ふわふわ、ゆらゆら『次のオフは空けといて』
そう、凛月から連絡が来たのは2日前。学院や寮ですれ違うことはあるものの、お互いに忙しく、オフが被るのは3ヶ月ぶりだった。久しぶりの凛月からの誘いに真緒自身も浮かれていたのだろう、この2日間は生徒会の仕事を前倒しで進め、約束の日に余計な仕事が入らないようにと慌ただしく過ごしていたからか、当日の朝になるまで気付かなかった。
「そういや、何するんだ…?」
***
待ち合わせは朝10:00に駅前で。いつものオフであれば、凛月はまだ寝ている時間だ。凛月から指定されたとはいえ、本当にいるのか、と今更ながら不安になったところで見覚えのある丸い頭が真緒の視界に入った。
「凛月…?」
「おはよう、ま〜くん。」
「ちゃんと起きれたんだな。」
「俺は約束はちゃんと守るからね。」
3年生になってから凛月が真緒に負担をかけないようにと同室の影片に起こしてもらっているのは知っているが、改めて実感すると寂しさが込み上げてくる。
「……そうだな。というか、寮からここまで一緒に来ても良かったんじゃないか?」
「ん〜、なんとなく俺がそうしたかったから。ほら、行くよ。」
「あっ!おい、待てって!」
急に腕を掴まれてしまっては着いて行くしかない。凛月に連れられ電車に揺られること1時間。車内でも何をするのか聞きそびれてしまい、真緒はただ景色が海に近づいていくのをただ眺めていた。
「もしかして、海に行くのか?」
「ううん。次で降りるよ。」
平日ということもあり、2人と同じ駅で降りる人は片手で数えられるほどしかいない。顔を隠すために深めに被った帽子が逆に目立ち、駅員にはじっと見られてしまうほどだ。
凛月によると駅から歩いて5分も経たずに到着するという。目的地が近いと分かった途端、真緒の心臓が跳ね上がった。凛月は何をしたいんだろう?
「ま〜くん、着いたよ。」
「ここって…水族館か?」
「うん。KnightsのMV撮影で使わせてもらって、きれいだったから。ま〜くんと来たいなって思ったんだ。」
凛月の言葉があまりにも優しくて、凛月の気持ちがあたたかくて、真緒は思わず涙が出そうになる。どうか凛月に見えていませんように、という願いも虚しく、凛月の指がそっと真緒の目尻に触れる。
「ま〜くん泣いてるの?」
なんだか余裕のある姿に悔しくなり、ちょっと仕返しをしたくなった。凛月の右手を両手で包み、ぎゅっと握る。どうか俺の気持ちも届きますように。
「凛月が、俺と来たいって思ってくれたの嬉しかったから。凛月は本当に俺のことをいっぱい考えてくれるんだなって。ありがとな。」
凛月の顔を見ると、目に涙を浮かべながら笑っていた。
「もう、ま〜くんにやられた…。でも、ま〜くんがそう思ってくれたなら、連れてきてよかった。エスコートは任せてよ。」
「おう、よろしくな!」
館内に入ってから凛月にエスコートされて、ちょっぴり恥ずかしさもあるが、真緒はとにかく楽しくてしょうがなかった。有名なキャラクター映画で見たことがある魚を2人で探してみたり、ホッキョクグマの大きさに驚いたり、ペンギンが泳いでいるのを見て癒されたりした。
特に凛月が真緒に見せたがっていた大きな水槽の前に辿り着くと、迫力に圧倒され、声を出してはいけないような感覚に襲われる。
「すげえ…。きれいだな。」
「そうでしょ。お疲れのま〜くんにはこういった休息も必要だよ。」
「そうかも。」
海の青には人を癒す効果があるのだろうか。ずっと張り詰めていた力がフッと抜けていくような気がした。でもきっとそれだけではなくて、凛月と一緒だから、こんなにも心が穏やかになっていくのかもしれない。凛月が隣にいてくれるから、また頑張ろうって思えるのかもしれない。そんなことに気付かせてくれたこの瞬間を、真緒は形にして残したくなった。
スマートフォンのカメラを起動させ、大きな水槽を見上げている凛月の横顔をこっそり写真に収める。
愛おしいって、こういうことを言うんだろうか。真緒にはその感情をうまく説明できる気がしないが、絶対にこのとき感じたことを忘れたくはないし、失いたくないと思った。
「そろそろ行こっか。」
「凛月、りっちゃん。」
「なあに、ま〜くん。」
「いつも凛月が言ってくれるみたいに、俺も、世界中が敵になっても凛月の味方でいたい。」
「急にどうしたの。」
「なんとなく。生徒会長とか、Trickstarとか、そういうの全部抜きにして、衣更真緒として朔間凛月に言いたくなっただけ。」
「…ちょっとは俺の想いも分かったかな。なんて。ありがとう、ま〜くん。そう言ってくれるだけで生きてて良かったって思えるよ。」
「おおげさだな…。」
お互いに顔を見合わせると思わず笑いが込み上げた。
***
水族館をひと通り堪能し、それぞれユニットのメンバーや寮の同室メンバーにお土産を買う頃には日が沈む時間が近づいていた。
「そろそろ帰るか。」
「そうだねえ。名残惜しいけど、帰ろっか。」
凛月が名残惜しいと感じていることに胸がギュッと締め付けられ、真緒はどうにかしたくなった。衝動的に、真緒は自分の左手の小指を凛月の右手の小指に絡めた。
「駅まで、だけど。」
「うん。」
真緒が凛月をおんぶして通学していた時は、こんなにも凛月の体温が恋しくなるなんて思ってもいなかったし、こんなにも凛月に触れたくなるなんて思ってもいなかった。いつも真緒が寂しいとか、しんどいと感じたときに真緒を休ませるためのきっかけを与えるのは凛月の方で、真緒は知らず知らずのうちに凛月に甘えていたのだ。やっと気付いたばかりだけれど、凛月がくれるあたたかい気持ちを同じように真緒から凛月に与えてもいいだろうか。
今度、凛月に見せたいものができたら、どんなに忙しくても時間を作って一緒に出かけよう。そう、真緒は思った。
***
「そういえば、なんでわざわざ外で待ち合わせにしたんだ?」
「せっかくならちゃんとデートっぽくしたかったから。」
「なっ…!で、デートって…!」
「ま〜くん、またデートしようね。」