「カールよ、あまり私の部下を怖がらせてくれるな。また泣きつかれたぞ、今年も依頼達成件数が足りていないらしいな」
ふよふよと中に浮かぶ手のひら大の月らしきものをそっと押しのけて、工房の片隅に置かれた椅子に腰掛けている金髪の男が言う。
光を紡いだ長い黄金の髪と蕩けた金の瞳が印象的な、この世のものと思えぬほど美しい男だ。
星の海を模した工房は基本的に薄暗く、その中で金髪の男は自ら発光しているかのようにまばゆかった。
「はて、あなたの部下ともなれば、海千山千の手練れ。私のようなものになにが出来ましょう」
一瞬まぶし気に目を細めて、工房の主は空惚けた。金髪の男が微苦笑をこぼす。
「達成件数が足りないと、工房経営の資格が剥奪されるのは、卿も知っているだろう」
長い夜闇の髪を黄色いリボンでまとめた工房の主は、それに沈黙を返した。
金髪の男はそれが拗ねているときの反応だと分かっている。錬金術師を管理する部署にも部下がいる金髪の男は、部下に泣きつかれた際に見せられた資料を思い返した。
錬金術師に対する依頼は、基本的にその町の行政期間が管理している。福祉の一環だ。依頼が担当部署に登録されると、個人経営の錬金術師も情報を閲覧することが可能になり、依頼を受けられる。
工房の主はこの一年、少数ではあるものの、規定数分の依頼を受けていた記録はある。しかし依頼主から「なんか怖い」、「納品されたものの品質は良かったが、ちくちく言葉が痛すぎる」などと言われて、依頼自体をキャンセルされたり、失敗扱いになっていた。
「……私もなにもしなかった訳ではなくてだな」
「ああ、うん。卿、外面を取り繕えない訳ではないのだから、依頼人と会う間くらいは取り繕いたまえ」
工房の主はぷいっとそっぽを向いた。
「あと、失敗扱いにされたからと言って呪うのはやめておけ。悪評が立つだけだぞ」
「呪い? まさか。私はただ"忠告"してさしあげただけですとも…………ハイドリヒ、錬金術に興味はないか?」
金髪の男をまじまじと見つめて、工房の主は唐突にそう言った。
「まあ、なくはないが……」
「工房に所属している錬金術師が達成すればいいわけだ」
「まあ、弟子をとるものもいるわけだしな……私を登録するつもりか?」
「おまえに錬金術の手ほどきをしたのは私だろう」
「間違いではないが……まあ良いか、面白そうだし」
虚をつかれた様子で目を丸くしていた金髪の男が、多少考え込んで微笑んだ。