天邪鬼人として大切な何かがすこんと抜け落ちたような男だ。
血反吐を吐くような辛い練習を毎日乗り越えてやっと手に入れた立場を後輩に取られても、嫌悪どころか悔しがる素振りも出さずアドバイスを投げてくる。
人の想いを察し、相手に気負わせないような言葉を差し出してそっと心を解していく。一歩前へ進ませる。
人の為。その場の為。それで世界が回るならと、惜しまず、躊躇わず、簡単に差し出してしまう。
それらを無自覚でやってしまうような男だ。
言えば『譲れないものはちゃんとある』と答えるだろう。きっと心の奥底にその芯は残されている。
けれど、我慢すればいいだけだと手放されてしまうのは、こっちからしたら堪らない。
こっちはその、優しくも強い手が、欲しいのに。
『お前なら大丈夫だ』と、掴むどころか触れることすら許されず霞んでいってしまう。
背中を押されるのではなく、消えていってしまうのだ。
まるで存在を残さないように。未練を、こちらに感じさせないように。
悔しい。悔しい。悔しい。
目指す先は勝利。乗り越えるべき困難を共に乗り越えてきた。
けれど、手を伸ばせば届く場所にいる筈なのに、『見る場所が違うだろ』と笑ってその指は自分では無く行く先を示すのだ。
届く場所に居ると思うのに、見ることを許されず距離が掴めない。それが許せない。
だから言う事を聞かず、皮肉を零すのだ。
そうすれば貴方は、『かぁいくねぇな』と言って気にしてくれるから。
許されるなら、触れたいのに。貴方の隣に立って。施すのではなく共有することを受け入れて欲しいのに。
あぁでも。何でも貴方のせいにして、素直に自分の気持ちを渡すことの出来ない自分も大概大馬鹿野郎なのだろうな。