ひまわり畑に溺れてるのかと思って。チリンチリン。
涼しげな音。
それに紛れる蝉の声。
鬱陶しい。
頬を伝って服の中に流れ込む汗が気持ち悪く服で拭いながら太陽の下一人唸る。
目の前に広がる一面黄金のひまわり畑。
その向こうには海が広がっているのが少しだけ見える。
そうだよ、海だ。
海に行こうとデンジとパワーが言うから連れてきてやったのに。
ひまわり畑を見つけるや否や二人して入っていってしまった。
ちょんまげ!綺麗じゃの!
と数メートル先からパワーの声。
あまり遠くへ行くなよと言いつけるが、果たして彼女がそれを受け入れたのかどうか。
特に返事もなくザクザクと中へ進んでいってしまった。
そういえば、あのひまわりみたいな頭をした男はどこにいるのだろうか。
名を呼んでみると、既にひまわりの中に居たらしく小さく応答する声が聞こえた。
全く。と独り言をこぼしそばにあったベンチへ腰掛ける。
小学生じゃあるまいし、ちゃんと戻ってくるだろうと待つことにした。
しばらくして、パワーが喉が渇いたと帰ってきた。
近くの自販機で買ってこいと金を渡すと、嬉々として再びこの場から姿を消していった。
デンジはまだ帰ってこない。
遠くの入道雲を眺めながらため息をついていると、戻ってきたパワーがどかっと隣に腰掛け一気に缶ジュースの中身を喉へ流し込んでいた。
結構時間が経った気がするが、まさかこの暑さの中、どこかで倒れているのではないだろうなと立ち上がる。
「パワーちょっとここで待ってろ。荷物見張っててくれ」
「ん?んむ」
申し訳程度にひまわり畑の中に細い小道が何本か見える。
そのうちの一本を渡っていくが簡単には見つからない。
デンジ。
名前を呼ぶが今度は返事が返ってこない。
焦りが足の速度を上げていく。
流れる汗は、暑さのせいかそれとも冷や汗か。
拭うのも手間に思い、そのまま何本もの小道を進む。
こっちじゃない、あっちじゃない。
あと通っていない道はどこだろう。
何故中々見つけられない。
まさか、居なくなるなんてことはないだろうけど。
そんなに大きなひまわり畑ではないと思っていたが中に入ってみると意外と迷路のようで煩わしくなる。
このまま突き抜けてやろうかと思うが、流石にそれはまだ残る理性がやめておけと忠告した。
強い風が吹く。
揺れる黄色い波。
溺れそうだ。
まさか、この波に攫われて溺れているなんてことはないだろうけど。
突拍子もない妄想のような不安にぞくりと肌が粟立つ。
手足の先に少し痺れを感じ、眉間に皺が寄っていくのが分かる。
早く、見つけないと、本当に。
「あれぇ?早パイじゃん。パワ子は?」
「あ?」
足元、間延びした声に独特な呼び方で呼ばれる。
「デンジ…」
「なんで怖い顔してんの」
どこかへ行ってしまったかと。
「いや。中々戻ってこねぇから」
「え?ああ、パワーがもっと摘んでくるからこれ持って待っとけって」
「…パワーなら少し前にこっちに戻ってきてたぞ」
「はぁ?なんだそれ。人ンこと待たせといて」
「…お前が居なくなったかと」
「え?」
「…いや」
「俺がどこも行けないの、いちばん知ってんだろぉ」
まるで拗ねた言葉。
だけど、少しだけ寂しそうな顔。
お前、そんな顔できたのか。
チリンチリン。
涼しげな、少し寂しい音。
それに紛れる蝉の声は、気付けばもう聞こえない。
★
今更離れることなんて出来ないのに、まだ怖がるのか。なデくんでした。