黒くなるか赤くなるか 七月夏真っ盛り。
その日五条悟は単独任務の為、一人遠方に行っていた。
任務は秒で終わったものいかんせん距離が遠く、五条が高専に戻ってきたのは夜の八時を越えていた。
部屋に戻ることなく五条が向かったのは女子寮と男子寮の間にある食堂兼談話室。
この時間なら任務を終えた生徒は自室かそこにいることが多い。
親友の夏油傑と、同期の家入硝子、それに三歳年上の庵歌姫がだべっているだろうと考えて向かったのだ。
入り口に立った時、いつもの定位置にいたのは、親友の夏油と歌姫だった。
(……二人だけって珍しいな)
二人は向かい合わせではなく入口に立つ五条に背中を向けるように横並びに座っている。
楽しそうに笑顔を見せる歌姫と、困ったような笑みを浮かべる親友と。
二人を見て五条の胸がチクリと痛んだが、よくわからずに首を傾げた。
そんな歌姫の言葉に五条は目を丸くする。
「私、皮剥いたの、夏油のが初めてよ」
五条は思わずドアに身を隠し息をひそめた。
歌姫が口にした言葉に目を丸くする。
皮を剥く。
聞いて思いつくのは当然、下の方。
まさか、え、そんな。
五条は風呂場で見た親友の股の間のものを思い出そうとしたが、思い出せない。
確かに頑なに奴は見せないように気をつけていた。
もしや包茎で、見せない為に隠していたのか?
「そうなんですか?確かに歌姫先輩の周囲にはそういう人はいなさそうですよね?」
「そうなのよ。だから話には聞いていたんだけど実際目にするのは初めてで。だから思わず夢中になっちゃった。少し無理矢理剥いちゃった部分もあったから痛かったよね?ごめんね」
「いえ、全然。私自身、こうなっていてもずっと放置する方だったので、助かりましたよ」
「本当?」
「ええ」
「また、剥いてもいい?」
「もちろん」
二人の会話を盗み聞きながら、五条は呆然としていた。
親友の大事な部分を歌姫が夢中で剥いているのを脳裏に思い浮かべて、胸が抉られるほどに痛かった。
(傑と歌姫って、そんな仲だったのかよ……)
裏切られたという感情が五条を襲う。
初めての親友と、揶揄うと反応が面白い歌姫。
高専に入学して三ヶ月。
どちらも五条にとっては、特別な存在だった。
感情が皆無になりつつあった五条の耳に自分の名前を呼ぶ歌姫の声が聞こえた。
「五条は、きっとこんなふうじゃないわよね?」
「さぁ、悟はどうかな?」
「わからないのね……」
明らかに声のトーンが落ちる歌姫。
「歌姫先輩、そんなに気に入ったんですか?」
「うん、だって、楽しいし」
「どんなところが?」
夏油の問いは悪趣味だと思うが歌姫は真剣に考えて答えを口にする。
「するすると剥けて大きなものになるとちょっと感動するわよね」
「感動しますか?」
「うん、だって私が大切に丁寧に剥いた証でしょ?思わず写真で残したいくらい」
「さすがにそれは悪趣味ですよ」
「そうか……、確かに相手は嫌よね」
「でも、汚いとか思わないんですか?」
「え?」
「私のそういうのに、触れるの」
「全然。汚いなんて思ったら、こんなこと頼むわけないじゃない」
「……もし、悟のも剥けたら、剥いてみたいですか?」
「でも、五条って自分で剥きそう」
「まぁ、確かに、自分でやりそうですね」
五条はドアを思いっきり開ける。
「俺、包茎じゃないけど、触ってもいいよ!」
声を大にしてそう言った瞬間に、ギョッとしてこちらを見る歌姫と、肩を震わせている夏油がそこにはいた。
歌姫は顔を真っ赤にして五条に怒鳴る。
「ちょ、あんた、いきなり何言ってんの?変態?」
「いや、だから、剥く皮はないけど、俺のちんこも全然歌姫触っていいよ」
「は、ちょ、何言ってんの?変態!!」
ずんずんと近寄る五条に夏油の背中に隠れる怯える歌姫の頬は真っ赤だ。
「だって、傑だけずるいじゃん!俺のも触ってよ!」
「ちょ、夏油!」
「くく……っ、悟、剥ける皮がないなら、ダメだよ」
「皮なんかなくたって、俺の方が絶対歌姫、満足させられるし!」
そう言いながらベルトに手をかける五条に歌姫は両手で目を隠し夏油の背中に顔を伏せる。
「残念だけど、先輩は私の皮に夢中なんだよね」
そう言ってどや顔をする夏油に、五条の感情がぶちぎれる。
「傑、てめぇ、今すぐ表出ろ。ぶっ殺す」
「いいよ。どっちが上か勝負しようか」
一触即発、バチバチと火花が散る中、せんぱーい、と硝子の声が聞こえる。
硝子は男二人に目もくれず、歌姫に近寄ると、腕を見せる。
「見てください。私も夏油ほどじゃないですが、皮剥けてきましたよ~」
硝子の言葉に歌姫が、硝子の腕を見て「本当だ」と硝子の腕をとる。
五条が視線を二人に向ければ、硝子の腕の日焼け跡に剥けてきた皮を歌姫が楽しそうに丁寧に剥いている。
その二人を見て五条は自分が盛大に勘違いしていることに気付く。
夏油を見れば、耐えられなくなり大笑いしていた。
「てめぇ、傑!途中で俺がいたこと気付いてたのかよ!」
「さぁ、なんのことかな?」
「マジでふざけんな!」
「いや、私と先輩はあくまで日焼けの皮の話しかしてないよ。悟が勝手に勘違いしたんだろ?」
「皮剥くなんて他に話題あるかよ!」
五条と夏油のやり取りを見ていた硝子は何かを察するが、歌姫は首を傾げる。
「皮剥くって日焼け以外に話題あるの?」
目をキョトンとさせる三歳年上の先輩に、五条と夏油、そして硝子が驚いた表情で歌姫を見る。
更に硝子は夏油と五条を睨みつける。
「夏油、てめぇ、五条、おちょくるのに先輩使ったな?」
「いや、勘違いしたのは悟だし、私と先輩はあくまで会話をしていただけだし」
「いーや、明らかに悪意があった!俺はそういう風にしかとれなかったし」
「とれなかったからって、ここでパンツおろそうとするのはどうかと思うけど」
「は?」
「そうなの。夏油と話していたらいきなり五条が、変なこと言ってきて……!」
歌姫の追い打ちに硝子が何処からともなくメスを取り出す。
「……五条も夏油も、刻まれたくなかったらそこに正座しろ」
「「……はい……」」
硝子のお説教は、夜の十時過ぎまで続いた。