ボシュの女会議 with リーナちゃん 世の中とても数奇なものがあって、それは超能力的なパワーが存在することから慣れていたとは思っていたけど。
「じゃあ、すばこちゃんのボシュは事件のことを気にしてるんだね……」
「うん、まあ……ちゃんと怒ったけど」
Everyone's Mealで互いにドーナツを買い、頬張りながら談笑する。金髪のショートヘアにスラッとした手足、左目の近くにある泣きボクロが可愛いこの子はリーナという所謂“パラレルワールドにおいて自分の立場”である人物。
リーナもボシュと恋人関係にあるようで、ある日ボシュが私に見向きもせずリーナの元へ行ったことで一悶着あった。その後、ちゃんと私と付き合っているボシュが来て事態は収まったものの混乱を極めたけども。
「何も言ってくれないと不安になるの、分かるなぁ」
「前言ってたね」
リーナはクールな立ち振る舞いからは想像もつかないほど心配性で、繊細だ。特にボシュとは事件のことを思い出しては傷心気味になってしまうので、早々に同棲を開始したのだと。
「なんて言うか、水臭いんだよね。肝心なこと何も話してくれないし……君が信頼した友はそんなに頼りないのかー! って。友じゃなくて今は彼女だけど」
甘ったるいドーナツを流し込むようにコーヒーを呷ると、熱さが口内から喉元を過ぎて胸に溜まっていく。あまりに早く飲んだせいで、喉がじりじり悲鳴をあげた。
「あっつ」
「大丈夫?」
自分が想像しているよりも堪えていたようで、ペットボトルの水を出してくれたリーナにジェスチャーで礼を言う。蓋を開けて渡してくれたので妙な納得感を覚えてしまった。
リーナとはこうしてたまに会っては井戸端会議のように話をして、時に悩みを相談して解決の糸口を探ってみたりしている。数奇な話であるが、お互い付き合っているのが別々の“ボシュ”であるせいか悩みも似たり寄ったりなものである。
「何でも一人で抱え込むのは、ボシュの悪い癖だね」
「そうなんだよ。でもボシュにとって隠したいことや後ろめたいことも全部、愛したいって言うか……」
項垂れてため息をつくが、このような話はボシュに直接すれば解決する話。リーナに言ったところで憂さ晴らし以上の意味なんてないのに、とまた一口ドーナツにかぶりついた時だった。
「悪かったな水臭くて」
「?! う、ぶっ……!」
あまりに聞き慣れた声が背後から突き刺さった。驚きのあまり喉を詰まらせそうになって胸をドンドン叩いていると、私の反応にびっくりしたのかリーナがまた水を差し出してきた。向かいに座っているリーナはとっくにボシュに気付いていたはずなのに、教えてくれないなんて。
「ぶは、ぁ……な、なんっ……教えてよリーナ」
「ふふ、ごめん。でもそうした方が良さそうだったから」
悪戯っぽく笑うリーナを一瞥して振り向くと、私のボシュとリーナのボシュが揃ってそこにいた。どうやらリーナは待ち合わせていたらしい。
「面白そうな話をしてたな」
リーナと合流したから連れてその場を離れるのかと思ったら、リーナの隣に椅子を寄せて座ってしまった。それに続けて、もう一人のボシュも私のすぐ横で座ってきた。
「すばこちゃんがボシュの全部を知りたいんだって」
「へえ、俺の全部を」
「やっ、いやだ! 聞かなかったことにして!」
ボシュの耳を塞ごうとするも、冷静でない私の動きにキレなどなく呆気なくボシュに両手を掴まれてしまった。そこからは想像のつく範疇。
「ぃっ! 近い! ボシュ近い!」
「散々キスしてきただろ?」
「人目があるから話は別!」
猫のようにつり目で大きな瞳に見つめられては、もうろくすっぽ抵抗することもできない。藁にもすがる思いでリーナの方を見やると、止めるどころかドーナツを分け合って「仲良いな」「ねー」と呑気なやり取りをしてて助け舟は出そうにない。
「そんなに嫌がって、俺のこと嫌いになったのか?」
「えっ?! 違……」
なんて隙を見せた一瞬のうちに、唇を柔らかい感触が掠めて固まってしまった。
「っ〜〜〜?!」
「面白いな」
「面白いね」
すばこちゃんがあんなに取り乱すの初めて見た、と(リーナの)ボシュに話すリーナの声を遠くに聞きながら、口を押さえる私を見て笑うボシュを睨みつけた。
「そうだ。俺のガールフレンドは面白いし、何より可愛い」
自分と瓜二つの外見をしていても臆すことなく牽制していく様はある意味で天晴れだが、できれば私がいない場所でしていただきたい。恥ずかしすぎて穴があったら入りたくなった。それに耳を傾けている二人も二人だ。
「じゃあ私達はこれからショッピングだから」
リーナはそう言ってドーナツの一欠片を隣のボシュに食べさせ、席を立った。
「あまり威嚇してやるなよ」
ピザ一片を易々と食べてしまうことは私もよく知っているが、ドーナツの一欠片程度すぐ飲み込んでしまったのかボシュがやんわりと宥めてきた。別の自分とはいえ、威嚇されている様を見て思うことがあったのか。
「もう、ボシュ」
「悪い。リーナが一番だ」
膨れっ面になるリーナを宥め、二人がひらひらと手を振りながら店の方へ歩いていってしまった。そして残されたのは私の分のドーナツと、水のペットボトルと、ボシュと私。
「で……」
リーナ達がいなくなった今、すぐ横にいるボシュの視線が突き刺さる。
「俺の全部を知りたい、って話だったよな」
目を合わせるのが気まずかったが、そうもいかずボシュを見ると存外真剣な表情で見ていたようだ。水臭いと言った私にも責任がある。それに、思ったより私達は話し合いができていなかったのかもしれない。
「ボシュの全部というか、事件のことが主に、ね」
「あれは……本当に、すまなかった」
「謝るのはもういいんだよ、済んだことだから。ただ、ボシュが何を思って、どんなことがあったのか知りたい」
ボシュと出会ってから沢山のことを知ったし、自分自身でも気付かなかった自分に気付く。ボシュの感情を知りたい。
「話せば長くなるぞ」
「大丈夫」
まだ話せないこともあるのかもしれない。でも聞けるなら、ボシュの口から聞きたかった。それからは簡単な経緯を話したり、重要なことは帰ってからという約束を取り付けたり、ドーナツを齧りながら聞くような話でなかったり。
そんな話をしていたらボシュが言ったとおり長くなってしまって、またリーナ達と顔を合わせて驚かれる話はもう少し後の話。