千冬+場地「あ。千冬オマエ、いつも何時くらいに家出てんの?」
「え?」
やたら唐突な質問だった。オレはドアノブに手をかけて家に入る直前、場地さんは五階までの階段を上っている最中、バイバイした直後の質問。
場地さんは半端に上った階段の途中からオレを見下ろしていて、オレは聞かれるままぼやぼやとした朝の記憶をさかのぼった。
「えーっと……起きたら適当に。今日は三時間目から行ったから十時くらいだったような……」
「ふーん。じゃー明日からオレと一緒に学校行かね?」
!!
「行きます!」
「はは、即答~」
おもしれーなオマエ、と場地さんが少し笑う。それを聞いて「確かに」と思ったオレはちょっと恥ずかしくなったけど、前言撤回はしない。
待ち合わせて一緒に登下校~……とかはまぁ、正直言ってオレの柄じゃない。でも同じ団地だし場地さんだし……なんてとやかく考えるよりも前に、オレはもう反射で答えちまってた。正直毎朝(つーか昼)家を出てなんとなく五階を見上げて、場地さんもう行っちゃってるよな、なんて思う日々が実はあったりなかったりしてたわけで。
これ言うととなんかキモい気がするから言わないでおくけど、そんなキモい日々ともサヨナラできるならオレは大歓迎だ。
「じゃ、明日から八時に下な」
「えっ早!!」
十時の間違いじゃなくて? と素で驚いたオレは思わず声を上げる。団地の狭い階段内でオレの声はよくよく響いて、耳がキーンとしたらしい場地さんが「声デケェよボケ」と不機嫌そうに眉を寄せた。
「早くねーだろ? 一時間目が八時半からなんだからよー」
「そーだけど、オレ一時間目から行ったことないっスよ」
「ちゃんと行けよ。そんなんじゃダブんぞ」
(場地さんのダブりが特例なだけなんじゃ……)
と思ったけど、一応心の中に留めておく。このあたりの事情は複雑らしくて、場地さんが自分から話してくれるまでオレは突っ込まないでいることを決めていた。
だからそれには触れず、オレは明日の朝のことをさっそくシミュレーションしてみる。
「う~ん……」
八時。八時。朝の八時。はちじ……。
(──ダメだ)
起きれる気がまっっったくしねえ!
「せめて九時じゃダメっスか!?」
「あ!? ダメに決まってんだろ! 一時間目間に合ってねえじゃん!」
怒鳴られて、うっと顎を引く。ここでキレるってことは場地さんは絶対この件は折れない。「毎朝八時に下」、これは絶対条件だ。
まぁ場地さんは「おふくろが泣く」って理由で学校にいる時はガリ勉スタイルで通してるわけだから、朝からちゃんと行くってのはわかるんだけど……。
「……オレ、起きれるかな」
ぼそ、と呟けば場地さんが「ああ」とやたら軽やかな声を出す。
「そのことなら心配すんな。オレが毎朝迎えに行ってやるよ」
「えっ! いいんですか!?」
「おー。でも五分以上待たせたら殺すからな」
そう言った場地さんはめちゃくちゃ笑顔だった。場地さんの「殺す」はわりとマジでしゃれにならないレベルなのは知ってるし、オレは毎朝五分で身支度しなきゃいけなくなったわけだけど。
「は、はい!」
それでも妙に浮かれてしまうのは、オレが場地さんを好きだからしょうがない。……変な意味じゃなく。
*
翌日、八時登校の帰り道。
「そういや場地さん、なんで急に一緒に学校行こうなんて誘ってくれたんスか?」
「あ~……うちのおふくろがさ」
「? はい」
「毎朝オレを七時半に叩き起こすんだよ。スゲーねみーしだりぃのに家にいると蹴っ飛ばされるから仕方なく八時に家出てたんだけど、オマエが十時までスヤスヤ寝てると思うとムカついたっつーか」
「は!? そんな理由……ちょっ、オレ単なる道連れじゃないっスか!」
「ははっ、オレの眼鏡のスペア貸してやろーか? ついでに髪もぺったりにしてやるよ」
「それはマジでいいです……」
「なんでだよコラ」
ははは、と話の裏側を聞いたオレはもにゃもにゃとなんとも言えない気持ちになる。家中の目覚ましかき集めて携帯のアラームかけまくったオレの苦労は一体……つーか場地さん、八時って言ってたのに八時十五分に来て遅刻ギリギリダッシュするはめにまでなったし。
(ほんとしょーがない人だよなぁ)
いずれオレのほうが早起きして、わざわざ五階まで上って起こしに行く日も遠くなさそうな気がしてる。
なにはともあれ、オレは場地さんの道連れにより毎日一時間目から授業に出るような優等生になってしまった。まあ、三時間目まで寝てるけど。