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    えんどう

    @usleeepy

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    えんどう

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    ▽愛について①

    ##3001-5000文字

    愛についての話①▽愛についての話(ぐだお視点)
    ▽ぐだキャスギル





    「王様、手を出してください」
    「ん」
     派手に改造された立香の自室。エミヤに作らせた菓子をつまみながら、部屋主を差し置いて寛ぎきっているギルガメッシュを見下ろして立香が言えば、ギルガメッシュは器を無造作に蔵にしまい、素直に鋭い黄金を纏った右手を差し出してきた。素直だった。菓子をつまんでいた左手は役割を失い、頬杖に変わる。何も問わないその素直さに、立香はまず驚く。いつもならあれやこれやと事情を問い質してくるのに。
    「珍しいですね。何も訊かないんですか?」
    「いい加減貴様の唐突さにも慣れたわ。何がしたいのか知らんが疾く済ませよ」
     立香を見上げもしないギルガメッシュの物言いは非常に面倒くさそうである。視線を合わせるために元は簡素なベッドだった寝台に腰掛け、眇められた真紅を見、出された右手を見遣る。少しはゴネられるかと思っていたのだが。
    「慣れてくれるのはありがたいんですけど、手が逆です。左手をください」
     言えばギルガメッシュはふうと溜息をついて身を起こし、身体を支えていた左手を掌を上に向けて差し出してくる。何の抵抗もされない事は大変喜ばしい。正論で難癖をつけられがちな立香には大層ありがたい。
     差し出された手を取り、くるりと反転させる。その手を取ったまま片手でポケットを探り、指先に触れた目的のものを取り出す。取り出したのは何の変哲もない、銀の輪だ。以前妙な部屋に閉じ込められた時に、降ってきたもの。クローゼットを片づけている最中に片隅に追いやられているのを見つけ、箱は捨ててしまったのだが中身だけはなんとなく捨てがたく、持ち歩いていたもの。その時の立香には輪の役目を果たさせようという思いは微塵もなかったのだが。なぜ今なのか、その理由もよくは解らないが。
    「拾い物で申し訳ないんですけど」
     甲を上にした左手の薬指へ恭しく輪を通せば、それはまるで誂えたかのように隙間なくギルガメッシュの指に収まった。彼の好む黄金ではないが、それは白い肌の上でよく映えるように思えた。
    「なんだこれは」
    「多分……結婚指輪、ですかね」
     はあ、と気のない返事が返る。表情もまるで興味がなさそうだ。実際興味はないのだろうが。
    「本当は交換するんですけど、一個しか持ってないんで、王様に差し上げます。……オレの時代では、こうやって永遠を誓いあうんですよ」
     指輪の嵌められた薬指へキスを落とす。こんな事を言えばこの王が嫌がる事を知っていても、言いたかった。この王はそういった戯言にはいい顔をしない。永遠などないのを誰より知っているからだろう。立香とて、永遠などないのは重々承知している。命もそうだが、それ以前にこの時間は、明確な終わりの日が用意されている。
    「そんなもの……」
    「解ってます。でもオレには何も残らないんで。せめて王様には何か持っていてほしくて」
     それならいいでしょう?と問えば王は口を噤む。言い返す言葉を探っているようだった。
     この時代、この時間、この瞬間、確かにふたりでいたのだと、その証明のようなものがずっとほしかった。戯れを装って婚姻届など書かせた時には跡形もなく燃やされてしまった。永遠など戯れでも誓えないと言う。情事の痕跡は翌日には消されている。無形の時間ならば贈られた事もあるが、それもかたちには残らない。その時間は何物にも代えがたかったが、ギルガメッシュから与えられるのはすべてかたちには残らないもので、立香が与えたものは残らず消された。恐らく、ギルガメッシュは立香の人生に己の痕跡を残したくないのだろう。予想ではあるが、当たっている自信もあった。勿論この時間のすべてを覚えている自信はあったが、それでも、何か残したいと思うのはわがままだろうか。この指輪だって不要と明日には消されているのかもしれない、それでも。何か、ひとつでも。
     左手を両手で包み、立香は自らの額へ押し当てる。祈りを捧げるように、祈るような気持ちで。
    「永遠なんて誓ってくれなくていいです。そんなものないって解ってます。でも、忘れないでください。オレがここにいた事、王様と一緒に生きた事、王様の、……ギルガメッシュ王の永い永い時間の一瞬でも、オレが貴方を、ギルガメッシュ王を……――愛した事。忘れないでください。憶えていてください。……せめて、その指輪があるうちは」
     それは儚く、淡い願いだった。目を閉じている立香にギルガメッシュの表情を窺い知る事はできなかったが、ギルガメッシュは無言でその祈りを聞いていた。暫くの後、掴んでいた左手が僅かに動く。それは握り返してくるような僅かな動きだった。
    「立香」
     呼ばれて、顔を上げる。情けない顔をしている気がしたが、呼ばれたのだから上げないわけにもいかない。左手を立香に差し伸べる形になっているギルガメッシュは、――確かに、笑んでいた。立香の情けない表情を嘲るのでもなく、ゆるくやわらかく笑んでいた。胸が締めつけられるような微笑みだった。
    「我は……愛などというものは知らん。ゆえに、貴様の気持ちなど知らん」
     やさしい表情に比べて、言葉は痛烈だ。益々情けない顔になるのを感じながら、立香は次の言葉を待つ。これ以上追い打ちをかけないでほしいのだが。
    「だが、記憶に留めておく事はできる。そも、我は一度見聞きした事象は忘れん。思い出さぬように努めているだけだ」
     次の言葉は、一転して希望を抱かせるものだった。この人は落として上げるのが本当に上手い。自分の表情筋が単純にも明るく転じるのが解った。それを見留めたギルガメッシュの笑みに僅かに愉快が混じる。僅かな表情の差異を、立香はじっと見つめていた。
    「我は忘れん。共に戦場を駆けた事も、あの難問を貴様が乗り越えた事も、あの時手を差し伸べられた事も、貴様が確かに偉業を成した事も、共に過ごした時間も、……立香に触れられた事も、過ぎ去った時間も、今ここにこうして在る事も、これより先の事も、全部、な。……勿論、貴様に散々待たされた事もな」
     最後ばかりは茶化した物言いだったが、珍しく、言葉を選びながら口にしているようだった。まるでこれまでの事を手繰り寄せて噛み締めるように。銀の指輪が輝く左手をぎゅうと握り締めれば確かに握り返す力があった。ベッドへ乗り上げれば王好みに仕立て直されたシーツに膝がやわらかく沈む。にじり寄るようにして近づけば燃え上がる炎よりも深く鮮やかな真紅が立香を見上げた。手をほどき、そのまま被さるようにして抱き竦める。縋りつく、の方が近いかもしれない。
    「……全部、全部憶えていてください。オレの事。で、たまに思い出してください」
    「貴様は存外欲深い男よなぁ、立香」
    「オレだって欲くらいあります」
     とんとん、と背中を叩かれる。宥められるかあやされているようだ。その片手には立香がはめた銀の指輪がある。そう思えば自然、抱き締める腕に力が篭った。
    「…………不思議なものよな、立香。貴様にこうして触れられているとあたたかく心地よい。が、時折苦しくもある」
     ぽつり、と耳元で言葉が零れる。何気なく呟かれた言葉の意味を考え、その意味を探る。確かに、自分も同じような感覚に陥る事があった。幸せなはずなのに苦しく、あたたかいのに胸が締めつけられる。そういう時に決まって感じるのは。
     立香が身動いだのを察して背に回された腕が緩む。惜しみながら身体を離して見下ろせば目があって、やわらかく眇められた。
    「それって……――それって、多分、それが、愛なんだと思います」
     眇められていた瞳が見開かれ、ぱちぱちと真紅が瞬けば星が散ったような気がした。きょとんとしたギルガメッシュは、ややあって相好を崩す。ただ微笑うのではなく、照れたような、恥ずかしげな、はにかんだような、初めて見る笑顔だった。
    「……そうか、我はとっくに識っておったか。……我がマスターは、我が思うより博識であったな。立香」
     多分、きっと、そういう事なのだろう。だって今、すごく、とても、幸せなのに、息ができないくらい胸が締めつけられるのだ。泣きたいほどに、この人が好きで、好きでたまらない。こんな気持になったのはこれが初めてで、これが愛でなければ、何を愛と呼ぶのか立香には解らない。
     見下ろすために支えている手にギルガメッシュの手が重なる。指輪の光る、左手が。手を返しながら肘を曲げて顔を寄せ、手を握りあわせれば今までそこになかった硬い感触がして泣きたい気持ちになる。そのまま顔を寄せて口を塞ぐ。啄むようなキスから徐々に角度を変えて深くしていけば片腕で引き寄せられる。離さないとばかりに。繋いだ手を、どちらからともなく強く握りあわせる。
    「ん、…ん、ふ、 んぅ、」
     舌を絡めあわせればギルガメッシュが気持ちよさそうな声を漏らす。動き回る舌を追って摺り合わせ、絡め取り、吸い上げる。ちゅくちゅくと水音を立てれば後頭部へ回された手が髪をくしゃりと握り込んだ。空いた手でやわらかな金糸を梳き、頬の輪郭をなぞり、首筋を撫でて薄い胸へ掌を押し当てればどくどくと心臓が脈打つのが伝わってくる。仮初めの身体でも、心臓は打つし、触れられる皮膚があり、体温があり、繋ぐ手だってある。この人だって生きているのだ。いま、此処に。それを忘れたりなどしない。絶対に。
     胸に押し当てた掌を滑らせて細い腰を抱き上げれば「ん」と鼻にかかった声と共に組み敷いた身体がぴくりと震えた。
    「んむ、 ぅ、んん、りつか……」
     閉じられていた瞳がうっすら開く。熱で蕩けだしてしまいそうなその紅玉にぎゅうと胸が締めつけられる。好きだ。好きだ。大好きだ。愛しい。愛しい。なによりも、このうつくしい人が愛おしい。
     合わせた唇を惜しみながら離せば舌先同士を唾液の糸が繋ぐ。熱い息を吐く唇に一度触れるだけのキスを落とせば水の膜が張った瞳がこの先を求めているのが解った。が、どうしても、いま、言いたい事があった。
    「ギルガメッシュ王」
     こんな事にならなければ決して出逢えなかった、四千年前のひと。奇蹟的に出逢えた、厳しくも優しいうつくしいひと。――愛しい、愛しい、たったひとりのひと。
     立香の言葉をギルガメッシュは蕩けた表情で待っていて、言葉など必要としていないようにも見えた。けど、それでも、どうしても。
    「ギルガメッシュ王、愛してます」
     いま、この瞬間を、どうかどうか憶えていてほしい。この言葉を、抱いた感情を、触れあった熱を、繋いだ手を、忘れないでほしい。いつか別れがきても、そのあとでも、時々でいい、宝箱を開けるように、そっと、思い出してほしい。
    「……ああ――我もよ、立香」
     再度塞ごうとした唇が言葉を零す。立香はギルガメッシュの口角へくちづけ、その隙間で囁く。
    「ちゃんと言ってください。憶えておきたいんで」
     ふは、と熱い吐息で笑われる。自分だって憶えておきたいのだ。ギルガメッシュのように決して忘れないというわけではないのだから、なおさら。いつか遠い未来で思い出した時に、何よりも鮮烈に脳裏に思い浮かべられるように。
     ギルガメッシュの言葉を待つ立香の頭を、ギルガメッシュは片手でぐいと引き寄せ、耳元へ唇を寄せる。
    「愛しているぞ、立香。……その身にしかと刻んでおくがいい」
     艶のある甘く蕩けるような低音で囁かれたあと、ついでのように耳朶に歯を立てられた。くすぐったいようなじれったいような感覚に笑って、今度こそ唇をあわせる。――赦された、と思った。立香の未来に己は不要と切り捨てていたギルガメッシュが、この記憶を、想いを、持って行く事だけは赦してくれた。赦されたのだと思いたかった。赦さなくても持っていくのだろうと笑われるかもしれなかったが。
     シーツの波に沈み込みながらふたり、覚えたばかりの言葉を繰り返し繰り返し囁きあう。握りあった手に嵌められた銀の指輪が、淡い光を反射して鈍く光っていた。
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