ドラエマ「ケンちゃん!」
「おーエマ。マイキーは?」
「まだむにゃむにゃごはん食べてる」
「だろーな。ちょっと早く着きすぎたか」
携帯で時間を確認して、ケンちゃんがため息をつきながら玄関先に座り込む。ケンちゃんがマイキーを迎えにくるのは毎日の日課で、大体は平日のお昼からだからいい子に学校行ってるウチはいないけど、今日は特例で朝からだった。
『特例』っていうのはウチの中学の入学式。ついにランドセルを卒業して女子中学生になったウチは、おろしたての制服に気づいてほしくてケンちゃんの前でくるりとまわった。
「ねえケンちゃん、制服どう? かわいい?」
せっかく入学式の日まで見せないでいたのに、こうしてはじめての制服姿でご対面してもひと言もなしなんて。ケンちゃんはやさしいけど、ほんとこういうとこはつれないんだから。
「どうって言われてもな。うちの学校全員同じの着てるし」
それにこのコメントも!
「もーっそういうことじゃなくて、制服を着たエマはかわいい? ってこと!」
「カワイイカワイイ」
「見てないじゃん! もっとよく見て!」
「あ~……」
わかってたけど、ここまで言ってもやっぱりつれない返事。でもウチは諦めない。ぷんってして両手を腰に当てながらを見下ろすと、ケンちゃんは少しは反省したのかまずウチの足元を見た。
そこからゆーっくりと上がってくる視線に、……視線に、え、待って急にそんなじっと見られても困る待って髪とか顔とか全部大丈夫だよね!?
「そ、そんなに見ないでよー! えっち!」
「もっとよく見ろっつったのはオマエだろっ」
ぶわっと顔が熱くなる。そうだけど。そうだけどそうだけどそうだけど、好きな人にそんなにじっくり見られたら心臓がもたない。顔が真っ赤になったのが自分でもわかっちゃって、それが余計恥ずかしくて見られたくなかった。
「もーいい!」
めちゃくちゃテンパって後ろを向くと、背後からケンちゃんの「なんなんだよ」とちょっと困ったような声が聞こえた。ああ、もう。ほんとはもっとお色気ポーズでも決めるくらいの余裕ができたらいいのに。
ただでさえケンちゃんの周りはお色気むんむんのお姉さんばっかりなんだから、ウチももっと大人になりたいのに。
「エマ」
名前を呼ばれる。ほっぺたにあてた手は熱くて、もう顔が熱いのか手が熱いのかわからなくなってた。
でも無視はしたくなかったからちょっとだけ振り返ると、いつのまにか立ち上がってたケンちゃんと目が合う。
「かわいいかはよくわかんねーけど、似合ってるぜ」
「……ほんと!?」
──あ、振り返っちゃった。嬉しくて体が勝手に動いちゃった。
もう顔の赤みが引いてますようにと祈ることしかできなくて、ウチはきゅっと手を握る。
「ほんと。あーでも、」
「うん」
「ちょっとスカート短すぎね?」
「みっ……」
ばっ、ととっさにスカートの端を持って下に下げる。
え、もしかしてパンツ見えてた? いやさすがに、ケンちゃんがいくら座ってたからって、ちょっとローアングルから見たくらいじゃ見えないはず。
それに今日は見られても大丈夫なパンツのはずだから大丈夫だいじょうぶダイジョウブ、って大丈夫ではないけど!
「み、短いほうがかわいいじゃん!」
「そーか?」
そう、……だとウチは思うけど。
「……ケンちゃんは長いほうが好き?」
もしそうなら、って。
そう思うウチはきっとちょろい。ていうかちょろい。マジでちょろい。自分で自分がいやになるくらい。
ケンちゃんはウチの質問が予想外だったみたいで、たぶん今まで考えたこともなかったんだと思う。でも真剣に考えてくれてるのが伝わってきて、ウチはそれがどんな答えでも受け止める覚悟で身構えた。
「……別にどっちでもいい」
……ケンちゃんらしい。
「けど、まぁエマは短いほうが似合うかもな」
!!!!
「じゃ、じゃあこれでいい?」
「あー……まあ……」
あんまりよくはなさそうに、ケンちゃんがあやふやな視線で珍しく曖昧な返事をする。その表情からなにかを感じ取ったウチはもう一度スカートの長さを見て、……折る回数一回減らそうかな、と思った。
確かにあんまり短いと階段とか、風が吹いた時パンツ見えちゃうかもだし。たぶんきっと、ケンちゃんはそれを心配してくれてるんだ。女はなにがあるかわからないからあんまぼーっと歩くなって、普段言ってくれてる分。少しでも暗くなると、絶対ウチを一人で帰らせない分。
「……もうちょっと長くしようかな」
だからウチがそう呟くと、ケンちゃんはどこか安心したように「おう」と顔を上げた。
「それがいいと思うぜ」
その笑顔が可愛くてやさしかったから、思わず胸がキュンてしちゃう。ケンちゃんの笑った顔が、ウチは大好き。
ケンちゃんは背が高くて髪型いかつくていっつもオラオラ歩いてるから周りの人にも怖がられてるけど、ほんとうは笑うとちょっと幼くて可愛くなる、すごくやさしい人。
「……うん。じゃあそーする」
好きな男の子の意見に自分を寄せちゃうなんて、ほんとちょろすぎって自分でも思う。もしかしたらいつか、ケンちゃんはこんなウチに自分がないって呆れるかも。
そう思いながら、それでもこういうふうに言われるとウチはどうしても頷いちゃう。
だってかわいいって思われたいし、好きになってほしいから。ウチだってどうしても譲れない部分は喧嘩してでも譲らないけど、こういうケンちゃんのやさしさには勝てない。たぶん一生。
「──じゃあ部屋で直してくる!」
「あ、エマ」
タッと床を蹴って、さっそく自分の部屋に戻ろうと思った矢先呼び止められる。ついでにマイキー急かしてこいとか? と思ったら、ケンちゃんはウチが考えてもなかったことを言った。
「今日から「ケンちゃん」って呼ぶの禁止」
「……」
え?
「えーーっ!? な、なんで!? なんで急に!?」
めちゃくちゃびっくりして思わず詰め寄ると、ケンちゃんはびくってしてちょっと引いてた。でもなんで? やだ。ケンちゃんって呼びたい。
「いや……今までは別によかったけどよ。学校で「ケンちゃん」って呼ばれるのはダセェだろ。ドラケンって呼べよ」
「マイキーだって「ケンチン」って呼んでるじゃん!」
「アイツは何回言っても聞かねーんだよ」
「じゃあウチも聞かない」
ぷぃっと顔を逸らす。そしたら「エマ」って名前を呼ばれたから仕方なく顔は見てあげたけど、「やだ」の意思をこめてじっとケンちゃんを見つめた。ケンちゃんは「あー」って顔(困った顔)をして、なにか言葉を探してるみたい。
さっきのとは違って、ウチのこれが「譲れないもの」なのを察したんだと思う。実際そう。
この件に関しては、ウチはちょろい女にはならない。
そう強い意志を持ってじーっと見つめ続けてたら、ケンちゃんはウチのそれを察したのか、どこか諦めたみたいにため息をついた。
「……あー、わかった」
ったく、と肩を竦められる。
「ケンちゃんって呼んでもいいの?」
「ダメ」
「えーっ!」
「でも、二人の時は呼んでいーから」
「えっ」
「みんなの前ではやめろ。わかったか?」
ぽん、と頭の上に手を置かれる。その瞬間ウチの胸はキュンどころじゃなくて、心臓が胸から飛び出すくらいの勢いで大きく跳ねた。え、なに。なにそれ。
二人きりの時はいいの? そんなのもう付き合ってるじゃん。付き合ってないけど。ウチがどんなに頑張ってもケンちゃん全然振り向いてくれないしつれないけどでもでも二人きりの時はいいとかそんなのそんなのそんなの、
「……わかった」
ああ、やっぱり。
ケンちゃんの前では、ウチはどこまでもちょろい女の子だよ。悔しいけど、胸キュンには勝てないから仕方ない。