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    かんもく

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    かんもく

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    帰還「ただいま」
    「おかえり」
     いつしかビデオ屋にくる際の挨拶が変わっていった。家族の真似事をしてほしいと頼む彼に、形から入るべきだと言ったからだろうか。もうすっかり定着した頃だった。
    「ねえ、アキラくん。ここにサインくれない?」
    「いいよ、婚姻届以外なら喜んで書こう。」
    「えぇ? 僕はこんなに相棒のことを愛してるのに。全くツレないなあ。」
    「だって、僕らはもう〈家族〉なんだろう?」
    「……アンタのそれって、わざと?」
    「さあ、どうかな。……それで書類は?」
    「これ。HANDに入局する時、全職員が書かされるんだよ。今年から規定が変わって、本人じゃダメだって弾かれちゃったんだよね〜。
    あ、そんなに重いモノじゃないよ。よくあるでしょ? 緊急連絡先みたいなやつ。」
    「というかキミ、今まで自分の住所を書いてたのか。」
    「仕方ないじゃん。僕ってば天涯孤独の身だよ。でもアキラくんなら来てくれるでしょ。僕のこと、この世で三番目くらいに大事にしてくれるもんね。」
    「そうだね、リンとイアスの次に悠真のことが大切だよ。」
    「僕としては三番目にアキラくん本人を入れてほしいところなんだけどね〜。まあいいや。その分僕が、とびきり大切にするからさ。」
     悠真はくしゃりと笑って言った。いつの間にか預けられた信頼がくすぐったい。人に溶け込むことが得意そうなのに、その実痛みを包んで一人で立てる人だった。善意だけを向けられるのが心配になる程、悠真の信頼は真っ直ぐだった。
    「……はい、これでいいかな。」
    「うんうん。さっすが相棒、話がわかるね〜。助かるよ。」
    じゃあ、またね。
     文字の増えた書類を抱えて、悠真は帰っていった。家族だの、ただいまだの、それだけ懐いてくる癖して、彼の帰る家がウチじゃないのが不思議なくらいだ。僕らはとっくに話し合ったし、悠真の家猫のトライアル期間まで考えたって言うのに。本人に言ってものらくらと躱されるだけだった。

     ねえ、僕らはキミと家族になる準備ができているんだよ。


    「ただいま」
    「おかえり」
     とっぷりと夜も更けた頃、ウチの扉を開ける人物がいた。昼間と違って施錠された表玄関がゆっくりと回る。僕ら以外に合鍵を持つのは一人しかいない。
    「や〜今日も残業三昧。全く困っちゃうよね。僕のこと、一ヶ月使い放題プランか何かと勘違いしてるのかな。」
    「おつかれさま。今日は随分と遅かったね。」
    「そうなんだよ、聞いてくれる? 朝から晩まで書類積まれて、サボる暇もなかったんだから! はあ……。」
    「頑張った浅羽執行官には、なんとお手製の夕飯があるよ。さ、早くあがって。」
    「さすがアキラくん! だいすき! あれ、リンちゃんは?」
    「リンなら部屋にいると思うよ。今日は徹夜でゲームするんだってさ…。暫くは依頼で忙しかったし、大目に見ようかと思って。」

     思い出すのは大量の依頼に目頭を抑えている姿だ。無論僕も交代で依頼にあたったが、自分が引き受けた案件だからと中々引かなかったのだ。それで昨日たっぷり惰眠を貪っての今日。多少の羽目は外すべきだ。そもそも、リンには我慢をたくさん強いてきた。同年代が親に甘える年頃に、薄暗い生き方をさせてしまった。後悔はないが裏表共に軌道に乗った今、兄として喜ばしい事だと思っている。
    「ふうん。アキラくんは? 同じく働き詰めでお疲れじゃない?」
    「僕は平気。だってお兄ちゃんだからね。」
     兄という生き物は、妹が無事ならそれでいいのだ。再編された家族と六分街の人々、それに付き合いのあるエージェントたち。僕の両手には手に余るくらいだ。電子レンジからお皿を取り出して、ダイニングへと並べる。

    「どうぞ。と言っても在り合わせのものだけどね。」
    「アキラくんってラーメン以外も食べるんだ……。」
    「電気代さえなければ僕は毎日でもいいんだけど。リンが大反対するんだよ。」
     むくれた顔を思い出して笑う。深夜にラーメンはありえないだとか、野菜を乗せればいいってものじゃないだとか。あまりに続くとリンが拗ねてしまうので、時々大皿料理を作るのだ。
    「僕らは先に食べちゃったから、好きなだけどうぞ。余ったら明日のお昼に回すからね。
    ……あ、待った。それ臭み消しに牛乳を入れた気がする。別のを出すからちょっと待ってて」
    「いや? 僕これが食べたいな。」
    「だってキミ飲み合わせが良くないだろ。」
    「少しくらい平気だって。それにさ、アンタが僕に作ってくれたものでしょ? 食べないとかありえなくない?」
    「僕はキミが体調を崩す方が嫌だけどな。」
    「崩さないって!……もしダメだったらアキラくんが看病してよ。ね、いいでしょ?」

     悠真はこういう時、甘えるような、窺うような、態度を取ってくる。家猫が遊んでほしい時にじっと見つめてくるような、そんな目だ。悪戯に撓んだ黄水晶は、得意げに光っている。兄である僕が不器用な甘え方に一等弱いと知ってのことだろうか。ならば悠真は僕を陥落させる天才だ。
    「……。今回だけだよ。絶対に誤魔化さないこと。もし嘘ついたら出禁だからね。」
    「僕が嘘ついたことあった? 余裕も余裕だよ。」
     存外無骨な手が食器を取る。小さな口に次々と放り込まれていくのを、ぼんやりと眺めていた。
    「そんなに見られちゃ穴が開きそう。アキラくんって案外僕の顔好きだよね。」
    「綺麗な顔立ちをしてると思うよ。でも一番は悠真だからかな。」

     金瞳を縁取る烟る睫毛、普段は隠れている眉に崩れた前髪。巷の熱心なファンも知りえない、等身大の姿を知っているのは僕達だけだ。彼の心の柔い所に入れてもらえたようで、面映ゆく思う。効率的な栄養摂取は普段の食事風景を想像させる。
    「随分よく食べたね。無理はしてない?」
    「全然。言ったでしょ、平気だし嘘もつかないって。アキラくん家の味にすっかり胃袋を掴まれちゃったみたい。これが家庭の味なのかな〜なんて、ね。」
     悠真はからりと笑った。彼は嘘をつかない。冗談のように茶化すのが習慣になっているだけで、いつだって真摯だった。だからこれは、深慮と怯懦に包まれた彼の本音だ。
    「それは光栄だな。うちの味付けを気に入ってくれてありがとう。餌付け成功、だね。」
    「僕ネコちゃんじゃないんだけどなあ。」
    「そうかな。クロにそっくりだよ。」
    「それ、褒めてる?」
    「さあ。」
    「いいよ。アキラくんの為なら執行官でもネコちゃんでも、何にでもなったげる。」
     冗談混じりの応酬に心が弾む。僕としても悠真と話すのは楽しかった。僕らは、偶の依頼人くらいしか同年代と話す機会がなかった。その上生身じゃない。気の置けない会話ができる相手というのは、彼が思っている以上に貴重で嬉しいものなのだ。

    「豪勢なおもてなしだけど、僕から返せるものは何もないよ?」
    「僕の考える家族の形がこれってだけさ。悠真からの見返りを求めてやってる訳じゃないよ。」
    「そうは言うけどさ。
    ……じゃあ今度なにか買ってくる。雅課長のお墨付きなんだよ。アンタの口にも合えばいいけど。」
     伏し目がちな辛子色が飴色のソースを照り返していた。
    「もう遅いし、おいとましようかな。アキラくんも疲れんだし、早く寝なよ。」
     ガタリと椅子を戻して鍵のかかっていないノブを捻る。
    「じゃあね、おやすみ。」
    「おやすみ悠真。いい夢を。」
     温もりを残した鼠色が寂しげに鳴く。振った手を緩く握って静かになった扉を見ていた。

     キミはいつ僕らの手を手を取ってくれるのかな
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    かんもく

    PROGRESS前に言ってたやつ、ようやく書き始めました。すみません。
    あなたの言葉がわからない ある朝気がかりな夢から目ざめた悠真は、ベッドの上で硬変した己の腕をその瞳に映した。甲殻のように固い背中を下にして横たわり、頭を少し上げると、不気味な結晶がテラテラと光っている。鋭利な結晶が掛け布団をすっかり押し潰して、その刃面で切り裂かんとしている所だった。普段の大きさの二倍ほどもある硬質な足が、眼前に燦然と鎮座していた。
    (な、なんで、)
     動揺した声は震えていたが、生憎夢ではない。少し小さすぎるがまともな自室が、よく知っている四つの壁のあいだにあった。ローテーブルの上には昨日飲んだままのptpシートが散乱していて、上方の壁では時計が無機質な時を刻んでいる。

     悠真の視線はのろのろと窓へ向けられた。陰鬱な天気はすっかり憂鬱を連れてきて、雨垂れが窓枠に突貫する反響音を聞いていた。もう少し眠り続けたら、こんなバカげた幻想を忘れてしまったらどうだろうかと考えたが、そうは問屋が下さなかった。というのも、彼は右下で眠る習慣だったが、いくら身体を捻っても仰向けの姿勢にもどってしまうのだ。百遍もそれを試みて、油の切れたような関節がきしきし啼くのを聞いていた。
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