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    えんどう

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    えんどう

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    ▽DKぐだおと狐の王様
    ▽これ https://poipiku.com/3519597/6959630.html の続き

    ##パラレル
    ##狐
    ##現パロ
    ##5001-9999文字

    狐の話▽DKのぐだおと狐の王様
    ▽転生してない現パロ
    ▽マンドリカルド、カドックがDKになってます
    ▽途中王様がいない
    ▽付き合ってないけど将来的にぐだキャスギルになります






     朝焼けの頃は過ぎた早朝。朝陽に照らされる石の階段を、立香は麓から見上げる。石でできた階段はしばらく上へ続き、朱塗りの鳥居の下で途切れている。その上には本殿があることを知っている。しかし、今の目的地は本殿ではない。
    「――――よし」
     深呼吸をひとつして、右足から階段を登り始める。まずは十五段。十五段目まで登って、前を向いたまま下へ二十四段。この時振り向いたり、足元を見ていてはいけない。二十四段下ったら、身体を反転させて三十一段登る。ここも、振り向いたり足元を見てはいけない。三十一段登ったら、今度はそのまま三十二段下る。最後にまた後ろ向きに五十二段登れば、到着だ。
     後ろ向きに朱塗りの鳥居を潜った立香は、階段がもうないことを足で探って確認し、身体を反転させた。朝の軽やかな空気の中、その神社は厳かに静まり返っている。ここはもう立香の暮らす日常ではない。――日常になりつつはあるが。
     石畳を進み、木造の階段の麓で靴を脱ぎ、揃えてから上がるとそこはただの廊下だった。中庭を囲うように配置されている廊下は、強くなり始めた陽の光に照らされて光と影を形作っていた。建物の外観は神社によく似ているが、ここは神社ではない、と言われている。階段の下から見上げた時は拝殿があるように見えたのだが、拝殿は消えてなくなっているし、凡そ神社にあるであろう建物は他に見当たらない。住居に見えるし、住んでいるヒトがそう言うのでそうなのだろう。立香はいつものように廊下を進んで、障子が閉められたひと部屋の前に立つ。
    「おはようございまーす!」
     声を張り上げ、閉じられている障子をスパーン!と開け放つ。この建物が見た目の通り神社であったなら、ここは拝殿に当たるのだが、神社ではないので拝殿ではない。立香が開け放った戸の向こうは、だだっ広い和室が広がっており、部屋の中央には布団が敷かれ、ここから見ると大福か餅のようにこんもり盛り上がっているのが見えた。と同時に、布団の周りに点々と丸くなって眠っていた狐達が一斉に目を開けて頭を擡げた。
    「王様ー朝ですよー王様ー」
     なんの躊躇いもなく廊下から部屋へ入り、畳の上を歩いて大福に近づいていく。途中の狐達にも「おはよう」と声をかけると、すりすりと身体を立香の足へすりつけ、ぞろぞろと部屋を出て行く。
    「お、う、さ、まー!」
     大福に向かって大きめの声で言い、数秒返事を待つ。……返事なし。
     毎朝のことながらやれやれと溜息をつきつつ、大福の側へしゃがみ込む。よく見れば、布団大福から細い金髪が覗いていた。
    「王様、朝ですよ。起きてください」
     大声ではなく普段の声量で大福に呼びかける。それから大福を軽く揺すると、中から呻き声が聞こえてきた。
    「………………………………………起きている……」
     呻き声がウンウン続いたあとにようやく、一言だけの声が聞こえた。
    「起きてるなら布団から出てください。……寝直したらダメですよ」
    「ゔぐ……」
     釘を刺すと図星だったのか苦々しい声が返ってくる。立香は大福の中にいるひとに気づかれぬよう、ふ、と笑って立ち上がる。
    「起きたら顔を……」
     言いかけて、立香は後ろを振り向く。少し離れたところに、水の入った手頃なサイズの桶と白いタオルがいつの間にか置かれていた。大勢いる先輩の中の誰かが用意してくれたのだろう。立香は有り難くそれを持ち上げて、背後でごそごそ衣擦れの音をさせているひとへ向き直る。ようやく布団から身体を出す気になったのだろうそのひとは、上体を起こして目を手の甲で擦っていた。
    「擦ると目、腫れちゃいますよ。目が覚めたら顔洗ってください。ここに桶置いておきますから」
    「」
     片方の膝を畳につけて、桶を枕元に置きながら言えば返事なのか呻き声なのか解らない声が返ってきて微苦笑する。毎日のことながら普段の姿からは全く想像できない寝起きの姿に、なぜか微笑ましさのような感情を抱いてしまう。これがギャップというやつだろうか。
     桶を置くために曲げていた膝を伸ばし、立香はがらんどうに近い部屋の片隅にひっそりと置かれている箪笥を開ける。ふわりと樟脳の匂いがした。箪笥の中には着物が何着か入れられている。一番上になっているものを取り出し、畳まれていたそれを広げる。濃紺の着物だ。同色の羽織も取り出して着物と重ねて持つ。箪笥の上段から帯を選んで引き出し、箪笥を閉める。帯は控えめな金色だ。この組み合わせは元々彼が着ていた組み合わせだから間違いはないだろう。
     着物と羽織、それから帯とその他細々したものを持って、布団へ戻る。ちょうど顔を洗い終わったところらしく、白い柔らかそうなタオルに顔を伏せていた。頭頂部にある大きな三角の耳が片方、立香へ向いている。
    「王様、着替えを――」
    「よい。貴様は下がれ」
     持ってきた着物一式を畳の上へそっと置いた立香に、冷えた声が投げかけられる。
    「え?」
    「聞こえなんだか。貴様はもうよい。朝餉の準備でもしてくるがよい」
     事も無げに言われ、しっしっ、と片手で払われる。毎朝の支度を手伝うのが立香に与えられた役目のうちのひとつで、昨日までそのようにしてきたのだが。
    「どうしたんですか? どこか具合でも」
    「大事ない。着替え程度、我ひとりでできる、と言っているのだ」
     昨日までは毎朝立香が着せていたのだが。そんなことを言われるのは初めてで、それなら最初からそう言ってくれれば、立香は着物の着せ方を覚えなくて済んだのだが。面食らって両目を瞬く立香を、そのひとは見ようともしない。耳だけがこちらを向いている。
    「……解りました。着物、ここに置いておきます」
     機嫌が悪いのか、他に原因があるのか、考えても仕方のないことだが立香の脳内に「なぜ?」がぐるぐる回る。昨日までと何が違うのだろう。昨日まで毎日同じだったのに。
    「……朝ご飯の準備してきます」
     もしかしたら今日までずっと立香の着せ方か何かに不手際があったのかもしれない。間違えたりなどすればその場で即指摘されていたが、それでも足りないくらいだったのだろうか。最初の頃に比べてだいぶできるようになってきたし、慣れたと思っていたのに。
     肩を落とした立香は、広い和室を後にする。ちくちくと胸の奥が何かに刺されたように痛んで、目を伏せた。
     
       ✴︎✴︎✴︎
     
     カタ、コトン、と小さな音がして、しょぼくれた立香が障子を開けて部屋を出て行く。開けられた障子は閉められ、トン、トン、トン、と鈍い足音が遠ざかっていく。それが充分に離れるまで待って、長めの息を吐いた。それからもう一度深く吸って吐けば深呼吸になる。心臓は通常運転だ。いやに大きく脈拍の音が聞こえていた気がしたが、気のせいだろう。
    「ハ、――――」
     深呼吸ではなく、溜息。先程部屋を出て行った黒髪の少年は、見るからに意気消沈していた。横目で盗み見ただけだったが、それでもそうと解るくらい気落ちしていた。じくりと心臓の辺りが痛む。それが不快で、また溜息を吐く。
    (これは、何だ?)
     胸が痛むような感覚や、体温の上昇、更には喉に何かが詰まったように呼吸がままならなくなることもあり、明らかに不調なのだが身体のどこにも異常はない。そも、日常的に不調が続いているわけではない。身体の不調は、決まってあの人間の子どもがいる時にやってくる。最初は気のせいだと思った。しかしそれは徐々に重く確りと感じられるようになり、今では心の臓が早鐘のように打つまでになった。医者はストレスのせいだろうと言うが、原因があの人間の子どもにあることは明白だった。だが、子どもは何の変哲もないただの子どもだ。呪のにおいもしない。第一子どもは術はからっきしで神通力もない。どこにでもいる普通の人間だ。あの日何故視えたのか不思議なほどに。
     けれどこの不調は子どもと共にやってくる。どうしたものか。
    (……捨てるか?)
     そう考えた刹那、どくんと心臓が大きく脈打って思わず息を詰める。またこの感覚だ。しかも先程のよりも重く、息苦しい。意思とは無関係に、あの子どもを手放すことを良しとはしないとでも言うように。しかしこれでは執務どころか生活にも支障をきたす。
    「どうしたものか……」
     俯いて呟いた声は思いの外重々しい。これは如何ともし難い問題だ。原因が解っているのに対処のしようがない、などと。一先ず子どもとの接触を減らそうと試みたが、それはそれで胸の裡に靄がかかって晴れないようだ。思考しながら思い出すのはしょぼくれた後ろ姿。じくりと胸の奥が痛む。そこに在るのはなんだ?何が痛んでいる?一体己はどうしてしまったのだろう。身体や力に衰えはない。ということは消滅しかかっている、というわけでもない。そも、死や寿命などという概念からは遠ざかった身である。余程のことがない限り、存在が脅かされることはない。ちょっとやそっとでは死なないが、そのせいでこうも苦しい思いをしなければならないのだろうか。
     深い溜息をもうひとつ。カタンと小さな音を立てて障子が開き、細長い狐が滑り込んでくる。朝餉の用意が整ったらしい。呼びにきた者が子どもではなくてほっとしたような、少し残念なような……残念?何故そう思ったのだろう。遠ざけているのに。解らないことだらけだ。己をして解らないことがあるなど、夢にも思わなかった。あの子どもがいると、どうにも調子が狂う。

       ✴︎✴︎✴︎

     広々とした和室に綺麗に並べられた机に、お椀とお茶碗と長方形の皿、それから漬物の入った小鉢。長方形の皿には、よく焼かれた鮭が乗っていた。焼き立てなのか、ほわりと白い湯気が立ち昇っている。シンプルな朝餉だが、己の好みを押さえているところは評価せざるを得ない。狐達の作る料理はざっくばらんに過ぎることがしばしばあった。子どもが来てから、料理の質は格段に上がった。以前それとなく感謝を告げた時には上手くはないけど、などと謙遜していたが。好物も解ってきているのか、食べられないようなものは食卓には上らない。最近では、代わり映えのしない日々の中で密かな楽しみにすらなっていた。
     皿に乗せられた温かそうな鮭に箸を通す。ほろほろと崩れた身を箸で摘んで口に運べば、程良い塩加減の鮭の味が口内に広がる。決して生臭くはなく、よく焼かれた皮などはパリパリとした食感が美味だった。白米の盛られた茶碗の反対側へ置かれている椀の蓋を開けると、こちらもほわんと湯気が立つ。中身はシンプルな豆腐と油揚げの味噌汁だった。刻み葱が彩りを添えている。因みに、狐に葱は禁忌であるが、ここには普通の狐はいないので問題なく味わえる。
     味噌汁の椀を持ち上げて、音を立てずに啜る。出汁と味噌の調和の取れた風味が口の中に広がる。熱すぎず温すぎない温度も、寝起きの身体にちょうどいい。ほ、と小さく息を吐く。安心する味とはこういうもののことを言うのだろう。最初は味噌が濃すぎたり逆に水っぽくなったりなど苦戦したようだが、今では味になんの問題もない。好物の油揚げを入れるなどの小細工も覚えたようだ。ニクイ奴め。
     次はまた鮭、……というところで視線に気づく。顔を上げると、こちらを見ていた子どもと目があった。やや惚けたような顔をしているが、いつものことである。それが視線があったと同時に、す、と逸らされた。ずきりと胸の奥に小さな痛みが走る。蒼い目を伏せて茶碗を持ち上げる子どもは、まだ朝のことを気にしているのだろう。表情は固く、周囲の狐達に向ける笑顔などただの愛想笑いだ。無邪気で無遠慮で、周囲の者まで巻き込んで煌めくあの笑顔は、今日はまだ見ていない。あの笑顔は好い、と思っていたのだが。……奪ったのは己か。
     解した鮭を白飯の上に乗せ、まとめて口の中へ運ぶ。焼きたての鮭は、先程より少し塩っぱかった。

       ✴︎✴︎✴︎

     キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴る。それにあわせて起立し、一礼して椅子に戻る。そして思い思いに席を立ち、または座ったまま、昼食の準備に入る。それは立香も例外ではなく。
    「ウイッス。お疲れさんっす」
     マンドリカルドが近づいてきたのを「お疲れー」と緩い感じで迎える。その手には弁当箱の包みと水筒。
    「藤丸、お前一限目寝てただろ。バレてたぞ」
    「今言う?」
     同じく近づいてきたカドックが、取り返しのつかないことを言う。それに笑いながら立香は机に入れていた弁当箱を机の上に置いて立ち上がる。水筒はロッカーの鞄の中だ。二人に見守られながら立香はロッカーまで行き、鞄の中から水筒を取り出す。そして三人連れ立って、いつもの屋上へ向かった。
     屋上へ続く扉を開けると、既に先客が数組いた。その生徒達とは距離を取りつつ、三人座れる場所を探す。四隅はすぐに埋まってしまうので、フェンスの側に座ることにした。二人も座り、三角形の輪ができる。
    「――で、寝てたってことは行ってたんだろ、例の……」
    「祭で出会った美人っすね」
     カドックはビニール袋からコンビニで買ったのであろう惣菜パンを数個地面に並べ、気休めのように野菜ジュースとペットボトルのお茶を置いた。相変わらず身体に悪そうな昼食である。マンドリカルドの方は、自分で用意している二段の弁当箱を並べて置く。立香はマンドリカルドと同じように二段の弁当箱だ。こちらは自分で作ったのではなく、母親の用意したものだったが。
    「美人って……、……いや、確かにそうだけどさ……」
     弁当箱を並べながら立香は苦笑する。確かに綺麗なひとだと説明はしたが、そのイメージが先走りすぎているような気もする。
    「その様子なら、クビになったわけじゃなさそうだな」
    「今日はどうだったんすか、美人」
     好奇心に満ち溢れた友人達の視線。それを向けられた立香は苦笑いを浮かべるしかできない。
    「いや、……うん、もう……なんか、嫌われたかも……」
    「は?」
    「え?」
     好奇の目が揃って丸く開かれる。それに続くのは、
    「なんでだよ!」
    「なんで」
     興味というより僅かに怒りが見える二人の優しい友人に、立香は眉尻の下がった弱々しい笑顔を向け、深く息を吐いて青い空を見上げる。思い出すのは朝のこと。
    「何かしたつもりはないんだけど……昨日までは普通だったし。でも今日は……」
    「今日は……?」
     視線を戻すと、気遣わしげにこちらを見る四つの瞳。それに力なく笑いかけて、溜息をひとつ。
    「『お前はいらない』って言われた感じ。避けられてるって言うのかなぁ……」
     言っていて自分でダメージを負っている気がする。朝の、突き放すような冷たい声をまだ覚えている。
    「オレが何かミスしたのかもしれないし、機嫌が悪かっただけかもしれないけど……うん、……」
     これ以上は心が砕けそうだ。口にしてみて解ったが、自分で思っているより受けたダメージが大きい。本当に嫌われてしまったのだろうか。もう来るなとは言われなかったけれど、明日も今日のような態度を取られたら……。
    「…………」
    「…………」
    「…………」
     三人揃って黙り込む。昼食時にする話ではなかったかもしれない。美味しそうな弁当も、今喉を通る気がしなかった。
    「…………なぁ、それ」
     最初に口を開いたのはカドックだった。
    「辞められないのか? 邪険にされてまで行かなくてもいいだろ、バイトなんて」
    「……そ、そうっすよ。辞められねえんすか?」
    「辞める…………」
     心配そうな顔をしているのはマンドリカルドだけだが、カドックも彼なりに心配してくれているのが解る。自分だってこの二人がそんな目に遭えば辞めることを勧めるだろう。
     けれど。
    (……辞めたら、もう二度と逢えないんだよなぁ……)
     二人には言っていないが、彼の人は狐の王を自称する、人間ではない存在だ。あの祭で出逢ったのは完全に偶然だろう。奇跡と言ってもいい。奇跡的に出逢って(初めは誘拐されたが)、信頼を得て神域を出入りする許しをもらったのだ。彼に拒絶されてしまえば幾ら手順を知っていてももう自分があの場所へ行くことはできなくなるだろう。そう、もう二度と逢えなくなるのだ。そう思うと思い出されるのは朝食を美味しそうに食べている姿に、書類仕事の合間に居眠りしている無防備な姿、狐達に指示を出す真剣な表情、それからたまに見せる子供のような笑顔、エトセトラエトセトラ……。この数ヶ月で目にした色々な姿が浮かんでは消える。あれがもう二度と見られない、のは。
    (嫌、だなぁ……)
     じくり、と胸が痛む。昨日までは普通だったのだ。それまで通り朝起こして服を着替えさせて顔を洗ってもらって、寝癖なんかがあった時にはあのさらさらの金髪を梳かして整えて、朝食の用意をしてみんなで食べる。立香が作った朝食を、美味しそうに食べる姿が目に焼きついている。その顔を見ると一日朗らかな気持ちでいられるくらいには嬉しい。今日も、朝食だけは美味しそうに食べていた。それが嬉しかっただけに、遠ざける言葉が胸に刺さって抜けない。
    「……もうちょっと、やってみるよ。それでダメなら、諦める」
     立香の言葉を聞いた二人は、互いに顔を見合わせ、数秒して同時に深く長い溜息を吐いた。
    「お前、時々頑固だよな……」
     呆れたように言うカドックに、うんうん頷いているマンドリカルド。
    「いやぁ、それほどでも……」
    「褒めてない」
    「褒めてないっすよ」
     ボケた立香に二人同時にツッコミを入れ、三人で笑う。先程までの重苦しい空気は霧散し、ようやく昼食を食べる気にもなってきた。おかずの詰まった弁当箱を持ち上げる。
    「というか、立香はどう思ってんすか? その美人のこと」
    「どうって?」
    「はっきり言わないと理解しないぞ、コイツ」
     弁当箱を持ち上げた立香を見てそれぞれの昼食に手を伸ばした二人は、口の中に食べ物を入れたままもごもごと喋る。立香は弁当の中の唐揚げを口に放り込み、二人と同じようにもごもごと問い返す。
    「そうだった……。立香はその美人のこと、好きなんすか?」
     マンドリカルドの質問に、立香は飲み込みかけていた唐揚げの衣と思しき塊が入ってはいけないところへ入り盛大に噎せる。
    「お、おい、大丈夫か?」
    「お、お茶お茶……」
     噎せる立香に慌てる二人。立香はお茶を受け取り、大丈夫とジェスチャーで二人に伝える。大丈夫なのだが、咳は暫く続いて喉にダメージを与えた。
    「――――」
     ようやく咳が止まった立香は深い溜息を吐く。咳は止まったが、まだ違和感がある。お茶を飲んで軽く咳払いして違和感をごまかした。
    「悪い、俺が変なこと聞いたばかりに……」
    「いや! マンドリカルドのせいじゃないから! ちょっとびっくりしただけ……」
     肩を落とすマンドリカルドにフォローを入れ、もう一口お茶を飲む。そして咳払いをひとつ。
    「で、本当のところどうなんだよ」
     立香が落ち着いたのを見計らってカドックが問うてくる。その質問はまだ生きていたらしい。
    「本当のところって……」
     期待の眼差しが二組向けられている。謝罪はしたもののマンドリカルドも気にはなるらしい。これは適当にごまかすのも無理そうだ。
    「いや、好きか嫌いかで言ったら………………す、……好きだけど…………」
     前のめりになっていた二人がわっと歓声を上げる。「だから言ったろ?」などと聞こえてきたがどういう意味だろう。
     ではなくて。
    「二人が期待してるようなものじゃないからね 人として好きっていうか、尊敬できるっていうか、……」
    「でも、見てると胸が苦しくなるんだろ?」
    「え? あ、う、うん……」
    「目が離せないんすよね?」
    「うん……」
    「目があったらドキドキする、って言ってたよな?」
    「……はい……」
    「避けられてツラいんすよね?」
    「はい……」
    「それでも嫌いじゃないんだろ?」
    「…………うん」
     二人の質問に答える立香は段々〝好意を抱いている自分〟を理解していく。その好意の種類も。〝そう〟だと思えばそれは意外なほどすとんと胸の中に綺麗に収まった。パズルの最後のピースをはめ終わったような感覚。割にいい気分だ。
    「何すっきりした顔してんだよ」
    「落ち込んでるよりはいいっすけどね」
    「……ありがとう、二人共」
     にか、と笑うマンドリカルドに、口の片側だけを上げるカドック、二人に向ける立香の笑顔も晴れやかだ。
    「礼ならその唐揚げで手を打ってやるよ」
    「えっ」
    「おっ、じゃあ俺はその玉子焼きを……」
    「えっえっ」
     立香の持つ弁当箱に二本の手が伸びてくる。慌てて頭上に掲げて躱せば二人の腕も上がる。育ち盛りの今、昼食が減るのは死活問題だ。交換ということで落ち着くまで、昼食を巡る三人の歓声が青空の下に響いた。

       ✴︎✴︎✴︎

     王は焦燥感に駆られていた。落ち着いた紺色の着流しを着ているが、その行動には全く落ち着きがない。石畳の道の上を左に行ったり右に行ったり玄関まで戻ってみたり鳥居から下を覗いてみたりと忙しない。何故そんなに忙しないのか、と問えば本人は解らないと答えるだろう。何故こうも落ち着かないのか、本人ですら解らない。解らないが、何かに突き動かされるようにあちらへ行ったりこちらへ行ったりとにかく落ち着きがない。その脳裏に浮かんでいるのは今朝のこと。己に拒絶されて悄気げた黒髪の子どもの顔に、とぼとぼと石段を降りていく後ろ姿。それらが脳裏に焼きついて、今日は一日仕事にも集中できず、気がつけば子どものことを思い出して呆けている。そして今。現世では夕暮れ時、逢魔が時だ。いつもなら、学校が終わった子どもが石段を上がってくるのだが、今日はまだ見えない。
     思うのは、『もしも子どもが二度と現れなかったら』。今朝の態度は我ながら酷かったと思う。あからさまに避けてしまった。理由はあるのだが、理由は説明していない。なんの説明も前触れもなく突然拒絶されて、子どもはさぞ混乱したことだろう。小間使いは主に従うのが決まりだ、とはいえ訳も告げず邪険にした罪悪感がないわけではない。あんなに落ち込まれるとは夢にも思わなかった。そしてそれに己が動揺するなどと。
     何度目かも解らないが、朱塗りの鳥居から下を覗き込む。耳は無意識に正面を向いていて、子どもが立てる音を聞き逃さぬよう集中して、あの子どもが現れるのを待っている。
     王は知らない。子どもが自覚した感情も、この後投げかけられる言葉も、己の抱く感情の何たるかも。全てを知る王ですら知り得ない答えを持って子どもが現れるまで、あと数分。
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