はなせばわかる ~おじさんがおばさんに転生しましたけど?~はなせばわかる
~おじさんがおばさんに転生しましたけど?~
報せを聞き庭師との雑談に興じていたが即座に辞してカムラはスカートの裾を持ち上げるようにして、走り出した。たびたびこういう機会はあるが、毎度面倒くさいと不満をおぼえるものの隅に追いやっている。それどころではないのだ。ほどなくして現場、雇い主であり領主の屋敷の一部、近所の子供にも開放された公園のような芝生の一角にたどり着く。そこで目にした光景が、おおよそ想定どおりだったことに、彼女は渋い表情を隠すことはできなかった。道中、使いに来た子に他の子らは急遽室内遊びに変更したので今は二人以外は居ない筈だと聞いていたので、ぽつんと当人たちが佇んでいるだけである。一人は地に手をつき、おそらく突き飛ばされて尻もちをついているのだろう。もう一人、こちらが我が主だが見守りの一人だった副執事のローグの背後に、気丈ながら立ったまましがみついている。そして二人揃ってわあわあと泣いているので、まずは鎮めるところからだ。それにしても、座り込んでいるご子息、第一夫人の二人目の子にして嫡男となるはずの、たしかラファストル様と云ったか、うちのジニー(ヴァージニア)様より一つ年上の九才であらせられるのに、従者におんぶを要求するなど、依然として甘やかされているのだなと解る。主人であるインディペイト伯爵は、いずれは家を背負って立つことになるだろう男児なのだから、もっと厳しくしてたくましく育って欲しいが、そんなことよりもむしろ、調和を優先し他の貴族達との結束を強めていく方が現状には合っている、家を導くのではなく使用人達によって盛り立てていけばいいと、夫人(第一)が頑として譲らないまま今に至っているというぼやきは、一介の家庭教師兼侍女であるカムラの耳にまで届いている。まあ、こちらはいわば政略結婚で、卿があまり得意ではない貴族社会での身のこなし方に長けている方なので、強く出れないのは致し方ない。政治のみならず貿易面でも孤立するわけにはいかないし、いくら伯爵の地位であってもそうなってしまえば領地経営も立ちゆかなくなってしまう。それも一理あるが、だからといって都会のストレス発散に、自然豊かな辺境で地元民をサンドバッグ代わりにするのはいかがなものか。
やがて、ボンクラ息子は従者におぶわれて、ちゃっかりこちらにアカンベーをしてから退出していった。残るは四名、ジニーとカムラにローグ、それと先導してくれたサムだ。詳しい話を聞く前に、カムラは一旦この二人も部屋にしりぞいてもらおうと思ったが、強制はしなかったのでそのままであった。だが、頃合いをみてローグは着替えさせないといけない。
手が届くほどに近寄り、いつものようにしゃがんで顔の高さをそろえて言った。
「お嬢様、遅れて申し訳ございません。そろそろ、お話など聞かせてくださいませんか?」
「うん……カムラがいなかったのが悪い」
(単にすねていて、本心ではない筈だ)
「はい、すみません」
「今後は、なるべく離れないで」
「はい気をつけます」
ぐずぐずしているが、発する言葉がしっかりしてきた。
「あのう、お嬢様、あちらのベンチにお座りになられてはいかがですかね? 立ちっぱなしも何ですし」
軽く困ったような顔でローグが割り込みをかけたのが功を奏し、一行は少々場所を変えることにした。ジニーとカムラが腰を掛け、男性二人が立って周囲を固める。サムも子供だが、当事者ではないので座ろうとはしない。
昼下がり、ちょうどそのあたりが木陰となっていて、走ってきた息と汗を落ち着かせるのにも具合がよかった。
「それで、ジニー様、何があったんです?」
「あいつがみんな悪いんだ」
「そうかもしれませんけど、そこまでのいきさつを教えて下さい」
すると、ジニーは少々鼻白んだが、二人の助け舟がないことであきらめて、ぽつりぽつりと話し始めた。
「あいつ」
「仮にも兄上ですよ」
「義兄様が……領地の街のことを勉強したって話してて、でもそれでみんなの注目を集めるのは我慢したけど……ヒノモトなんて街も国も、家庭教師に聞いても知らないって、お前の教師ニセモノなんじゃねえかって……だから、そんなことはない、カムラはしっかりした人だって……」
「そこで押し問答になって、お突きになられたんです」
ローグがここで口添えした。
(いや、本物かと言われれば転生者だし、教員免許持ってない中身は中年のおっさんだし、当たらずとも遠からずかもしれんが)なお、転生した時に女神から、ヒノモトという小さな村は一応実在すると聞かされている。
しばし顔の中身を寄せていたが、ほぐすようにため息をつくと、背筋を伸ばして言った。
「お嬢様、わたくしめのことを気にかけてくださり、本当にありがたく存じます。かのような意識が芽生えたことに、わたくしは感激しております。ですが、やはり手を出したのはいけません。謝りに行きましょう」
「嫌だ」
「そうおっしゃらずに」
「嫌なものは嫌だし、悪いのはあいつだってカムラも分かったでしょ?」
「ラファストル様は本当のことを存じていないだけで、悪いとは言い切れません」
「じゃああの場はどうすればよかったの?」
無視するのが最善ではあるが。
「毅然として突っぱねてしまえばすぐにおさまります」
「だけど!」
「そうやって腹が立ってるだけでやり返そうとするからいけないのです。喧嘩は落とし所を決めてからするものです」
「おとし……どころ?」
* * *
義兄は、皆の前で倒され、泣きわめいた姿をさらしてしまったので、案の定居たたまれないのか自室に引っ込んでいた。
「││ということで、誠に申し訳ございませんでした」
カムラが深々と頭を下げ、ジニーの背にも手を添え謝罪を後押ししている。目は不満たらたらだったが、ぎこちないまでも頭は下げてくれたことに安堵した。
「まったく、やっぱり田舎者は乱暴で嫌いだ。本当は来たくなんてなかったんだ」
彼は椅子に掛けて、体はこちらを向くも、従者しか相手をする気がなさそうだった。
「で? わざわざ謝りに来て、これだけ?」
「坊っちゃま」
さすがに身内にたしなめられる。
「僕は被害者だぞ。言葉だけの謝罪でこの痛みは消えないね」
「もうその辺で」
あちらも手を焼いているようである。
「義妹をこんな乱暴者に育ててしまうなんて、家庭教師失格ではないか。とっととヒノモトとやらへ帰ったらどうだ。何なら僕から母上にも進言しておくぞ」
「ラファストル様、お言葉ですが、お嬢様はわたくしめを想ってのことです。そして今も、わたくしを守らんがために、断腸の思いでこちらにおります。こんなご主人様など他にはおられません。きっと大成すると信じて、我々一同精進する気持ちを新たにしているところです。どうか、これに免じては下さいませんでしょうか。さもなくば」
「さもなくば?」
「このこと││尻もち程度で賠償を強要されたと、触れてまわります」
すると彼は真っ赤になり、震えた声で
「ふ、ふん、まあ今回は許してやる」
ようやく絞り出した。
* * *
「お嬢様、あまりはしゃがないように」
帰りのジニーは、今にも踊りだしそうだった。一応満足してくれたようで、カムラも胸をなで下ろしている。きっとまだまだこんなことが続くのだろうが、とにかく全力で取り組まないといけない。先を見据えた女神との約束のためにも、少しずつ成長していると信じたい。
「さてお嬢様、これから内緒でスミス夫人のところへ寄りましょう。腕によりをかけたおやつが待ってますよ」
「本当? やったぁ」
「今日のごほうびです。特別ですよ」
彼女の作る料理は何でも絶品だ。二人はたまらず早歩きで厨房へ向かった。
(了)