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    Ghwei_ning_si

    かわいそホムホムとしあわせリヴリヴのたのしいくらしの文章置き場

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    Ghwei_ning_si

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    研究員👁️👁️が最愛のゲッコウヤグラ・サイレントと出会ったときのお話 クラシック時代のお話なのでホムは出てきません

    ドールハウスはもういらない「なあ■■■、今年のクリスマスプレゼントは何がいい?」
     ストーブの匂いを嗅ぎながらシチューを頬張る夕食時、珍しく食卓を共にした父がふと切り出した。にこやかだが少し不安げな父の顔とそれを伺うような母の顔。僕の胃がきりりと痛みだす。
    「その、やっぱり今年も……お人形のおもちゃがいいのかな? ほら、遠慮しないで言ってごらん。普段は忙しくてお前の相手もロクに出来ないんだ。クリスマスぐらいは何でも好きな物を買ってあげよう」
     人形。その言葉を発するのににわかに口ごもる父と不安そうにその肩を抱く母。理由は分かっている。今年も僕の口から人形用のドレスやドールハウスをねだられはしないか不安がっているんだ。

     そう、僕は人形が好きだ。赤みの差した頬、ぽってりとした唇に大きな瞳。命を持たず動かない、それなのに魂を感じる存在。冷たいはずなのに血の通った肌色を持つ指先、装飾の施された衣服を纏ったときのその輝きの全てに魅了されていた。
     保育園に通っている時、女子のおままごとに使われている小さな赤ん坊の人形が欲しくて欲しくてたまらなくて、誕生日に買って欲しいと母親にせがんで父に男なんだから、と窘められた事すらある。
     だけど、僕が六歳になった時──小学校への入学祝いにこの話を聞いた僕の叔父さんが、冗談半分に本物のビスクドールを僕にプレゼントしてくれたんだ。本人からすれば子供へのほんのからかいのつもりだったのだろうが、僕はそれうれしくてうれしくてたまらなかった。
     部屋に戻ってから僕は一晩彼女の整った顔を眺めていた。あどけなさを残しながらも美しい上品な顔つきにピンク色の鮮やかな髪。それは二十世紀初頭に作られたものを当時と同じ技術で再現した物らしく、海外でも腕利きの人形師によって手掛けられたらしい彼女を叔父さんは自分の娘宛にと海外への単身赴任の土産として持ち帰ったらしい。それなのに、僕の従姉妹は気味悪がって受け取らなかったらしい。
     なんてひどい話だ。はるばる海を渡ってきた君を拒むなんて!
     僕はその話を聞いてから、アレサと名付けた彼女を何よりも大切に愛した。シルクのような髪をそっと専用の櫛で梳き、彼女のためのカーテン付きのショーケースまで作った。
     彼女を家に迎え入れてから、僕は誕生日やクリスマス──何かを買い与えてもらえるチャンスには積極的に彼女を飾る物を求めた。初めは革製のトランクを買ってもらってそこを彼女の眠る場所にした。次はドール専用の衣服のセット。裁縫を覚えてからは自分で作るための型紙や裁縫セット、参考資料に写真集などをせがんだ。
     すると、初めはちょっとした少女趣味程度にしか思われていなかった人形趣味に、段々と両親がいい顔をしなくなってきた。夜中にトイレに起きれば通りがかったリビングで不安げな母が僕の趣味を父に相談していて、そうすると次の日には父が遠慮がちにスポーツや絵画なんかの習い事を僕に勧めてくる。
     それでも僕はアレサをないがしろにする事は出来ず、両親に対する後ろめたさがが徐々に募り始める。来年には中学生になるという
    今ですら、家に帰れば部屋に閉じこもって人形のアレサと遊んでいる。
     だからこそ両親の眼差しの不安感が痛くて痛くてたまらなかった。クリスマスプレゼントなんていらないから、そんな顔をしないでほしい。頭の中はそれで一杯だった。
     ふと、学校の教科書に出てきた物語を思い出す。そうだ。蝶の標本が好きな子供が金持ちの子供から大きな蛾の標本を盗み出して壊してしまう話。精一杯の笑顔と一緒に、僕はとっさに物語の少年のように嘘をついた。
     
    「ううん、お人形はもういい、いいんだ……。そうだ、ドイツ箱がいい。……今度、蝶の標本を作ってみたいんだ。だから──」
     顔を上げれば、両親からは押し殺しもしない安堵の息が漏れた。笑顔でグラスに水をつぐ母と首の後ろをぽりぽりかきながら笑う父。よかった。これでよかったんだ。
    「おお、そうか! ■■■ももう十二歳だもんなあ。父さんは嬉しいよ」
    「標本作りなら虫取りのお友達に教えてもらいなさいな。ねえ、きっとそれがいいわ」
     本当はお金をもらって裁縫屋で思う存分のキルトとレース、フェルトを買い込んでアレサの服を作りたかった。貯めた小遣いでこっそり買った服飾の本も眺めるだけでは意味がない。僕は何とか笑みを保ち、味のしないシチューを喉に押し込んでリビングを後にした。
     自室に逃げ込むように階段を駆け上がり、後ろ手に鍵をかける。机の上には月明かりに白いドレスを透かし、僕が作ったサテンのクッションに腰を下ろしたアレサが微笑んでいた。
     机の上は僕が作ったアレサの生活スペースになっている。アレサが立ったまま飾れるようなヴィネットスタンドの側にはドールサイズのティーテーブルや椅子のセットを飾り、その縁をミニチュアの植え込みで囲ったまるでテラリウムのような場所。アレサのための世界だ。
     僕はアレサを抱き締めてから手作りのネグリジェに着替えさせ、そっとトランクのベッドに寝かしつける。いつもトランクの番をしてくれる、彼女の手の中にすっぽりと収まるサイズのうさぎのぬいぐるみはもちろん僕の手作りだ。
     名前はエド。彼は初めての裁縫で何度も失敗しながら作った緑色のベレー帽を被ったアレサのお気に入りで、僕のいない間はアレサの話し相手をしてくれている。もちろん机の上にはエドのお気に入りの場所だって作ってある。エドだって、僕の大切な友達なんだ。
    「……おやすみ、エド、アレサ」
     僕はもうすっかり小さくなってしまったアレサの手の甲にキスをして、二人に挨拶をしてからトランクを閉めベッドに入る。

    ──『父さんは嬉しいよ』

     枕に頭を埋め、目を閉じると食卓で父さんと母さんが浮かべた安堵の表情と言葉が頭の中で何度も繰り返される。顔を押し当てた毛布がじわじわと重くなっていくのを感じながら僕は眠りについた。



    「ドイツ箱……標本箱と、標本用のセットね。これはお母さんからの分よ」
     そうして、クリスマスの夜がやってきた。学校からの帰り道はちっとも楽しかったが、今年はクリスマスプレゼントが無いだけだと思えば大したことじゃない。またお小遣いを貯めてひっそりとアレサと遊んでいれば問題ないんだ。
     僕は帰り道から必死に作っていた笑顔のまま、母親から手渡された丈夫なガラス張りの木箱を受け取る。中には注射器や押しピン、グラシン紙のセットが一緒に入っていた。
    「……やったぁ! ありがとうお母さん!」
     めいっぱいの笑顔を向ければ、母は僕の頭をくしゃくしゃと撫でて抱き締めてくれる。不思議と胸が切なかった。
    「お父さん、少し遅くなるって。夕飯の時間に間に合うといいけど──」

     テーブルの上にターキーとケーキが並び始めた頃、何やら玄関からどたどたと物音がした。
    「■■■ー! ちょっと手伝ってくれ!」
     父の声だ。僕は読みかけだった採集キットの説明書を置き、玄関へ向かう。
    「よ、っしょっと……すまんな遅くなって。ほら、父さんからのプレゼントだよ」
     やけに慎重な手つきで木箱を抱えた父はなんとか自分の荷物をドア引っ張り出し、ドアから出るや否やすぐに僕に妙な木箱を手渡してきた。プレゼントと言うにはラッピングもされていない木箱。側面には赤いインクで『リヴリー在中』という判が押されていた。
    「おっと、振ったりするなよ。説明するからほら、上がった上がった」
     足早にリビングに向かう父は何故だか僕よりも浮き足立っている様子だった。僕は木箱にそっと耳を当てる。
    「…………」
     何も聞こえない。僕は父の背を追って母の元へ向かった。

    「まあ、それってリヴリーじゃないの」
     僕が木箱を抱えて行くや否や、母が驚いたように口を覆う。それに続いて父の笑い声。
    「ははは……■■■が生き物に興味を持ったのが嬉しくてな、たまたま知り合いが博士と面識があるみたいでご厚意で飼わせていただくことになったんだ。……■■■、動物園は嫌いだけど水族館は好きだろう?」
     僕はこくこくと頷く。それを確かめた父は僕の手から木箱を取り上げ、そっと上の蓋を開けて見せた。
    「────!!」
    「まぁっ」
     木箱の隙間から飛び出してきたのはなにやら青いクラゲのような生き物だった。クラゲのカサに当たる部分が円盤状になっているそれは僕の目の前でふわふわと浮いてみせ、手足の役目を持っているらしい触手をうにうにと揺らして辺りを飛び回っている。
    「びっくりしたか? これはゲッコウヤグラって言ってな……■■■はピグミーとかよりはこいつの方が気に入ると思ったんだが、どうだ?」
     細長い脚を無重力のようにたゆたわせ、僕の周りをくるくると回るゲッコウヤグラ。──ああ、きれいだ。そう思いながら落ち着かない様子のゲッコウヤグラを眺めていると、ふと黄色い一対の目が僕とかち合う。
     どき、と胸が高鳴った。まるでアレサと初めて出会ったとき──いや、それ以上に!
    「う……うん! ね、ねえっ……これ、僕が飼っていいの?」
    「……きちんと飼えるか? 自分の部屋で育てても良いけど、必ず一日一回は俺か母さんに様子を見せるんだぞ」
    「うん、分かった……約束する」
    「リヴリーの餌は虫だからな。丁度昆虫採集ついでに餌集めなんか良いんじゃないか? はははっ」
    「ちょっと! ■■■、食卓に虫を置くのだけは禁止にさせてちょうだいね」
     笑いながらテーブルに着く父さんを呆れたように見る母さん、そして何故かしっかりと僕に着いてくるゲッコウヤグラ。
     不思議な気持ちだった。あんなに生き物は嫌いだったのに、ゲッコウヤグラ──リヴリーには嫌な感じがちっともしなかった。自分勝手に部屋を散らかす猫とか、迷惑も考えずに飼い主にベタベタする犬とかと違ってリヴリーは静かだ。ゲッコウヤグラは椅子に座った僕の手元にふわふわと浮いているだけで、暴れ回ったりする気配はなかった。
    「そうだ■■■。そのゲッコウヤグラに名前を付けてやりなさい。お前がつけるんだぞ」
    「なまえ……」
    「食べながらでいいから考えましょう。ほら、せっかくのクリスマス料理が冷めちゃうわ」
     ゲッコウヤグラの名前について逡巡していると、しびれを切らしたような母親がナイフとフォークを回して父さんと僕に食事を促す。それぞれが艶のある焼き目のついたターキーを切り分けて口に運ぶ間もゲッコウヤグラは、食事に興奮する様子も見せず、ただじっと僕のことを見つめていた。
    「(……本当に静かだ。クラスメイトの犬どもと来たら、パーティーの肉料理にはしゃいで暴れ回るのに)」
     クリスマスの日にやってきたリヴリー。青色で、足の長い、黄色い瞳の、とても静かな──
    「──サイレント」
     肉片を飲み下してすぐに口をついて出た言葉がフォークとナイフの音だけだったテーブルに響く。
    「覚えやすくていいじゃない。ほら、サイレント・クリスマスなんて歌もあるぐらいだし」
    「サイレントか、中々いいセンスじゃないか■■■?」
     僕はちらりと手元に目線を向ける。テーブルの側で僕を見上げるゲッコウヤグラに小さくサイレント、と口に出せば、それを名前として受け入れたのか応じるように細い触手を一本こちらに振ってくる。僕にはそれがひどく愛おしかった。
     こうして僕とサイレントは出会ったんだ。

     食事を終え、僕は父から飼育に関する諸注意と何かあったときの研究所への連絡方が書かれた冊子、それからリヴリーを育てるためのアイランドと呼ばれる小さな島ミニチュアを受け取った。サイレントは何も言わなくても僕に着いてくる。

     自室に駆け上がり、机の上にアイランドを飾ろうとした。が、そこにはアレサがいた。
    「……………………!!」

     僕は、迷うことなく壁際に押しやっていた古いドールハウスにアレサを押し込んだ。三年前の誕生日、アレサの住めるような家がほしいと母に頼んだ時にもらった窮屈なミニチュア用の小さな小さなドールハウス。
     押し込められたらたわわなレースのボンネットを被った頭が窮屈そうに跳ねる。それでも力を込めて押し込んだ。ベッドのミニチュアの横にあるプラスチック製の小窓から飛び出た左手がだらりと垂れ下がり、ようやく身体が収まった。僕はそれを思いきり床にたたきつける。邪魔だ。
     足下に転がって纏わりつく綿の塊を蹴飛ばし、邪魔くさいヴィネットスタンドを放り投げる。そうだ。サイレントにはもっと月明かりの入る場所がいい。去年作ったベッドの天蓋状にしたドール用のレースのカーテンを引きちぎり、ようやく窓の明かりが小さな島に差し込むように出来た。ああ、これだ、これでいい。
     僕は振り返り、静かに浮かんでいるサイレントに微笑んだ。
    「今日からここが君の家だ、サイレント!」






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