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    えんどう

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    えんどう

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    ▽愛について②

    ##5001-9999文字

    愛についての話②▽愛についての話(王様視点)
    ▽ぐだキャスギル






    「王様、手を出してください」
     己の好みに仕立て直した室内で、厨房を取り仕切っている弓兵に作らせた菓子をつまんでいたギルガメッシュに、ベッド脇に立ってこちらを見下ろしている立香は例によって例のごとく唐突に切り出した。
    「ん」
     食べかけの菓子の入った器を無造作に蔵にしまい、右手を差し出せば立香は自分から言い出したにも関わらず驚いたように蒼い目を見開く。何を驚く事がある。
    「珍しいですね。何も訊かないんですか?」
    「いい加減貴様の唐突さにも慣れたわ。何がしたいのか知らんが疾く済ませよ」
     まだ菓子が食べかけなのだ。奪われぬようにしまった菓子の続きを食べたいのだ。立香を見上げもせず雑に言い放つ。どんな顔をしているのかも知れない立香は寝台に腰掛ける。そこでようやく見ればなんて事はない、常の間抜けた顔とそう変わらない表情だった。ただ、差し出した手を見た時にだけ、何か言いたげな目をした。
    「慣れてくれるのはありがたいんですけど、手が逆です。左手をください」
     言いたい事はそれだったか。乗りかかった船である。溜息をついて頬杖にしていた左手から身体を起こし、右手の代わりに左手を差し出した。
     立香は差し出された手を取り、くるりと反転させる。掌が上だった左手は甲が上になる。その手を取ったまま、立香は片手でごそごそとポケットを探り、何かを取り出す。親指と人差し指で持たれたそれは、見れば何の変哲もない、銀の輪だった。どこかで見た事があった気がしたが、思い出す気にはならない。どうせ取るに足らないものだろう。
    「拾い物で申し訳ないんですけど」
     言いながら、立香は左手の薬指にその輪を通す。どうやらその何の変哲もない輪は指輪であったらしい。それは吸いつくようにぴたりとギルガメッシュの薬指へ収まった。それにしても何の変哲もない指輪だ。
    「なんだこれは」
    「多分……結婚指輪、ですかね」
     またそれか。本当に懲りない奴だ。どこかで見たと思えば以前妙ちきな部屋に閉じ込められた時に、そのようなものが収められた箱を見た。まだ持っていたのか。気のない返事をするが立香がそれに何か反応する事はない。予想していた、という事だろうか。
    「本当は交換するんですけど、一個しか持ってないんで、王様に差し上げます。……オレの時代では、こうやって永遠を誓いあうんですよ」
     立香は手を添えた左手を持ち上げ、指輪の嵌められた薬指へくちづけを落とす。少しくすぐったい。
     立香の言ったその儀式……と呼ぶにはあまりに粗末なものだが、その知識はある。だがこうして目の前で己に向けて言われるとその言葉は。人間の身で永遠、などと。
    「そんなもの……」
     ない。立香もそれは解っている筈だ。
    「解ってます。でもオレには何も残らないんで。せめて王様には何か持っていてほしくて。それならいいでしょう?」
     言われて、なんと返すか言葉に迷う。それすらも許さないと断じるか、その程度ならば、と許すか。
     今まで立香は、手元に何かを残そうとする事に執心していた。今ここにギルガメッシュと立香、ふたりでいたという証左になるモノを、このグランドオーダーが終わった後の人生に持って行けるように。それらはすべてなかった事にしてきた。戯れに書かされた紙切れは燃やしたし、戯れでも永遠など誓わない。共に過ごす栄誉を与えた事はあるが、それもいつかは風化して忘れ去られる時間だろう。人間という脆く儚い生き物は、その記憶すら脆くできている。どんなに強烈な出来事であれど、いつかその衝撃も薄れていく。そうなった時に、己の事など思い出さなくていい。人の世で生きていく立香に、己との時間は不要な記憶だ。しかし、立香がギルガメッシュに物を与えるというのは初めてだった。――あの時の贈り物は、食べてしまえば残らぬからとすべて平らげたので、数には入れない。さて、どうするか。指に嵌められた輪を見遣る。このような粗末なもの、消そうと思えば刹那に消え去る。
     言葉を探しあぐねるギルガメッシュの前で立香は左手を両手で包み、自らの額へ押し当てる。祈りを捧げるような格好だった。
    「永遠なんて誓ってくれなくていいです。そんなものないって解ってます。でも、忘れないでください。オレがここにいた事、王様と一緒に生きた事、王様の、……ギルガメッシュ王の永い永い時間の一瞬でも、オレが貴方を、ギルガメッシュ王を……――愛した事。忘れないでください。憶えていてください。……せめて、その指輪があるうちは」
    「――――」
     それは突っぱねるには儚く、払い捨てるにはあまりに淡い願いだった。同時に、貪婪な願いでもあった。そうきたか、とさえ思った。立香は、ギルガメッシュがすべて憶えている事を知らない。憶えている、のではない。忘れる事ができないのだ。だから、いつでもこの瞬間の事を思い出せるのだが、立香はそれを知らない。知らず、それを望んでいる。人と同じように、忘却する事ができると思い、いつか忘れ去られる記憶として、それに己が含まれる事を厭忌している。愛などと、よく解らないものがそこにあると言う。それを、吹けば消えるような銀の輪に託すと言う。それは傲慢で浅慮で――同時に、手放しがたいと思った。
    「立香」
     呼ばれた立香が顔を上げる。眉尻を下げ、涙を堪えているような、情けない顔をしていた。それだけ、切実な願いなのだろう。それを嘲る気は起きなかった。我は、と切り出せばその表情が更に僅かに歪んだ。
    「愛などというものは知らん。ゆえに、貴様の気持ちなど知らん」
     唯一無二の友を得、並び立つ者がいる歓びを識り、失って深い悲しみを識った。友愛、と呼ぶものであれば己にも存在しているのだろう。だが、立香の言う愛などというものはついぞ得られていない。生きている間、そんなものは必要なかった。だから知らない。今も、知らない。
    「だが、記憶に留めておく事はできる。そも、我は一度見聞きした事象は忘れん。思い出さぬように努めているだけだ」
     悄気げ返っていた立香の表情がぱっと明るく華やぐ。大変解りやすい変化だ。ふ、と笑みが漏れた。立香は手を取ったまま真っ直ぐにこちらを見据え、ギルガメッシュの言葉を待っている。さて、何と言ってやろうか。どうにも、この蒼い眼には弱い。
    「我は忘れん。共に戦場を駆けた事も、あの難問を貴様が乗り越えた事も、あの時手を差し伸べられた事も、貴様が確かに偉業を成した事も、共に過ごした時間も、……立香に触れられた事も、過ぎ去った時間も、今ここにこうして在る事も、これより先の事も、全部、な」
     言葉にする度記憶が呼び起こされる。ウルクでの事、初めて拝謁を許した時のあの情けない顔、威勢のよい啖呵を切った事、愉快な冒険の数々、言葉通りに三女神を陥落させ、こちらへ引き込んだ事、信用に足る強さを持つ者と認めた事、人類の未来を託した事、伸ばされた手を掴めなかったあの刹那、そうして、再び出逢えた時からの、あの日々――
    「勿論、貴様に散々待たされた事もな」
     忘れたくとも忘れられるものか。黙ってやたらと真剣な顔をして聞いていた立香は、ぎゅうと手を握り締めてくる。握り返せばまた情けなく表情が歪んだ。泣くのか、と思ったが泣きはしないようだった。手を離さないまま寝台に乗り上げ、そのまま近づいてくる。見上げれば静かな光を湛えた水面の蒼がふたつ並んでギルガメッシュを見下ろしていた。繋いでいた手がほどかれ、手を支えにした立香が覆い被さってくる。そのまま、抱き竦められた。受け止めるように腕を背へ回す。
    「……全部、全部憶えていてください。オレの事。で、たまに思い出してください」
     耳元で声がする。青年にさしかかった、少年と言うには大人びた声。まだまだ幼くはあるし、その物言いはまるで子供が駄々をこねているようにも聞こえる。
    「貴様は存外欲深い男よなぁ、立香」
    「オレだって欲くらいあります」
     立香の背を左手で軽く叩けば、抱き締める腕に力が篭った。背が僅かに浮くほどに。密着した立香の身体は、変わらずあたたかい。立香の体温は高い。こうしていると身体の中へ立香の熱が移るようで心地よい。
    「…………不思議なものよな、立香。貴様にこうして触れられているとあたたかく心地よい。が、時折苦しくもある」
     今は苦しさはないが、身体を繋げる時、そう感じる事が多い。別に圧迫感などの事を言っているわけではない。立香と交わると、身体の奥から熱で満たされ、時折胸の奥から締めつけるような苦しさが上ってくる。心地よいとは言えなかったが、悪い感覚ではなかった。それと同時に離れがたくも思うからだ。この時間が続けばいいと思うほどに。あれの正体は未だ掴めていない。
     腕の中で立香が身動ぐ。起き上がろうとするのを察して腕を緩めればゆっくりと身体が離れ、蒼い双眸と目が合う。あどけない表情に思わず笑みが漏れる。微笑うギルガメッシュと反対に、見下ろす立香はいやに真面目な顔をして、
    「それって……――それって、多分、それが、愛なんだと思います」
     探るように吐き出された言葉に目を瞠る。立香の言葉は驚くほどすとん、と胸の内に落ちて溶けた。暫し言葉を失って立香を見つめるギルガメッシュの瞳を、立香は真っ直ぐに見返してくる。その瞳に、またあたたかさと苦しさを覚える。――そうか、これが。
    「……そうか。我はとうに識っておったか。
     ……我がマスターは、我が思うより博識であったな。立香」
     ずっと謎だった感覚に、名がついた。そうか、これが、これが愛というものか。立香の言う、愛しいと思う心か。謎が解けた感覚は、実に晴れやかだった。相好を崩すギルガメッシュの前で、立香はまた泣きだしそうな顔をしていた。ああ、泣けばその眼から色が零れ落ちてしまう。
     仰向けで見上げているギルガメッシュの顔の横へ手をつき、シーツを掴む立香の右手に左手を重ねる。すぐに指が絡み、立香の身体が近づいてくる。もうずっと立香は泣き出しそうな顔をしている。そんな顔をさせたいわけではないのだが。その表情のまま寄せてきた唇を迎える。啄むように唇を食まれ、目を閉じる。角度を変えて舌を滑り込ませてくる立香を片腕で引き寄せ、繋いだ手にどちらからともなく力を込める。
    「ん、…ん、ふ、 んぅ、」
     立香の舌に表面から裏まで丹念に舌を舐め上げられ声が漏れる。立香の口内へ舌を差し込めば表面同士を合わせて撫でられる、絡め取られ、吸い上げられる。粘液質な水音を聞きながら立香の後頭部へ回した手で癖毛の黒髪をくしゃりと握り込む。立香は空いた手でギルガメッシュの髪を梳き、頬の輪郭をなぞって、首筋を撫でる。そのまま下へ滑らせて胸の真ん中へ掌を押し当てた。心臓が大きく脈打つのを感じる。立香にも伝わっているだろう。人を模しただけの仮初めの身体でも興奮すれば熱を持つし心臓は大きく打つ。滑稽ではあるが、立香と同じものになれたようで、嬉しい。
     胸に押し当てられていた掌が敏感な肌を滑り、腰を抱え上げる。くすぐったさと触れられる心地よさで声が漏れ、身体は己の意思に反して敏感に反応する。
    「んむ、 ぅ、んん、りつか……」
     いま立香がどんな顔をしているのか気になって薄く目を開く。泣き出しそうな顔のくせ、瞳だけはやわらかく笑んでギルガメッシュを見つめていた。きゅう、と胸の奥が締めつけられる。今はもう、この感覚の名を識っている。これが愛しい、という感情か。なるほど複雑で――なんとも、心地よい。眼の前にいる立香が、愛しい。
     合わせた唇が、立香の方から離される。惜しい、と思う舌先に垂れた唾液が落ちてくる。飲み下してひと息吐けば触れるだけのくちづけを落とされる。くちづけだけでこの心地よさだ。いま交合すれば、どれほどのものだろうか。が、立香は表情を引き締めてギルガメッシュを見下ろし、口を開く。
    「ギルガメッシュ王」
     何かを決意したような真っ直ぐな眼から目が逸らせない。とかくこの眼に己は弱い。光と水とを湛えた瞳に捕らえられ、先を待つ事しかできない。ただ見ている事しか。それは即ち、記憶する事。
     ぱちりと一度瞬いた立香の眼と眼があう。す、と息を吸う微かな音を聞いた。
    「――ギルガメッシュ王、愛してます」
     なんと単純で飾り気のない言葉だろう。だがそれがなんとも立香らしく、それだから、そういうところが、そういうところを、――そうか、これが。
     ああ、この瞬間、この言葉、声、表情、熱、己が抱いた感情、すべてを記憶してしまった。告げられて、幸福だと思ってしまった事も。霊基にどこまで刻まれるかは解らないが、この瞬間、此処に在る己は確かにこの爪先から頭の先まであたたかい何かに浸される感覚を、憶えてしまった。愛しいという感情を、憶えさせられてしまった。
    「……ああ――我もよ、立香」
     立香と唇をあわせる刹那、呟く。唇の上へ落ちてくるものと思っていた立香の唇は、口角へ降り、
    「ちゃんと言ってください。憶えておきたいんで」
     そんな事を宣う。思わず漏れた笑みは熱く湿っていた。立香が言葉にしたのに、己が避けるのは不平等というものだろう。儚い記憶であっても、一時の記憶であっても、その人生の刹那にこんな戯れがあってもいいだろう。未来まで持って行くかどうかは、立香が決める事だ。できれば邪魔にはなりたくないが。もしも思い出す事があれば、その時は良い記憶だと思ってくれればそれでいいのかもしれない。
     ギルガメッシュの言葉を待つ立香の頭を、ギルガメッシュは片手でぐいと引き寄せる。かたちのいい耳元へ唇を寄せ、
    「愛しているぞ、立香。……その身にしかと刻んでおくがいい」
     囁いて、ついでのように耳朶に歯を立てればびくっと肩が揺れるのが愉快だった。立香は今度こそ唇へ唇を重ねてくる。ああ、この、未来を、己の生きた時代より四千年以上先を生きている子どもを、愛してしまった。昔の己が見れば気でも触れたかと笑うだろう。それでも、愛してしまった。初めて識った感情が、次から次へと溢れてくる。こんなに己の中にあったのかと驚いてしまうほどの、強い感情だった。
     覆い被さってくる立香を受け止めながら、覚えたばかりの言葉を繰り返す。立香が同じように応えてくれる事に満たされて、それでまた更に言葉が、感情が生まれる。あたたかい。触れられるすべてが、胸の奥が。そこにあるのはこころだろうか。そんなところにあったとは知らなかった。まったくこの男は面白いものを連れてくる。
     握りあった手に嵌められた銀の指輪は、暫く外さないでおこう。
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