天邪鬼人として大切な何かがすこんと抜け落ちたような男だ。
血反吐を吐くような辛い練習を毎日乗り越えてやっと手に入れた立場を後輩に取られても、嫌悪どころか悔しがる素振りも出さずアドバイスを投げてくる。
人の想いを察し、相手に気負わせないような言葉を差し出してそっと心を解していく。一歩前へ進ませる。
人の為。その場の為。それで世界が回るならと、惜しまず、躊躇わず、簡単に差し出してしまう。
それらを無自覚でやってしまうような男だ。
言えば『譲れないものはちゃんとある』と答えるだろう。きっと心の奥底にその芯は残されている。
けれど、我慢すればいいだけだと手放されてしまうのは、こっちからしたら堪らない。
こっちはその、優しくも強い手が、欲しいのに。
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