それでも血の繋がった兄弟俺は任務で苦戦を強いられていた。俺と小李、アスターさんとネーヴェさんで低体温カルテットとかいう呼び名をつけられ、冬場に四人組の遠征任務を行っていたところでだ。
辺り一面雪が降り積り、足跡も残り歩きにくい上に寒いったらありゃしない。地獄みたいな任務だ、と顔を歪めていた。
歩いてしばし、小李からの報告が飛んできた。
「アスターさん、たいしょう、『ちんもく』しました。次のターゲットはどこですか?」
「ちょっと待っててな…ネーヴェ、対象Bは移動してるか?」
「…いいや、動いてないね。相方が狙撃されたの見てただろうに」
「それならミカヅキのが近いな。ミカヅキ、聞いてただろ」
「あぁ、今行く…小李、援護頼んだ」
動いてないターゲットがいるというので、そちらに一足先に向かった。このムカつくくらい綺麗な雪景色だ。暗殺には向いていないし、恐らく向こうもこちらを認識している可能性が高いだろう。直接対峙するのがお互い手っ取り早いかも知れないな…と考えながら、できる限り静かに走る。
なぜかずっと動かないというターゲットに気を付けるよう一応の注意を受けつつ、ポイントに到着して対峙した。仮面を付けていて顔は見えないため、どんな表情をしているのかが読めない。静かに佇み、俺を待っていたかのよう。ただこちらに殺気は向けているようだった。
「……なんか、余裕そうだな」
「……」
喋りも動きもしないなら先手必勝、とこちらから仕掛けた。身体の全方面に神経を使い隙を作らないよう気を付ける。最小限の動きで間合いを詰め切先を向ける。単純な動きでは避けられてしまうが、それでいい。
が、どれだけ刃を向けても掠りもしない。俺の動きを全て読んでいるかのような動きで受け流してくる。
どころかこいつ、小李のスナイプを見切って避けやがった。化け物か?人間の裸眼で見える位置にはいないし、小李だって敵の動きを予測して撃っているはず。それを見切るってなにもんだよ……
本格的な攻めに転じてこないのが確信犯的でいやらしい。こいつは俺よりも少し背が高い、ならばと低姿勢で懐に入る。最低まで呼吸を低くし、気配を溶かし、相手の視界から消える。
「後ろががら空き…だっ!…っあガ!!?」
弾かれるナイフと下腹部に叩き込まれるカウンターの回し蹴りに呼吸がとまる。
読まれた?いや、しっかり気配は消したはず。
完璧なアサシネイトだったはずのそれはいとも簡単に弾き返された。ひと目で分かる。
────これは危険だ。
飛びかける意識を強引に引き戻し相手を睨みつける。息を短く吸って止める。手は抜けない、少しでも隙を見せればこちらが負ける事は明白だ。
「ミカヅキさんっ!?」
「見てたよ。ありゃ無理だ。ミカヅキは完璧だったが…やっこさん勘づいてやがった」
「ミカヅキ、あと185秒速で小李が次のポイントに付く、それまで耐えろ。」
段々と体力も削られていき、表情から必死さを隠せなくなってきた。
少しでも傷を、と思いっきり顔に向けてナイフを突きつけてやった。今までより大胆な行動に少し驚いたのか、顔を覆う仮面にだけ掠り、飛んだ。傷は付けられなかったが。
その面見せろやクソ野郎と思いながら体勢を引き、そこに現れたのは───俺だった。
いや、俺とほとんど同じ顔をした男だった。
「…………ドッペルゲンガー?」
「なわけ。あーあ、見られちった。……初めましてだな、オニーチャン」
面白くて仕方ないといった顔でニヤリと嗤う。
「おにーちゃん……?いや、誰が」
「お前だよお前。この顔見て分からないか?双子のおにーちゃん」
「双子?俺に兄弟なんて……」
「そりゃそうだ、知らないだろうな。存在を隠されてたんだから。言っとくが、隠されてたのはお前の方だからな」
「隠されてた、って」
情報過多だ。一気に意味が分からないことが多すぎる。もし今こいつが飛びかかってきたらまともな抵抗はできずに殺されると思う。
それでもこいつは、先程より明らかに隙だらけの状態で、俺を挑発するかのように話しかけてくる。今のお前に俺は殺せないだろう?と言わんばかりに。今まで隠されてた真相を、全部全部曝け出すかのように。
「知ってるか?いや、知らされていたか?お前の親のお仕事」
「…………知らない」
「そー。可哀想だな、自分の親の仕事も知らないなんて。俺たちのお母さんとお父さんはな、俺らが産まれる前からずーっと犯罪組織の所属だよ」
「……は」
知らなかった?こんなのそりゃあそうだ、犯罪組織に所属してましたなんて自分の子供に言うわけない。
でも、でも、毎日帰ってきて、笑ってくれてたのに。
「んで、お前のせいで殺されたよ」
「……俺のせいで?」
「そうだよ。お前が、お前がいたから殺されたんだよ、上司に」
「なんで」
「……詳しい心境までは知らないけど、多分任務先であった出来事のせいじゃない?おかしくなっちゃってな、二人とも。完璧だったはずの任務でボロ出すし。優秀だったんだぜ?お前のかーさんととーさんは」
「それが何で俺のせいになるんだ」
ピンとこなくて疑問ばかりの俺に苛ついた口調で「だぁから」と口を開く。
「任務先であった何かがお前と重なったんじゃない?っつってんだよ。頭悪い?」
「……まぁ、学校行ってないし」
「あぁそ、可哀想に」
何だかよく分からない。が、親は死んでいるらしい。七歳の俺を独り捨て置いて出て行ったあの親は既に死んでいたらしい。何があってそうなったのかは知らないけど。
「七歳の頃に死んだんだ、あの二人」
「……!」
「同じだろう?俺達は二人とも同時に捨てられたんだな」
仲間みたいな言い方をして、少しも親しみを感じない笑みを浮かべてくるのが頭にくる。
「……」
「優秀だった両親が目の前で見せしめみたいに殺された俺の気持ち分かるか?"我が子への愛情"ってのを一切受けられなかった俺の気持ちが!……お前が憎くて仕方ないんだよ本当に」
「…………ッそれを言ったら、一言の謝罪だけで勝手に親が帰ってこなくなりやがった俺の気持ちだって、分かるのかよ……十年間独りで這いつくばって生きるしかなかった俺の気持ち……!」
「……っはは、知らないね、隠されてた兄の気持ちなんて」
「……俺だってどうでもいい、今初めて会った弟の気持ちなんて」
親は死んでいて、代わりに俺の弟だって宣う謎の男が現れて、そんで俺が憎まれている。
親が何を考えて俺のことを捨てたのかは結局分からないけど、今ここに確実に俺の死を望んでそうな奴がいる。
小李はこちらに向かっているらしい。
じゃあ言うべきことはこれだ。
精一杯息を吸って、歪な笑みを浮かべる。持ってるナイフを男に突き付けて言い放ってやる。
「残念だったな!…俺は生きてるし、お前はここで死ぬ」
「…………へぇ、言うねぇ」
動揺は隠せない、苛立ちも隠せない。それでも親に勝ったことは小さく喜んだ。捨てられた俺が生き残った。
俺は自分だけが捨てられたと思っていた。環境は違えど状況は同じだったこいつに少なからず同情したのも事実だ。そんな気持ちすぐ捨ててやったが。
頭が良くないからなんだかまだよく分からないが、多分俺達は二人とも辛い思いをしてる。俺達は多分、ずっと独りぼっちだ。皮肉なことに、俺達は双子らしい。
親への憎悪だけを信じて生きてきた俺が、今ここでこいつを殺して、後で何を思うかなんて分からないけど。
後に引けないから。俺が生き残るって決めてるから。
「ミカヅキさん、だいじょうぶ?」
「……聞こえてたよな、多分全部」
辺りは明るくなっていた。そこら中に銃弾や血が飛び散っている。あいつを、殺せたかは分からない。雪に沈みか細い息で動かなくなった同じ顔を思い出す。
日に少し溶けかけている濡れ雪を、ぴちゃぴちゃ音を鳴らしながら歩く。
「うん。だいじょうぶ?」
「……まぁ、知らなければ赤の他人だったし……」
「そっか。むりはしちゃいけないよ」
「ん、ありがとう」
多分もう会わないだろう。もし会うことがあったとすれば、徹底的に殺すだけだ。
「かえったらおふろはいって、『ごはん』だね」
「あぁ、思いっきり肉食べる。もう食いまくってやる」
「そのいきだよ」
俺達はずっと独りぼっちなのなら、どちらも生きている必要はない。
お前も同じ気持ちだろ。