よく噛んで召し上がれ!⑫(完).
双子の悪魔が目を覚ましたのは、ほぼ同時だった。だが二人とも体を自由に起こすことは出来なかった。何故なら、兄のトランクスは兄の悟飯の腕に、弟のトランクスは弟の悟飯の腕に、それぞれ囚われていたからだ。その悟飯たちは、そろって寝息を立てていた。無防備に眠っている悟飯たちは、少し幼く見える気がした。その眠りを妨げないように、トランクスたちはひそひそと話し始めた。
「いつの間に眠っちゃったんだろ……今、朝?」
「いや、夜みたい。外暗いし」
「夜?」
兄のトランクスも窓に目を向けてみれば、確かに外には夜の闇が降りていた。そしてどこからか、フクロウの鳴き声らしきものまで聞こえて来た。しかし悟飯たちを探してこの洋館にやってきたのは、夜だったはずだ。ということは、これはつまり――朝チュンならぬ夜ホーだ。
「ま、丸一日してたってこと?」
「悟飯さんたちも人間離れした体力オバケだし、しかも吸血鬼化までしてるんだから、ありえなくはないんじゃない?」
「………」
絶句した兄のトランクスとは対照的に、弟のトランクスは自分の満足そうに擦った。途中から記憶は飛んでいても、悟飯の精でたっぷりと満たされているのを感じる。そして、それは兄のトランクスも同じことだった。
「ね、噛まれるのめちゃくちゃ気持ちよくなかった?」
「う、うん……」
吸血されながらの交わりで、乱れまくっている様子はお互いにばっちりと見ている。今更否定しても仕方がない。弟のトランクスだけでなく、兄のトランクスも自分から血を吸ってほしいと『おねだり』したのを覚えている。その証拠に双子の悪魔の首元には悟飯たちが付けた牙の痕が、いくつも残っている。だがそれでも、兄のトランクスの頬は恥ずかしさで赤く染まってしまう。
「これからは、悟飯さんたちにいっぱい血吸ってもらおうっと♡ 二人同時に吸ってもらったら、流石に貧血になるかな?」
「そ、それなんだけど……ねえ、ちょっと悟飯さんの口の中、確かめてみてくれない?」
「? 口の中…?」
弟のトランクスは兄の意図がわからなかった。だが、それならばこれがてっとり早いと、眠っている弟の悟飯に嬉々として口付けた。そして悪戯好きな舌が悟飯の口内へ入り込むのは、あっという間のことだった。
(いや、別にキスじゃなくていいんだけど……って、え…!?)
弟の行動の素早さに苦笑していた兄のトランクスは、突然兄の悟飯に口付けられて驚いた。
「ご、悟飯さ…っん、んぅ…♡」
呼ぼうとした名前ごと、兄の悟飯の舌に絡め取られてしまい、兄のトランクスはうっとりと目を細めた。昨日もこうやって何度も飽きることなく口付けあった。その心地よさは変わらない。だが、ひとつだけ昨日と違うことがあった。
(や、やっぱり……っん♡)
兄のトランクスは自分の予想が当たったことを舌で感じ取った。だが、唇を貪り合う気持ちよさにその思考を奪われてしまう。結局、四人の誰もすぐには口付けを止めようとはしなかった。
「ん……はっ、ぁ…♡」
「おはよう、トランクス」
「ご、悟飯さん……起きてたんですか?」
「声掛けようと思ったら、トランクスたちが可愛いこと話し始めたから、つい」
「もう……」
どうやら兄の悟飯だけでなく、弟の悟飯も寝たふりをしていたらしい。だが弟のトランクスは寝起きから濃厚なキスが出来て満足で、それを責める気はなかった。だがひとつだけ、残念に思うことがあった。
「牙……無くなっちゃってる……」
「僕も今、気付いたんだ。トランクスさんは、何か心当たりがあるようですね?」
「ええ……、確証はなかったんですが…悟飯さんたちは俺たちの血を沢山飲んだので、それで吸血鬼の血が打ち消されたんだと思います。悪魔の血には序列があって、俺たちの血筋は高位な方なんです」
「「「へえ……」」」
何故か弟のトランクスまでが納得の声を上げているのに、兄のトランクスは溜息を吐かずにいられない。そうだろうとは思ったが、弟は特に考えがあったわけではなく、血を吸われる快感に溺れていたようだ。
(いや、まあ俺も途中からはそうだったけど――…)
心の中でそう付け足すと、兄のトランクスは咳払いした。残る問題は、そもそもの悟飯たちの仕事である吸血鬼退治だけだ。だがそれもすぐさま解決した。
「え? 吸血鬼? ああ、それなら……そこの砂がそうだよ」
兄の悟飯が何でもないように指したのは、部屋の隅にある砂だった。てっきり古い洋館だから埃が積もっているのかと思ったが、それはこの館の主の成れの果てだったらしい。
「ははは…退治するにはしたんだけど、二人とも噛まれちゃってさ」
「トランクスさんたちが来てくれて本当に助かりました」
「でも俺はちょっと残念だな~。もう一回ぐらい、血吸われながらヤってみたかったのに」
唇を尖らせる弟のトランクスの耳元で、弟の悟飯は何かを囁いた。すると弟のトランクスの顔がパッと明るくなった。何を言ったかは聞こえなかったが、きっと何か腹を満たしてくれるような『美味しい話』だろう。
「悟飯さん、約束だよ? いっぱいしてね? きっとだよ?」
「うん、わかったわかった。……帰ったら、ね?」
そう言うと、弟の悟飯は弟のトランクスの左手を取って唇を寄せた。そのまま口付けるのかと思ったが、弟の悟飯は薬指にガブリと薬指に噛みついた。弟のトランクスは薬指にくっきり残った歯形を見て、嬉しそうに目を細めた。
「……トランクス、」
「え、あ……俺はいいですっ!」
弟たちの様子を見ていたトランクスは、兄の悟飯に声を掛けられて慌てて必死に首を横に振った。あんな痕を残されたら、自分の手を見る度に体が沸騰してしまう。とてもではないが、自分には耐えられない。
「うん、俺も……あんまり君に噛みつくのは、気が進まなくて」
「え…?」
「こんなに痕になって……昨日痛かったろ、ごめんな」
「悟飯さん……」
兄のトランクスの首元に残る牙の痕が、兄の悟飯の目には痛々しくて仕方がなかった。だからそっと労わるように、そこに手を伸ばした。
「んっ…♡」
「……トランクス?」
しかし指先が触れた瞬間に、兄のトランクスが漏らした何かを堪えるような声に、兄の悟飯は少しだけ思い直した。たまには、噛んでみるのも――悪くはないのかもしれない。
そんなささやかな気づきを得た、今年のハロウィンだった。
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