柾と浩太郎が出会った時の話 その日もオレは三階の角部屋に籠り、壁に並ぶ作曲家達に睨まれながら「それ」と向き合っていた。計算され尽くした無機質な輪郭と白と黒だけの味気ない色。散々見飽きてもう「それ」の名前すら呼びたくもないけれど、他に居場所がないからここにいるしかない。普通の小学生なら外を駆け回るような時間に、誰も足を踏み入れないこの場所でオレは一人重たい鍵盤をつついていた。
今週の課題曲はショパンの「幻想即興曲」
父さんの独断と偏見と好みと、主にその時の気まぐれでその週の課題曲が決められ、楽譜を渡される。1週間以内に完成させ、父さんの前で10回連続ノーミスで弾ければ向こう一週間食事を貰える。出来なければ当然なし。できるまで何週も同じ曲を練習することもあれば、弾けなくても次の楽譜が渡されることもある。
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