廻らせながらどうするかと思案する。いっそ身を潜らせて温度を合わせてしまおうか。或いは再び
けれど刺す様な悪寒が熱い筈の半身に雪崩れ込む。
背後に、
何か
いる
皆目の前で悠々と泳いでは楽しそうに戯れている。此処へと来たのは自身と友人達だけの筈だった。湧き立ち続ける油と焦げ燃ゆる匂いにうんざりして、こんな夏日、そろそろ皆で此へ往くかと話し合って。
そっと視線を背後へ這わす。ぎょっと開いた眼はそのまま固まってしまった。
意思を持って此方を見ている気がしたのだ。
戻る事を許さないかのように、此方を見ていたのだ。
大きくそびえるその所に、まあるい二つの眼球を携えて。
私を捉えている。
山が。
山のように大きな何かが此方を見ていた。
……いやあれは山なのだ。何者ではない。大きくそびえる〝ただの〟山なのだから。
怯える事などない。それは、無用なのだ。
其処に在るのは、
目の前で繰り広げられる騒めきをぽつんと眺めながら、乾き柔らかく敷かれた砂の上へと再び戻ろうかと揺らされる頭で考えていたそんな夏の日。
私は浜へ往くのが恐ろしくなってしまった。戻ったらいけない気がしてしまった。
唾を飲む私は視線を戻す。早く行かねば仲間に置いて行かれてしまう。また同じ時を生きれなくなってしまう。
未練など捨てて私は深く青い悠久の海を泳ぎだした。
向こうでは早く来いと皆が手招きしている。私は目一杯腕を伸ばして其方へ向かう。
青に青を溶かしながら。
- 了 -
----------
● お題
水場(海、川、池、湖)
背後
山
三題噺(ホラー)
https://odaibako.net/gacha/8955id=20b52a0a6442401a96b515b882a609b2