Fall in LOVELets have a Pizza Party!
「なんでイチイチ俺にかまうんだよォっ!」
月曜の教室に響き渡るのは、俺の叫び声。そんな声の原因はコイツ、冨岡義勇だ。
コイツは、俺が通う中高一貫の私立の男子校に、高等部から編入してきた。武道系に力を入れているうちの学校に剣道の特待生として編入してきたのだが、めったにそういうやつはいない。そもそも中高一貫で、他の中学や高校に比べると教育のカリキュラムも複雑で、スポーツ推薦を希望していたとしても編入試験で落ちるのが関の山だからだ。それに、武道系での編入とは、かなり珍しい。そこそこできるやつは、小学校の頃から勉強に力を入れ、中学に行くタイミングで入学試験を受ける。そして、運動部に入ってレギュラーを目指している。いくら何でも無謀だ、と剣道の特待生での編入希望の奴がいる、と聞いたときには学校中がその話題で持ちきりとなった。何の因果か同じクラスになり、顔を見て驚いた。隣の家に引っ越してきた、何を考えているんだか分からないすまし顔のアイツだった。
あれは半年ほど前。隣の家に少し年の離れた姉弟が越してくるのだと、母親が夕食を食べながら話していた。両親を数年前の飛行機事故で亡くし、姉とともに海外にいた親族の家で暮らしていたが、どうもそっちでの暮らしに慣れずに段々と言葉が減り、表情もなくなっていったために、遠縁にあたる鱗滝道場の師範が後見人に名乗りを上げて姉弟を引き取ったのだ、と。正直、お隣さんとはいえ名前さえも知らなかったし「鱗滝」というのが苗字だとさえ思っていた。そのくらい俺との接点はなく、あるとすればせいぜいゴミ出しの時に鴉に親しげに声をかけているのを見る程度だった。
一方俺は、幼いころに親父が運転していた車に乗っていた時、向かいから来た飲酒運転の信号無視の車に正面衝突。親父はその事故であっけなく死んでしまった。母は、たまたま妊娠中で家にいたから助かったが、俺とすぐ下の弟は、命は助かったものの顔と体に傷を負った。初対面の奴らがビビるくらい、顔には派手な傷があるが、俺とつるんでいる奴らはそんなことなんてまったく気にしていないようにふるまってくれるけれど。
まさか編入してきた「剣道の特待生」がコイツだったとは、と、同じクラスになり隣の席になったとき、心底驚いたもんだった。今時珍しい真っ黒くて長い髪、青い瞳と無口でミステリアスな雰囲気……。あっという間に学園中に存在が知れ渡り、男子校だというのに休み時間のたびにストーカーのように追い回す連中が教室まで見に来るから、鬱陶しくて仕方がなかった。
文武両道を校訓にしているこの学校では、学業で優秀な成績を収めるかスポーツ系で相当の成績を収めるかをすれば、特待生として授業料がほぼ免除される。俺は、片親で子どもを七人も育てている母を少しでも楽にさせてやりたくて、必死で勉強をしてこの学校に入った。
この傷だらけの顔は、せいぜい学校帰りに他校の生徒に絡まれている同じ学校の生徒を助ける時くらいしか役に立たないと思っていたが――冨岡がクラスに編入してきて、冨岡目当てに教室まで押しかけてはぎゃーぎゃーいう連中を「うるせぇ」と一掃し、クラスの平穏を取り戻すことに役立った。そのせいで、冨岡に懐かれちまったのは計算外だが。
今日だって、定期考査が終わってすぐにでもバイトに行こうと席を立つ俺の制服の裾をグイと掴み、冨岡が「ちょっと……いいだろうか……」と呼び止める。大体、コイツは言葉が少ないし選ぶ言葉も壊滅的なものばかり。それに付き合うだけで時間が無駄になることは、同じクラスになってから嫌というほど思い知らされてきたのに。裾を掴む手を振り払って出て行けばそれで済む話だったはずだ。でも、冒頭のように俺が叫んだ後で捨てられた子犬みたいに縋り付く瞳を見せるコイツを邪険に扱うことができず、「んだよォ」と座ってしまったのが失敗だった。
二時間ばかり付き合わされた挙句、最終的には「今週土曜に一緒にピザパーティしないか」ということを言いたかったのだ、と知った時には、「今週土曜に、ピザだとォ? テメェ、それだけのために二時間も……」と今日何度目かわからない俺の怒声が教室に響いていた。すると、誰もいないと思っていた隣のクラスから「ピザか!俺も好物だ!」、「おっ!いいね~、俺たちも呼んでくれよ~」と聞きなれた声が聞こえてきた。心の中で舌打ちをしたところでガラッと教室のドアが開き、背が高くて無駄に派手好きな男と、無駄に声がでかくて派手な髪色の男が顔を出した。
「あぁ、なんだ。宇髄と煉獄か」
「うむ!ピザと聞こえてな!父上はあまり好まないから家では食卓に上がらないのだが、俺と千寿郎は好きなんだ!二人で一緒に行ってもいいだろうか?」
「俺も俺も~!あ、俺は一人で行くけどなっ!」
「つーかよォ!誰も呼ぶなんて言ってねェだろ……」
「賑やかなのは嬉しいから、ぜひ来てくれ!」
「いやいやいや!そもそも、俺も行くなんて言ってねェ!!!」
思わず大声を上げると、時が止まったかのように静かになった。目の前の冨岡は、捨てられた子犬みたいに眉を寄せ、しょも、と唇を尖らせて今にも泣きそうな顔をしている。
あ、やべ、と心の中でつぶやいた次の瞬間。
「不死川さん!義勇さんを泣かせたら許さないですからね!」
そう叫びながら部屋に飛び込んできたのは、中等部三年の竈門炭治郎だ。後ろには、黄色い頭の我妻と猪頭を持ち歩いている嘴平も一緒にいる。コイツらは俺の弟の玄弥と同じクラスということ、冨岡の後見人が営んでいる鱗滝道場の門下生であるということもあって、なんだかんだと顔を合わせることも多いのだった。
「おお、竈門少年!君たちも、一緒にピザを食べようじゃないか!千寿郎もきっと喜ぶ!」
「うん……炭治郎たちも、一緒にピザパーティに来るといい」
「権八郎!俺たちも行こうぜ!」
あれよあれよという間に煉獄と冨岡がコイツらを誘い、嘴平がその気になっている。さっきまで泣きそうだったはずの冨岡は一気に花が綻ぶような笑顔になり、頬を薄桃色に染めている。その様子に、チッ、と思わず舌打ちが漏れたが、そんなことには誰も構うことなく週末のピザパーティの話が着々と進んでいくのだった。
そして迎えた土曜日――。
場所は、ピザパーティを、と言い出した冨岡の家だ。姉はちょうどアルバイトに出かけていて不在だそうで、気兼ねしなくていい、と宇髄は喜んでいた。集まるのは、冨岡、俺と玄弥、煉獄と千寿郎、宇髄、竈門、我妻、嘴平の九人で、一人当たり千円を事前徴収。食べたいピザとサイドメニューを注文しておき、飲み物や紙コップなどはその予算から購入しておく、と、あの後に決まった。
担当決めのくじ引きの結果、冨岡、竈門、千寿郎は部屋の用意とピザの受け取りを、俺、玄弥、煉獄は飲み物などの買い出しを、宇髄、我妻、嘴平は食べながら遊べるようなゲームやBGMの準備をする、となった。
「ったく……コーラだろォ、オレンジソーダだろォ、あとはリンゴジュースと……」
イライラしながら近所のスーパーで買い出しをする。カートにかごを載せて、俺は飲み物を、玄弥には紙皿や紙コップを取りに行かせる。煉獄は、普段の買い物は母親任せで、自分がスーパーに行くことはない、ということでソワソワしながら陳列棚を見回していた。
「あら、実弥君!」
と、後ろから明るい声が聞こえる。くるっと振り返ると、そこにはスーパーの制服を着た冨岡の姉――蔦子さん――が立っていた。
「ごめんなさいね、義勇がわがままを言って……あ、お皿やコップは、家のものを使ってもらっても構わないのよ?」
ニコニコしながら素早くかごの中を見ていた蔦子さんは眉を下げながら優しく言ってくれた。
「あー、いや……騒ぎすぎて、壊すと悪いんでェ……」
ペコリと会釈をし、頭をガシガシと掻きながら返事をする。蔦子さんは、ふふ、と小さく笑い声を上げながらうんうん、と頷いた。
「そうよね。片づけるのも大変だろうし……義勇は、きっと実弥君にみんな任せちゃうものね」
まァ、そうっすね、と曖昧に頷いていたら、蔦子さんのほうが気を使って「じゃあ、楽しんでね」と手を振って仕事へと戻っていった。
「不死川!これも買ってもらっていいだろうか!」
はァ、と小さくため息をつきながら声のするほうを見ると、煉獄が腕いっぱいにポテトチップスやらチョコレートやらの大袋を持っているのが見えた。
「そんなにいらねェだろォがァ!すぐに返してこいっ!」
スーパーに俺の怒号が響き渡った。
十五分もかからないはずの買い物なのに、見たものを片端からかごに入れようとする煉獄のせいで倍近く時間がかかった。ショッピングバッグに入れた荷物を手分けして持ちながら、冨岡の家まで歩く。
途中で宇髄たちと合流したが、今度は嘴平が歩きながら勝手にジュースを飲もうとし、それを見た我妻が奇声を上げて止めようとして一悶着起きた。最終的に宇髄に担がれて嘴平がおとなしくなったが、その様子を見ていた俺は始まる前からすでに疲れていた。
冨岡の家につき、チャイムを押そうとしたところでガチャリとドアが開き、千寿郎が迎え入れてくれた。てっきり冨岡が出てくると思っていた俺は少々面食らった。後ろから宇髄に「実弥ちゃん、冨岡じゃなくて残念だったな」とニヤニヤしながら言われたが、どうして冨岡じゃないだけで心がざわつくのか、自分でもわからなかった。
「ホイ、じゃあ、俺たちの友情に、カンパーイ」
「今日は楽しもう!千寿郎、どれにする?」
「これ、みんな食っていいのかっ!」
「伊之助、みんなで分け合うんだからな!」
「はぁー、炭治郎、なんで禰豆子ちゃんを呼ばなかったんだよぉ~」
宇髄が乾杯の音頭を取り、煉獄兄弟は仲睦まじく選んでいる。さっきからつまみ食いしようとして俺ににらまれていた嘴平はよだれを垂らしながらピザを見つめ、竈門はそれをなだめている。我妻は竈門の妹がいないと嘆き、冨岡は――むふふ、と口元にいつもの笑みを浮かべ、この光景を見回していた。
「冨岡、お前はどれにする?」
宇髄が世話を焼こうとしたその瞬間。
「冨岡はこれだろ、期間限定の鮭マヨコーントッピングのやつ」
無意識に皿にピザを取り、冨岡に手渡す俺がいた。それを見た宇髄が「ほぉーん……」と二やついている。
「冨岡!飲み物はどれにするんだ?」
煉獄が声をかけたが、間髪入れずに俺が「ピザはカロリー高ェんだから、濃い味緑茶でいいだろォ?」と、コップに入れた緑茶をすかさずテーブルに置いた。
「ひなふはは、はひはほう」
口いっぱいにピザを頬張りながら冨岡が言う。……あれ?なんか、俺、今、余計なことでもしたような……?
シーン、と静かになりかけたところで、我妻が「あ、お、俺、音楽かけまーす!」と慌てて音楽プレイヤーのスイッチを入れた。そのお陰で、さっきの妙な空気はどこかに吹き飛んでいった。
ワイワイとしゃべりながら手が進み、気が付いたらサイドメニューのチキンやサラダも含めてほとんど食べつくしていた。嘴平は自由なもんで、「腹いっぱいで眠い!」と床に転がっている。
「デザートとか甘いものでも買っておけばよかったなぁ」
煉獄がしょんぼりしながら呟くのが聞こえ、千寿郎が「兄上には、足りませんでしたかね」と下がり気味な眉をさらに下げて小声で話しているのが聞こえた。
「甘いもの、あるぜ」
どうせこうなるだろう、と思っていた俺は、ちゃんとスイーツ的なものを前日に仕込んでいたのだ。その一言で、転がっていたはずの嘴平はちゃっかり起き上がってワクワクした顔で俺をじっと見つめる。
玄弥に目で合図を送ると、集合時間の前に冨岡の家に置かせてもらっていた紙袋を取りに行く。中から出てきたのは、一口サイズのパイだ。不死川家で定番の、冷凍のパイシートを四角に切り、ジャム、あんこ、チョコなどを中に入れて半分に折りたたんで焼いただけの、簡単なおやつ。
甘いものがあまり得意ではない奴らもいるかも、と思い、もう一つの袋には長方形に切って軽くねじったパイシートにゴマや青のりを散らして焼いただけのものも用意してある。説明をするよりも早く、みんなが手を伸ばして食べ始めていた。
竈門と千寿郎は、ちゃっかり作り方まで聞いていた。弟妹が多い竈門も、兄がよく飯を食う千寿郎も、母親を楽にしたい気持ちやきょうだいを大切にしたい、という気持ちは俺と同じようで、「手軽に作れる料理を教えてほしい」と千寿郎に請われ、弟妹の多い竈門も「手軽でおいしい大皿料理の情報交換もしましょう」と入り込んできて、三人でLINU交換までしてしまった。
結局、作ってきたお菓子もすべて食べつくして、ピザパーティは三時間ほどで終了となった。片付けも、大体はみんなで手分けをしたが、宇髄はデートの予定が、煉獄兄弟は剣道の鍛錬が、玄弥は竈門達に連れられて半ば強引にゲームセンターで腹ごなしに、とそれぞれがいなくなり、残ったのは俺と冨岡だけだった。
「ふぅー……食ったなァ……」
部屋の掃除も簡単にして原状復帰も手伝った。冨岡は、むふふ、と口元にいつもの笑みを浮かべ、目を閉じてなんだか嬉しそうな顔でソファに体を預けている。……コイツ、こうやってまじまじと見ると、まつげが長ェんだなァ……。
と、その時。ぱちっと冨岡が目を開け、顔を覗き込むようにしてみていた俺の顔が、冨岡の青に綺麗に映った。
「なんだ、顔に何かついているか?」
冨岡はきょとんとしながら口周りを手で拭っている。俺は、その真正面でぼぼぼっと顔が一気に赤くなるのが分かった。
「むふふ、今度は、不死川と二人でピザパーティしたいな、俺」
目の前には、少しだけ顔を赤くした冨岡がいた。
……あれ……これは、なんだ……。
ピーンポーン
その時、チャイムが鳴って蔦子さんがちょうどよく帰ってきた。俺たちの表情を見て、なんだかニヤニヤしているが……。部屋を借りたお礼を言って、俺は隣の自分の家へと帰った。なぜだか鼓動が高鳴っていたままで、そんな俺を見た俺の母親もニヤニヤとしている。
その日の夜は、なぜか頭から冨岡の笑顔が離れなかったし、アイツの青い瞳に俺が映る様子を何度も思い出していた。寝付けなくて何度もベッドでゴロゴロと寝返りを打っていたら、玄弥から「兄貴、うるさい」と小さく低い抗議の声が聞こえてきた。
いつしかそのまま寝ていたが、いったいこれはどういうことなのか、自分でもさっぱりわからなかった。
日曜の朝は、玄関先で母親と蔦子さんが頬を染めながら何かを話しこんでいたが、俺を見つけるとそそくさと挨拶をして離れていった。
そして迎えた月曜日。いつものように登校したが、冨岡を見ると鼓動が止まらなかったし、顔が熱を持つのが分かった。しかし、冨岡も同じように頬を赤くしていた。その様子を宇髄もニヤニヤしながら遠巻きに見ていたが、それがなぜかはわからなかった。
鈍い俺たちがお互いの気持ちに気付くのは、もう少し先の話……
(了)
Summer Days!
あのピザパーティから一か月ほどたった。みんなであんなふうに集まって楽しく過ごすことができたのも、きっと面倒見がいい不死川がいたからだ。俺はそう考えて、ついついどんなに楽しかったのかを毎晩のように蔦子姉さんに話していた。
「まぁ、義勇ったら……そんなに楽しかったのね」
蔦子姉さんはいつもニコニコしながら話を聞いてくれたし、俺もニコニコしていたのだと思う。
「うん……俺、もっと不死川と仲良くしたいんだけど、どうしたらいいかなぁ……」
その言葉を待ってました!とばかりに、蔦子姉さんが身を乗り出して向かい側に座っていた俺の両手をぎゅっと握って言った。
「大丈夫よ!姉さんと、志津さんに任せて‼」
**********
翌朝、登校前にいつものようにゴミ捨てに行く。ゴミ捨て場にいる、少し年老いたように見える鴉(俺は、勝手に寛三郎、と名付けた)は、俺を見つけるとフラッと近寄ってくるのだが、この時も例外ではなかった。
「寛三郎……息災か?」
「テメェ、飽きもせずそうやって鴉に声を掛けてんのな」
くるっと振り返ると、そこに不死川がいた。肩には、寛三郎よりも一回り大きな鴉が乗っている。
「あ、お、おはよう、不死川。それは……?」
「コイツかァ?最近、ベランダによく来るんだよ」
そう言って肩に乗っている鴉の顎のあたりをなでようとしたら、バサッと大きく羽ばたいて寛三郎のそばへと降り立った。
「名前は?」
「へ?」
「鴉の」
「あ、あぁ、爽籟っていうんだけど……」
「……そうか、いい名前だな。爽籟は、寛三郎が、好きなのか……?」
熱心に寛三郎の羽繕いをする爽籟に声を掛けると、じっと俺を見つめる。寛三郎も気持ちよさそうに羽を広げていた。
その場にしゃがんで二羽に目を向ける。寛三郎がトコトコ歩いて俺のほうへと向かうと、俺の膝にそっと頭を乗せる。そのまま頭を撫でていたが、不死川が慌てて叫んだ。
「おい、冨岡ァ!遅刻すんぞ、急げっ!」
そのまま手が差し出され、掴んだ瞬間、手を繋いで学校へ向かうバス停まで走ることとなった。不死川の手はすごく熱かったが、その温度がなんだか幸せだった。
**********
「はよー、んだよ、手なんか繋いで。仲良しだなぁ、お前らは」
学校につくと、ニヤニヤしながら宇髄が近寄ってきた。不死川の勢いのまま走ってきたから、手を繋いだまま校門をくぐってしまったところを見られた。不死川は慌てて手を離し、俺は顔を赤くしてうつむく。そんな俺たちの頭にポンと手を乗せると、わしゃわしゃと撫でる宇髄。その手も温かかったが、繋いでいた不死川の手とはなんだか違う。すると、不死川がさっと宇髄の手を振り払った。
「気やすく触ってんじゃねェ、冨岡が嫌がってんだろォ?」
「あっれぇ、実弥ちゃん。自分は冨岡と手を繋いでいたっていうのにぃ?」
ニヤニヤしていた顔がさらに悪そうな顔になって不死川に言う。不死川が顔を赤くして何かを言おうとしたとき、後ろから炭治郎たちが賑やかに登校してきた。
「義勇さんと実弥さん、おはようございます!」
「竈門……いつからテメェは俺のことを名前で呼ぶようになったんだァ?」
名前で呼ばれたことにイラついたのか、不死川が炭治郎に絡んでいる。炭治郎はそれに負けずに笑顔で言い返していた。
「あー、そうですよね。でも、玄弥も不死川なんで!それに、実弥さんの弟さんや妹さんたちも、保育園で俺の弟や妹と同じクラスだから、ややこしいかと思いまして」
不死川の圧に全く気付いていないような笑顔で言い返す炭治郎のことが、こういう時はうらやましい。俺は、どうしても言い返すことができなくて黙ってしまうから。そんなことを考えていたら、ほかの生徒もどやどやと入ってきた。
不死川はまだ何か言いたそうだったが、炭治郎は俺たちを追い越して後から来た嘴平たちと一緒に教室へと向かったので俺たちも教室へと向かうことにした。
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「夏のインターンシップぅ?」
朝のホームルームの後に教室に響き渡るのは、不死川の声だった。ただでさえ夏休みはアルバイトを増やそうと思っていたのに、と、ぼやいている。行く場所は商店街と決まっていること、学校が指定した店舗で夏休み中に三日間ほど行くこと、それに参加をすれば、夏休みの膨大な課題の一部が免除されることなどが発表された。もちろん、中等部も高等部も同じような課題が出ることや家族が務めている職場が商店街にあればそこでもいいことなどがプリントに書かれて配られた。
自分は……どうしようかな。姉が務めているスーパーも対象になっているらしいから、そこでお願いしようか。それとも、剣道部の練習で忙しいし特待生扱いの俺は免除でもいいといわれたから、蔦子姉さんに相談したら「剣道の稽古を優先」と言われてしまうだろうか。
そんなことを考えていたら、炭治郎がひょこっと窓から顔を出した。
「義勇さん、せっかくだから、うちのパン屋にしませんか?!」
ニコニコと人当たりの好い笑顔で言われる。それも良いが……接客をするのは、あまり得意ではない……。なんて言おうか困っていたら、騒ぎを聞きつけた不死川が俺の肩を抱きながら叫んだ。
「コイツは、俺と一緒にスーパーに行くからダメだァ!」
……え?そんなこと、初めて聞いた……。そう思って目を白黒させていたが、チャイムが鳴って炭治郎は「そうですか」と少し残念そうな顔をして帰っていった。
「ってわけだから、よろしくなァ」
不死川の耳が赤くなっているが、どうしたんだろう……。不思議には思ったが、結局放課後まで不死川と話すことはできなかった。
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放課後。俺は部活が、不死川はバイトがある、と言いながらも、隙間時間に話をした。どうやら、このインターンシップについて、先に商店街のそれぞれの店主に話が行っていたようだ。その時に、「できれば、家族が務めている店舗があるなら、そこを優先に」という話になったのだと、不死川は母親から聞いたと教えてもらった。
「……面倒だけどよォ、母親に、うちの店に来い、冨岡も一緒に、と言われたから、仕方ねェかと思って……」
首の後ろに手を当てながら話す、いつものクセ。一種視線が合ったような気がしたが、すぐに目をそらされた。別に、一緒のところが嫌だったら断ればいいのに、とも思ったが……耳が赤くなっているように見えた。もしかしたら熱があって、この話を早く済ませたかったのではないか。ふとそう思い、大丈夫かと尋ねようとしたのだが、炭治郎が鱗滝さんの道場に一緒に行こう、と廊下から声を掛けてきたから、不死川との話はそこで終わった。
帰宅後。今日の出来事を蔦子姉さんに話そうとしたのだが、姉さんから先に「これ、もらったわよ」とプリントを出してきた。姉さんが働いているスーパーのもので、学園生がインターンシップのために期間限定で来ること、そのスーパーに来る高校生には、そろいのエプロンをつけてもらうことなどが書かれてあった。
エプロン……。誰が準備するんだろう。そう思って首をかしげながら姉さんを見ると、笑顔でこう話した。
「パート先の上司からもらったのだけど、エプロンはインターンシップで学生が来る家の人が作る、と言われて……。でも、姉さん、裁縫はあまり得意じゃないでしょう?ちょうど、うちの店に来るのが義勇と実弥君だったから、志津さんにお願いしたの。そうしたら、快く引き受けてくれるって言われたの」
つまり、俺と不死川は、同じエプロンをつけるっていうことか。制服のようなものだから、それはそれでいいか。そんな風に思っていたら、姉さんが付け加えた。
「せっかくだから、義勇の好きな水色と、実弥君の好きな黄緑色でチェックになっている素敵な布を見つけたから、もう志津さんにお願いしておいたわ」
ニコニコ笑顔の姉さんがこう話したということは、すでに不死川のお母さんにその布が手渡されているのだろう。不死川のお母さんは、かなり小柄だがとてもパワフルで、気が付くといろんな手配がなされているのだと不死川からも聞いていたから、エプロンもすぐに出来上がるはず……。
と、その時。玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。なんだろう、宅配便かな。そんなことを思いながら玄関を開けると、そこには志津さんが立っていた。
「義勇君!ちょうどよかった!エプロンを作ってみたから、試着してくれる?」
な、なんてタイミングがいいんだ……。呆気にとられていたら、後ろから慌てた様子の不死川がやってきた。
「お、お袋!すぐに持っていかなくても、明日学校でもよかったのに……」
二人で並ぶと、やはり身長の差がすごいな。そう思っていたら、後ろから姉さんの声がした。
「玄関先だとあれだから、二人とも、中へどうぞ」
有無を言わさぬ圧のある姉さんの言葉に応じて、志津さんはすかさず不死川の後ろに回って背中を押し、リビングへと入る。「不死川のお母さん」と前まで呼んでいたのだが、「うちは子どもも多いし、みんな不死川やから、志津さん、でええよ」とにっこり笑って言われたのでそれに倣っている。
「サイズ、ちょうどやねぇ」
なぜか、俺だけではなく不死川もエプロンを試着していた。カフェエプロンのようなものを想像していたが、普通のエプロンだった。制服以外の服をおそろいで着るのは、なんだか恥ずかしいな。そう思っていたが、志津さんも姉さんもニコニコして俺たちを見ているから、きっと二人とも似合っているのだろう。
エプロンだからサイズ調整も不要だろう、と思っていたのだが、志津さんは俺が着ているエプロンの丈が少しだけ長いことに気付いたようだった。
「重いものも運んでもらうかもしれんし……そうすると、もうちょっと短いほうが、機動力はあるかねぇ……」
そうぶつぶつ言いながら素早く計測し、「当日には間に合わせるから」と笑顔で不死川とエプロンとともに去っていった。
蔦子姉さんは、というと、「やっぱり、さすが志津さんだわぁ……仕事が早いって素敵ねぇ……」と、夕食の支度をしながらニコニコしている。今日はかなり上機嫌のようで、キャベツを丸ごと一個千切りにしそうな勢いだった。蔦子姉さんは、機嫌がいいと包丁が止まらなくなるのだ。そのお陰で大量の料理ができることもしばしばで、そのたびに不死川のところへおすそ分けを持っていくのが俺の役目だ。
今日はというと、キャベツを半分ほど刻んだところでハッと我に返り、「やっちゃった」と言いながら合いびき肉と混ぜ込み、半分は餃子に、半分はキャベツメンチの種にしよう、と苦笑いをしていた。キャベツメンチのほうは、週末のおかずにするのだと話していた。
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そして迎えた夏休み初日。俺と不死川は、スーパーの開店前の九時には裏口にいた。今日は志津さんも姉さんも勤務日ということで、二人のサポートをするような部署にいるのだろう、と思っていたのだが……。
「店頭販売のコーナーって……」
出勤してきた店長から頼まれた業務は、新商品の惣菜、「ギョーザカツ」の店頭試食販売だといわれた。お客さんに試食を勧め、できれば売り上げにも貢献してほしい、と店長に言われた時には思わず言葉をなくしてしまった。人当たりの好い不死川はともかく、俺には無理だ……。
そう思って眉を寄せていたら、不死川に顔色が悪いことを指摘された。
「……知らない人と会話なんてできない」
ポツリとつぶやくと、不死川が勢いよく吹き出し、俺の頭をグリグリと撫で始めた。
「ンなの、簡単じゃねェ?会話なんてしなくても、試食できるサイズにしたギョーザカツに爪楊枝をさして、差し出していればいいだろォ?しゃべるのは、俺がやるわァ」
「単純な頭で、うらやましい」
……俺にはかなりハードルが高いと思っていたことさえも、不死川にかかると「簡単」となるのか。そんな風に物事をシンプルに考えられるなんて、俺にはできない。うらやましい。下を向いてぶつぶつと呟いていたら、大きなため息が聞こえた。顔を上げると不死川が耳まで赤くしている。これは、学校での時と同じだ。熱でもあるのか、大丈夫か、不死川。
そう思って顔を上げた時には、すでに不死川はエプロンを身に着け、準備万端だった。慌てて俺も準備をした。
今回の新作惣菜は、志津さんと姉さんとで共同開発したのだそうだ。スーパーの特製餃子をそのまま焼くのではなく、豚バラでぐるっと巻いた後に、小麦粉、卵、パン粉をつけて揚げ焼きにするもので、「面倒なら市販の餃子にお肉を巻いて揚げるだけで美味しいんよ」と志津さんが教えてくれた。
試食させてもらったが、シンプルなのにすごく美味しい。ごはんがかなり進む味だ。いつもの餃子のたれで食べてもいいが、ポン酢と練りがらしでも美味しいのだと姉さんも笑顔で教えてくれた。
ドキドキしながら開店時間を待つ。店の外に特設試食ブースが設けられているので、俺と不死川はそこで来店客に試食をしてもらう。そこで気に入ってもらえたら惣菜コーナー売り場まで進んでもらって購入を、というのが流れだった。どうしよう、緊張する……。そう思ってぎゅっとこぶしを強く握ると、不死川がそっと俺の背中に手を当てた。
「まァ、俺も緊張はするけどよォ……何とかなんだろォ?」
そういってニッと笑う不死川を見ると、なんだかドキドキする。挙動不審になっていたら、開店を知らせる店長のアナウンスが聞こえた。いよいよだ!
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結果は、驚くほどの大盛況だった。試食にもかなりの行列ができたし、店内での売り上げも新作惣菜にしては上出来だと店長も気をよくしていた。初日は九時の開店から途中で休憩を一時間はさんで十五時までと言われていたが、来店客が途切れずに……というか、店長が最近始めたというSNSに新作惣菜のことを投稿していたようで、それを見て訪れた客もいたようだった。そして、インターンシップの三日間とも、そんな忙しさが続いた。
三日目が終わるときには、かなり気をよくした店長が「週に一日でもいいから来てくれないか」と俺と不死川をリクルートしたが、不死川はそれを「俺は別の店舗のバイトが、コイツは部活があるので」とさっと断っていた。
残念そうに俺たちを見る店長と、その陰からこっそり顔を出して親指を立てる蔦子姉さんと志津さんに見送られながら、先に帰ることになった。もちろん、あの新作惣菜を「夕飯のおかずにどうぞ」と、ほかのパートさんからもらって。
俺は、別に不死川と一緒ならいいのだが……どうして、そんなにすぐ断ったのだろう。やっぱり、俺といるのは嫌なのかな……。そんなことを考えてうつむいたら、前を歩いていた不死川がくるっと振り返って俺の頭をぐりぐりと乱暴に撫でた。
「ったくよォ……また、どうせ下らねェことでも考えてんだろォ?」
その紫の瞳は、少しだけ細くて柔らかな光を見せている。こてん、と首を横にかしげると、盛大な溜息とともに不死川は一歩前に出て、俺のことをぎゅっと抱きしめた。
……え?これは、いったいどういうことだ……?
展開についていけずに硬直していたら、不死川が耳元で囁く。
「スーパーの客も店員も、お前のこと見すぎィ……」
何のことだろう、と考えていると、不死川が少し慌てた様子で俺の両腕を掴み、顔が見える位置へと少し離れた。耳まで赤くなり、はぁぁぁ、と大きく息を吐き出す姿が、なんだかかわいらしかった。
「あ、悪ィ……」
「俺は構わない」
「そう言うとこォ……」
もう一度大きなため息をついたと思ったら、顔を上げていつになく真剣な顔で俺のほうを見る。そんな不死川の口から出たのは思わぬ一言だった。
「俺、冨岡が好きだ」
「へっ?」
「スーパーでのバイトも、冨岡と一緒ならいいかも、って思ったけど……」
「けど……?」
「苦手な接客をしているお前がニコニコしているのを見たら、ほかのやつらに見せたくねェな、って」
その言葉に、今度は俺のほうが耳まで赤くなった。俺を見つめる不死川の目が、いつもよりキラキラして見える。
俺が黙っているからか、不死川が少しだけ不安そうな表情をする。俺の肩を掴んでいる不死川の手に、そっと自分の手を乗せた。今こそ、ちゃんと言わなくては……。
「俺も……俺も、不死川が、ずっと好きだった」
「えっ?」
「たぶん、ピザパーティの時から……ううん、きっと、ここに引っ越して、挨拶をした時から、たぶん、好きだった」
「お、おう……」
「だから、よかったら、俺と……」
「あー、悪ィ、冨岡」
「え……」
そうか、そうだよな。俺の「好き」と不死川の「好き」が同じとは限らないよな……。そう思って、一気に気持ちがどんよりする。しかし、下を向いた俺に顔を上げるように促した。泣きそうになりながら顔を上げると、不死川は俺の肩を掴んでいる手をそっと離し、ぐっとこぶしを握り締める。
「俺は、冨岡が好きだっ!だから、俺と……俺と、付き合ってくださいっ!」
真っすぐ俺を見つめる不死川の口から出たのは、告白の言葉だった。何が起きたか理解できずに目を真ん丸にしたまま硬直してしまう俺を見て、不死川は頭をガシガシと掻きながら続けた。
「かっこ悪ィだろうけど……俺から、好きだって言いたかったんだ……うおっ!」
「俺も好きだっ!嬉しいっ!」
不死川の言葉が嬉しくて思わず抱き着いてしまった。が、さすが不死川。倒れることなく、俺を抱きとめている。ほっとしたようなため息と、俺の頭をなでる不死川の手。そのまま、不死川の背中に両腕をまわしてぎゅっと抱きしめる。少し顔を上げると、俺を見つめる優しい紫の瞳が見えた。このまま、キスを……と思って目を閉じる。しかし、その時……。
「ヒューヒューやねぇ、お二人さん!」
「若いっていいわねぇ~」
慌てて体を離して振り返ると、そこにはニヤニヤしている志津さんと頬をピンクに染めている蔦子姉さんがいた。
「実弥、隠さんでも、気付いていたからええんよ」
「義勇もね、ずっと実弥君のこと、好きだったみたいだものね」
訳が分からないまま、二人はどんなにお互いが家で相手への気持ちを話していたかを語り合っている。俺は、体温が一気に上昇するような気がしていた。
「と、いうわけで、保護者公認やから、カップル成立やね!」
「そうそう。若いんだから、たくさんデートして、幸せな時間を過ごしてね!」
保護者である二人の勢いは、本人である俺たちには、何とも言えないが……。そんな俺たちにはお構いなしに、志津さんと蔦子姉さんは俺たちが持っていた惣菜の袋をさっと手にすると、「あとは、若い二人でごゆっくり」と言い残して去っていった。
「え、いや、あの……」
「はー……ま、いいか。せっかくだし、夕飯、江戸屋で食っていかねぇ?鮭フェアやってるみたいだし」
「いいのか?!嬉しい!」
二人で見つめあい、そっと手を繋ぐ。懐かしい温度で、胸がじんわりと温かくなった。
こうして、ずっと一緒に過ごせたらいいな。そんなことを思っていたら、不死川も同じことをつぶやいた。
俺たちの物語は、ここから始まる。(了)
恋をしよう!
夏のインターンシップをきっかけにお互いの気持ちを確認した俺と冨岡は、無事に付き合うこととなった。とはいっても、お互いにまだ高校生だし俺はバイトが、冨岡は部活でそれぞれ忙しくて、休日にデートするよりも、平日に顔をわせることのほうが圧倒的に多かった。
剣道の特待生の冨岡と、バイト三昧の俺とではそういうことにもなるだろうなと思っていたから焦る気持ちはないが……お互いの家族公認、というところが、何ともむず痒い。まだスマホを持っていない冨岡と連絡を取るには自宅に電話をするか直接行くかしかないけど、そうするとどうしてもお互いの家族がニヤニヤする。
どうしたものか、と考えていたが、近所のコンビニで新発売になった抹茶あずき風味のアイスがどうしても食べたくなり、出かけることにした。
「ちょっと、コンビニ行ってくるゥ」
はー、とため息をつきながら家を出る。今日は金曜だから、土日は冨岡には会えねェなァ……。そんなことを思いながら歩いていたら、向かい側から剣道の武具を入れた大きなカバンを持った冨岡が歩いてきた。やった、ラッキー。
声を掛けようとしたが、よく見ると見慣れない小柄な女子が隣にいて、さらにその後ろから冨岡と同じか少し背が高いくらいの赤っぽい髪色の男がついてくる。目を凝らして、そいつらを見ようとしたが、先に冨岡に気付かれてしまった。
「し、不死川!偶然だな、どうしたんだ?」
ほかの二人が怪訝そうな顔で俺を見るが、冨岡は全く気にならないようでこちらへと駆け出す。頬を染めて俺に話しかけるその姿は、めちゃくちゃかわいい。けれど……。
「ねぇ、義勇!その人、だぁれ?」
「そうだぞ!それに、真菰を放っていくなよ!」
ほかの二人も同じようにこっちに走ってくるではないか。俺が、返答に困ってしどろもどろになっている間に、結局追いつかれて気が付けば三人がまとめて目の前に立っていた。
「あ、こ、この人は、俺の、こ、こ、恋人だ!!!」
思わぬ言葉に目を白黒させている俺と、ぎゅっと目を閉じたまま叫んだ冨岡の声をかき消すかのように、二人の絶叫が住宅街に響き割ったのは言うまでもなかった……。
「真菰ちゃんに錆兎君も、久しぶりね。はい、どうぞ」
「蔦子さん、ありがとうございます!」
「やったー、蔦子さんの作るチーズケーキ、私大好き!」
大声を聞きつけて出てきた蔦子さんに誘われるまま、俺たちはみんなで冨岡の自宅へと上がらせてもらった。蔦子さんとも親しげに話す内容や説明してくれた内容から分かったことは、この二人は冨岡が通う道場で共に研鑽を積む仲間だということと、いろいろと事情があって鱗滝さんのところに引き取られているのだということだった。苗字はどちらも「鱗滝」だということで、名前で呼んでほしい、と三人から言われた。学年は一つ下だが、冨岡よりもずいぶんしっかりしているな、というのが最初の印象だった。
「義勇がキメツ学園に編入する、と聞いた時は驚いたが……強豪校で研鑽を積みたい、と言われたら、反対する理由はないからな」
蔦子さんが出してくれた紅茶とチーズケーキを食べながら、赤っぽい神の男――錆兎――が言う。
「そうそう。私たちは、鱗滝さんの道場で技を磨いて、来年度以降は公立高校で義勇と試合をするのが夢だからね」
ニコニコと穏やかながら真剣な瞳で、小柄な女の子――真菰――がきっぱりと言い切った。
その様子に、へぇ、と感心しながら見ていると、錆兎が「実弥といったな、お前は、何かスポーツをしているのか」と俺に視線を向けて言う。そのぶしつけな物言いと視線はなんだか値踏みされているようで正直気分は悪いが、冨岡のキャラをよく知っているからだろう。年下だというのに、蔦子さんのようなポジションにいるかのような錆兎の言葉を聞いて、真菰も目をキラキラさせながら俺へと視線を向けていた。
「あ、いや、俺は……」
「不死川は、部活はしていないよ。けど、数学の教え方が上手だし、俺の面倒をよく見てくれるし、夏のインターンシップで試食販売をしたときの手際はいいし、料理もうまいし、あと、それと……」
その場にいたみんなが呆気にとられるような早口で冨岡が話す。その様子に、思わず蔦子さんは口元を手で押さえて「て、てぇてぇ……」と小声でつぶやいていた。あまりの剣幕に錆兎は口を大きくあけて硬直していたが、真菰は腕組みをしてニヤニヤしている。そして、何かを思いついたように「そうだ!」と大きな声を出した。
その口から出た言葉に、蔦子さんは「いいわねぇ!」と満面の笑みを浮かべて言い、俺も錆兎のように口をぽかんと開けて硬直し、冨岡は顔を赤くしながらもじもじとして蔦子さんを見ていた。その提案とは……
「義勇、実弥君、おまたせー!」
次の日曜。待ち合わせ場所に指定されていた藤山駅から少し離れたところにある公園のベンチで冨岡と並んで座っていると、明るい表情の真菰が少しだけ沈んだ顔の錆兎を連れて俺たちのほうへと駆け出してくる。それを見て、冨岡がさっと立ち上がって嬉しそうな顔をして真菰と話し始めた。真菰は、冨岡が着ているライトブルーのチェックのシャツを見て、しきりに「似合うよ!」とほめまくっている。その言葉に、照れていた冨岡もまんざらではない様子で微笑みながら答えていて、久しぶりに見る冨岡の笑顔に俺の胸の高鳴りは収まりそうになかった。
あの日、真菰がした提案とは、「遊園地に、ダブルデートに出かけよう」というものだった。まさかの展開に驚いたが、すぐに蔦子さんから俺の母親に連絡が行き、そのまま俺のバイトのシフトがはいっていないことが確認され、待ち合わせの場所や行く時間なども決められ、外堀から埋められていったような状況だった。
錆兎は、「義勇の相手が男か……」と苦々しい顔をしていたが、真菰から「そんなの、錆兎が相手でも男なんだし、義勇の幸せを邪魔するような小さい男じゃないでしょ」と肩にポンと手を置かれながら言われ、「そうだな、男だからな、俺も……」としぶしぶ受け入れてくれたようだった。
「じゃあ、早速行こうよー!」
真菰はかなり元気な声を出し、錆兎の腕をぐっとつかんで歩き始めた。俺たちも慌ててそのあとを追いかける。冨岡の手を繋ごうかどうしようか迷ったが、結局手を繋ぐことはできずに、そのまま二人の後を追うことになった。
待ち合わせ場所となっていた公園を抜けるように十五分ほど歩くと、遊園地「ウィステリアパーク」が目の前にあった。宙返りをするような動きの大きいジェットコースターや空高く上がって一気に下へと落ちるフリーフォールみたいなアトラクションは少なく、街を一望できるような大きい観覧車や古式ゆかしいメリーゴーラウンド、二人乗りのゴーカートのように子供だけでも楽しめるアトラクションが多いこと、フードコートにいくつかの飲食店があり、お弁当などを持ち込むことができるスペースも広くあることから、不死川家定番の遊び場になっていた。
「久しぶりに来たけど……やっぱり、広いな」
真菰に手を引かれたままの錆兎がなんだか嬉しそうに呟き、冨岡のほうを振り返った。冨岡は、というと、「ほぉ……」と小さく歓声を上げて園内を見回していた。
「あれ?冨岡は、来たことなかったっけ?」
そのリアクションに戸惑いながらも声を掛けると、勢い良く俺のほうを振り返った冨岡が目をキラキラさせていた。そして、ぶんぶんと大きく頭を上下に動かすと、「うんっ!」と大きな声で返事をし、にっこりと笑顔を見せた。
真夏の太陽よりも眩しい冨岡の笑顔に心臓を撃ち抜かれそうになったが、何とか耐えて「じゃあ、行くか?」と左手を差し伸べると、迷わずにその手を握って冨岡が「うんっ!」ともう一度大きく返事をする。その笑顔をニヤニヤしながら真菰が見ていたが、真菰がした提案に俺たち三人は同意し、最初のアトラクションへと向かった。
はじめはゴーカートだった。二人乗りのゴーカートなので、ペア対決をすることになった。対決の方法はペアでコースを三周回り、合計タイムの早いほうが勝ちというルールで、同時に走るのではなく相手が走っている間はその様子を見ている、というもの。真菰がこそっと俺の耳元で「一緒に見ていると、距離が近くなるもんね」といたずらっぽくささやいたから、俺と冨岡の距離を近づけようとしてくれているのだ、と分かって嬉しかった。
ゴーカートは、二人で横に並んで乗るということもあって思っていた以上に体を密着させることになってしまう。俺はかなりドキドキしていたが、冨岡はいつものスン顔だったから、ドキドキしているのは俺だけなのかな、と少しだけ寂しい気持ちになったし、何となく隙間があるような感じで胸がきゅっとなった。
一回戦目は錆兎と真菰チームの圧勝だった。というのも、俺が久しぶりにゴーカートに乗るということと、スピードが出るたびに冨岡が「ひょあぁぁっ」とか「ふぉぉぉぉっ」なんていう不思議な声を出していたことのせいで、かなり加減をしたからだ。
二回戦目は、俺たちも善戦はしたが錆兎と真菰チームのほうが少しだけ早く、また負けた。錆兎と真菰がハイタッチをする様子を見ていた冨岡が、「いいなぁ」と呟くのを俺は聞き逃さなかった。次こそ、と心に誓いながら、最後の勝負を迎えることとなった。
そして迎えた三回戦。一回戦と二回戦は、照れもあって体をくっつけることができなかった。体重移動がうまくいくように体をくっつけることで、よりスピードが乗るのはわかっているのだが、何となく隙間があった。そこで俺は、乗り込む前に冨岡に手招きして最後はなるべく体をくっつけてほしい、と伝えた。冨岡は頬を赤く染めながらも、「分かった」と呟いた。
単なるゴーカート対決だが、勝負となると俺も冨岡も負けず嫌いの本性がムクムクとわいてくるらしい。先に錆兎と真菰に走ってもらい、目標タイムを割り出してから勝負に挑むこととなった。真菰はニヤリと不敵な笑みを浮かべ「いいのぉ~、すっごいタイムをたたき出しちゃうかもしれないよぉ~?」と挑発するような言葉を俺たちにかける。冨岡は「そのほうが燃えるから」と青い瞳に静かに闘志を燃やしながら、真剣に答えていた。
「ちょっと、惜しかったね。力が入りすぎたのかなぁ?」
「う~ん、まぁ、仕方ないだろう。それでも余裕で勝てるかもしれないしな」
途中のカーブで大きく曲がりすぎてしまい、錆兎と真菰のタイムは二回戦よりも少し遅くなった。それでも、三回戦目の俺たちのタイムがこれまでよりも三十秒以上短くならないと負けてしまうことが確定だった。
錆兎と真菰の声援を聞きながら、俺たちはゴーカートに乗り込む。さっきまでよりも体をくっつけようと、俺は思わず冨岡の肩を抱いていた。ハッと気づいて手を離そうとしたが、「勝ちたいから、いいよ」と冨岡に静かに呟かれてそのままスタートを切った。
さっきまでとは違い、追い風が吹いていた。俺たちは風になったかのようにスムースに走ることができ、思っていた以上にスピードが出ていた。冨岡は、二回戦までは口から絶叫が漏れていたのだが、今回は真一文字に口を結んでしっかりと前を見つめていた。
そして、結果は……まさかの合計タイムが同じだった。それぞれのタイムを計算して結果を出すと、「うっそぉ!」と真菰が叫び、錆兎は呆気にとられ、冨岡は満面の笑みを浮かべていた。
「つーか、マジかよ……」と俺も思わず呟くと、その声を聞きつけた冨岡がさっと俺のそばに来て「さすが不死川だ!すごいな」と抱き着いてきた。あまりの勢いに驚いたが倒れないように受け止め、冨岡の頭をクシャっと撫でた。
「冨岡こそ、俺に合わせてくれただろォ?」とお互いに笑顔で話していたら、後ろでコホン、とわざとらしく真菰が咳払いをした。
「あー、そこのDKカップルさん!いちゃつくのは後にして、ごはん食べませんかー?」
慌てて振り返ると、真菰がニヤ付きながらくぎを刺した。その言葉に我に返った俺たちは、促されるままにフードコートのほうへとみんなで移動を始めた。
遊園地のフードコートと言えば、チュロスやホットドッグなど、簡単に食べられるものが多い代わりに腹持ちしない食べ物が定番だが、ここウィステリアパークは家族連れが多く来るということもあって和食をしっかり食べられるような店舗があるのも特徴だ。
俺以外の三人は剣道の大会を控えていることもあり、和食系があることをとても喜んでいた。なんでも、食の基本は定食のようにバランスよく主食、主菜、副菜を食べることが大切というのが鱗滝さんの教えで、道場の食事も定食がメインなのだ、と錆兎が教えてくれた。
「鯖みそ定食もいいな……あ、でも、生姜焼き定食も美味そうだ……」
メニューを見ながら錆兎が悩んでいる。その横で、真菰はさっさと「私、唐揚げおろしポン酢定食にする!」と注文を決めた。冨岡は、眉を寄せて真剣な顔をしてメニューを見比べている。そばに寄ってみると、「不死川、どうしよう……」と、まるでこの世の終わりとでもいうような暗い顔をしている。
「ん-?どしたァ?」
そう言って、手にしているメニューを覗き込むと、「サーモンフライ定食も捨てがたいけど、鮭の塩こうじ漬焼き定食もおいしそうなんだ……」と、俺をじっと見て呟く。……と、いうことは……。
「どっちも頼むか?」
俺の一言に、パァッと花が綻ぶような笑顔を見せる冨岡が、すごくかわいい。俺たちがそんなやり取りをしている間に錆兎と真菰は席に着き、出来上がりを待っていた。俺たちも慌てて注文をし、呼び出しボタンをもらって二人のところへ戻った。
全員の食事を受け取ってから一緒に「いただきます」と挨拶をして食べ始める。俺と冨岡はおかずを二人の真ん中に置き、分け合いながら食べることにした。冨岡が食事をしながら喋ることができないのは二人も良く知っているようで、高校生活のことや冨岡の学校での様子のことなどを俺に聞いてくる。俺はそれに答えつつ、道場での冨岡の様子も教えてもらった。
錆兎も真菰も、「太刀筋がすごく綺麗だ」とか「ぽやんとしているのに、竹刀を持つと別人みたいにしゅっとするんだよね」とたくさん褒めていて、俺が知らない冨岡の姿を知っている二人のことが少しうらやましくなった。
「俺さー、なんだかんだ言っても、冨岡が剣道している姿、見たことないんだよなァ」
俺が言うと、真菰が「えー、もったいない!」と叫んだ。それを聞いた錆兎も、うんうんと大きく頷きながら「確かに、もったいないなぁ」と目を丸くした。冨岡派というと、タイミング悪くサーモンフライを大きく頬張ったところで、俺たち三人の様子をもぐもぐと口を動かしながら見ていた。
「じゃあ、今度の大会は、実弥君も見においでよ!」
名案、とばかりに真菰が満面の笑みで話しかけると、錆兎もそれに追随した。しかし、冨岡は目を丸く大きく広げて、首を横に振っていた。三人の新線が冨岡に集まると、慌てて口の中に入っていたものを咀嚼して飲み込み、思いもよらない言葉が出てきた。
「だって、不死川はバイトもあるし家族のこともあるから、俺なんかの試合のために時間を割いてもらうのは申し訳ない……」
その言葉に、真菰と錆兎が同じタイミングでため息をついた。俺と冨岡が思わず顔を見合わせると、錆兎が強い口調で冨岡に「義勇、お前はそれでも男か!」と叱責する言葉を吐く。真菰はその様子を見て一口水を飲むと、「二人とも、言葉が足りないからねぇ……」と呆れたように呟いた。
「つまり、義勇は、実弥君に遠慮しているんだよね」と真菰が冨岡に言うと、冨岡は「うん……」と頷く。
「それで、錆兎は、恋人なんだから、いいところを見せたいって気持ちはないのか、って言いたかったんでしょ」と錆兎に言うと、錆兎も「そうだ」と頷く。
「ってことが、この二人の言い分なんだけど、実弥君は、どう思う?」
急に話を振られて焦ったが、三人がじっと俺のほうを見る。その視線が、なんだか痛い……。ふぅ、と一つ溜息をつくと、持っていたコップをトレイに置く。そして……。
「俺は冨岡が好きだし、剣道する姿を見たいって思う。だから、次の試合、応援に行ってもいいか?」
冨岡を見つめて言うと、冨岡が何かを言う前に真菰が錆兎を連れてさっと立ち上がり「ちょっと、私たちお邪魔みたいだから、食器を返して先にメリーゴーラウンドに行こう!」と強引にその場を離れていった。
呆気に取られていると、冨岡が「いいのか?」と俺に声を掛けてきた。もう一度冨岡に視線を向けると、頬を赤くして俺を見ている。その様子が可愛らしくて思わず抱きしめたい衝動にかられたが、ここはまだフードコート。とりあえず、まだ残っているご飯を食べてからにしようぜ、と冨岡を促した。
「これ片づけて、ちょっと外に行かねェ?」
何とか冷静さを取り戻して冨岡にそういうと、冨岡もハッと我に返って「あ、う、うん、そうだな」と立ち上がり、トレイを持って返却口へと二人で向かった。
フードコートを抜けると、メリーゴーラウンドのほうへと歩こうとする冨岡を制して反対にある観覧車へと向かった。訝しそうな顔をしていたが、去り際の真菰が俺に見えるようにウインクをしていったから、きっと俺たちに気を使ってくれたのだろう。
観覧車は、ほぼ待つことなく乗ることができた。乗り込んですぐは向かい合うように座っていたが、乗り口のスタッフが見えなくなったところで、俺はさっと冨岡の隣に座った。一瞬、冨岡の体に緊張が走ったが、「やっと二人になれた」と俺が呟くとふふ、っと冨岡が小さく笑った。
「冨岡、今、笑ったなァ?」
「ごめん、不死川も、同じ気持ちだったんだなって、嬉しくて」
その笑う顔を見て、思わず抱きしめていた。おずおずと俺の背中に回される腕が、すごく嬉しい。そのまま抱き合っていたが、観覧車が半分の高さまで上がったところでアナウンスが聞こえ、そっと体を離した。
「剣道の試合だけど」
俺が言うと、冨岡が「来てくれたら、嬉しい」とふにゃりと眉を下げて笑った。その顔が嬉しくて、頬に触れる。視線が合うけれど、少しだけ恥ずかしい。
「あ、あの、不死川」
焦ったような冨岡の口調。ん?と聞くと、ぐっと息を飲み込んで冨岡が言った。
「観覧車、てっぺんで、あの、その、キ、キス、したい……です……」
「先に言われたァ……」
思わずがっくりとうなだれると、冨岡が嬉しそうに笑い声をあげた。
「同じこと、考えてたんだな」
「そうだなァ」
くくく、と二人で顔を見合わせて笑い、隣に座ったまま抱きしめあう。「ドキドキする……」と冨岡が言うから、「俺もォ」とその言葉に応える。
「間もなく、頂上に到着いたします」というアナウンスが聞こえ、二人とも少しだけ緊張しながら見つめあう。そして、そっと目を閉じ、唇を重ねた……。
「ふふ、柔らかい……」
そっと離れて見つめあうと、冨岡が唇を指先で触りながらそう呟いた。そのしぐさを見てもう一度キスをしようとしたが、照れ隠しのように俺の胸の中に冨岡が飛び込んできた。
「なァ、冨岡……こうやって、二人でいっぱい初めてのことをしていこうな」
耳元で囁いた俺の顔を見つめるように冨岡が体を動かして、「うん!」と頷いた。それからもう一度強く抱きしめあい、もう一度そっとキスをした。
もしかすると、喧嘩をする日も来るかもしれない。進路で悩んだり、家族のことで悩んだりして、すれ違うこともあるかもしれない。けど、きっと俺たちは大丈夫。冨岡も、たぶん同じように思っているはず。そっと触れる唇から、同じ温かい気持ちが伝わってきたみたいだったから。
そんなことを思っていたら、観覧車が地上に到着するアナウンスが聞こえてきた。ふー、とため息をつくと、冨岡も俺を見て、ふふっ、と笑った。
「行くか」
「うん!」
二人で手を繋いで観覧車から降りる。
観覧車を降りたら、錆兎と真菰を探そう。
隣にあるゲームセンターで今度はクレーンゲーム対決をして、一緒に写真も撮って、楽しい時間を過ごそう。
限られた「青春」をもっともっとかけがえのない時間にしていこう。
俺たちの青春は、まだまだこれからだ!
(了)