「三ツ谷、この前大寿と歩いてなかった?」
二人でドラケンを待っている最中、たい焼きをくわえながらマイキーが言った。それは何の脈絡もない質問で、三ツ谷が大寿と歩いていたのも最近の話ではなかったから、マイキーの突然すぎるそれ(いつものことだが)に一瞬反応が遅れる。
「いつの話? それ」
「いつだっけ? 忘れたけど、今思い出したから聞いた」
「あー」
なるほどマイキーらしい、と苦笑する。
たぶん直近で大寿と会っていたのは一週間前。原宿でクレープを食べていた時だと思うが、マイキーに見られていたことよりも、その時マイキーが割り込んでこなかったことのほうが違和感があると三ツ谷は思った。この男が変に遠慮だとかするわけはないし、こうして聞いてくるくらいだから興味がなかったわけでもないだろう。
今さら聞いてくること自体を疑問に思っていると、三ツ谷が聞くよりも先にマイキーが答えた。
「オレ、そん時ぶつかってきたくせにキレてきたやつ殺してたから。なんか面白そうだったのに次見たらいなくなってた」
「あー……」
なるほどありえる、と苦笑する。にしても渋谷区でマイキーに喧嘩を売るようなバカがまだいたとは驚きだ。ただマイキー自身がその時抱いた不満感を時間差で思い出したのか、もそもそとたい焼きを食べる顔がわずかに顰められている。
「で、なんで大寿と会ってたん?」
「うおっ」
ずいっ、とマイキーが詰め寄ってくる。口からはたい焼きのしっぽがはみ出ていて、三ツ谷はどうどうと両手を向けてマイキーを制した。
これはごまかしようがないな……いや別にごまかすようなことでもないと三ツ谷も思うのだが、東卍の弐番隊隊長と十代目黒龍総長が仲良しこよし(なんて言ったら大寿はキレるだろうが)しているというのも下のやつらにあまり面目が立たないというか。いや、どちらも「元」がつくのだし今さら気にすることでもない……とは思うが、八戒はいい顔をしないだろうというか……。
「ん~……別に……特別な理由とかはねえよ。この前たまたま見かけた時に声かけて、今度遊ぼうよって誘ったから実際遊んでただけで」
──何にせよ、マイキー相手に嘘やごまかしは通用しない。野生の勘が働くのか、東卍メンバーの誰かが嘘や言葉を濁すとマイキーはすぐにそれを見破るのだ。「オレに嘘つくわけ?」「いい度胸じゃん」と詰め寄って何がなんでも本当のことを吐かせるその光景を、三ツ谷も何度か見たことがある。
ただ今ここにいるのはマイキーと三ツ谷の二人だけなのが、不幸中の幸いというべきか。
「ふーん」
軽い相づちが返ってくる。ふいな違和感が頭を過ぎり、三ツ谷はぱちりと瞬きをした。
(……つーかマイキー、オレが誰と会ってるかとか気にするようなやつだったっけ?)
そうでもない。今のマイキーは「特に興味ないけど思い出したから聞いてみただけ」というよりは、何か意味があって聞いているように思える。確かにマイキーは独占欲が強くメンバーを「オレのモン」ということもあるが、今回はなにか……。
「……三ツ谷、大寿といて楽しい?」
「え」
そうして次に聞こえてきたのは、やはりどこかマイキーらしかぬ質問だった。マイキーが何をもってそんなことを聞くのか、小さな違和感が膨れ上がって暗く黒いものになっていく。
三ツ谷にはわからなかった。ただでさえ黒龍や柴家のことには興味が薄いようだったのに、今さら大寿のことを気にする理由も意味も。
「……まあ……案外気が合うっつーか、オレはまた遊びたいと思ってるよ」
わからないけれど、今の三ツ谷には聞かれたことに答えることしかできなかった。嘘偽りのなく答えることが、マイキーの目をまっすぐ見つめることが、何よりも大事なことに思えたからだ。
三ツ谷の答えに、マイキーは目を細めてニッと笑った。
「そっか。よかったじゃん」
その笑顔はどこか……どこか嬉しそうで、安心したようで、でもどこか寂しさを感じさせるものだった。似た笑顔を前にもどこかで見たことがあるような気がして、心臓が嫌な音を立てるのが聞こえる。
いつだ。いつだ? 思い出せと脳を圧迫する。思い出せ。思い出せ。ああ、そう。そうだ、マイキー、マイキー、オマエのその笑顔は──。
「──っ、マイキーオマエ、」
「あ、心配すんなよ三ツ谷。オレ口固えから。なーケンチーン!」
「あ? 急に何の話だよ」
「別にー。どら焼き買ってきてくれた?」
「ああ。つーかよくたい焼き食いながらどら焼き買ってこいって言えるよな……あ、三ツ谷。オマエも食うか?」
「あ、ああ。サンキュードラケン」
「おう」
──オマエはいなくなんなよ、と。
マイキーが浮かべた笑顔は、いつかの夜、せいいっぱい笑ってそう言った時のものと同じだった。