無題「好きだ」
宗雲が何を言っているのか、理解するまでやや時間がかかった。というのも「今日は予約が多い」だとか「ドリンクのセットアップを」だとか、そういった " 普段の支配人 " とまったく同じ声音だったから。
「……それは、嬉しいな」
わずかな逡巡ののちに絞り出したのはそんな陳腐な言葉で。レディが相手であれば赤ペンものである。
ただ、こう言えば宗雲が言う「好き」の意味には深く触れずに済む……
「言っておくが、同僚……クラスの一員に対する『好き』ではないからな」
……ということはなかった。
逃げ場を塞いできた宗雲は、不満を訴えるかのようにやや反目気味だ。その様が、どうにも「好き」という言葉と繋がらなくて。
「……それは……告白、ということかい?」
馬鹿なことを聞いたなとは自分でも思った。それでも、宗雲の様子と言葉がどうにも噛み合っていないように見えたから、改めて問わずにはいられなかった。
「……」
宗雲は黙ってジッとこちらを見つめてきた。左手を口元に添えるのは、なにか考え込むときの彼の癖だ。俺の反応に思うところがあるのだろう。いや、流石にあって当然だろう。我ながら告白に対して、それが告白なのか問うのはナンセンスが過ぎる。
不満気な視線から顔を逸らさず、正面から受け取る。すると、意外にも先に視線を逸らしたのは宗雲だった。手の向こうで小さく口が動く。
「そうだ」
不満を隠そうともしない、ぶっきらぼうな物言い。しかし、その目元は僅かに色づいていて ──
それに気がついた途端、心臓が変な音をひとつ。そのまま鼓動は駆け足に。頬が僅かと言えども確かな熱を帯びる。
視線を逸らしたままの宗雲が俺の変化に気がつくはずもなく。そのまま俺に背を向ける。
「不要であれば、適当に捨て置いてくれ」
── 宗雲の腕へ、自然と手が伸びた。