海だ。赤い海。
呼吸をするたびに血錆びた空気が肺を満たして、せき込んだ。
広がる赤のなか、まばゆい男が重たい外套を翻して一歩赤に踏み込む。
革靴が赤く汚れていくのを気にもせず、黒い外套と白い軍服のすそをなびかせ、黄金の髪を風にあそばせて、優雅に歩を進める。
それこそ浜辺をまったりと歩いているような様子だ。
革靴の底が地を離れるたび、名残惜し気に赤が後を追う。遠く離れた赤でさえ徐々に男に引き寄せられるように地の上を滑り始め、ついには空を走る。男を目指して伸びる赤は、螺旋を描いていく。
多少目を伏せて、まばゆい男は微笑む。その横顔の美しさはあまりにも恐ろしかった。目を離せない。引き寄せられている。
その身に吸収されるように、白に赤が沈んでいく。男はそれを受け入れるように、両手を広げていた。
ふと、光の化身のそばに影が立っていることに気が付く。
うらやましそうな眼だ、と思ったのもつかの間、意識がぷつりと途切れて、闇に沈んだ。
私も白に沈むのだ。