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    mogucchi

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    mogucchi

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    【6/30新刊サンプル②】
    前回の続き。花道のお見舞いに行くリョ三です。
    なんか、間に合う気がまったくしないけど、とりあえず諦めずにがんばってます。

    #リョ三
    lyoto-3

    暑中お見舞い申し上げます 三井②湘北高校では、八月十三日から十五日までのお盆期間中、学校が閉鎖される。体育館も使えない。なので、その三日間は必然的に部活は休みとなる。
     しっかりと体を休めて夏休み後半の練習に備えるもよし。筋トレやランニングで基礎体力を鍛えるもよし。夏休みを謳歌するもよし。部員は各々好きに過ごすことになっている。一年のやつらは、みんなで海に行こうかと楽しそうに相談していた――もちろん、全日本ジュニアに選抜されて合宿を控える流川は、そのメンバーにはいってはいない。まあ、海で同級生と一緒に遊ぶ流川なんて、想像もつかないが。
     おれと宮城は、十二日の部活最終日に、桜木の見舞いに行くことにした。病室でひとり退屈しているであろう、誰よりも生意気でにぎやかな後輩を、少しでも元気づけてやりたかった。
     部活が終わってから、手土産になにを持って行くかふたりで相談した。「見舞いといえばフルーツ盛り合わせだろう」と言うおれと、「はあ? 病気のときはプリンって相場が決まってるでしょ!」と言う宮城の戦いは、果物屋の前でバスケットに盛られたフルーツの値札を見た瞬間に、おれの負けであっさりと終わった。
     結局、駅のそばにある洋菓子屋で、分厚いガラスの容器にはいったちょっといいプリンを買うことに決めた。上に真っ白な生クリームと季節のフルーツ――苺とオレンジ、それにパイナップル――がのった豪勢なやつを、奮発して五つ買う。桜木といっしょに自分たちも食べる用に三つと、あとであいつがひとりでゆっくり食べられる分二つだ。
     センパイであるおれが全額出すと言ったのに、宮城は自分も半額出すと言ってきかなかった。プリンの箱が入ったナイロン袋を手に店から出ながら、「おれだって、あいつのセンパイやし」と、少し照れくさそうにくちびるを尖らせていた。
     
     桜木の病室は、白くて清潔だった。四人部屋だが、他の患者がいないので、いまは桜木ひとりで使っているらしい。窓際に置かれたベッドは、桜木の大きな身体には少し窮屈そうに見えた。それでも桜木は、エアコンが効いていて自分の家よりも涼いから助かる、と赤い短髪を自分でわしゃわしゃと撫でながら笑っていた。
     久しぶりに会った後輩は、思っていたよりも元気だった。ベッドを囲んで、三人でプリンを食べる。桜木と仲がいいのか、病室を覗きにきた爺さんが、「はなちゃん、お友達来てるんだって? これ、みんなでお飲み」と冷たい缶コーヒーを差し入れしてくれた。桜木は遠慮もなく、「おお、シゲさん、サンキューな!」と笑って受け取っていた。どこにいても、するりとひとの懐に入り込むひとたらしの後輩の満面の笑顔に、ひとまず胸を撫でおろした。
     桜木のベッドサイドのテーブルの上には、漫画雑誌に混ざって、バスケの雑誌が何冊も積まれてあった。なんども読み返したのか、どれも表紙がヨレヨレになっている。自由にならない体を持て余して退屈しているだろうと、軍団のやつらか一年が差し入れたんだろう。
     そうだ。そういえば、たしかあのとき、木暮もバスケ雑誌を持って見舞いにきた。そのことを思い出したとたん、急に胸の奥がずんと重くなった。膝の手術のために入院していたあの病室のベッドが、脳裏に鮮明に甦る。壁にべたべたと貼ったNBA選手のポスターと、誰かが見舞いに持ってきた切り花の青臭い匂い。昼夜問わず襲ってくる、自分だけが置いていかれているという、気が狂いそうなほどの焦燥。はるか昔のことのような気がするけれど、たった二年ほど前のことだ。
     宮城と桜木の会話に相槌を打ち、なにげないふりをして笑っていたが、真っ白なシーツの清潔すぎる匂いが、息苦しかった。膝の上の掌が、いつのまにか汗でべっとりと濡れている。おれは思わず、汗で湿ったその手で、自分のシャツの胸のあたりをぐしゃりと握りしめた。
     桜木の病室で、一時間ほどのんびりと過ごした。桜木に乞われるままに、最近のバスケ部の様子や、赤木の妹のことなんかを話してやった。流川が全日本ジュニアに選ばれた話は、桜木にプレッシャーを与えることになるから今はまだ伏せておこうと、事前に宮城と話し合っていた。桜木は、宮城の話に、ふぬっ、ふぬ! と派手な反応を返しながら、楽しそうに笑っていた。
    「じゃあな、花道。夏だからって腹出して寝んじゃねぇぞ! 風邪ひくからな!」
    「わかってらい! ガキあつかいすんなよ、りょーちん!」
     帰り際、桜木の赤い髪を宮城がわしわしと撫でると、桜木は、ニシシと白い歯を見せてはにかんだ。いつもは凜々しいその眉が、わずかにへにゃりと歪んでいた。
     病室を出て、陰気なリノリウムの床に目を落としながら、長い廊下を無言のまま出口に向かった。隣の宮城もだまっていた。あたりに充満している消毒液の匂いに、息がつまりそうだった。
    「あー……宮城、わりい。忘れ物した。先、行っててくれ」
     おれは宮城の返事も待たずに、病室へと踵を返した。こんなときの宮城は察しがいい。わかりきった嘘をとがめるでもなく、ただおれの背中に向かって、「外で待ってます」と声をかけてきた。
     病室に戻ると、桜木は先程までの笑顔が嘘のようなぼんやりとした顔をして、ベッドに座っていた。まるでデカい体のなかに押し込められて困り果てている、小さな子供みたいな顔だった。
    「お、どーした、ミッチー。忘れもんか?」戻ってきたおれに気づいて、急にニカリと笑顔をつくる。
     おれはたまらなくなって、思わず桜木の大きな体に抱きついた。
    「無理すんなよ、桜木」
     あのころの、こんなことなんでもないってふりをして、精いっぱい明るく振る舞っていた自分を思い出した。
    「ぬ、ミッチー?」
     腕の中で、赤い頭が居心地悪そうにごそごそと動く。けれど、振り払われはしなかった。
    「おれには、しんどいって、不安で夜も眠れねーって、ぶちまけていいんだぞ、桜木」なんたっておれは経験者だからな、もっと先輩を頼れよ、と短くて柔らかいヒヨコみたいな髪を撫でた。
    「ふふ、そうだな。ミッチーはケガこじらせまくって、バスケ部ぶっツブしに来たくらいだもんなぁ」桜木はおれの胸に顔を埋めたまま、くすくすと笑った。
    「うるせぇ。でもよ、ちゃんとまたこうやって、バスケできてるだろ?」おまえらのおかげでな、と腕のなかにおとなしくおさまっている赤い頭にむかって言った。「いつでも電話してこいよ。他の奴らばっかり楽しそうにバスケしやがって、くやしい、ムカつくって、文句言っていい。いくらでも聞いてやるよ。だから、無理だけはすんなよ」
     背中にまわった大きな手が、シャツをぎゅっと握り締めた。
    「……ん、わかった」
     桜木はおれの腕の中で、小さくうなずいた。シャツの胸のあたりが温かく濡れていた。

     海辺の遊歩道は、海水浴帰りの客でいっぱいだった。はしゃいだ声と、脳天気な笑顔があふれている。
     病院からの帰り道、宮城は無口だった。たぶん、おれと桜木の話を病室の外で聞いていたんだろう――あの話を宮城に聞かれていたのかと思うと、気まずくて恥ずかしかった。
     あのころのおれは、なにもかもをぜんぶ膝の故障のせいにしていた。膝さえ壊れなければ、安西先生のもとで湘北バスケ部をインターハイへ、さらには全国制覇へとおれが導けたはずなのに。本気でそう思っていた。思い上がりもいいとこだ。
     膝のせいでもなんでもない。実際は、焦りや嫉妬でがんじがらめになって、自分で自分を追いつめていただけだった。
     そうやって二年間ためこんだものを、宮城にぶつけた。まあ、こいつの態度が生意気だったのは間違いないけど。それでも、理不尽に暴力をふるわれた宮城にしてみれば、おれの泣き言なんざ、聞きたくもなかったはずだ。
     宮城は、バスケに背をむけたおれを、やっぱり情けないやつだと思っているんだろうか。そう思うと、おれの口数もおのずと少なくなった。
     夏休みの宿題の進み具合なんかをぽつりぽつりと話しながら、暮れていく海を横目にふたり並んで歩いた。不意に、宮城が立ち止まる。
    「ねえ、三井サン」おれのシャツの背中を、くいと掴んだ。
    「なんだよ?」
     おれは立ち止まって、宮城を振り返った。
    「あのさ、アンタとはいろいろあったけど」
     宮城の鳶色の瞳の横で、小さなピアスが夕陽に照らされて光っていた。
    「三井サンがいまバスケ部にいてくれて、おれはうれしいよ」
     まっすぐにおれを見るその目を見て、こいつが本心からそう言ってくれているのだと、おれにもわかった。うれしかった。おれも、おまえとバスケできてうれしい。そう素直に言えればよかった。だけど、それじゃまるで告白みたいで。どうしても言えなかった。ただ、誤魔化すように、宮城の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き混ぜた。 
    「そんなおだてても、なんも奢んねーぞ!」
     おれが笑うと、宮城も、「えー、いいじゃん。可愛い後輩にラーメンおごってよ」といつもの生意気な顔に戻って、わざとらしくくちびるを尖らせた。それまでふたりのあいだでぎこちなく固まっていた空気が、ようやく柔らかく解けたのをおたがいに感じた。
     そこからは、くだらない言い合いをしながら駅までの道を歩いた。空が暮れていくにつれて、大きくなっていく波の音が心地よかった。
     向かい側から、若い女子数人のグループがやってくるのが見えた。これから帰るのか、それともまだ夕暮れのビーチを満喫するつもりなのか。水着の上にTシャツをかぶっただけの格好をした彼女たちから、きゃっきゃと明るい笑い声が弾けていた。すれちがいざま、サンオイルの甘いココナツの香りがする。それでふと、工藤に夏祭りに誘われていたことを思い出した。
    「そういえば、クラスのサッカー部のやつに、夏祭り行かねぇかって誘われててよ」なんとなく、いまなら夏祭りのことを宮城に話せる気がした。「女子も来るから、たぶん人数合わせなんだろうけど。ほら、学校のそばの神社で毎年やってるだろ。夜店もそこそこあるらしいぜ」
     べつに女子と一緒に夏祭りに行くことを自慢したかったわけじゃない。ただ、もしかしたら宮城が、「じゃあ、おれとふたりで行こうよ」と誘ってくれるんじゃないかと、なかば期待していた。いままでそんな風に宮城とふたりで出かけたことはなかったけれど、こいつとならなんでも楽しい気がした。
     夏祭りじゃなくてもいい。「祭りなんて行ってる余裕あんの? 練習しなきゃでしょ」って。そんなふうにバスケに誘ってくれてもよかった。とにかくおれは、〝高校最後の夏〟を宮城とふたりで過ごしてみたかった。
    「へぇ、三井サンってやっぱモテるんだ。その女子って、ぜったい三井サン狙いじゃん」
     宮城は笑ってそう言った。
    「夏祭りなんて雰囲気あるしさ。女子から告白とかされちゃうんじゃない?」
     ドン、と宮城に背中を押されて、谷底に叩き落とされたような気分だった。波の音も、通行人の笑い声も、全部が遠くなっていく。宮城の言葉と笑顔だけが、時間が止まったみたいにいつまでも頭のなかにこびりついていた。
     宮城は、この関係を変えるつもりはない。それがはっきりとわかった。いつも一緒にいて、おれにだけ隙だらけの甘えた顔を見せたりなんてするから。勘違いしてしまった。いつか、カラダだけじゃなくなる日がくるかも、なんて。
     そもそも、「予行練習みたいなもんだろ」なんてそそのかして、宮城をタラしこんだのは他の誰でもない、おれだ。自分から〝練習相手〟を名乗るような人間に、本気になるやつなんていない。
     バスケ部に戻れて、こいつらといっしょにバスケすることを許されて、パスをもらえて。それだけでおれはしあわせだった。じゅうぶん満足していた。それなのに、いつのまにこんなにも欲張りになっちまっていたんだろう――
    「ばーか、そんなわけないだろ。まあ、おれがモテんのは否定しねぇけどよ」
     なんて適当なことを言って、宮城から目をそらして空を見上げた。西の空を覆う薄雲が、夕陽に照らされてオレンジ色に染まっていた。
     インターハイの前に、宮城が、「夏は夜がいいんだって」と唐突に言いだしたことをふと思いだした。「おれは、バスケしてるときがいちばん〝いい〟」ひとりごとみたいにそう言ったのとおなじ横顔で、宮城はいまもおれの隣に立っている。
     夜の匂いを含んだ潮風はどこか甘くて、駅までの道のりがやたらと長く感じた。



    つづきます




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