――それは幼い頃に交わした約束だった
「えへへ、ありがとうロディ、絶対なろうね!僕はピアニストに」
「ああ、俺はあんたのために調律師に」
「「約束!」」
――あの時の小さな指の繋がりも、あいつと笑い合った日々も今となっては全部思い出に過ぎない。今の俺には何にも無い。夢も誇れるものも、家族も、…隣にいたあいつも全部この手から離れていった――
もしも今願いが叶うなら、もう一度、あいつに会いたい。けれど今の自分を見たら彼はどんな顔をするだろうか?そんなことばかり考えて、頭の中から消し去る。
会えないのだ。どんなに願ってもどんなに祈っても。今どこにいるのかすらわからない彼を思いながら今日も生きるために仕事をする。
『ねぇ聞いた?今噂の“盲目のピアニスト”の話!』
『今ここに来てるんだって、昔はこのあたりに住んでたって聞いたよ』
今世間を騒がせている“盲目のピアニスト”
俺でも耳にしたことがある。ガキの頃に目が見えなくなったが他のやつには表現できない音を奏でるらしい。
「…なんでっ、あんたがここにいんだよ…っ!」
「出久っ!!!」
それは再会と呼ぶにはあまりにも苦しくて。
「その声、ロディ…?」
あれほど会いたいと願っていたはずなのに、どうして
「わりぃ出久、ちょっと用事思い出した、また今度な」
――どうして、会いたくないと逃げ出してしまったのだろう。
向き合わなければならないことがある。受け入れなければいけないことがある。
世の中理不尽だらけで信じられるものなんてなくて、自分に必要ないものはなんだって捨ててきた。けど、それでも…
あの日交わした約束だけは捨てたくなくて。
「ねぇ、ロディ。昔した約束、覚えてるかな…?」
「僕ね、目は見えなくなっちゃったけど、音が、ピアノが教えてくれるんだ。弾いてほしい音、聴かせたい音をね… もし、君さえよければ僕たちの音を聴いてくれないかな?」
その音はあまりにも綺麗で今の自分には全然釣り合わなくて
「出久。あんたは俺なんかとは違う。俺は今、毎日生きるのに必死で調律師の勉強なんてしてる暇ねぇんだよ。わかったらもう俺に関わらないでくれ」
差し伸べられた手を振り解く事しかできなくて
「君にしか頼めないんだ。お願いだよ、ロディ」
『このピアノを僕に奏でさせて欲しいんだ』
――――これは盲目のピアニストと調律師の夢を諦めてしまった青年たちの物語
「はじめよう、僕たちのコンサートを!」