恋心よ、熱に浮かれよ 他者が見ても、きっと『そうだ』と分かる程に。
訪れた恋に、自分たちはきっと浮かれていた。
老いらくの恋という言葉がある、髪に霜が降りたような齢に訪れる春を指す言葉だが。髪に少し白髪の混じる自分たちも、少しばかりそれにひっかかるに違いない……。
平凡を好み何事にも積極性に欠いたように見える男が、その性質とは全くの正反対な人間に恋をした。無気力に見せながら、よくよく観察すれば我欲が強く、扱いづらい人間であるはずのその男を、その在り方のまま許容してみせたのが『カブ』というその人物で。
初めて出会った自分自身を許容してくれる存在に、男が特別な感情を抱いてしまったのは当然の流れだったのかもしれない。
『たいあたり』『でんこうせっか』『すてみタックル』『とっておき』……。ジムリーダーとして操るタイプその通りに、カブに対して猛烈にアタックした男は、周囲から言わせれば圧倒的なふてぶてしさで、カブの隣を射止めてしまった。
周囲から言わせれば、青天の霹靂である。
カブの住むガラルの住人にとって、彼はある意味不可侵の聖域のようなものであったから。圧倒的なアイドルは引く手あまたであり、だからこそ誰もが手を出さずにけん制しあっていた……。所を、見ず知らずのパルデアのサラリーマンがかっさらっていったのである。
悲鳴絶叫阿鼻叫喚……、死屍累々に対して我関せずの姿勢を貫く男に対し、果たし状のようなポケモンバトルが叩きつけられたのだが。パルデア四天王である男は、そのすべてを一蹴してゆき、血の涙がにじんだファイトマネーは、カブと男のデート代に転じていった……。
「シンプルが一番強いんですよ」
黒グローブを嵌めた手で頬の汗をぬぐう、人を威圧する高身長を猫背に丸めたその男。
アオキという、無欲そうに見えて強欲な男の春。
「アオキくん、」
アオキが手を差し伸べれば、気恥ずかしそうに絡めてくる。その人望と研鑽された強さによって、ガラルの最初の関門と呼ばれるカブは。本当はきっと、アオキにはもったいない存在だ。
───、けれど。誰も、手を伸ばさなかったのが悪い。
「こんなオジサンでいいのかい?」
はにかむように微笑み、ロマンスグレーの髪を風に揺らすカブ。寄る年波を、熱意と意思によって美しく昇華した彼を、アオキは黒々とした目でじっと見つめたが……。
すぐに膝を折り、まるで誓約を交わす騎士のようにカブと目線を合わせる。
その仕草は、アオキという人物を知る者からすれば異質であったが、その恵まれた高身長が生えて見目好く映った。
「自分は、カブさんでないと、ダメなんです」
アオキは、どこまでもストレートに愛を請う。鍛えられてはいるものの、僅かに皺のあるカブの手の甲にそっと唇を寄せて。
「アナタがいないと、もう、飯も美味く感じない」
だから傍にいて欲しい。懇願ととれるアオキの言葉に対し、カブは恥ずかしそうに頬を染めて「うん」と頷いた。
「……、飯屋に、行きましょうか」
言質をとったといわんばかりに、さっと立ち上がってカブの手を引く。アオキの頬の血色がほんのわずかにいいこととか、唇が微かに微笑んでいることだとか。
不変と思われた男に訪れた変化……。チリあたりが言うとすれば、アオキの顔色がいい。
そんな、カブとの春が、日常になった時。
白色に垂れた黒が、濁りながらも少しずつなじんでいくように。違和感だったものを、周囲が受け入れだした頃に。
「君は、そういうこと、ボクとしたいの?」
きっかけは、カブからだった。いいや、それ以前に、アオキの視線に、カブにそう問わせるような熱が宿っていたのかもしれない。そして、その日呑んでいた、度数の高い酒が彼らに言わせたか。
問うた手前、目線を逸らすこともできず、けれども羞恥で頬を染めたカブに対して。アオキは、酔っているのか素面なのかわからない顔のまま。
「赦されるなら、自分は、貴方を抱きたいと思っています」
そう、直球に答えたことがあった。欲を感じさせない男の、けれども直球な懇願に対して。
「そっかぁ……、」
カブは、顔を真っ赤にして俯いた。そこに拒絶がないことだけは明らかで、けれども少しの戸惑いが感じられた。
居酒屋の個室、向かい合って座る二人の間には、少しの緊張感があった。
そのまま、カブの言葉を待っていれば、この日になにかが起こっていたかもしれない。
「けれど、」
沈黙を裂いたのは、アオキだった。
頬を赤らめたカブを、アオキはじっと見つめていた。
「無理強いしたくありません、急くようなこともしません。……、だから、安心してください」
その言葉が、アオキの配慮であることは明らかで。
「……、ぅ、うん、」
カブは頷いた、この話題はこれで終わりで……。ただ、恋は深まったようだった。
手を繋ぐことが増えた、肩が触れ合うことが増えた。誰も見ていない所で抱きしめあった。
───、口付けた。
感情を押し付け合わない二人が、生まれて初めての独占欲と青春に浮かれた。
他者が見ても、きっと『そうだ』と分かる程に。
訪れた恋に、自分たちはきっと浮かれていた。
ホウエン地方に寄せたコンセプトの旅館に宿泊したら、布団が並べられていたとはこれいかに。
※ ここから初夜がんばります