D&D(……スパナがない)と思ってすぐ、
「ココ、」
と振り返ったら、そこにはドラケンがいた。ドラケンはぱちりと瞬きをして、次にはふっとやさしく笑う。どうかしたかと聞かれて、オレは気まずい気持ちのまま「スパナ」と答えた。
「さっきまであったのになくなってる」
「あん? そこにあるだろ」
「どこ」
「イヌピーの足元」
言われて下を見る。見当たらない。くるりと回転したら陰に隠れた死角にあるのを見つけて、オレはスパナを拾うためにしゃがみこんだ。
「……さんきゅ」
「いいよ。あと、」
「ん」
「オレは九井じゃねー。間違えんなよイヌピー」
はは、と軽やかな笑い声が鼓膜に響く。イガイガした気持ちになってむっとドラケンを見つめると、ドラケンは「顔に出すぎ」とまた笑った。
まぁ笑われるのも無理はねえ。オレがドラケンをココと呼び間違えるのは初めてじゃなかったから。ドラケンは最初のほうこそびっくりしてオレを見て、そのあと自分の後ろを見た。マジでココが来たんじゃないかと思ったらしい。来るわけはねえのに。
二人して見た出入口に誰もいないことが余計にオレの気持ちを沈ませて、オレは行き場なく視線を逸らした。
『わ……わりいドラケン。間違えた』
『いやびびった。九井が来たのかと思った』
『来ねえよ。ココはバイクに興味ねえし』
『そうなのか? 暴走族やってて珍しいな。しかもあいつ幹部クラスだろ』
『普段はオレのケツに乗ってたんだ』
『あー。オマエらいつも一緒にいたもんな』
『うん。……』
久し振りにココの話ができたのが嬉しかったんだと思う。ほかに話せる相手がいなかったから。だからつい、オレは一人で話しはじめてしまった。
『……ココは、』
『ん?』
『ココはオレの夢のためについてきてくれただけで、元々喧嘩とかチームとか……そういうのが好きなやつじゃねえんだ』
『……うん』
『頭もよくて、なんでもできて……オレと違って、もっとまともな人生を送れるやつだった。……なのにオレが巻き込んだ』
ドラケンと二人でバイク屋をはじめて、結構すぐのことだった。聞かれてもいないことをべらべらしゃべるなんて、今思い出してもダセェと思う。オレは普段はこんなおしゃべりじゃねえし、余計な口を利くこともない。
でもココの話ができるのが嬉しくて、それにドラケンならなんでも聞いてくれそうな、なにを聞いても流してくれそうな、そんな気がしたんだと思う。理由はわからねえけど、感覚的に。
『よく知らねえけど、九井は自分の意思でイヌピーについてきたんだろ?』
『……そう……だと、思う』
『ならいいじゃねえか。ついてくるなって突き放されるよりは、……選択肢をくれて、幸せだったと思うぜ』
『……マイキーのことか?』
『はは。かもな』
ドラケンは笑っていたが、その顔はどこか寂しそうに見えた。オレもドラケンに詳しいことは話してねえし、ドラケンもオレに詳しいことは話していない。
ただお互い居場所を探していたから、バイクが好きだったから、バイクをいじる真一郎くんに憧れてたから……それだけの理由でバイク屋を一緒にはじめただけで、別に仲良しこよしってわけじゃない。
でもオレはドラケンと一緒に働くことが嫌いじゃなかったし、居心地もよかった。ココがいなくなって、花垣が堅気に戻ってからは黒龍の再建も諦めていた。行く当てもなくふらふらしてたオレに声をかけてくれたドラケンには、感謝してる。
(……ドラケンも一緒だったのかもな)
東卍は絆の深いチームだった。それが解散して、なのにマイキーはすぐに関東卍會なんてチームを作って、そこにはココもいる。
オレがいなくてもココがチームに入ったの知った時、オレは……ココのことがわからなくなった。オマエの言うオレの道って、新しいチームに入ることだったのか? ただオレから離れたかっただけなのか?
あんなに一緒にいたのに、ココの考えていることがなにもわからなかった。けど、それはドラケンもきっと一緒だ。マイキーのことがわからなくて、でもずっとマイキーのために動いてる。
その一途さが、オレは心配になることもあるけど。
「なあマイキー、このエンジン……」
「……ふっ、」
「……笑うなイヌピー」
漫才みたいにオレをマイキーと間違えたドラケンに、オレはにやっと笑う。ドラケンの顔がかーっと赤くなる。
正直言って、こんなのは日常茶飯事だ。オレはドラケンとココを間違えるし、ドラケンはオレとマイキーを間違える。
でも、そんな間違いも少しずつ減ってきているんだ。
オレはそれが少し寂しくて、でもよかったと思ってる。ココの名前を呼ぶ時、そこにはやっぱりココ本人がいてほしいから。ドラケンもきっとそうだ。
いつかあのドアから二人が会いに来てくれるのを、オレたちはずっと待ってる。