相手をときめかせないと出られない部屋▽○○しないと出られない部屋その③
▽ぐだキャスギル
目が覚めたらそこは以下略。
「またか」
「煩いぞ雑種。そう喚かずとも状況はもう解っているであろう」
「でも三回目ですよ ちょっとは叫ばせてください、現実を受け入れられない……」
「気持ちは解る」
立香は頭を抱えて蹲る。そう、三回目なのだ。この『何かをしないと出られない部屋』に閉じ込められるのは。
「今回は何ですか……」
しゃがんだまま部屋を見回すとやはり看板があった。立ち上がって近づくと、今回は『用意された指輪を渡しながら相手がときめくセリフを言わないと出られない部屋』と書かれている。やはり達筆な字だった。そんなことはもうどうでもいいが。
「……指輪?」
立香が呟いたと同時、背後でゴトリと音がした。何かが床に当たる音である。例えるならば箱が床に落ちたような。振り向けばやはり床に小さな箱が落ちていた。床と紛れてしまいそうな白い箱だ。
「……」
どう考えてもあの中に入っているのは指輪だ。仕方なく看板から離れて箱を拾い上げ、ぱかりと蓋を開ける。端が金具で止められた箱は、上半分だけが貝のように開いた。中には、やはりと言うべきか、指輪が入っていた。何の変哲もない、淡い金色の指輪だ。まるで――ではない。これは、結婚指輪だろう。
「…………」
「どうした雑種。その指輪を我へ贈れば出られるのであろう? 我が財宝に加えるまでもない粗末な物ではあるが、受け取ってやろう」
横から覗いてくるギルガメッシュに、いやいや王様、『ときめかせる』をお忘れですよ、とは言わないでおいた。今のところ、その手段は思い浮かばない。
「ええと……」
これが結婚指輪ということは、恐らく求められているのはプロポーズの言葉だろう。立香は箱を持ったまま床に片膝をつく。
「何だ? 突然傅きおって……」
「ギルガメッシュ王」
できるだけ真剣な顔をしてみる。プロポーズといえばこの言葉しか思い浮かばない。
「オレと結婚してください!」
「…………………………は?」
たっぷりの間の後、立香の前に立つギルガメッシュは怪訝な顔で吐き捨てるような声を発した。扉が開く気配もない。プロポーズといえばこれだと思ったのだが、やはり一筋縄ではいかないらしい。論点が若干ずれている気がするが。
「ダメだったか……」
「ダメも何もなかろう。何を素っ頓狂なことを言っているのだ貴様は」
呆れて溜息をつくギルガメッシュに、立香は少しだけ、ほんの少しだけ胸に何かが刺さったような感覚を覚える。少しだけ、痛い。
「……いや、この部屋、王様をときめかせないと出られないんですよ。なのでときめいてください」
「ときめかせないと……?」
「ときめきっていうのは、こう……胸がキュン、として苦しい、みたいな……」
「何を言うか。我の心臓は常に超絶健康であるぞ」
「病気じゃないですよ」
これはちょっと、今回は流石にダメかもしれない。どうやればギルガメッシュがときめくのか、立香にはその答えが解らない。まあ、本人の意思と関係ないのがときめきというものではあるが。何か良い言葉があればいいのに、と、早くしろと急かす王を宥めながら立香は考えあぐねる。決して語彙が多い方でもなく、誰かさんのようにロマンチストでもない。そう、勝手にいなくなってしまった誰かさんのように、ロマンチストではないのだ。今この場に関係のない記憶でちくりと胸が痛んだ。勝手にいなくなった人。そういえば、この人もそうだった。勝手に死に場所を決めて、勝手に。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
考えるべきことから外れた思考を元に戻せども、良い言葉などそうそう思いつかない。自分に言えるのは、せいぜい――
「王様」
「何だ。脱出方法でも思――」
立ち上がり、ギルガメッシュの手を取る。その手に箱を握らせ、両手で握り込む。立って向かい合っているせいで上にある真紅の瞳を真っ直ぐに見据え、
「ギルガメッシュ王。……オレが死ぬまでの間、王様の全部を、オレにください。時間も、未来も、心も、…………身体も、全部。全部。ください。もう勝手にいなくなったり、しないで」
黄金に縁取られた瞼がぱちぱちと瞬く。面食らったように目を見開いた王の横で、部屋の扉が静かに開いたのだった。