🐊と🎨 海が見える岸辺。
少女は右手に筆を持ち、左手にパレットを持ち。眼前に広がる青い景色を、ペタペタとキャンバスに塗っていく。
「ボスには、感謝しているわ。」
筆先で青色を重ねながら、少女は隣の男に話しかけた。大きな身体にファーコートを纏った男は、葉巻を咥えながら、少女と同じように目の前の景色を眺めていた。
「何を感謝することがある?」
「色々あるわ。」
「ほう?」
少女はチラリと男の方を見た。男の顔は見えなかった。少女より背が高すぎるし、立派すぎる毛皮が、男の顔を隠してしまっている。
少女はパレットを置いた左手の指を折り、話を続けた。
「えーっと、まず会社に入れてくれたことでしょ。それにお給料をくれたこと、仲間をくれたこと…」
「雇ったのはテメェの能力を買ったからで、給料は契約だ。仲間はやってねェ、テメェが勝手に作ったんだろ。」
「でも、ボスがいなったら何も叶わなかったわ。」
「…」
「それに、Mr.3にもまた会えたわ!」
少女はぴょん!と嬉しそうに跳ねた。男は呆れるように息を吐く。
「俺はアイツを殺したつもりだったが?」
「でも生きてたわ。ボス、殺さないでいてくれてありがとう。」
チッ、と男は不機嫌な舌打ちをする。件のMr.3はそれだけで恐れ慄くが、パートナーだったこの少女はどこ吹く風だ。
男が目線を下げると、少女と目が合った。ニコ、と笑いかけられて、男はなんとも歯痒い表情を見せる。
「ね?ボスには感謝することがいっぱいあるわ。」
「……色々と、ズレてんなテメェは。」
「そうかしら。ポーラにも言われるの。」
少女は再びパレットを取り、筆先をペタペタとやりはじめる。男もまた、海へと目線を戻す。
海は相変わらず穏やかで、小さく白波が見えては消えていく。
「この絵が描けたら、ボスにプレゼントするわ。」
「…そいつァ、楽しみだな。」
葉巻を咥えた男の口元から、ほわりと煙が上がる。
空に浮かぶ雲に、溶けていくようだった。