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    6rocci

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    6rocci

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    大寿+九井「オマエは何のために金を集めてる」
     仕上がったばかりの特服が入った紙袋を手渡した瞬間、大寿は九井を見下ろしながらそう訊ねた。九井にとってその問いは不意打ちであったし、なによりも大寿がそんなことを問うてくること自体が不可解でもあったから、感情を隠す暇もなくそれは表に出た。
     最初に「驚き」と、次に「いらだち」が。
    「……オマエに関係あるのか?」

     大寿が総長か、それじゃあオレもオマエのことボスって呼ばなきゃあな。
     テメェがオレを? 気色ワリィ、あの野良犬と違ってオレへの忠誠心なんてかけらもねえくせによ。
     は、ただの呼称にそんなモンがいるかよ。ボスって呼ぶだけで少しでもウチの総長に箔がつくんなら、そんなの安いもんだ。
     じゃあついでに敬語使え。
     それはヤダね。タメだろオレら、見えねえけど。
     殺すぞテメェ。

     そんな会話をした直後だったのに、まるでそれが全部夢だったかのような返事と目つきだった。その言葉どおり「オマエには関係ない」、「だから余計な詮索をするな」という意味が込められたもの。
     九井は紙袋を押しつけ、一歩後退し大寿と距離を取った。そんな九井を見て、大寿はどこか興味深そうに口角を上げる。
    「勘違いすんじゃねえ。オレがテメェと友だちになりたくて聞いてると思うか?」
    「あ?」
    「保険だ」
     ガサ、と紙袋がこすれる音がする。白い紙袋の中にある真っ白な特攻服。
     九井の案で、「黒龍」というチーム名に反し特服の色は白で揃えた。純潔や純白という意味をもつ、暴走族が着るには皮肉にまみれた眩しい色。
     そのちぐはぐさが逆にふさわしいと思った。これから作り上げられていく「黒龍」は、乾が追い求めた黒龍とはまるで違うものだと既にわかっているから。

     九井、と名前を呼ばれる。
    「オレは保険がほしいだけだ。暴走族なんてお遊びに付き合ってやる以上、テメェが裏切らねえ、途中で放り出さねえって保険がな」
     そう言った大寿の口もとに、もう笑みは浮かんでいなかった。低い声に鋭い視線。今向かい合っている大寿は同級生でもなければボスでもない。「取引相手」だ。
    (……「お遊び」か)
     大寿の言葉を頭の中で再生し、九井はわずかに目を伏せた。
     違いない。少なくとも大寿にとってはそうだろう。未成年の上アルバイトもできない年齢で大金を稼ごうとするなら、九井のやり方が手っ取り早いとしてもそれが「暴走族」であるという必要は別にない。実際九井は今までいくつかのチームに知恵を貸しパイプを繋ぐことはあっても、その中に名前を連ねたことは一度もなかった。
     知恵は貸す。パイプも繋ぐ。でも自分は携帯越しに、安全圏の中で確実に金を集める。ローリスクハイリターン。それが賢いやり方だ。
     それなのに「黒龍」なんてチームを再建したのは、〝乾青宗〟がそれを望んだから。
     そしてその条件に、大寿が九井の能力を求めたからだ。
    (……黒龍なんてさっさと忘れちまえばいいのに、イヌピーにとってはお遊びなんかじゃねえからな)
     イヌピーはずっと夢を見ている。オレがずっと夢の中から出られないように。
     夢でも見ていないと、このどうしようもない世界を生きていけない。
    「……オマエは? 大寿」
     九井は顔を上げ、月の色をした大寿の瞳を見つめた。
    「あ?」
    「オマエはなんで金がいるんだ」
     自らは答えずふいに質問を投げ返した九井に、大寿が片眉を下げる。九井は手首を反し、ふっと目を細めて不敵に笑った。
    「オレに〝それ〟を聞くなら、当然オマエもオレに教えてくれるんだろ? これは「取引」だ」
    「……」
     九井の内側を探るように、大寿がじっと目を凝らす。
     質問に質問で返すことの品のなさは承知しているつもりだが、大寿にとっては意外にもこれが悪手でないことを九井は知っていた。大寿の身体のデカさや腕っぷしの強さ、暴力性は入学当時から知っていたしそれはすべて事実だったが、柴大寿は同時に頭のいい人間だった。
     大寿は暴力の使い方を知っている。相手が誰であっても一方的な搾取はしない。喧嘩の腕だけでは人をまとめられないということを、きっと生まれながらに、あるいは今までの人生で知ったのだ。だからこの質問返しに、大寿が目くじらを立てることはない。九井が大寿のそういう部分を理解し評価していることを、大寿もまた理解しているからだ。
    「……生きていくためだ」
     そう吐き出した大寿の声はやはり静かだった。
    「〝生きる〟という一点に置いて必要なのは暴力じゃねえ、金だ。金さえあれば、オレは自分の力で生きていける。誰かを頼らなくても」
     ──それだけだ、と。
     大寿の答えはひどく簡潔で、それでいて単純明快だった。その裏側にはきっと複雑な事情や強い思い、怒りがあり、そのすべてが大寿を突き動かしているのだろう。
    (……まぁ、オレには関係ないし興味もねえけどな)
     でも、信用できる。
     本能がそう直感する。生きていくために、生きるために必要なのは金。それは瞬きのたびに移ろいゆくこの不確かな世界の中で、永久に変わることのない事実であり真理だ。
     金で買えないものはない。金があれば大抵のものは手に入る。人の心も、命でさえも。
     すべてとは言わない。だが〝すべて〟に限りなく近いものが手に入ることを、大寿は知っているのだ。
    「……なるほどな」
     九井は肩を竦め、くちびるに薄っぺらい笑みを浮かべた。なんとも大寿らしい答えだと思う。想像の範疇であったからこそ九井は満足だった。
     思えば大寿は一年の頃から九井の噂を聞きつけ、何度か声をかけてきた。そのたびに首を横に振っていたが、まさか二年越しに手を組むことになるとは……もっとも乾がいなければ、大寿との間にあるものなんて無に等しいけれど。
     大寿が九井の金を作る力を欲し続けた「二年間」という時間が今になって「保険」に足り得ているのだから、その奇妙さに自然と頬が緩んでしまう。
    「テメェの番だ。さっさと答えろ」
    「わかってるよ」
     大寿に急かされ、九井はわずかに苦笑する。そんなおっかない顔で見なくても、オマエみてえな聡いやつの前で下手な嘘を吐こうなんて思っちゃいないさ。なあボス、オレだってまだ命は惜しいんだ。
    (……まあ、いいか。正直に答えても)
     九井は息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
    「心配しなくても、オレはイヌピーが黒龍を解散したいって言わない限り抜けねえよ」
     言い換えればそれは、イヌピーがひと言「解散したい」と言えば抜けるってことだけど。
    「でも、イヌピーが「黒龍を解散したい」なんて言うことは絶対にありえねえ。だから安心してくれよ──〝ボス〟」
     言いながらくちびるの端が吊り上がるのがわかる。この笑みはたいそう歪んでいて、この世のすべてに辟易しているのだろうなと九井は思った。自嘲、自虐、自傷。そのどれもが含まれたこの笑みは、神を信じるこの男の目にはどううつっているのだろう。
     ふと興味がわいて訊ねてみようかとも思ったけれど、すぐにその思考を却下した。誰の目にどう映ろうが関係ない。異常異端異質。そのどれかひとつでもすべてだとしても、そんなの気にするだけくだらない。そんな世間体全部かなぐり捨てて生きてきた今の九井一が、結局のところすべてなのだから。
    「……金があれば大抵のことはなんとかなる。オレはその「大抵のこと」をなんとかしたいってだけだ。オマエと似たようなもんだよ、大寿」
     ──だからって、オマエ相手に親近感なんてひとつもわかねえけど。
    「ハハハハッ!」
    「っ、」
     そんな心の声を見透かされた、のだろうか。なにがおかしいのか、大寿がどこか楽しそうな笑みを浮かべる。おい九井、そう名前を呼ぶ声もやたら楽しそうで、その思考が九井にはいまいち理解できなかった。
    「テメェは救えねえやつだな」
     思えば大寿はわりと感情豊かな男で、よく笑うしよくキレる。何もない時は静かな男なのだが、一体今の会話の流れでどんなスイッチが入ったというのだろう。
    「……どういう意味だ」
     聞きたくもなかったが、それを上回った興味が九井に訊ねさせる。
     大寿はにやりと笑い、とんとんと胸のあたりを指で叩いた。
    「救いを求めてねえところが、救えねえって意味だよ」
    「あ?」
    「じゃあな」
    「っ、」
     ひら、と大寿が紙袋を翻して去っていく。思わず引き止めそうになったが、理性がそれを拒んで口をつぐませた。大寿なら聞けばなんでも答えてくれるだろう。
     だがそれは、……それはきっと九井にとってはすべて刃になる。第三者が九井の本質をつくことは、手首を少しずつ剃刀で切られていくのと同じことだ。
    「……くそが」
     大寿の背中に最初と同じいらだちを覚え、右に揺れる黒髪をぐしゃりと握り潰す。
     ああきっと特攻服が映えるようにと整えたこの身なりさえ、大寿の目には哀れにうつっているのだろう。さながらひとつの曲芸に憑りつかれた道化のように、滑稽に。
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