藤丸立香は性生活に疎かった。カルデアに数合わせのマスターとして呼ばれた時点では、まだ幼さの残る少年だった。そこから人理修復の旅と異聞帯切除という大きな戦いに巻き込まれてしまったのだから、そういった経験が少なくなってしまうのも道理である。
そんな人類最後のマスターが今、窮地に立たされていた。
「はぁ……」
藤丸は自室で昨夜の事を思い出す。
『きもち、いいよマスター♡』
彼の恋人、オベロン·ヴォーティガーンが藤丸のベッドの上で幾度となく口にした言葉。そう、大嘘つきの彼が、甘ったるい声で、顔で言っていた言葉である。
「…気持ちよく無いんだろうなぁ…」
藤丸立香は性生活に疎かった。必要に迫られて自らを慰める事はあっても、他者に快楽を与える手練手管なぞ持ち合わせていなかった。だからこそ、彼は非常に思い悩んでいた。
オベロン·ヴォーティガーン。かつて黄昏の空の下で旅をした。底のない虚の中で殺しあった。藤丸の大切な人。数多くのすれ違いはあったものの、今では体を許してくれる程には心を開いてくれていた。その信頼に答えようと藤丸は男性同士の性交について調べた。必死に知識を詰め込んだ。しかし、結果は昨夜の通りである。大嘘つきの「気持ちいい」。
平たく言ってしまえば、藤丸立香はド下手くそであった。
オベロンもまた自室で昨夜のことを思い出していた。人類最後のマスターだなんてクソみたいな役を被せられた、捻くれ者の自分なんかを愛する、変わり者の恋人。そんな彼が何とかこちらを気持ちよくしてやろうと四苦八苦する様を思い出し、1人くつくつと笑っていた。
「馬鹿だなぁアイツ…どうせ意味無いのに」
妖精王でもあるオベロンもまた性経験には疎かった。そも、妖精である彼には性行為の必要性が全くなかった。知識だけは聖杯から受け取っているものの、実際にマスターとの行為中も快楽を感じることはなかった。あるのは体の中に異物が入ってくる圧迫感と不快感ばかり。しかし、必死に腰を振ってくるマスターの切羽詰まった顔は見ていて退屈しなかった。「気持ちいい」と口にすれば更に顔を歪めて泣きそうになる様は愉快で愛おしくて仕方なかった。
「ふふっ…本当に気持ち悪い奴だよ。そうは思わない?」
相棒のカイコガは何も答えない。ただじっと大きな瞳でこちらを見つめている。
「まぁいいや。おいでブランカ。食堂に行ってメロン食べよう」