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    Ghwei_ning_si

    かわいそホムホムとしあわせリヴリヴのたのしいくらしの文章置き場

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    Ghwei_ning_si

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    ホムの腐敗描写・リヴリー無し 
    土人ホムの飼い主のぎょろめの研究員のお仕事での位置幕です

    腐敗するホムンクルス とっくに昼食時を終えまばらになった人並みに混ざり、研究資料を詰めた鞄を背負ってガラス張りのエントランスにIDをかざす。その先の警備員に社員証を見せながら会釈をし、ゲートのロックに用いられている指紋・虹彩認証をパスして研究員専用のエレベーターを呼び出した。巨大なビルの入口にはL.R.L──リヴリー・リブート・ラボラトリーの文字。
     他フロアに向かうものとは違い、エレベーターの中のボタンは一つしかない。わたしは数字も何も書かれていない丸ボタンを一つ押し、ゆっくりと上昇するエレベーターの中で鞄のサイドポケットから取り出したゲッコウヤグラモチーフのタイピンをシャツに差す。
     しばらくして扉が開いた。その先にあるのは合金製の重厚な滅菌室の扉で、エレベーターに乗る時同様にIDと生体認証による承認を済ませるとそれはモーターじみた音を立てながら開き、まもなく頭上から合成音声のアナウンスがかかる。
    『滅菌を開始します』

     アルミのような金属光沢に包まれた冷たい空間。靴を脱いで指定された位置に立つと音声によるカウントダウンが始まり、やがて部屋の四方からガス混じりのエアーが吹き付けた。
     タイピンで留めてなお揺らぐネクタイを手で押さえ、空気の吹き出す鋭い音を聞きながら私はぼんやりと赤く表示されているモニターのカウントが0になるのを待っていた。
     やがて噴霧による滅菌は終わり、入り口とは逆側の扉が開いて青白いリノリウムの床と白い扉の群が出迎えた。脱いだ靴を所定の箱に入れ、研究所内専用の靴に履き替えて乱れた髪を軽く整え外したタイピンを無くさないように鞄の中の手帳に挟み込む。

     ロッカー兼靴箱に荷物を納め、制服代わりの白衣を取り出したところで背中から声を掛けられた。
    「よう、重役出勤ご苦労」
     そこに居たのは隣のデスクの研究社員だった。いつも寝癖を雑にワックスで固めているせいで滅菌室を出る度に髪型がめちゃくちゃになると愚痴をこぼしてはいつも薄汚れた眼鏡を脂でべたついた手で拭っている男。端から見れば薄汚くも見える無頓着な外見で、それでいて態度は軽薄で嫌みったらしく、髪の隙間から目線をやっただけでわざとらしく怯えるフリをする。
     わたしは彼を無視し、そのまま研究所のドアの横に置かれている洗面台で手指の消毒を行う。彼はわざわざわたしの隣で鏡面に映る自分の髪をいじっては分厚い眼鏡を押し上げていた。

    「最近増えてきたよなあ、放置リヴリー。所長はどうするおつもりなんだ? これじゃあ引き取られない個体のやり場に困るんじゃないかって噂だぜ」
     指先から爪の間、指の間まで入念に液体石鹸で洗う。そういえば少し爪が伸びてきている。研究所内で生体と接触するときは必ず手袋をする規則だが、手袋越しとはいえ爪が当たったらリヴリーが痛がってしまう。あとで切らなくては。そんなことを考えながら水音に混じる真横からの語りかけが一向に止む気配を見せないので洗い流した手に再び石鹸をかける。
    「ホラ、一般向けにリヴリーの飼育キットを配り始めてそろそろ3ヶ月ぐらいだっけ。ま、審査もなしに配ってる以上ペットっつってもまともに育てるヤツのが少ないのは分かってたけどさあ」
    「…………」
    「最近多いんだよなあホムの引き取り依頼。リヴリーは勝手に家出して最終的には向こうの保護センターに届くけど、ホムってずっと残るだろ? アイランドとかはゴミと一緒に捨てても良いけどホムは───
     私が普段より時間をかけて入念に手を洗うその横で必死にまくし立てる彼の声は水音にも負けないどころかそれを上回る熱量を持っていた。ハンカチで手を拭う間もなおもつらつらと止まない羅列をいい加減に止めようと、足下の鞄を拾うついでに書類をまとめたバインダーを口諸共塞ぐように押しつけた。
    「これ、先日頼まれていた物ですが」
    「──だから倫理観っての? あ、お、こりゃどーも……」
    「……それでは、重役出勤にも仕事はありますので」
     彼がバインダーに気を取られ口を閉ざした隙に早足で自分の仕事場へ向かおうとする──が、またもあと一寸の所で引き留められる。
    「な、待てって! お前の好きそうな話があるんだよ。お前変なホムを育てるんだろ、あの紫のさあ、すごく変な──」
     必死にまくし立てる彼を横目に再び自分のデスクがある区画のドアに手を伸ばしかけた時。
    「あのさ……俺、ホムを腐らせてみたんだよ」
    「……え?」
     思わずノブを掴んだ手が止まった。
    「ホム……ホムンクルスって餌を食わないだろ? それって通心状態のリヴリーから満腹感や幸福感──いわゆる感情ってヤツだ。あれを食って生きてるからなんとか成り立っているんだよ。俺、フラスコの中でホムを閉じこめてたんだ。リヴリーと一回も通心させてないヤツを……そしたらさ、どんどんものすごいことになって」
     話を聞くうちにまるで堪えきれないといった様子で彼の広角が歪んでゆく。怯えや恐怖ではなく、愉悦の形だ。
     ホム。それはかつてのリヴリーではなく今このリブート研究所で新しく生み出されたリヴリー達と通心する際に用いる新たな人工生体。我々人間はかつては直接リヴリーと通心を行っていたが、今普及しているリヴリーのほぼ全てがホムを通じてのみ接触を図るしかないモノ・リヴリーと呼ばれる種だ。
     まるで人間のような造形、それでいて自発的に動くことはほとんどなく呼吸もなく生きる、リヴリーの世話を行うためだけのどこか機械じみた不気味な存在にわたしは忌避に近い嫌悪感を抱いてすらいた。
     そのホムが──リヴリーの遺伝子を元に生み出された生物が、生きながら腐敗するということが果たして可能なのか。わたしは彼の目を見ながらごくりと唾を飲む。
    「……な、今なら誰もいないからさ。お前にだけ見せてやるよ」
     彼は小声でそう言うと、手招きだけをしてこちらを振り返りもせずオフィスとは真逆の方へ小走りで向かっていった。いつもなら無視するような相手なのに、なぜかわたしは慌てて白衣を羽織り、鞄をその場に置き去りにしたままその背を追って長い廊下を進んでいった。

     たどり着いたドアの先にあったのは、薄暗い明かりにホムのホルマリン漬けが並ぶ悪趣味な部屋。そこは普段足を踏み入れることすらないホムチームの研究室の一角にあった。
     わたしが所属しているのはリヴリーの研究やそれにまつわる実験を行うリヴリーチームで、丁度実験室のあるエリアはそれぞれがフロアの対角線状に位置しするような構造になっている。簡単な書類仕事や情報交換を行うデスクはホムチーム・リヴリーチーム共に同じだが実験室ともなると互いの研究に影響が出ないように場所が隔離されているのだ。
    「こっちこっち、これだよ」
     念のためにと渡された防護マスクを手探りで付けながらようやく部屋の暗さに目が慣れた頃、突然明かりが付いた。光に眩んだ目を覆って辺りを見回すと、並んだ机の一番奥で何かのケースを指さす姿があった。慌てて後を追うと、薄暗い中では気付くことのなかったこの部屋の異質さが嫌でも目に付いた。
     壁中を覆う棚にぞろぞろと並ぶ様々なリヴリーのホムパーツを纏ったホムの標本。体色から髪色、鼻の形までまるで人間のように様々な姿がどうにも気味が悪い。まるで胎児のホルマリン漬けだ。

     棚の並ぶ空間の一番奥、ステンレステーブルに置かれた保育器のようなケースの中にそれはあった。大きめの丸フラスコの中に少し小型なホムが一体。湿潤したフラスコの中で眠るように浮かぶそれの体表は──時折脈打つようにぶくぶくと蠢き、そこかしこをオレンジや紫、青といったリヴリーのような色の斑に冒されていた。
    「一応ピグミーモデルなんだけどさ……こいつ、どこが目か分かるか?」
     いつの間にか自身もマスクを身につけていた彼によって密閉ケースの中から取り出されたフラスコは、栓がされているにも関わらず臭気を放っていた。なるほど。マスクを渡した理由はこれか。
    「……ここ、ですか」
     わたしはまるでチーズのように半ば溶けかけているホムの体をのぞき込み、恐らく頭部状組織であろう場所にある一つの黒点を指さした。すると彼はやや誇ったように首を振り、肩をすくませてその遙か下を指し示した。
    「違う違う……ホラ、ここだよ。ハハハ、顔から落っこちた目玉がうまいこと足に癒着したんだ。所詮人工生物をベースに生成したホムンクルスに内臓だの神経だのがある訳じゃないから、極論どこにパーツを付けたって自由なワケ。どうだ、面白いだろ?」
     くつくつと喉を鳴らして笑う彼をよそにもう一度フラスコの中をのぞき込んだ。確かに、脚部状組織の中間に癒合している黒混じりの球体は確かにホムの眼球パーツそのものだった。その証拠に、生成されてから何もパーツに変更を加えていないホムのはずなのに眼球のあるべき位置が白目のない黒い丸二つになっている。恐らく両目とも腐敗の段階で溶け落ちたのだろうが、もう一方の目はフラスコ中のどこにも見あたらなかった。
     まるで溶岩のようにぶくぶくと泡じみては保護液の中に溶け落ちゆく自らの四肢を転げ落ちた眼球で眺めるホムに表情はない。そもそもホムは通心を行わない限り基本的に自ら苦痛や悲しみを訴える手段を持たず、たとえ全身の神経が腐敗による炎症と化膿で痛くて溜まらなくてもこのホムはもがくことすら叶わないのだ。そう思うと妙に胸の中がゾクゾクとする。
    「試しにこの状態でも通心出来るのか試したけど、流石にダメだったね。この様子じゃ中まで腐ってるに違いないよ」
     マスク越しにでも分かるような喜色を浮かべフラスコを底からのぞき込む彼の眼鏡には、黄緑色の膿なのかそれとも溶け落ちた体組織の一部なのかすら判別のつかないものがとろとろと溜まっている様子が映っている。
     わたしは研究室ににわかに漂う卵の腐ったような臭いの事すら忘れてフラスコの中身に見入った。まるで何かが中に入り込み食い荒らすかのようにボコボコと膨らむ腹部状組織から吹き出るオレンジ色の体液。すでに頭髪のすべてが抜け落ちた頭部状組織が歪に膨れ上がっては奇妙な色の斑点に覆われている姿。吹き出物のような部分から絶え間なく漏れる濁った液体。何もかも今まで見たことのないものだった。

     結局、どれぐらい時間が経ったのだろうか。さっきまでは恍惚じみた表情を浮かべていた彼が怪訝そうに咳払いをし、フラスコを返すようジェスチャーで促してきた。慌てて彼にフラスコを返すと、薄明かりのついたケースの中にホムは戻される。密閉されたケースの中、腐敗したホムはなおもからっぽの眼窩を保護液の中に浸しながらぷかぷかと浮いている。
     取り上げられるととたんに名残惜しくなってしまうが、それも壁に並んだ原形を保ったホム達の姿を見るとまた徐々にホムへの嫌悪感が増し、部屋に漂う臭いにも気分が悪くなってきた。胃の奥の重さによろめきながら何とか実験室を出て、いの一番にわたしは問うた。
    「何だってあんなもの、どれぐらい掛けて……」
    「おい、吐くならあっち行け……いや、フラスコに液剤入れて窓際にフタしないで置きっぱにしてたらああなってた。やっぱホムもナマモノなんだな、卵と一緒だわ」
     部屋の臭いがマスクにすら染み込んでいるような気がして思わず取り払い近くのゴミ箱に捨てる。実験室から離れる度に清涼な空気が肺を通るが、それでもにわかに臭うのは服に染み着いた分だろう。

    「流石に臭いもキツくなってきたからそろそろバラしてレポート書くけど、そしたらいの一番にあんたに見せてやるよ」
    「……結構ですが」
    「またまたァ……ホム嫌いのあんたがあんなに見入るもんだからさ、こっちも見せた甲斐があるってモンよ」
     元来た廊下を戻る間、幸運にも他の研究員と出会うことはなかった。何にせよ、流石にあんな物を触った後に、しかも妙な臭いを漂わせたままデスクに入るわけにもいかず我々は替えの白衣と靴に履き替えてもう一度滅菌室のドアを開けた。金属製の部屋の冷たい空気が喉に心地良い。
     軽い深呼吸をする横で、ふと彼があ、と声を上げる。
    「やべ、俺あんたのこと待ってて休憩上がり押してない」
    「奇遇ですね、わたしも出勤を押してないんですよ。これじゃ本当に重役出勤です」
     腕時計の時間を確かめると、申請していた出勤時間をとうに過ぎていた。
     吸い込んだ分の空気を少しためて吐くと、やがて合金製の扉が隙間無く閉じて減圧処理がかかる。ついでに白衣の中がタイピンを外したままなことに気が付き、慌ててネクタイを手で抑えてから目を瞑った。
    『滅菌処理を開始します』
     頭上のディスプレイのカウントダウンの開始と共に、頭上から本日二度目のアナウンスが響いた。
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