場地+マイキー「髪切ろっかな」
「あ?」
マイキーの脈絡のなさはいつものことだ。いきなり寝るしあれが食いたいだのこれがしたいだの言い出して、どこでもオレらを振りまわす東卍の天上天下唯我独尊男。
もっとも最近その八割方を世話してんのはドラケンで、ありがたいことにオレ(場地)はお役御免(最近授業で習った)になったとこなんだけど。
「なんだよ急に」
そのドラケンとマイキーは今絶賛喧嘩中。内部抗争にまで勃発するほどのヤベーのじゃなく、ちょっとしたことでキレてるいつものやつだ。
大体はマイキーのわがままやマイペースにドラケンが折れて世話してなんとかなってるが、たまにドラケンがブチギレるとマイキーはオレや三ツ谷のところに来てブーブー言ってたり寂しそうにしてたりする。
それはいいとして「髪を切る」ってのはかなり唐突で、オレは神社の石畳に寝転んでるマイキーを横目に聞いてみた。
「ケンチンがいないと、髪結んでくれるやつがいなくてさ。この髪めんどくさいんだよね」
言いながらマイキーは髪の毛先を人差し指でつまんで、くるりと指先に絡ませる。そういやドラケンに結ばせてたな、とぼんやりとした記憶が頭をかすめて、オレは「テメェで結べや」とその光景を見た時と同じことを思った。
「テメェで結べばいいだろーが」
その時はスルーしたけど今回は口に出してみれば、マイキーがむっと拗ねたような顔をする。
「今日は自分で結んだし。ケンチンが朝迎えに来なかったから」
「あ~……」
だからちょっと結び目のとこがボサってたのか、とマイキーに会った直後抱いた違和感が着地する。なんつーかまあ、なんとも言えない気持ちだ。東卍の下のやつらは知らねーだろうが、オレら創設メンバーはマイキーのこういうとこを知っている。
たとえばコイツはどこででもいきなり寝るし、どんなに起こしてもゼッテェ起きない。言っても直んねえしそもそも直す気もねえから諦めてたわけだけど、さすがにオレは髪まで結んでやった覚えはなかった。
つーかそもそも、いつからドラケンはマイキーの髪まで結ぶようになったんだ?
「別にオレが頼んだわけじゃねーよ」
そんなオレの心を読んだのか、それとも喧嘩中のドラケンの愚痴でも言いたかったのか。
それはわかんねえがマイキーが拗ねた顔のまま話しはじめて、オレはそれを黙って聞いてやることにする。
「髪が伸びてきた頃オレが寝起きのまま学校行こうとしたら、ケンチンが「総長がだらしねー頭で出歩くな」って結びだしたの。それから毎朝それが恒例になっただけで、オレが頼んだわけじゃねー」
「へいへい、わかったよ」
二回も主張してくるから、とりあえずわかったことを伝えておく。でもマイキーはやっぱり拗ねていて、不機嫌そうに寄せられた眉間のしわは直らないままだった。
「でもそれ、髪切るよりも仲直りした方が早ぇんじゃねーか?」
「ん~……」
ごろん、とマイキーが寝返りを打ってオレに背を向ける。要するに「やだ」ってことだ。
「つーか今回はなんで喧嘩してんだよ?」
そういえば聞いてなかった。
「ケンチンがオレのたい焼き「ひと口くれ」って言ったのにふた口食べたから、むかついて喧嘩した」
「は!? くっだらねー!」
「くだらなくねーし!」
マイキーがガバッと飛び起きてオレを睨む。いやいやいや。
なんて!?
「オマエいつもドラケンのもんひと口くれっつってふた口どころか全部食ってんだろ! そんくらい許してやれや!」
「オレはいいけどケンチンはダメなんだよ!」
「は~~出たよ何様オレ様マイキー様。オマエそーいうとこマジで最悪。今すぐ直せボケ」
「あ? 誰に向かって口聞いてんだよ」
「テメェだよバカマイキー」
「あー最悪、場地に話すんじゃなかった。三ツ谷かパーに聞いてもらえばよかった」
「いーやあいつらオマエに甘いからオレに話して正解だ。さっさとドラケンに謝って仲直りしてこいやめんどくせー」
「はぁ!? なんでオレが謝る側なんだよわけわかんねー!」
「リフジンなことでキレてゴメンナサイって言ってくんだよ!」
「ぜってーやだね。オレ悪くねーもん」
「オマエしか悪くねーっつってんだよボケ」
それからギャンギャンとよくわかんねえ言い合いが続いて、オレとマイキーは気づけば互いの胸倉をつかみあっていた。
オレが拳を、マイキーが足を振り上げたその時。
「……オマエら、なんで喧嘩してんの?」
「ケンチン!!」「ドラケン!!」
主役のご登場だ。
「聞いてよケンチン! 場地がオレは悪くないのにケンチンに謝れってリフジンなこと言ってきてさあ!」
「ドラケンっ、オマエが甘やかしすぎるからコイツはこんなわがままなバカヤローに育っちまったんだぞ! 全部テメェのせいだ!」
「あぁ!? テメェケンチンの悪口言ったらオレがぶっ飛ばすかんな!」
「だからやるならやるっつってんだろゴラァ!」
「あーーはいはいストップストップ、そこまでな。いろいろとワケわかんねーことになってんぞー」
ぐるるるるる、とオレとマイキーが睨みあう中ドラケンが間に入ってオレらの頭を押さえつける。さすがにこのリーチの差はどうにもならねえもんがあって、オレが全力で殴ろうとしてもマイキーには届かないくらい離されてしまった。なんだコノヤロウ。
「そもそも喧嘩してたのはオレとマイキーだろ。大方場地は理由聞いてオレの肩持ってくれたんじゃねーの?」
「あ? ……」
そういやそうだった、とドラケンに言われて思い出す。マイキーとは成り行きやその場のノリで喧嘩になることが多すぎて今回もそれだったが、よくよく考えりゃあドラケンの言うとおり確かにワケわかんねーことになってるわ。
「で、マイキーはなんでオレのために怒ってんだよ。昨日は「もうケンチンとは口きかねー」とか言ってたくせに」
「あ、そうだった。昨日はごめんケンチン」
「はあ!?」
「あーいいよ。オレも悪かったし。でほら、これたい焼き。買ってきたから食え」
「わーー!! さすがケンチン!!」
「場地も食うか?」
「…………あ~~」
なんだったんだ一体──なんて、考えるだけ無駄な話。
思えば過去にも似たようなことは何度かあって、それに巻き込まれるのはいつもオレか三ツ谷かパーか一虎。それが今回はたまたまマイキーにばったり会ったオレだったってだけだ。
マジでくだらねえ、ウチの総長副総長のアホ喧嘩。
「食う」
「ん、はい」
まあ、こいつらがマジで喧嘩した時のヤバさはヤバいなんてもんじゃねー。
こんなもんで解決できるだけマシかと思って、オレはドラケンからもらったたい焼きを頬張った。