お祭り滞在時間約45分ドンドンと遠くから響く太鼓の音。
ピィピィと耳をつつく笛の音。
きゃあきゃあと楽しそうな子供の声。
どれもこれも、オレには関係の無いものだ。
☪︎⋆。˚✩
浴衣の人が多くて、不思議そうにしながらマキマさんの元へ向かったら今日は夏祭りが開催されるんだよ、と教えてもらった。
呼び出された要件を聞きながら、それでも頭の中は祭りのことでいっぱいだったことを見破られ「早川くんに頼めば連れて行ってくれるんじゃないかな?」とにこりと可愛らしい笑顔で勧められる。
「えぇ?んー…アイツ絶対嫌がりますよ。こういうの好きそうじゃない」
「昨日外に出た時早川くんに付いてもらってたんだけどね、お祭りの貼り紙見てたよ」
「…けど」
ドンドンと遠くから響く太鼓の音。
ピィピィと耳をつつく笛の音。
きゃあきゃあと楽しそうな子供の声。
どれもこれも、俺には関係の無いものだと思っていた。
だけど、もしかしたら。
「連れてって貰えるかな…」
とくとくと心臓がソワソワと跳ねる。
ポチタも行きたいよな?聞いてみようか?
そして帰宅後早速話をしてみようとしたら、浴衣に着替えたパワーが「遅い!」と玄関で待ち構えていた。
先に家に帰っていたのか、通りで姿を見ないわけだ。
…って、え、浴衣?
「ふふん、出かける前にウヌにも見せてやろうと思っての!どうじゃ?可愛いじゃろ!姫野がくれたんじゃ」
いつもと違い長い髪が頭の上にゆるく2つの団子になっていた。
淡い桃色に、散りばめられて咲く赤い名前も知らない花。
ひらりとリボンのように結んである帯はなんだか金魚のしっぽみたいに見えた。
「え、どっか行くの?」
「姫野先輩とコベニと祭りに出かけるんだと…姫野先輩もよくコイツに声かけたな」
ため息混じりに早パイも出迎えに姿を見せてくれる。
そっか、パワーは祭り行くんだ。
それじゃあの!と嬉しそうに下駄でかけていくパワー。
あっという間に姿は見えなくなる。
「…」
黙って玄関で佇む。
なんだか、言うタイミングが掴めない。
パワーとも一緒に行ってやろうと思ってたのに。
我ながらこんなことで拗ねるなんて、まるで十歳かそこらの子供みたいでなんだか少し気恥しい。
「デンジ?入らねぇのか?」
早パイの指に少し掬われた前髪を撫でられる。
家の中に入ってしまったら、もう今日が終わる気がしてしまってムズムズとつま先に焦れったさを感じる。
こんな所で時間を稼いでも意味の無いことは分かっているのに、せっかく綺麗に結べたネクタイの結び目をコリコリと弄ったら少しだけ縒れてしまった。
「汗凄いぞ、シャワー浴びてこい」
「…ん」
「甚平くらい1人できれるよな?」
「え?じんべ?」
「姫野先輩、何を張り切ってるんだか。わざわざ買ってくれたみたいで」
ぶつぶつと何かを言いながらリビングへ戻っていく背中を見つめる。
何のことを言ってるのだろう。
気にはなるが、今はそんなことよりも…。
「どうしたさっきから」
「は、はやぱ」
声をかけられ焦って顔を上げる。
言わないと、早く。
いつもなら強請るなんてよくやるのに。
断られても、なんとも思わないことなら、簡単に言えるのに。
「早くシャワー浴びねぇと、祭り楽しむ時間減っちまうぞ」
「え!」
思ったよりも大きな声が出てしまった。
驚いたらしい早パイが目をぱちぱちと瞬かせている。
「い、行くの?」
「行かねぇのか?そっちで晩飯済むなら楽だと思ったんだが。あと姫野先輩が向こうで1回顔合わせろって」
「行く!」
慌てて靴を脱いで家の中へはいる。
ただいまも忘れずに。
今更、という顔をされたけど「おかえり」と返ってきた。
それに今度は腹の奥をむずむずとさせながら、浴室へ駆け込んだ。
ポチタ!お祭り行けるって!!
☪︎⋆。˚✩
祭りの会場に辿り着くと、かなりの人混みだった。
皆、パワーが来ていた浴衣みたいにヒラヒラ腰にしっぽを付けている。
この群れの中に居るだけでまた心臓がドクドクと跳ねる。
ここについてしばらく色々と食った後、仕上げに頬張っていた串焼きを食べ終え道端にあったゴミ箱へ串を放った。
さて、今度は遊ばせてもらおうかと周りをキョロキョロ見渡す。
楽しいな、ポチタ。
甚平なんて初めて着たけど似合うか?ポチタ。
美味いもんいっぱいだな、ポチタ。
腕の中に居ないのは少し、いやだいぶ寂しいけれど問いかければトントンと内側から反応してくれている気がする鼓動になんだか安心してしまう。
「早パイが連れてきてくれるなんて思わなかった」
「…どうせ行きたいって言うだろうと思ったから。一人で行かせるよりは俺もついて行った方が安心するし。それにそのことを話したら姫野先輩が張り切っちまってな…」
引っ込みがつかなくなった。と自分の浴衣の裾の中へ両手を隠しながら、ふんと鼻を鳴らしてこちらに向いていた目をスっと上げてしまう。
この仕草をオレは知っている、照れているんだ。
「帰った時連れてってって頼もうと思ったんだけどさ」
「あ?あぁ、それでもごもごしてたのか」
うん。と短く返事をして何を買ってもらおうかキョロキョロと見回していると、また前髪を一束人差し指に掬い上げられる。
自然と視界が広くなって、そのまま早パイを見上げるとあまり見ることの無い、だけど最近彼とお互いの気持ちを通じ合わせることが出来たあの日から度々見せてくれるようになったあの甘ったるい優しい笑顔でこちらを見ていた。
「一人で行くって選択肢はなかったのか?」
「…言わせるの?意地悪ぃな…」
お前と 一緒に 行きたかったんだよ!!
きょとんとした顔。
ムッと眉間によるシワ。
これも知っている顔だ。
今すっげぇキスしてぇんだろうな。
ドンドンと遠くから響く太鼓の音。
ピィピィと耳をつつく笛の音。
きゃあきゃあと楽しそうな子供の声。
こんなに間近で聞いた事なんてなかった。
聞いているだけでこんなにも楽しくなるなんて知らなかった。
来年はパワ子も一緒に行けるといいなぁ。と思いながら、手を引かれて人気のない場所へ連れていかれたのだった。
早パイ、オレ腹減ったァ!
おわり。
…自分で書いておいてしんどくなったとかそんなまさか。
🍁くんの浴衣も姫パイが買ってきたけど、どうにかこうにかその分のお金だけは握らせた。🪚🩸ちゃんのは受け取って貰えなかった。また弱みが増えた心地の🍁くん。